渡米後(2001年11月)

| HOME | NEXT |


○ 2001年11月3日(土)

昨日は宿題提出、テスト、プレゼン、TA(実験指導)と慌しく過ごした後、寮へ(16時)。「さー、本日の最終イベント、プロポーザルを片付けるかな」と意気込んだのだが、なかなか良いアイデアが浮かばない。

プロポーザルとは、会社で言ったら「商品企画」みたいなもので、「どんな研究をしたら良いのかを提案」するもの(もちろん、他人がやっていたり、あまりにも現実味が無いのはNG)。これは、日ごろから如何に文献を読んでアイデアをストックしているかによる(アイデアが泉のように湧き出る人は不要)。ずぼらで平凡な私が数時間考えても思い浮かぶようなモノではない(開き直り)。

そこで、頭をリフレッシュさせるべく、得意の夕寝。というのも、提出は11/2と言われたが時間が指定されていない。なので、拡大解釈。「日付が変わるまで提出すればいいかな?」と考えていたから。

いつも、”得意”の夕寝と書いているが、理由は目覚ましなしで3時間くらい仮眠ができていたから(過去形)。この日はさすがに疲れていたらしく、ぐっすり就寝(6時間)。目覚めたら23時。思わず、「あと1時間で日付変わるがな!」と、自分にツッコミを入れつつも、しょうがないので遅れて提出することを決意した(かなり、確信犯だったような気がするが・・・)。

無い知恵を絞ってようやく本日のお昼に完了。ファイルを送る前に、「一応、他人がすでにやっている研究かどうか調べとこ」と、軽い気持ちで検索すると、関連した研究が”バンバン”出てきた。「独創性がないじゃん、だめじゃん」とがっくりするも、「そうだよな、俺が思いつくようなこと、すでにやられてるのは当然だよな・・・」と、変に納得。だが、これから新しいアイデアも浮かぶはずも無く、そのまま「送信」ボタンを「ポチ」。


○ 2001年11月4日(日)

HPをちょっと改造しました。新しく「リンク」と「今週のインパクト」を追加しましたまた。また、 新ゲストブック 、旧ゲストブックは、トップからはずしまして身内用にしました。友人の方々、書き込むときはお手数ですが11/4の日記を探して書き込んでください。また、最近一般の方々からメールをボチボチ頂けるようになりました。そして頂いたメールにはお返事を書いています。しばらくはこのスタイルでいこうと思いますのでよろしくお願いします。


○ 2001年11月5日(月)

現在6日の朝7時だけど5日の日記。ここ数週間忙しくて、Eun Hooとも毎日顔を合わすのだが、挨拶程度だった。しかし、私のほうが一段落ついたのと、彼が今日テスト1個終わったので(彼は毎週忙しい)、久々に昼飯を一緒食べた。大学の近くにあるパスタ屋さん(名前は、OLD FACTORYだったかな?)。味はなかなかでした。

2人とも来年30歳なので、「オヤジのたしなみ」である、ゴルフでも始めるかということで意見が一致した(若くてゴルフしている人すみません)。韓国でも「ゴルフ=オヤジのスポーツ」で、さらに「ゴルフコース=腹黒い政治家の社交場」というのが一般人のイメージらしい。といっても、TAをやっている我々にはそんな暇は無く、RA(Research Assistant)がもらえる来年の夏以降の話。

今週の金曜日、第3回目のKIDSのテスト。前回よりもパワーアップしたキャンペーンをしようと思ってたんだが、ここ最近の忙しさに何もできず。でも、前回は自分の課題そっちのけで必死だったんだけどなー(泣かれちゃぁ、かなわんわ)。今日がテスト前最後のTA(補習授業)。とりあえず、前回と同じ内容の資料は朝までかけて作成したが、これだけでは平均点80点の目標はむりだろうなー。


○ 2001年11月7日(水)

あれは18歳のとき。特に将来やりたいこともなく、勉強する動機もなかった。当然入れる大学もなく、浪人決定。とりあえず予備校にだけは通った。しかし、そこで出会った化学の先生に影響を受け(実は当時のテキストとノートは私の原点で、もちろん米にも持参)、将来は海外で化学を研究しようと決めてから10年。本日初の米での実験。ようやくスタートラインにたった。


○ 2001年11月8日(木)

こちらの教授はオフィスアワーというのがあって、ある決まった日時(例えば水曜の15時〜17時とか)は常にオフィスに居なければならない。そして、質問がある生徒はその時間帯に訪問し、自由に質問できるというすばらしいシステムがある。

当然TAで授業(補習授業だけど・・・)を持っている私も、生徒に「オフィスアワーはいつ?」とよく聞かれるのだが、元来「オフィス」が無い私にオフィスアワーもヘチマも無いので、「質問があったらいつでも遠慮なくメールくれ」、「それからスケジュール調整しよう」と答えている。

明日にテストを控えたKIDSから質問攻めにあうだろうと今日は覚悟していたのだが、なぜか1人だけ。そのKIDは前からよく質問に来てくれて、私のお気に入りの1人。めちゃめちゃかわいくて、Sandra Bullock に似ているかな?まあ、かわいいだけならたいした事無いのだが、このKIDは性格もむちゃくちゃ良く、日本人の私からしても好印象である。例えば、私の下手な英語にもいやな顔せず、真剣に聞いてくれる。おかげで教えていた1時間、ずっと目じりが下がりっぱなしだった。こういうオフィスアワーなら何時間やってもいいぞー!だめ?


○ 2001年11月9日(金)

本日KIDSのテストがあって、結果が最悪。全8クラスの「低い平均」に対して、私の担当する2クラスの平均は、「更に低い」(前回良かったは偶然なのかな?)。

来週火曜日のTA(補習授業)で、”私が”テストを返却する。教授(TAの教授であって、研究室の教授とは別人です、念のため・・・)は、「KIDSは、ぎゃ-ぎゃ-騒ぐと思うけどがんばってね」だとさ。

「自分で難しいテスト作っといて、TAに尻拭いをさせるのか?」と言いたかった。だって、彼の最初の授業は「月曜日」で、私のは「火曜日」。すでに採点が終わっているのだから、最初の「彼の授業」で返すのが筋でしょ?明らかにKIDSとのいざこざを逃れてる。目の前でKIDSに泣かれるのがどんなに「へこむ」のか知ってるのか?ん、知っているから逃れるのか(納得)。

TA教授の週3時間の講義に対して、我々TAの補習授業は週1時間しかない。つまり、週3時間の講義で出た疑問を、週1時間の補習授業で答えなければならない。まあ、しっかりした授業をしてくれるのなら、特にKIDSの質問もなく、時間内に対応できるのだが・・・・。これがどう考えても無理。

まず、宿題。KIDSの疑問の多くは、「宿題をどうやって解いたらいいのかわからない」である。そこで、TA(補習授業)中に宿題の解き方の解説をする。

しかし、この宿題の量が半端ではない。それは、「化学専攻の私でさえ全宿題を解くのに毎回4時間以上かかる」といえばご理解していただけるでしょう(私も質問に備えて全ての宿題を解くのです)。しかも、私は「宿題の解説」を持っている(KIDSは持っていない)。多分、KIDSは毎週15時間以上は宿題に費やしていると思う。そんな毎週出される膨大な宿題を、たった1時間の補習授業でどう説明するのか?無理です。

そこで、仏の私(?)としては、「そんな膨大な量、全部やらなくていいよ」と思わず言いたくなるのだが、そうもいかない。というのは、更に最悪なことに「テストの一部が宿題から出される」から。

TA教授は、「宿題からテスト出題するんだから、出来てあたりまえだろう?」と首を傾げるが、それは「宿題の量が適切なら」の場合であって、完全に現状を把握してない(実は、彼は今回初めて講義を担当する)。我々TAが抗議しても特にスタイルを変える様子は無い。また、KIDSから、「ISAO、テスト難しすぎるよ!」と言い寄られる。まさに、中間管理職の「板ばさみ状態」である。

唯一の希望は、全4回あるテストのうち、12月の最後(ファイナル)のテストで良い成績を取れば、悪かった前3回のテストの成績を塗り替えられるということ。こうなったら、意地でも成績を塗り替えてやる。


○ 2001年11月10日(土)

昨日のKIDSのテスト採点中、何も出来ない自分が悔しいのと腹立たしいのとでムカムカ、ムカムカ。そして全てが終了したのが18時。実はこの日は日本人会の飲み会があり、それが17:45集合。当然行きそびれてガックリ。このまま寮に帰っては、興奮して眠れないと思い、昨日2時間しか寝ていないEun Hooを連れまわして外出(すんません、Eun Hoo大先生)。

たまたま、大学の韓国人が主催する映画会(無料)があったので観賞。内容はコメディーで、高校の同級生だった2人の主人公が、卒業後10年ぶりくらいに再開するところから始まる。1人は現在高校教師をしているのだが、実は高校生のときは不良グループのリーダーだった。そしてもう一人は現在マフィアの組長なのだが、高校時代は成績トップの優秀な生徒だった、というちょっと無理な設定。ここから話は進んでゆくのだが、いかんせん私の表現力が乏しいので、紹介はここまでにしておきます。

この無理な設定も手伝って、内容は大変に面白かった。もちろん台詞はハングルなのだが、英語の字幕があり、内容はある程度理解できた。今までの人生の中で「一番笑えた映画」ではないだろうか。

韓国映画というと、日本では「シュリ」などのシリアスな映画が有名だが、逆に韓国のコメディーのほうが日本受けすると思った。文化も近いせいか、観客の韓国人(ほとんどが韓国人だった)と笑うタイミングが一緒だったのが嬉しい。彼らも大爆笑。

映画終了後、「この映画すごく笑えたよ、韓国でも有名なの?」と聞いたら、「そうでもないよ」だそうだ。恐るべし、韓国のコメディー映画。最上の「韓国モノ」を見たら、私笑い死ぬかも。

その後は、空腹が頂点に達してた(昼飯抜きで仕事をさせられていたし・・・)ので韓国料理。からーいキムチいろいろ5品目+海老などの海鮮と豆腐を”からーい”スープでぐつぐつ煮た鍋+白飯をたらふくゴチ(Eun Hooのおごり。すみませんEun Hoo大先生、今度すし食わしたるから)。

韓国三昧の一日でようやくご機嫌になってきた私は、Eun Hooをここで釈放(お疲れ様でした)。なんか、飯も美味いし韓国がだんだん好きになってきた(将来住んでみようかな?その時は、もちろんEun Hoo先生お願いしまっせ)。


○ 2001年11月12日(月)

文献や参考書などを読んでると、自明のこととして出てくるのだが理由が分からない事が沢山ある(現象のみが記述されていて、理由が説明されていないとき)。適当な参考書も見つけられず、文献で出てくるたびに「何でかな?」と疑問に思い、理由を考えてはみるものの、いつも???。

しかし、「たまーに」、そして「ふとした瞬間」に、「あああ、そういうことか!」と気が付くことがあるのだが、それが今日は2回も起きた。1つはここ8年間、もう1つはここ3ヶ月間疑問に思っていたこと。この「ふとした瞬間」に気が付いたときは非常に嬉しい。

そんな嬉しい事があっても、「これは悪いことへの前兆か?」と思ってしまう。なぜなら、明日のTA(補習授業)で、先週金曜日に行われたKIDSのテストを返却しなければならない。もう、「泣く位や、わめく位」なら「動揺しないぞ」。私の中ですでに免疫が出来ているし、心の準備も出来ている。たぶん。


○ 2001年11月13日(火)

明日はテストが1科目あるので、先程まで夕寝をして今から勉強(現在23時)。

前回は授業の最初のほうにテストを返却して、その後の1時間つらい思い(?)をした。その教訓を踏まえ、今回は授業の最後のほうにテストを返却をした(この辺はずるがしこい)。

案の定、例のKIDの目が「ウルウル」してきた(「何でこんな点が低いのよ!」てな感じで興奮して)。あやうく、あの大きな青い目から涙がボタボタ落ちそうだったが、今日はそこでタイムアップ。一応「ウルウル」で済んだが、やはり心臓に悪い。

11/10の日記にも書いたが、12/12にKIDSのファイナル(最終試験)があり、そこでよい点を取れば過去3回の悪い成績を塗り替えられる。

しかし、私の授業は週1時間、このままではあの膨大な量の範囲をカバーできない(塗り替えるには今回のテスト範囲の問題のほかに(これだけでも大変!)、過去のテスト範囲の問題も解かなければならない。つまり、もし過去3回のテスト全てを塗り替えるには、今学期全ての範囲を勉強しなければならない)。

そこで、来週のThanksgiving 休暇(4連休)明けの26日から、ファイナルまで、平日に3時間*2回、土日に各3時間、私が特別授業をすることに決めた(もちろん希望者のみ)。

実質テストまで2週間しかないので、全てのテスト範囲をカバーするのは厳しいがやるしかないないだろう。たぶん来週の4連休は、ほとんどこの授業の準備に費やさないといけないだろう。

一瞬、「何も土日を使ってまで授業やることは無いでしょ?」と思ったのだが、このまま何もしないと、KIDSは化学嫌いになってしまうと思う(現に、「もう二度と化学の授業取らない」といっているKIDSもいる。この責任は重いぞ!!!!!TA教授)。

私が、嫌いな化学(高校3年生の時、しかもセンター直前で0点をとったこともあったなー)が好きになったのは19歳のとき。そしてKIDSも現在同じ19歳。一人でも私と同じように化学が好きになってくれたらいいな。この責任は重いぞ!


○ 2001年11月14日(水)

昨日夕寝の後、本日のテストのための勉強をしようと思っていたのだが鼻水が「たらーっ」と止まらないので、「かぜかな?」と思い勉強せずに就寝。朝起きた時にはすっかり直った。直前に1時間ほど勉強してテストに臨んだ。もともと勉強しても意味が無いテスト(「議論せよ!」とか、「新しいアイデアを記述せよ!」という問題)と知っていたので寝て正解だった。

もう一つのクラスで、今日いきなりテストがあった(つまり今日はテスト2科目)。この科目は過去3回テストがあったが全て難しく、私も一回完全撃沈した(10/19の日記でノーベル賞関係の問題が出たヤツ)。それに対して何人かの学生が「ブーブー」言ったらしく、その埋め合わせのテストだそうだ。

教授は、「何かの埋め合わせのイベントをやる」とは言っていたが、みんなは、「多分、課題(宿題)だろう」と予想していた。なもんだから、「抜き打ちテスト」に更に「ブーブー」。

本日、担当している2クラスのうちの片方のクラスの、今学期のTA(実験指導)が終了した。もう一つのクラスは金曜日で終了する。まあ、事故も無く無事に終了できそうだ(金曜日、写真でも取ろうかな)。


○ 2001年11月16日(金)

本日でTA(実験指導)が終了!事故も無く無事できて嬉しい。下の写真は実験室の風景。この教室全部を私1人で指導しています。1回が3時間で、もう1クラス担当しています(合計週6時間の実験指導)。

左は実験室の風景。この中に20人のKIDSがいて実験をする。この写真だと部屋が小さく見えるが、実際は大きい(写真だと分からないけど、実験台は3列ある)全体に説明をする時は大声を張り上げないと伝わらないので、はじめの頃は叫びつかれた(もうなれたけど)。
上の写真で、奥に見えるガラス張りの部屋が測定室で、この写真。中央の台にあるのは可視の分光器だが、いちいち測定したい波長にあわせて使うもの(自動でスキャンをしてくれない)。かなりの骨董品らしく、維持費が大変らしい(よく壊れる。新しいのを買えばいいのに)。手前右にある緑のUFOみたいのは遠心分離機。回転すると「ブンブン」と轟音が・・・。これも骨董品です。
これは一番上の写真の反対側から取ったもの。真中のKIDはいたずら好きで、今日は右に映っているKIDの椅子の上に水をばら撒いて、それを知らずに座ってお尻がぬれるの楽しんでいた(私も笑いがこらえきれなかった)。

本当はもっと面白い写真をとったのだが、「お前、実験指導じゃなくて、遊んでるじゃないか!」という突っ込みが入りそうなのでこれくらいにしておきます。今度はTA(補習授業)の写真でも撮ろうかと考えているのでお楽しみに!


○ 2001年11月19日(月)

昨日から風邪(のどとはな)で、本日の授業と研究室ミーティングをお休み。夕方18時からの試験だけは受けてきた(ほとんどで勉強できなかった)。まだ熱は出てないので何とかなるのだが、油断は大敵。本当は書きたいことがあったのですが今度にします。おやすみなさい。


○ 2001年11月20日(火)

理系の米大学院を希望する場合、自分のやりたい研究のイメージがもともとあり、「この教授の下で、こんな研究がしたい」と考えて大学を選ぶことがしばしばだと思う(大学の知名度や、授業内容よりも、やりたい研究をしている教授がいるかどうか)。

しかしその際注意したいのは(よく言われてることですが)、「やりたい研究をしている教授が2人以上(いや、3人以上)いる大学を選ぶ」ということ。これは非常に重要である。

理由はいくつかある。せっかく苦労して大学に入ったのに、お目当ての教官がもうすぐ退官(転勤)。あるいは、教官と性格が合わない、たまたま財政的に厳しく院生を採る余裕が無い、など。

何でこんなことをいきなり書いたかというと、例のEun Hooが、転学を考えているらしい(この間の日曜に聞かされた、ショック)。

彼は有機合成がしたくてこの大学を選んだのだが、お目当ての3人の教官のうち、2人は、「今年は雇いたくないな〜」という冷たいお返事。もう一人は、「是非いらっしゃい!でもお金ないから給料(RA)は払えないよ」というお返事。

これは、2年目以降のRA(Research Assistant:好きな研究をするだけでお金がもらえるすばらしいシステム。残念ながら日本では授業料を払って研究をするのが一般)はもらえず、ずーーーっと4年間TA(Teaching Assistant:現在私が一番苦労しているヤツ。KIDSの実験指導と補習授業がワンセット)をやってくれという意味(そうすると教官は院生に給料を払わなくて済む。その代わりTA代として学科が給料を払ってくれる)。

確かに、その教官の院生は全員TAをしている。そこで、「TAをしていて、いつ自分の研究が出来るんだ?」と疑問に思ったが答えは明快。「月から土曜、朝8時から夜11時まで働く」のだそうだ。これで納得。

しかし、私と同じ30歳リーチのEun Hooにはそんな体力勝負の研究は出来ず断念(あと、40人のKIDSとのコミニュケーションも慣れない英語なので、いろいろトラブルも絶えないのです。精神的な負担はかなり大きいです)。といわけで、現在他の大学の研究室を探しているそうだ。

しかし、これもまたいろいろ難しいらしい。私の中では、「ドライな社会のアメリカ、この大学は私に向いてないから変えます」というようなことは簡単なイメージがあったが、そうでもないらしい。

まず、受け入れ側の大学が、トランスファーの最低条件として、「ジョージア工科大学(うちの大学)のお偉いさんから、何のもめごとも無くトランスファーします」という証明書を提出するようにと。また、うちの大学も、「せっかく受け入れた学生が半年でトランスファーされては、うちに何か問題があるのでは?と疑われてしまうのであまりしたくない」らしい(Eun Hoo談)。

ということで、米大学院を希望する方々は、このようなケース(稀だと思いますが)があるのでしっかり下調べをすることをお勧めします。直接、「今年は何人の院生をRAで雇いますか?」と聞くのも手です。こちらでは別に失礼なことでもないし、あとで後悔するよりかは全然いいと思います。


○ 2001年11月21日(水)

大学によっても学科によっても違うが、うちの学科(School of Chemistry and Biochemistry)の博士課程取得は4年となっている。そして実際に4年で博士を取得できるのは50%(つまり、多数の5年生、6年生が存在する)。というわけで最終発表は「出来る人から、自分でスケジュール調整をして順に行う方式」で、日本のように日程が決まった「護送船団方式」ではない。つまり、出来ない人はいつまでたっても出来ない。

現在私の所属するラボには博士課程の4年生以上が4人いる。そのうち今学期で最終発表(Defense)にこぎつけたのはたったの1人。つまり来学期も3人は研究をしなければならない(多分3人とも来学期で卒業できそう)。

で、今日はその最終発表の話。私は日本でしか経験したことが無いのだが、最終発表では(中間発表もそうだが)、学科のほとんどの先生と学生を含めた、40人くらいの前で発表をしていたと思う。発表する時はそれなりの盛り上がりを感じたものだ。

今日見た発表は、発表自体(約60分)はなかなかすばらしいものだったが、ギャラリーが、我が研究室のボス+副査の教授2人+我が研究室の学生7人という非常に寂しいものだった。質疑応答も寂しく、副査2人が1個ずつ質問したのみ(その間10分くらい)。

その後、ボスと副査の教授2人と発表した学生のみで審議が行われ(我々一般人は追い出された)、そこで熱い議論が交わされたかもしれないが、「なんか、4年間研究して最後の晴れ舞台がこれじゃちょっと寂しいな」と感じてしまったのは気のせいだろうか?この点では日本の方式のほうが好きだな(多くの人に聞いてもらえるし)。


○ 2001年11月23日(金)

木、金とThanksgiving(感謝祭)のため4連休。そのため食堂も図書館も全てお休み。私のルームメイト3人は全てアメリカ人なので帰省していて部屋には私1人という寂しい状態。さらに、薬を飲んでるのだが風邪が治らず、さらに最悪なことに風呂のお湯が泥水のように茶色い(もちろん修理は連休明け)。最悪な連休である。


○ 2001年11月24日(土)

11/9の日記に書いたが、12/12(水)にKIDSのFINAL(期末試験)があり、そのための補習授業をする準備で、この4連休は潰れそう。まずは全テキストを読み直している。しかし、約700ページの範囲を4日間で読みきるのは、ちょっときつい(あきる)。あと、授業で使うクイズや資料、そして模擬試験もこれから作らなければ。やることだけはいっぱいある。

昨日も書いたが、ここ最近風邪薬を飲んでいる。しかし、熱も無くたいした風邪でもないのだが、何日もシャワーを浴びないと、「すごい重い風邪」にかかったような錯覚に陥る。なので、今日は我慢してシャワーを浴びた。というのも、、お湯をしばらく出しっぱなしにしていると、不思議と裸眼(0.01以下)で見た感じ、何ら問題なく見えるのだ。逆に、ちょっとにごり湯くらいで、温泉気分を味わえた。しかし、その間は必要以上にお湯を凝視してはいけない、あくまで雰囲気のみ楽しむ。アメリカらしい生活の1コマである。


○ 2001年11月27日(火)

予定通り、4連休はKIDSの試験対策だけで全て潰れてしまった(食事以外は全て寮の中、しかも1人)。そのため書くネタなし。

しかし、最近TAの仕事ばかりで、研究のほうが何も出来ていない。そのせいか、なんかボスのご機嫌もよろしゅうないような・・・・。まあ、気のせいだとは思うんだけど。やはりTAを理由に研究しないのは本末転倒なので、何とか時間を作らないといけないんだよな。そういう意味では最近だれているのでしっかりせねば。


○ 2001年11月28日(水)

最近日本は寒いようだが、こちらはまだ暖かく、日中はTシャツ1枚で全然平気。関東の冬みたいに冷たい北風が無いので暖かいのかな?(日中最高気温は20度以上)

今学期は、12/17が私の最後の試験日なので、その次の日から冬休み。しかし、1/4から授業がスタートしてしまい(休みが短い)、帰国はしないつもりです。その代わり、友人(といっても、Eun Hooだが・・・)と暖かいフロリダへ逃避しようかと計画しているのだが、このままだとアトランタでも充分暖かいので、どうしようか悩むところ。

現在22時。これから土・日に行うKIDSの試験対策の資料作りを仕上げねば。あと、リンク1個だけ追加しました。まだまだリンクしたいHPがあるのですが、しばらくお待ちください。


○ 2001年11月30日(金)

11/16の日記でTA(実験指導)が終了したと書いたが(11/16日記参照)、本日は「check out」を行った。要は、今まで使ってた実験器具の返品で、実験自体は行わない。これで本当にTAの実験指導が終了し、週6時間の空きが出来る。なので、本来だったら「自分の実験をバリバリ」するんだろうけど、私の場合は、その空き時間で補習授業をするのでそんな余裕は無い(実は、明日の土曜から補習授業を始める)。

ここで、いきなり英語の問題。次の文の意味は? 「Will we have a curve on our test?」

テストがあるたびに良く聞くフレーズです。大体察しはつくと思いますが、KIDSから聞いた感じは「CURVE=底上げ」のようです(辞書とかで見たこと無いんで詳しくは分からないんですが・・・)。

本日の「check out」終了後、私の作成したテスト(期末試験)を行った。これは、実験で身に付けた知識を試すテスト。パッと見た感じ平均90点くらい。私のテストは、テスト前に「テスト対策授業」をするし、きちんと勉強すれば高得点が取れるように作成するので毎回平均点は高い。

しかし、ここに問題がある。私の担当外のクラスもあり、学内での全平均を合わせなければいけない。通常は85点にするので、他のTAはまさに「底上げ」をするのだが、私の場合は「底下げ」をしなければいけない。

ある日の補習授業中に、「君たちに、negative curve(私が勝手に作った言葉なので正しい英語か分かりません!)をあげなければならない」と話したら、KIDSはいっせいに悲鳴をあげて喜んでた(?)。まさに、「底下げ」は初体験らしく、「なんで、なんで?」と聞かれたが、「全体の平均をそろえなければならない」と話したら納得して笑ってた(といっても、マイナス2点だけなので笑えるんですね)。

そこで、今日のテスト終了後、何人かのKIDSに「テストどうだった?」と聞いたら、「完璧、でもISAOのテスト、negative curveがあるからな〜〜」と、痛いところを突っ込まれてしまった。どうやら、私のKIDSの間では「negative curve」という言葉は定着したらしい。



| HOME | NEXT |