渡米後(2001年9月)
○ 2001年9月1日(土)
昨夜、寝たのが遅かったのでゆっくり寝てたら、友人のFRANKからの電話で昼過ぎに起こされた。今日は3連休の初日とあって、ルームメイトのJOSEPHの彼女が遊びに来ていた。月曜に帰るらしい。この一週間、彼は一生懸命宿題を終わらせようとしていたのはこのためだったのか。寮の中は帰省した学生が多いようで、人気が無い。現在日が変わり朝の4時半。早くねよっと。
○ 2001年9月2日(日)
金曜日に、「インド人の集まりに参加する」と書いたができなかった。理由は、メールで時間と場所を連絡するといっていた相手がぶっちしたため。私は相手の連絡先を知らないので何もできず。まあ、詳しい理由を聞いてみないと・・・。現在、日付が変わり朝の6時。パソコンの調子が悪くて再インストールしていたらこの時間。ただ、今日は休日なので特に問題なし。今から昼まで寝るか、我慢して夜早く寝るか、どっちにしようか迷っている。
○ 2001年9月3日(月)
私は現在”School of Chemistry and Biochemistry”に所属している。大学4年間と修士の2年間”Chemistry”は勉強してきたが、”Biochemistry”はまったくの専門外。実は、”Biochemistry”があるということもこの大学を選んだひとつの要因になっている。というのも、化学センサー(私の場合はガスセンサー)にとって、生体の嗅覚(や味覚)が究極のお手本と考えることができ、その理解は研究をする上で重要な役割を果たすからだ。
ということで、今セメスターでとっている科目でも”Biochemistry”の知識が前提で授業が進んでいる。なので、自分で大学生用のやさしめな教科書を買って勉強をしている。そこで、当然読む教科書は英語なのだが、専門用語が普通の辞書では載ってない。本来、日本からそれなりの専門用語を解説した辞書を持参するべきだたが、すっかり忘れていた。そこで、ご存知の皆さんも多いと思おうが一応紹介させてください(感謝の意味もこめて)「アルク」が提供している「英辞郎」は優れた辞書で、かなりの専門用語を網羅しており、私はこれにかなり助けられている。でも、日本に帰ったら辞書を買わねば(来年の夏は無理そうだが・・・)。
昨日の日記に不適切な表現があったため一部修正させていただきました。m(_ _)m
○ 2001年9月4日(火)
先日までの3連休は、実を言うと自分のための勉強時間はあまり取れなかった。というのも、大部分の時間を本日のTA(補習授業2時間×2コマ)と水曜、金曜のTA(実験指導3時間×2コマ)の準備に費やしたからだ。そして今日やっと補習授業の方が終了(ふ〜〜〜)。授業のほうは2回目なのでさすがに前回よりはうまくできたと思う(?)。英語力の不足を準備したプリントと板書とゼスチャーでカバー。あとは生徒の目を見ながら反応をチェックするのと、ちょっと笑いが起こるくらいの授業展開がちょうどいいと感じた(まじめな授業だと退屈だから)。ただ、生徒に「英語どれくらい勉強したの?」と聞かれて、さすがに「15年」とは答えづらかったので、「13歳から」と答えておいた(日本人は年齢不詳なとこがあるから、それを期待して・・・)。あと面白かったのは、板書した重要な式の横に、「重要だぞ!」と言う意味をこめて黄色のチョークで2重マル(◎)を書いたら、生徒に「なにそれ?」と聞かれた。そういえば、こちらの先生は板書するとき大事なところを色つきのチョークで線を引いたり、囲ったりということを一切しない。これも文化の違いかな?
現在19時。これから明日の実験に備えなくては(実験器具の名前を英語で覚えなきゃいけないのが憂鬱・・・・)。20人を一人で見るので、くれぐれも事故の無いようにせねば。
○ 2001年9月5日(水)
今日はほんとうにハードな一日だった(といってもまだ、夕方の5時30分だけど・・・)。朝10時から11時55分まで授業、12時から15時まで実験指導。特に、授業が終わってから実験開始まで5分しかなく、300m以上離れてるので、ちゃりんこで猛ダッシュ。もちろん昼飯を食べる時間などない(こんな日がこれから週2回)。
本日のメニューは、まず、個人用実験道具がちゃんとあるかの確認と不足品の補充(これが一番しんどかった。「ISAO、この器具がないよー」とあちこちで呼ばれ、その都度対応)。その後、ガスバーナーでの簡単な実験(ガラスを溶かしたり、ガスと空気の比率を変えた色の変化の観察など)、水の沸点と凝固点の測定。温度計、そしてビュレット、ピペット(ともに液体の体積を測るもの)の公正、食塩水の凝固点測定と、密度測定。あと、こちらでいう1円玉硬貨の質量のばらつき測定と、その理由、および理由を実証するための実験(各自で考える)。とまあ、これだけの量があったので、終了時間を5分ほどオーバーしても(次の実験が3時から始まるので、次のTA(大学院生)と学生のプレッシャーを廊下からひしひしと感じながら・・・)当然終わらず、まさに最後は”さーーーっ”片付けて、「撤収」だった(ドリフのコントの最後みたいな感じ)。感想を一言でいうなら、「叫び走り疲れた」(教室はひろい。今度余裕ができたら写真とります)。
その後、遅めの昼食を取り、KIDS(TAは生徒のことをKIDSと呼ぶ)全員に本日の実験やレポートに関するホローのメールを書き終え、今こうして日記の更新中。このあとは、先日の補講授業でやったテストの採点。それが終わったらようやく自分の時間が持てる(でも、そのころは今日が終わってるか・・・)。
次の実験は金曜。でも、KIDSが変わるだけで内容は同じ。というわけで、私にとって水曜をのり切れば、一週間の心配事がほぼ終了(?)(でも、私の友人には、同じ日15時から18時+19時から22時という恐ろしい時間割を割り振られている人もいる。22時まで実験をするKIDSもかわいそうだが、それ以上にTAは終わっている。あんなの2回ぶっ続けで22時までやったら・・・・。恐るべし)。
○ 2001年9月6日(木)
渡米して3週間、まだ寮を自分の”うち”のようにくつろぎの場として感じることができない。多分、「ビジネスホテルに長期滞在しているような感じ」。なんか、「明日にでも荷物をまとめて帰れるんじゃないか」という錯覚さえ覚えてしまう今日この頃。でもあと4年。ながい。
それにしても「お湯がたっぷり張られた風呂はにいりたい」というのが目下の悩み。だって、今のバスタブ汚くてお湯張ってつかる気分ではないのだ。日本人だからこればかりはしょうがない。
最近ネタがないので日記スタイルをやめて、書きたいときにかこうかなと考えています。あと、だんだん忙しくなってきたというのもある・・・・。ということで、急に日記が更新されなくて、「やつ生きてるのか?」というご心配は無用です。
そういえば、私が現在参加させてもらってるメーリングリストで入手した情報(表示するまでかなり時間かかります)なのだが、全米1500校近い大学の中でここの大学はワースト19位。なんともデンジャラスゾーン。また、上位にはここジョージア州(GA)の大学が軒をつらねている。なんか朝方銃声っぽい音も聞こえた(気のせいかな?)。でも、こんなこと書くと誰も遊びにこないだろうなー。でもご心配なく、大学の周囲は一応安全ですし、よく巡回中のパトカーも見ます。
あすは2回目のTA(実験指導)。明日こそはしゃんと課題の実験を終了させるぞ!
○ 2001年9月8日(土)
昨日はさすがに実験で疲れていて、日記を更新することなく21時ころには寝てしまった。TA(実験指導)のほうは、まあ火曜日よりはうまく進んだ。
本日は2駅のK Martという雑貨店とDepotという文具屋でお買い物。寮には備え付けの机と椅子(あと、ベッドと洋服ダンス(小)とクローゼット)があるのだが、椅子の高さが合わず、本日購入(火曜日に配達してくれる)。これで、何時間でも勉強できるぞと(?)。
あと、コーヒーメーカーと水筒を購入。こちらでは私の好きな缶コーヒー(ジョージア)が当然ないので(ここはジョージア州なのに・・・)水筒に入れて持ち歩くことにした。そして、USBハブ。実は先週ミニコンポを買うため同じ店を訪れており、そのとき買おうかひじょーに迷った品物。なんせ、60ドルするのだから・・・。その日はコンポでお金を使ったため断念したが、今日同じ売り場を見てみると、ほぼ同じ性能(に私には見える)のものが20ドルで売ってる!!!!これは即買い。これで、プリンターやZipを使うときにいちいち差し替える必要がなくなった。
実はテレビ+ビデオもほしくて売り場をうろうろしていたら、背後から「STUDY、STUDY、・・・・」とぼそぼそ私に向かって話し掛けてくる怪しげな人がいて、「わかってるわ−−−]と思いながら振り返ってら友人のFRUNKだった。実は2週間後から中間テストが始まり、他の学生たちは本来なら図書館などで勉強しているはずなのだ・・・・。彼はLANケーブルを買いにきていたらしく、明日図書館で勉強するから一緒にしよういわれたので即OKした。ということで明日はみんなで図書館で勉強をする予定(なんか大学生っぽくて新鮮)。
○ 2001年9月9日(日)
朝6時にTA(補習授業)の準備が終わり、それからベッドに入る。13時ころのそのそ起きだして、昨日買ったコーヒーメーカーで早速コーヒーをポットに詰めて食堂 ⇒ 図書館へ。途中FRUNKがやってきたが、来る予定だったEUN HOOが来ず。私が席を立っていた間に、どうやら入れ違ったらしい。19時まで勉強して、夕食。そして寮に帰り、現在洗濯の間の空き時間を利用して日記の更新中。
そういえば、今日図書館の帰りにちゃりんこをこぎながら、初めて空を見上げた。こっちにきて3週間以上たつけど、結構余裕のない生活をしていることに初めて気づいた(自分ではそう感じてはいないのだが・・・)。
ここ2週間は結構忙しくなりそう。というのも木曜日に宿題を提出。そして、金曜と来週の月曜にOHPを使った授業内でのプレゼン。で、来週金曜にはじめてのMid Term(中間試験)。ふ〜〜〜
今日は9月9日でナインティーナインの日だそうです。実は、こちらに来ても、ナインティーナインのオールナイトニッポン(インターネットでオープニング(ナイナイのみ)だけならいつでも聞けます。もちろん私はオープニングだけです、念のため)は毎週欠かさず聞いている。
○ 2001年9月10日(月)
はっきりいって、やばい。木曜提出の課題を取り組んでいるのだが、さっぱりまとまらない。そのせいで、明日のTA(補講授業)の準備もできていない。授業用のプリントもまだ。これで不足している英語力をカバーするはずなのに、このままだと明日はプリントなしでしゃべり倒す(?)のだろうか・・・・。現在12時。行き詰まって寮の中をふらふら歩いたり・・・。もうこんなときは寝るしかないな。決めた、寝る。朝早くおきてやろっと(いいのか?)。
日本は台風が近づいているらしいが、大丈夫だろうか。やはり日本の情報は気になる。
○ 2001年9月11日(火)
午前中の授業が終わり、Mid Tem(中間テスト)が近いので、EUN HOOと近くの本屋に参教書を探そうとキャンパスを出たら、異様な様子。パトカーがサイレンを鳴らしているし、道路は車で大渋滞。途中会った友人に話を聞くと、ハイジャックが起きビルと一緒に爆破したという。午後からの授業はすべて休校(もちろん私のTAも。せっかく今朝4時におきて準備したのに・・・)。非難のため、みんな一目散に家に帰ろうとしているのだ。NYからはかなり離れているアトランタだが、南部では最大の都市だし、大学の近くには世界有数の高層ビルがある。そのため、大学施設はすべて封鎖。みんな自宅で待機という、米国内での一斉非常体制。こんなひどいのはアメリカで初めてと友人は言うが、テレビを見ていてもあまりに悲惨すぎて、現実の映像とは感じられない。
○ 2001年9月12日(水)
昨日のことに関して、留学生にメールが届いた。「今回の事件で、アメリカ人の一部は、外国人に対して怒りを感じ出すかも知れずくれぐれも注意するように」といった内容だ。幸い、私の周囲にそのようなヤツはいないので心配ない。問題は、ルームメイトの一人がNYに友人がいるらしく、昨日今日とTVにくぎづけで、昨日なんかは電話をよくしていた。本来だったら、「どうしたの」とか相談にのってあげられたらいいのだろうが、所詮つたない英語で、しかも外国人に話をされても、どうにもならないだろうと感じてしまう。とにかく、平和的な解決を期待したい。
○ 2001年9月13日(木)
現在0時。昨日、一昨日と朝6時まで(それから寝て、8時におきて授業へ)かけていた課題が今ようやく終了。そして、明日の予定だったプレゼンが延期になった(飛行機が遅れるため先生が帰って来れない)ためつかの間の休息(だがOHPは作った。まだどうやって話すかは決めてないが・・・。)。今日はぐっすり寝れる。今週は時間に追われていたのであっという間に過ぎた。
明日で、こちらに来てから1ヶ月。あと残り47ヶ月。ふ〜〜〜。
○ 2001年9月15日(土)
金曜は、TA(実験指導)が15時に終了して、KIDS全員にメールを送ったら睡魔に襲われて、シャワーも浴びずに就寝。19時ころふと起きて「あ、めしたべそこねる!」と思いそっこーで食堂へ。帰ってきて、来週からのテストに備えて「さーやるぞ」と本を読み出したら3行ほどでまたまた睡魔に襲われて、そのまま今朝の9時まで熟睡(22時間睡眠)。そうして、渡米1ヶ月の記念日は過ぎた・・・・(忙しくて日記が更新できなかったのではない・・・)。
先週買ったUSBハブがいきなり壊れた。「さすがアメリカ製!!!」とみょーに感心しながら、午前中はここから3駅のスーパーへ新品と交換してもらいに。ついでに、本棚(5段!)と、浄水器(こちらでは蛇口につけるのと、ポットに活性炭がついているのと2タイプある。私は後者)を購入後、遅めのランチを食べていざ図書館へ。リュック一杯に本を詰め込んで、「日付が変わるまで寮に帰らない」と勇んで勉強するつもりだったが、20分ほどで「なんか調子が出ない」と図書館を撤収。寮でやろうと本を読み出したが、またまた3行ほどで睡魔に襲われて就寝。19時に「むくっ」と目がさめて、「やばい、めしたべそこねる!」とそっこーで食堂へ。「こんなに眠いのは、きっとコンタクトレンズが汚れていて目が疲れるのだ!」と自分で妙に納得して、現在”強力タンパク除去材”で洗浄中。その合間をぬって日記の更新。しかし、きのうから、寝るか食うかの生活しかしておらず、さすがに危機感を感じている。でも、またベットに入ったら寝れそうだから怖い・・・・。
さっき、EUN HOOからメールがきた。現在テキサスにいるらしい(友人と会うといってた)。「明日帰るから、夕飯でも食わん?」とのお誘い。考えてみると、こちらに来て20時以降に外を出歩いたのは2日のみ。パーティー参加は1回のみ。なんと言っても飲みに行くのに車がないと話にならない。帰り道、外を歩くのはひじょーに危険だからだ(電車も昼間乗ってても、ちょっと安心できない。まして、夜なんか・・・)。そのせいか、車のない私はパーティーとは無縁の生活をしている。飲みたいけど、自分の身を危険にさらしてまで飲みたくはない。でも飲みたい・・・。
○ 2001年9月16日(日)
今朝は、7時まで机に向かって勉強(?)。そのまま起きてようかと思ったが、ベットの誘惑に負けて睡眠。おきたら、12時を過ぎており、急いで食堂へ。
毎週TA(補習授業)では、生徒の宿題でわからないところがあれば、その場で説明する必要がある。そのため、われわれTAも一応すべての問題を解く。ただ、量が半端ではなく、私が解いても2〜3時間かかる。なので遅くとも毎週日曜日までにすべて解き終わり、火曜日に備えるという生活パターンを送っていた。ところが、今回はなんと意地悪な教授が、まるで見たこともない(少なくとも私が無知なのだろうが・・・)ファイル形式で書かれた課題を送ってきた。どうやらマッキントッシュ系のファイルらしい。私を含めて4人のTAのうち3人が「ファイル開けないよ!」と非常に困っている。そこで、大学まで行っておんぼろマック(ほとんど化石)が3台あるのだが、それで試みるも開けず。まったく意地悪な教授だ。火曜日の授業どうなってもわしゃ知らんぞ!
夕方、テキサスから帰ってきたEUN HOOと待ち合わせて遊びに出かけた。といっても、遊ぶところなんかないアトランタ、近所のEmory Univ.に見学へ。ここは、われらGeorge Tech(州立)とは違い全米有数の名門私立大学(学費もウン倍)。学生もどことなくおしゃれな感じ(短パンにTシャツ、サンダル姿はあまり無し)で、キャンパス内もすごくきれい(George Techは汚い、危険)。さすが、金持ち私立と感動してしまった。特に図書館では、多分全部で200台以上のWindows、Mac。そして最新のプリンターが装備されて感動(しかも液晶ディスプレイ!!)。George Techでは、プリントアウトするのにもあちこちの建物へ行って苦労するのに(トナーがなかったり、紙がなかったり)、何だこの差は!極めつけは、図書館内の展示ディスプレイの中に骨董品(らしいもの)が飾られていて、その中にどこかで見たマックが・・・・。
Emory大学の写真(バッテリーが無く1枚のみ) 煉瓦造りではなく、すべて白壁で統一された建物。
芝生が敷き詰められた空き地も多く、上に寝そべって
勉強している学生も・・・。
その後、日本料理が食べたいというEUN HOOのリクエストに答えて肴屋と言う日本料理屋へ。納豆を食わせようと納豆マグロを注文したが、かれは「うまい、うまい」と白飯の上にかけてたいらげた。その他、てんぷら、豚の角煮、雑炊を注文。久々の日本食で、味も満足。そこは、すしバーもあるので、「今度は”うに”食わせよう」と考えている。
中央は、納豆マグロ。テーブル向こうは EUN HOO。
大きいどんぶりは雑炊。右側の小鉢が 豚の角煮。味はすべてOK。
その後は、大学近くのスターバックスでコーヒーを飲みながら授業のことなどを話した。年齢が同じということもあり、私は彼をここでのBEST FRIENDだと今日改めて実感した。帰宅したら、22時近く。これから明日と明後日のプレゼン準備をしなくては・・・・。4時くらいまでには終わらせて寝たいと思っているのだが、どうなるのやら・・・。
○ 2001年9月17日(月)
本日は私にとって初のプレゼン。まあ、先生がどう採点したかは分からないが、他の学生と比べたら、可もなく不可もなく(もちろん英語力は除く)。実は、本日のプレゼンは先週の木曜日に提出した課題の内容を発表する形式だった。なので、課題をしっかりしていればあとはOHPを作るだけ。なので負担は大きくない(少なくとも私はそう思う)。
しかし、こちらに来てとにかく閉口してしまう事がしばしば。今日のプレゼンでも一人の学生が、「課題は提出したんだけど、どうやってOHPを作っていいか分からないので、俺今日プレゼンやらないよ。だって、どうやってOHP作ったらいいか今朝教授にメール出したのに返事こないし・・・」と堂々と言ってたのにはびっくりした。まあ、OHPの作り方が分からないのは百歩譲ろう(でも、大学院博士課程の2年生だが・・・・)。11時から始まる授業に対して、「今朝メールを出したのに」はひどすぎる。そんな、授業の数時間前にOHPの事を聞くのと(もっと前もって聞くべき)、教授が授業直前にメールを見るのを期待することがおかしい。
あと、これは私の生徒の話。彼らは私に実験レポートを提出しなければならないのだけど。「コンピュータがクラッシュしたから出せない」(コンピュータ無くても、ノートにデータがあるから手書きで出せるのだが・・・・)、「友人がデータを送ってこないからこのデータは無い」(無ければ、どうして一言友人に「このデータ教えて」と聞けないんだろう。一応共同実験だからデータは共有することになっているのに・・・)とまあ、数え上げればきりが無い。もちろん、きちんとやる真面目で素直な生徒のほうが大多数(逆に日本の大学生よりぜんぜん勉強している)で、こういう生徒は極少数なのだが、いちいち彼らに対応するのはほどほど疲れる。でもこれで給料もらっているんだが・・・・。
○ 2001年9月18日(火)
生活のリズムが狂っている。本日15時〜17時のTA(補習授業)を終了して、早めの夕食を済ませたらそのまま就寝。0時ころ起きて、金曜日のテスト勉強。現在朝の4時で、これから明日のTA(実験指導)の準備とプレゼンの準備を行う予定。多分このまま寝ずに授業へ行くつもり。
本日の補習授業だが、初めて自分で納得できる(?)内容だった。いかに稚拙な英語での授業に対し彼らを飽きさせない(授業に集中させる)かが大きなポイントなのだが、その答えがだんだん見えてきた。まず、わざと板書(式など)を間違える。そして間違えを指摘してくれた生徒を誉める。こうすると「この先生よく板書間違えるから、そのときはすかさず注意してやろう」と生徒が身構え、授業に集中する。次に、答えやその理由を私が最後まで言わないで途中でポーズをとる。そうすると、生徒がいっせいにその続きを答える。つまり、彼らは次にいつポーズが来るかを身構え集中する。あと、たまに日本語をしゃべる(ちょっと反則技)。そうすると、「今の何?」と生徒が面白がる。などなど、最初のころは英語で教えるのに精一杯でこうしたことを考える余裕が無かったのだが、授業にもなれてきて自分で授業をコントロールできるようになってきた(よかった)。
明日(実質今日)は、とある教授(この大学院を選んだ最大の理由は彼がいるから)と面接をする予定。研究室配属になると給料システムが変わり、TA(Teaching Assistant;学科が院生に給料を払う。学部生を教えるのが仕事)から、RA(Research Assistant;教授が院生に給料を払う。研究をすることが仕事)となる。ただ、教授が十分な資金を集められないと研究室配属後もTAをしなくてはいけない(ひとえに教授の経済力で決まる)。明日会う教授は2人までRAを雇えるらしく、その店員枠に入らねば。もしだめなら、研究をしながらTAというハードな生活が待っている。うまいことアピールして私を雇いたいと思わせないと・・・・。
○ 2001年9月19日(水)
今日はTA(実験指導)の日。内容は中和滴定と日用品の成分分析(チョークや塩など)。設定時間は3時間なのだが、早い子は2時間で終わってしまうし、遅い子(真面目な子)は終了ぎりぎりまでかかる。どちらが良いとはいえないが、私が学生だったころは前者だった。
その後、昨日の日記でも書いた教授と面接。私に大変興味を示してくださったのでとても嬉しかった。ただ、もう少し他の教授とも会って話を聞いてから最終決定をしようと思う(まだ、締め切りまで時間がある)。
○ 2001年9月20日(木)
毎週木曜日は12時で授業が終わり、16時のセミナーまで空き時間がある。そのため、大抵寮で過ごすのだが、先週何気なくオールナイトニッポンのHPを見ていたら、なんと”ナイナイが放送中”(Media Playerで聞ける)ではないですか!!(こちらでの木曜の昼12時は、日本での木曜深夜1。そんな簡単なことにも気づかなかった・・・・)。あまりの感動にそのまま2時間聞き入ってしまった。ということで、今日も12時で授業が終了するや否や、ちゃりんこダッシュして寮へ帰って放送を聞いた(なにやってんだ。でもこれから毎週聞くでしょう)。
明日はテスト。そのため現在カンニングペーパー(Cheat Sheet)の作成中。これを読んで、「なに?カンペなんか作ってるのか?」と思われた方、ご心配なく。これは合法(持ち込み可能)なモノなのです。カンペを作るのは大学以来で10年ぶりくらいかな・・・・(でも非合法だったような)。
明日の午後はTA(実験指導)のあと、KIDSが中間試験を受けるため試験監督+採点。「彼らきちんとできるんだろうか?」、「ちゃんと勉強してるかな?」と、自分の明日のテストよりも不安である。
○ 2001年9月21日(金)
先週まで金曜は、TA(実験指導)終了後寮に帰ると、そのまま疲れて爆睡。そのため日記を更新できなかったが、ようやく生活パターンに慣れてきたのか、こうして起きている(といっても、さっき3時間くらいねた・・・)。
今日はTA(実験指導)のあと、KIDSの試験のため、そのまま休憩無く労働(試験監督+採点)。1人の教授(9月16日日記参照)に私を含めてた4人のTA(大学院生)がついていて、各TAは40人のKIDSを担当している。つまり160人分の採点を一斉に行った(すべて終わったのは18時過ぎ。勿論昼飯抜き)。そして、すばらしいのが、すでに大学のHP上に彼らのスコアーが掲載されており、自分が何点だったかを確認できるのだ!!!!また、各TAが担当するクラス平均もわかる。勿論他のTAのクラスより高い平均点を期待していたのだが、結果はどんぐりの背比べ。ちょっと、成績アップの対策を考えねば・・・(ちなみに私も今日の午前中に試験が一科目あったが、そちらも対策を要するのは言うまでの無い・・・・)。
○ 2001年9月22日(土)
こちらに来て1ヶ月以上たつ。そろそろ、”床屋”に行かねばならん。先週の土曜日に”切ろう”と試みた(大学内に一軒の床屋さんがある)が、時間が遅かったため「また今度こい」と追い返された。
なので、今日は昼飯を食べた後そのまま向かった。とりあえず”丸坊主”だけは避けたかったので、「横は短くて良いから、前と頂点は長さをそろえてください」と説明した。が、なんか通じなかったみたいで、ちょっと恐怖を感じた私は、右手で前髪をつかんで「この長さにしてください」としきりに説明したらようやくわかってくれた。
日本でならここで一安心して目を瞑って寝れるのだが、ここではそうもいかない。鏡越しにどうやって切るのかチェックして、何かあったら「あぁぁぁー!!」と奇声を発して止めなければならない。しかーし、鏡はあるものの鏡が見れない。というのも、横や前髪を切るとき、日本ではカットする人がお客の横や前に移動して切る(お客を中心に店員が動く)。しかし、こちらでは”店員”が中心。彼らは、切りたいところを切るために椅子くるくるまわすのだ。というわけで鏡はあるものの後頭部を切るとき意外は見れない。何が起きているのか分からず、背後でバリカンの音がするたびに「ビクッ」としていた私は、いてもたっても居られず、店の窓にかすかに映る自分の姿を見て無事を確認した。そんな不安な私をよそに、おばちゃんは鼻歌を歌いながらご機嫌。
カットは10分くらいで終了。しかし、日本の床屋のサービスはすばらしい。まず、客が一人一人終わるごとに床に落ちた髪の毛を掃除する。勿論こちらでは、そんな”非効率的”なことはしない。床を歩くたびにおびただしい客の髪の毛が靴にまとわりつく。日本ではシャンプーをしてくれたり、顔や服についた髪の毛を払ってくれる。しかし、こちらではドライヤーで”ひと吹き”(ドライヤーは洗髪後の乾燥や、セット以外の使い方があるのをはじめて知った)。もちろん顔や首筋はちくちく。髪をかきむしると、切った髪の毛が「バサバサバサ」と落ちていく。
と、こんな感じでお値段は11ドル+チップ。「こんなサービスにチップ払えるか!!!」と思った私は、「これとっといて」と3ドルを笑顔で店員に渡したのであった(しかし、今度日本で髪切ったら、あまりのサービスに感動してしまうだろう)。
○ 2001年9月24日(月)
明日はテスト。この科目は、私が”研究室配属を望んでいる教授”が担当されている。しかも、「私、この科目はすでに日本で学びましたから先生の授業とる必要ないです」と、いい気になって”免除の試験”を受けて(8/17日記参照)落とされた科目。一度ならまだしも、2度も醜態をさらすわけにはいかず(「こんなヤツいらない」と言われかねない)、いつもよりも念入りに勉強。
明日は、TA(補習授業)で、先日(8/21)行われたテストの答案を授業内で返す。教授曰く、「KIDSは生まれてこの方、こんなに悪い点数を取った事無いから(GITには州内のトップクラスの生徒が集まっているそうです)、かなりショックを受けると思うけど、よろしく!」だそうです。そんな大役を私に・・・・・。気が重い。確かに、「この子でできるな」と、思ってたような子が意外な(悪い)点数で驚くことが多かった。うん〜〜〜〜。他のTA(大学院生)仲間も、「とにかく気にするな」と慰めると言っていたし・・・・・。
○ 2001年9月25日(火)
ふ〜〜、泣かれちゃいました、生徒の子に。今日のTA(補習授業)のとき、先週のテストを返却したんですが、点数がショックらしかったんです(でも、平均より上なんだけどな・・・・)。こちらでは、入学試験よりも、学校の成績が重視されるからかなり神経質になっているのは知っていたんだが、これだけは予想していなかった。この先あと3回テストあるんだよなー。何とかしてよい成績を取らせないと。
○ 2001年9月26日(水)
今まで2個テストを受けたんだが、そのうちの一個が帰ってきた。点数は89点(まあまあかな)。普段私はテストの点数は気にしないのだが、今回はそうはいかない。というのも、成績の全平均が2.7(5.0満点)を下回ると、自動的に博士コース(現在の私が所属、4年間)から、修士コースに格下げになり、しかも2年で大学を追い出される。すでに修士を持っている私は、ここで格下げになったら、何のためにわざわざアメリカまできたのか分からなくなる(ここに来た最大の理由は博士をとること)。逆に、こちらで修士だけを持っていると言うことは、博士課程をまっとう出来なかった訳ありの人という印象を持たれてしまう(MBAとかは除く)。
○ 2001年9月27日(木)
日本だと、不真面目な態度を先生に注意されると、生徒は大抵大人しくしているか、しかとするかのどちらかだと思う。しかし、こちらでは逆で、その後は積極的に質問をして、「俺は今は真面目にやっているんだぞ」、「こんなにも授業に貢献しているんだぞ」と、
露骨に主張する。私も、TA(実験指導)中にサボってくっちゃべっている3人組がいた(ペアーでやるので、悪いヤツはほとんど相手にやらせる)ので、注意をした。そしたらその後真面目にやりだし、今まで質問なんか来た事無いのに、何回も「ここはどうなんだ?」と聞いてきた。「私は心を入れ替えて真面目にやってます」という態度が分かりかなり関心。
ただ、”この技”もすべてのアメリカ人が有功に使えている(?)訳ではない。それは、この間の授業中、ふとしたときに
普段不真面目なJが、課題を提出していないことを授業中指摘された。立場が危うくなった彼は、やはりアメリカ人らしく手を上げて質問をした。私も、「やればできるじゃん!」と、心の中で感心していたのだが、事態は違った。普段あまり真面目に聞いてなかった(ように見える)彼が質問したのは、数週間以上も前に教授が”丁寧に”説明した”授業の根幹(大前提)”のところ。私は、「それをきいちゃちゃーーおしまいよ!あー、痛」と、思ったが、教授も「”また最初から”授業やり直す必要があるようだな?」と、ちょっと引きつっていた。ただJにはそんな事情は理解できなかったようで、教授に延々30分以上同じ事を説明をさせてしまった(逆効果じゃん!!!)。ただ、「何言っているかさっぱり分からないから、早く終わらないかな〜簡単すぎるから早く先に進んでくれないかな〜」と思っていた私は、何故か心の中で「Jつかえるじゃん」とつぶやいたのだった。
○ 2001年9月28日(金)
金曜日はTA(実験指導)の日。KIDSは、毎週(3時間)、2個の実験をこなし、そのレポートも提出しなければならない。当然、提出されたレポートの採点は私のお仕事(最終的な実験の成績も私がつける)。実はレポート採点の余裕がなく、今まで放置していた。その量、合計320レポート!!積み上げると20cmにもなる。さすがに「そろそろ採点して返さないとなー」と、思っていたのと、KIDSから「いつレポート返してくれるんだ」と、問い詰められ、昨日からこつこつ採点を始めている。いやー、しかし彼らの字は汚い。何かいてあるのかさっぱりわからん。判読するのに時間がかかる。たぶん今週末は全部これで潰れてしまうだろう。
授業でプレゼンの課題が出た。この前は10分くらいで楽勝(?)だったのだが、今回はプレゼン30分+質疑応答20分(つまり授業1コマ分)。お題は「Modern Bioanalytical Methods」について(うあ、バイオだ!苦手)。ただ、この前は1人だったが、今回は2人で行う。パートナーは例の(?)EUN HOO。と、言うことで、本日私のTA終了を待って、スターバックスで打ち合わせ(スターバックスで打ち合わせするあたりが、アメリカっぽいでしょ?)。打ち合わせは1時間ちょっとで終了。その後2人で中華+韓国料理屋で夕食。EUN HOOがお勧めの「じゃんじゃん麺(発音はこんな感じ)」をはじめて食べたがすごく美味しかった(台湾や韓国では非常に有名らしい)。茹でた麺を皿に移し、その上に玉ねぎ等で作ったと思われる黒いタレをかけて食べる。後はぷりぷりしたエビチリのようなもの。こちらも大変美味しかった。しかもEUN HOOのおごり(ごち)。
○ 2001年9月30日(日)
こちらもだいぶ涼しくなってきて、朝方なんかは薄めのセーターが無いと我慢できないくらい(でも、アメリカ人はTシャツに、短パン)。また、空気もだいぶ乾燥してきた。ということで、本日は加湿器を買いに行きました。
しかし、アメリカの電化製品は腹が立つのを通り越して、笑えて来る。寿命が1週間もないUSBハブ(正常品に交換済み)。距離10cm以内でないと反応しないミニコンポのリモコン(泣き寝入り)。そして、今日は、水を入れると、底からジョバジョバ水が出てくる加湿器(おかげで床がびしょびしょ。床を加湿しどうすんじゃ。栓が梱包されていないんですね、不良品です)。唯一買ってまともに動いたのがプリンター(ただし、エプソン製)。私の電化製品、1勝3敗。がんばれ、アメリカ。
私の寮はケーブルテレビが入っており、100チャンネルくらいある。そのため、特にこれが見たいと言うものが無く(見つけられず)、あまりテレビを見なかったんだが、先日「ALLY MCBEAL(邦題アリー・myラブ(NHK)」がやっているのを発見。これは日本でもよく見ていたので今後が楽しみ。あと、日本の番組(フジテレビ)の放送があるのも今日発見。今日は、報道2001とHEY,HEY,HEYがやってた。ドラゴンボールもやってる(なるほど、大学内でドラゴンボールのTシャツを着た大学生がいるわけだ。さすがにポケモンはいない)。