ニネベから学ぶ

考古学的見地から学ぶナホム書

強大な軍事力と残忍さで知られたアッシリア帝国はアシュル・ニムルード(カラハ)・
コルサバード・ニネベなどを都とし大変な繁栄を誇りました。エルサレムに遠征した後
セナケリブはニネベに落ち着いたと列王記の記録は伝えていますが、彼はニネベを
首都として整備し、他に並ぶところのない宮殿をそこに建設しました。
続くエサルハドン、アシュルバニパルの時代にアッシリアの版図は最大になり
遠く下エジプトのテーベまで侵入しそこを破壊しました。
しかしこのような時代に預言者ナホムはアッシリア(ニネベ)がテーベと同じような運命を
たどることを予告し、それはニネベの完全な荒廃をもって成就をみました。
以下ではニネベに対するナホムの預言を考古学的視点から学んでみましょう。

 

1:8「みなぎる洪水によって滅ぼされる」:

セナケリブは45km離れた山中からニネベに水道を引いたことで知られています。
ニネベはティグリス川と運河によって囲まれおり、15の水門によって防備を固められていました
また強固な城壁も整備されており、敵が攻めて来たときには「水門を開いて侵入を防ぐこともできました。
しかし敵が攻めて来たとき水門を開いて侵入を防いだ結果、洪水による増水のため城壁の一部が
流されてしまい、敵に侵入される結果となりました。

1:11,12 「力に満ち数が多い」:

大英博物館に展示されているラキシュ攻囲図は整然とラキシュを攻撃する アッシリア軍を描いたもので、
19m近い長大な壁画です。アッシリアの軍隊は このように数多く、力ある者たち」ったが
エホバに逆らっていたため 最終的には成功しませんでした。

1:13「くびきを砕く」:

アッシリアは各地を征服し重い貢ぎを課したことで知られています。 有名なブラックオベリスクには
イスラエルの王エヒウが各国の使節とともに貢ぎ物を納めている様子が 描かれています。

1:14「彫刻像や鋳物の像を断ち滅ぼす」 :

ニネベの名はイシュタルのシュメール語ニナに由来するといわれますが、
ニネベはイシュタル崇拝の中心地であり、彼女は性と戦争の神として崇拝されました。
強力なアッシリアの王であったアッシュルバニパルさえ母親に すがるかのようにイシュタルに
助けを求めたということです。

2:6「宮殿もまさに崩れ落ちる」:

クユンジクの丘の南西には 80もの部屋を持つセナケリブの宮殿がありました。
また アッシュルバニパルの宮殿と20000の書き板を納めた 大図書館もありましたが、
すべてが崩壊してしまいました。

2:10「破壊と荒廃と滅亡」:

ニネベが攻略されてから2世紀あまりのち、歴史家クセノフォンは この付近を通っていますが、
ニネベについては何の言及もしていませんので すでに完全に荒廃していたものと思われます。

2:11−13「ライオンのねぐら」:

この部分でライオンについて7回 言及されていますが、アッシリアの王たちはライオン狩りを好みました。
ニネベのセナケリブの宮殿はライオンのスフィンクスによって 見張りがなされていました。
大英博物館では有名なアッシュルバニパルのライオン狩りの壁画を見ることができます。

3:1「強奪で満ちている」:

アッシュルバニパル1世のホワイト・オベリスクには敵の家財、人々、 畜群を奪いアッシュルに運んでいく
様子が描かれていますが、アッシリアの繁栄は戦争による流血と強奪で成り立っていました。

3:4「あでやかさで魅惑する者」:

最強のアッシリアと同盟を結ぶことは魅力的に映ったかもしれませんが、
一度そのもとに入ると、圧政的なくびきのもとに置かれ 逃れられなくなりました。
(大英博物館には レイヤード夫人の装飾品が展示されていますが、これはニネベを発掘したレイヤードが
夫人に送ったものです。もっともアッシリアのものかもしれないものの断定はできないようです。)

3:16「商い人を天の数より多くした」:

ニネベにはフェニキアやまたエジプトの影響を受けている美術品が もたらされてきましたが、
それは偽りの繁栄にすぎませんでした。

Copyright Shinichi Yoshinaga 2002