Rousseau
                     ルソー
                   1712−1778

自然に帰れ:ルソーはどのような宗教感を持っていたのでしょうか?
ルソーの「エミール」によれば人間は生まれながらにして
良心という「崇高な本能、天より来たる声、人間を神に似た者にする
判断者」が備わっているので、そのような内心の声また心に吹き込まれた
感情に従って神に仕えれば充分であるといいます。
(そのようにして理性よりも感情を重んじる考えをロマン主義といいます。)
それ以上の特殊な教義についてルソーは
「偉大なる存在の概念を明らかにするどころかそれらの概念を混乱させて
いるようにみえる」「神をとりまく想像も及ばない神秘にばかげた矛盾を
付け加えている」といいます。(ルソーは三位一体の教えを否認しています。)
キリスト教の教義は「地上に平和を打ち立てるばかりか銃剣と砲火を
もたらしている」のです。そのような観察はルソーの教育感にも反映されて
おり、教会の教えは有害であり、自然に育てればよいという自然教育を
提唱しています。ルソーは、子供は本来善であり(Ge8:21,Ro7:21-23と比較)
自然に育てれば子供は良くなると主張しましたが、教皇はこの書を
禁書にしたのでした。

聖書について:上記のように人間の様々な教義には問題があり、宗教上の
啓示など必要としないと考えたルソーでしたが、聖書自体に関しては
非常に高い評価を与えていました。「聖書の偉大さは私の心を打つ」と
ルソーは述べます。ルソーは特にイエスの教えへの感動を言い表します。
「この書の中にその生涯を描かれている人物が一人の人間にすぎない
ということが有り得ようか?なんという優しさ、なんという清らかさが、
その人の生活態度にみられることだろう。なんという感動的な美しさが
その教えのなかにあることだろう。なんという気高さがその格言のなかに
あることだろう。なんという深い英知がその話のなかにあることだろう。」
福音書が作り話にすぎないと考える人に対し、福音書は「きわめて難しい
真実の刻印が押されているので、それを想像した人は、その主人公よりも
もっと驚くべき人物であることになる」と述べ、とても人間が考え出せる
作り話では有り得ないことを示しています。

(参考文献)「世界の名著:30ルソー」中央公論社
       EDT,377-379