Juvenal
               ユエナリス(60頃〜128)

「サトゥラエ」:ローマ帝国の腐敗ぶりを風刺しています。

貪欲さについて:第一章においてユエナリスはこの作品を書いた動機を述べていますが、
貪欲な人々は犯罪や遺産狙い、また密告により資産を肥やし、また法律で禁じられて
いた賭け事に夢中になっていました。ユエナリスはこのような社会を嘆き「こんなに悪徳が
豊富に満ち満ちているときがいつあっただろう」「誰がこの不正な都(ローマ)をそんなにまで
忍び、鉄のような心で耐えていられるだろう」と執筆の動機を述べています。
パウロはローマ人への手紙の中で異邦人が「あらゆる不義、邪悪、強欲に満たされていた」
ことを述べていますが(
Ro1:29)これはけっして誇張ではなく当時の実状といえるでしょう。

ローマの不道徳について:ユエナリスは当時のローマ人の道徳の低下について
たくさんの例を挙げています。名家として有名な人々は「あつかましく道徳について語り
ながら」また「狂気の言動を非難し美徳について言い立てておきながら」
不道徳な生活を送っていると非難されています。(Satire2,1-21)第二章では特に
同性愛が普通に行なわれていたことを知ることができます。(
Ro1:27と比較)
「人類が一度にこれほど邪悪になったことはなかった」といわれます。(2.83)
第六章ではふしだらな女性たちに矛先が向けられます。皇帝の妻さえ寝室を抜け出して
売春をしているといわれていますが、これはクラウディウスの妻メッサリナのことです。
(6.114-132)巨額の持参金を持参した妻は不貞を働いても夫から非難されません。
(6.136-141)不貞が発覚しても「あなたは自分の欲することをなし、私も気ままに振る舞えない
ということはないでしょう」とお互いの暗黙の了解にふれています。(6.268-285)
(「ローマ人の愛と性」、木村凌二著、講談社現代新書 参照)

見世物について:有名な「パンとサーカス」という言葉はサトゥラエの第十章からとられていますが、
人々の多くはただ肉の欲求を満たすことに関心を向けていました。
劇場では暴力的な見世物が提供され、剣闘士の生死を観客が握っていました。
第3章の中ではユエナリスの友人がローマを去りいなかに住みたいという理由を話していきますが
剣闘士を死に処すために観客が親指を立てるという習慣や、風俗がギリシャ化し、戦車競技場では
売春が行なわれていたことが伝えられています。(3.21-40,58-80)
劇場ではまた不道徳な見世物が人気を博していました。(6.63-65)

幸福になるには:第十歌ではユエナリスの有名な言葉である「健全な肉体に健全な精神は宿る」が
出てきます。この中でユエナリスはお金持ちになること、長寿、また美人になることはけっして
人を幸福にしないこと(
1Ti6:9,10と比較)、求めるべきなのは心身共に健康であることを説いています。
聖書は体の訓練にも益があることを認めているものの敬虔な専心こそ最も益があることを
教えています。(
1Ti4:8)