ユディト書
Judith
1−7 :アッシリア軍、ベトリアを包囲する
8−10 :ユディト、神への信頼を表わす
11−13:ユディト、ホロフェルネスと対決する
14−15:イスラエルの勝利
15−16:ユディトへの賛歌
アッシリアの将軍ホロフェルネスがユダヤ人の町を攻撃したとき
ユディトという勇気ある女性が敵陣に忍び込み、王のご機嫌を
とった後、殺害することにより同胞を救うという物語です。
これは西暦前2世紀頃に民族意識を高揚させる目的で記されたと
思われます。
ユダヤ人にとっての清さ:ユダヤ人が儀式上の清さを大変重視していたことは
ギリシャ語聖書からも明らかに読み取れるますが、この書もそのようなユダヤ人
の見方を伝えるものとなっています。命が危険であっても律法の禁じている食物を
食べるべきでないこと(11:12−15)、ユディトが王の汚れた食物を退けたこと
(12:1−4)はその例となっています。また1世紀には様々な清めのための
「バプテスマ」があったことをマルコは伝えていますが(Mr7:1-5)
ユディトが異邦人の陣営内で毎日身を清めていたことをこの書は伝えています。
(12:7−9)しかしイエスは食物自身が汚れているのではなく、
また外面の清さよりも内面の清さこそより重要であることをはっきりと示されました。
(Mr7:14-22)
戦争についての見方:神はイスラエルの自分勝手な暴虐を許しているわけではない
ことが創世記34章のシェケムでの殺戮を呪われたことに表れていますが(Ge49:5-7)
ユディト書では神がその殺戮を是認されたと理解されており、模範として挙げられて
います。(9:2−4)確かにヘブライ語聖書中にはイスラエルの行なった数多くの戦争に
神の後ろ盾があったことを示してはいるものの、けっしてふさわしくない戦争を是認
してはおられないことをはっきり示しており、その面でのユダヤ人の理解は
必ずしもヘブライ語聖書におけるものとは一致していなかったことを示しています。