ギリシャの劇作家たち

ギリシャの劇作家たちの作品は、多くのギリシャ人の思想を形造るものとなったが、
それらには聖書の教えとは相容れない運命論や神々についての見方が含まれていた。
パウロは彼らが「思いのむなしさのままに生きていた」ことを述べているのも
それらの作品をみるともっともなことであると認められるだろう。
以下ではそれらギリシャの劇作家たちの作品からの引用をもとに少しだけ
ギリシャ人たちの物の見方を考えてみよう。

Aeschylus(前525頃〜456)

アエスキュロスはギリシャ悲劇の父と呼ばれ三大悲劇作家の一人である。

「ゼウスは本当にあまりにものぼせ上がった考えに対しては
その芽を切り取ってきびしい懲罰をくだすのだ」

  悲劇「ペルシャ人」はサラミス海戦を舞台にした作品で彼自身が
ペルシャ戦争に従軍した経験を反映している。
ダニエル11章2節に予告されていたとおり、クセルクセスは「すべての者の勝って
大きな富を集め」圧倒的な軍事力を武器に「すべてのものを奮い起こして」
ギリシャを攻めた。

ペルシャ軍は数の上で圧倒的な優位に立って慢心していたが、この戦いで
信じられないような敗北を喫する。
この出来事を通し誇りが破滅に至ることを教えている。

「邪悪を許さぬ裁き手なのだ、我らはね」

   悲劇「エレスティア」はトロイア戦争の総大将アガメムノンが勝利を得て
帰還したとき思いがけず不実な妻から殺されてしまったことから生じる復讐劇で
3部からなる。この行為に対して息子が父の仇を討ち母親を殺してしまうが、
結局無罪とされるという話である。

この復讐の女神が述べたことばは古代ギリシャ人の復讐についての見方を反映している。
ギリシャ人は復讐はなされるべきものとみなしており、それには復讐の女神がかかわって
いた。(ホメロスの「イリアス」や、エウリピデスの「メディア」などギリシャの文学作品は
復讐が主要なテーマの一つとなっている。)

「目には目」という考え方は同害復讐法といわれ古代オリエントから存在するものである。
同害復讐法が始めて制定されているのは創世記9章で
「人を殺した者は人によって命を奪われる」ことが規定されているが、後にはモーセの
律法の中で,有名な「目には目」という表現で表わされた。この意味は復讐を正当化
するものとして誤解されやすいが、これは公正な裁きが執行されることを保証する
表現と理解すべきである。

「互いに愛しむ心ー人の世では多くのことの救いとなるもの」

ギリシャの社会が成熟してくるにつれ、血に血を流しあう復讐の社会が否定され
より公正な裁きが行われる世の中になることがふさわしいと考えられるように
なっていった。復讐を求める女神たちは無罪の判決に怒り立つものの
アテナ女神に「どんな家でもあなたなしには栄えてはいけない」という
誉れある役割を与えられて納得し「慈しみの女神」に変身する。そして仕返しの
殺りくで都を滅びに陥れるよりは互いに愛しむ心が大切であると述べるのであった。

 

 

アイスキュロスのその他のことば

苦しみこそ悟りの母

嫉妬心を少しも持たずに友人の成功を喜ぶ強き性格の者は皆無なり

人間は高慢な思いを抱くべからず。
高慢は花を着け、破滅の種を実らせる

英知は苦難よりもたらされる

真理のことばは単純なり

正しき思慮こそ神の最上の贈り物なり

最高の健康には1つの限界あり、つねに病気と隣り合わせなり

従うは成功の母なり


Sophokles(前496頃〜406頃)

三大悲劇作家の一人でギリシャが世界強国としてもっとも繁栄した時代に活躍した。

「わたしは運命に呪われた男、神に最も憎まれた男、人生の完全な敗残者なのだ」

正しいことをしたいと願いながら殺人を犯してしまったオイディップスのことば。
このようにギリシャ人は運命を信じ、それが神によりもたらされたと考えていた。
自分に選択の余地がなく、悪を行なうように定められているとは何と悲しい人生であろう。
それとは対照的に聖書は人生がけして定められたものではなく、罪深さを持つとはいえ
正しい選択をしていくことができることを教えている。

ソフォクレスのその他のことば

人間ほど驚くべきものはない

神は行動せざる者をけっして助けず

すべて我々生ある限りの者は幻かむなしき影にすぎず

人間は神々によって与えられた運命を忍ばねばならず

理性ーそれは神から与えられた最良の贈り物なり

己の家庭を立派に治める者は、国家の出来事についても
価値ある人物とならん

女よ、女はものを言わぬが花よ

幸福なる状態にてその生命を終えし者のみを幸福なりと考うべし

 

Euripides(前480頃〜406頃)

ペロポネソス戦争の時期に活躍した悲劇詩人。

「神に非礼を働いた愚かさの咎は免れますまい」

   悲劇「バッカスの信女たち」では酒の神ディオニュソスは、アジアの町々を
遍歴し、アジアの民を自らの教えに従わせた後、その宗教をギリシアの地に広めようと
テ−バイの町にやってくる。だが、テ−バイの王ペンテウスは、
ディオニュソスを神と認めようとしない。
人間の姿で現れたディオニュソスにペンテウスは上のことばを語る。
ディオニュソスはテ−バイの人々を強制的に改宗しようとする。
恐れたペンテウスはディオニュソスに対抗しようとするが、出かけていった祭りの
狂気の中自分の母親に殺されてしまう。このように神に反抗する者が手ひどい神罰を
被ることはギリシャ古来の通念であった。

 

エウリピデスのその他のことば

若い年が二回、老年が2回あれば我の過失を改めれられん

死は我々がすべてを支払わねばならぬ借金なり

幸福は安定せず暫定的なり

逆境においても道理に耳を傾けるは賢明なり

初め悪ければ終わり悪し

自制は神々の最高の高貴なる贈り物


Aristophanes(前451頃〜385頃)

アテネの喜劇作家で、スパルタとの戦争を終わらせることを願った
「アルカイの人々」や反戦を訴える「女の平和」などで知られる。

「何と多くの犠牲が神々に捧げられたことか。
何とたくさんの神殿や神像、そして宗教行列が捧げられたことか」

使徒パウロはアテネに満ちている偶像に苛立つようになったが、
ギリシャ人が偶像を好むことでよく知られており、
使徒17章でパウロはそのような命のない偶像と真の神を対比した。

アリストファネスのその他のことば

賢者はすべての法が破棄されようとも同じ生き方をせん

賢者は敵からも多くのことを学ぶ