プトレマイオス王朝と考古学
アレクサンダー大王の死後ギリシャ帝国は分裂しますが、やがてプトレマイオス1世(11:5)について聖書は「南の王の一人が強くなる」と
預言していました。この預言と一致して南の王はキプロスまで含む強大な国を形成しました。
この時期の「南の王」の支配は遠くエーゲ海にまで影響を及ぼしました。例えば
ロードス島はプトレマイオス1世と強い経済的同盟を結ぶことにより繁栄していました。
マケドニアの王がその同盟を打ち砕こうとして攻めてきましたが、これを撃退し(前305)
敵が残していった武器の残骸を利用してロードスの巨像がつくられました。
これは高さ36mの太陽神アポロ(ヘリオス)の像で、世界7不思議の1つとされました。
(前226年の地震で倒壊したときはプトレマイオス3世が援助を申し出ています。)
また首都アレクサンドリアの繁栄に「南の王」の強さを見ることができます。
有名な大図書館ムセイオンはプトレマイオス1世によって建てられました。
この図書館はは古代世界で最大の50万巻もの蔵書があったといわれています。
このムセイオンという語がミュージアムの語源となりました。
アレクサンドリアは古代世界の学術・文化・科学の中心地となり数学者の
ユークリッド、物理学者のアルキメデス、
地理学者のエラトステネスなどがここで学び活躍しました。
ユークリッド(前300頃)の「原論」は聖書に次いで読まれた本ともいわれ
現在でも幾何学の基礎として教えられています。アルキメデス(287-212)の豊かな
発想は今でも数学や物理学に応用されています。
プトレマイオス1世はアレクサンダー大王の計画にそって街をつくり
プトレマイオス2世の時代にこれを完成させました。
多くのユダヤ人はアレクサンドリアに移住していましたが
悪い影響としてはギリシャ哲学を取り入れるようになったことがあげられます。
一部のユダヤ人は魂の不滅を信じるようになりこれはパリサイ人の思想にも
影響を与えました。
プトレマイオス2世(11:6)の時代には有名なファロス島の大灯台
が建てられましたが、とても強い光をはなったため世界に七不思議に1つといわれました。
ヘブライ語聖書のギリシャ語訳であるセプトゥアギンタ訳は伝説によれば
プトレマイオス2世の時代に編纂されました。
プトレマイオス3世(11:7、8)について聖書は彼が「彼ら(エジプト)
の神々を携えてエジプトに戻る」ことを預言していました。
彼は北の王に対し勝利を収め以前ペルシャの首都であったスーサから
ペルシャの王カンビセスに奪われていたエジプトの神々を持ち帰りました。
プトレマイオス王朝の王たちはファラオの後継者を
自任していたので、エジプト古来の神々を大切にする必要がありました。
それで彼らはたくさんのエジプトの神々の神殿を建設しています。
プトレマイオス3世はエドフのホルス神殿の建設を始めましたが、
この建設は約200年にわたって続けられました。
その他のプトレマイオス王朝が建てた神殿としてはデンデラのハトル神殿
(前2世紀〜ネロの時代)、エスナのクムス神殿(プトレマイオス2世〜ハドリアヌス帝)
コム・オソボのセベクとハロエリス神殿(プトレマイオス6世〜13世)
ファイエのイシス神殿(プトレマイオス2世〜ローマ時代:トラヤヌスのキオスクがある)
などがあります。
プトレマイオス4世(11:11,12)は「北の王」を撃退したものの、「その強固な
立場を利用しない」で、政治を部下に委ねて快楽的な生活を送りました。
プトレマイオス5世(11:14)の時代に「南の王に立ち向かうものが多く」
なることと聖書が述べていたとおりエジプト人による彼らの支配への反逆は絶える
ことがありませんでした。プトレマイオス王朝は徹底した経済統制をしいて農産物や
ビールの製造、牧畜などを国家により管理しました。当時つくられたコイン
の多くはプトレマイオスの王たちをギリシャ風に描いておりギリシャ人による
エジプト支配を表しているといえます。
この時期の考古学に関連して興味深いのはロゼッタストーンです。
(大英博物館25室に展示)
これはプトレマイオス5世の即位1周年を記念したものですが内容そのものより、
これがエジプトのヒエログリフを含む3カ国語で記されていたことに大きな意義が
ありました。この碑文をもとにプトレマイオス、クレオパトラ、ベレニケなどの
名前がまず読解されやがてシャンポリオンによるヒエログリフの読解へと
つながったのでした。
プトレマイオス6世については興味深い金印指輪が
ルーブル博物館に展示されています。
これはプトレマイオス6世がエジプトの王冠をつけたものとギリシャの王冠をつけた
ものがセットになっているまので、ここからもギリシャ人の王としての支配者であると
共にファラオの後継者であったプトレマイオス王朝の支配者の立場を
読み取ることができます。
Copyright Shinichi Yoshinaga 2000