Horace
               ホラティウス(前65〜前8)

「エポドン」:前31年以前の作品で内戦の終結を願うもの
「歌集」:ローマの「平和」とその実状について

ローマの物質主義について:ホラティウスは多くの作品でこの面を扱い、お金持ちになった
としてもやがて死が訪れるのだから、必要以上に富を貯えても無益であり、
今あるもので満足するようにと説いています。ある人々は大理石の家に住み、
地中海沿いの別荘を持つといったライフスタイルを追い求めています。(Cor2.18)また
ある人々はアラビアやインドの財宝を追い求めているようです。しかしどちらも
恐れや死から逃れることはできません。(
Pr23:4,5)
「不正な財産は溜まるだろうが、求めているものには何かが欠けて」おり「貪欲の根は
絶つべきである」といわれています。(Cor3.24)(
1Ti6:9,10と比較)
満足ぜずに他の人のことを羨む人はけっしてこれで十分であると感じることがないため
Ec5:10)結局は不幸を追い求めているとホラティウスは述べます。(Serm1.1)
他の人より広い葡萄園を設けようと努力することは、雹に葡萄がやられないかという心配を
増し加え安らぎを与えないのではないでしょうか。(Cor3.1)それでホラティウスは
貧しさの喜びを表現すます。「たくさんのものを求めれば更にたくさん欲しくなる。
神からわずかなものだけを手渡される者は幸いだ」(Cor3.16)

道徳の低下について:「親の世代は祖父の頃より低下して我々を更に堕落させ
やがて子供はもっと悪い子供らとなることであろう。」ホラティウスはこのように
当時の道徳の低下を嘆きました。年頃の娘たちはイオニア式の踊りを覚えようとし
妻たちは夫を酔わせておいて若い男を追いかけています。このような家庭の堕落は
神々への不信仰から生じているとホラティウスは述べます。(Cor3.6)
このような道徳の低下についての記述はアウグストゥスが「姦淫禁止令」を出した
時期(前18年)の状況をよく反映しているといえるでしょう。

ローマの平和について:ある学者はもしイエスが50年はやく産まれたならキリスト教は
広まらなかっただとうと観察していますが(
Ga4:4と比較)、確かに前1世紀は
「ブルータス、お前もか」のような、ローマ帝国の支配者たちが争った内乱の時代でした
から、キリスト教が広められるにはもっとよい環境が整えられる必要がありました。
その内乱を終わらせたのがオクタヴィアヌス(後のアウグストゥス)でした。
ホラティウスは平和をもたらしたアウグストゥスへの賛歌をたくさん書いています。内乱が
終わった時期にホラティウスはアウグストゥスを「貴方は大いなる勝利と父や元首などの
称号を享受するだろう」とたたえています。(Cor1.3)そして「よき指導者」アウグストゥスの
おかげで「舟人も平和に海を行き」、エスパニアに至るまで「永遠の平和が訪れる」ことを
願っています。(Cor4.15) このようなパックス・ロマーナはクリスチャンにとって
福音を広めるうえで大きな助けとなりましたが、同時にイエスのみが「指導者」また
「救い主」であるという立場をしっかりと維持していくことが求められました。(
Ac4:12)
アウグストゥスは「人類の父、守り主、神サトゥルヌスの子」(Cor1.12)として
やがて神格化されていきますが、この皇帝崇拝の習慣は初期クリスチャンにとって
やがて試練をもたらすものとなっていくのです。