渡米後(2001年12月)

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○ 2001年12月2日(日)

昨日+今日の2日間、13時から16時まで補習授業を行った(さすがに疲れた)。休日なので建物の入り口のカギが閉まっている。そこで、みんなで外で待ち合わせして一緒に建物に入った(私だけカギを持っている)。しかし、遅れてくるKIDSが何人かおり、私が何度も待ち合わせ場所に行ってつれてこなければならなかった。集まった生徒は全部で20人くらい。

あと、今日は何人かのKIDSが、普段はTシャツに短パンのラフな格好なのに、今日に限って「バシッ」としてたので、「なんだ、この後デートか?」と突っ込んだら、「違うよ、朝教会に行ったんだよ」ですと。若いのに関心(俺なんか休日は昼近くまで寝てるのに・・・)。

これから、火曜の朝までにKIDSのレポート(全200部!)全てを採点しなければならない。気が重く、先程ぱらぱらとレポートを見ていたら、一人の女の子が、「この日(実験をした日)は私の誕生日だったの、だからAちょうだい」と書いてあった。それが出来たらどんなに楽か・・・。


○ 2001年12月4日(火)

朝3時にようやくレポートの採点(実は全部で240部あった)がおわり、KIDSの実験成績を大学に送信した。しかし、これで今学期はもうレポートを採点しなくていいと思うと嬉しい。

それから、朝7時まで本日のTA(補習授業)の準備をし、9時まで仮眠。それから授業に出て、水曜と金曜に行う特別授業用の資料作りをしてから、TA(補習授業)へ。

実は本日が最後の補習授業だということをKIDSから聞かされてはじめて知った(そうだよな、来週がファイナルだもんな)。本当は、最後くらい私がえらそうに(?)授業をしている写真でもとろうかと思ってたのに残念。

現在5日の朝3時(6時間ほど寝て今起きた)。これから、ブロードバンドニッポン(http://www.lfx.jp/)を聞きながら(これを聞くためにこの時間に起きているような・・・)、土曜、日曜に行う特別授業の資料を。これを今日中に完成させて、いいかげん今週金曜にある私の期末試験(2科目)+プロポーザルに着手しないとしゃれにならない。

今日オリンピックの聖火リレーが大学内を走ったらしく、人が沢山集まっていた。私も、少し待てば観れる状態だったのだが(寮の目の前を走った)、その時間ももったいないほど。今週を乗り切れば・・・。

でも、早くジンジャーを見てみたい。


○ 2001年12月5日(水)

今度の土、日に行う特別授業の資料を夕方6時に完成した。午前中の授業2クラスと、12時からの特別授業以外はずーっと資料作りをしていたので、何も食べずにやっていたんだが、昼からの特別授業後に、一人のKIDが袋一杯のクッキー(手作り)をくれた。「私たちのために一生懸命がんばってくれてるから、そのお礼」ですと。いやー嬉しかった、功感激!(あ、パクッてしまいましたすみません)

ちょっと最近の心配事(?)。私は現在「1年生のTA」をしているのだが、ボスの命令で来学期は「3年生のTA」をしなければならない(ただ、ボスの命令といっても最終決定権は私にあるので、来学期も1年生のTAを行うことも可能である)。

今学期は幼稚な英語レベルを、化学の知識でかろうじてカバーしてきた(高校で化学の授業をそんなに取ってなかったKIDSも多い)。しかし、3年生ともなると下手すると私なんかより全然化学を知っているKIDSもいるし、さらに英語での込み入った説明や議論が出来ない。そうなると、「どっちがTAだか分からなくなってしまう」という恐れがある。

あと、私の研究室の友人も、ボス命令で3年生のTAをしたのだが、口々に、「あれは大変だよ、それに比べたら1年生のは楽勝だよ」と言うではないか。現在すでに首が回らないのに、来学期はさらに忙しくて自分の研究どころではないかも・・・。

普段あんまり心配事の無い私も、さすがに、「来学期も1年生のTAにしようかな〜」と悩み(?)、資料作りが終わってアドバイザーのオフィスへ行ってみた。

私: 「あの〜、来学期のTAなんですけど、私には3年生は無理のような気がするんですけども・・・。」

アドバイザー: 「なんで?」

私: 「教えるレベルが難しくなるし、それを説明するだけの英語力が無いと思うんです・・・」

ア: 「何言ってるんだよ、君の英語は問題ないよ!何事も経験だよ!」

私: 「うん〜、でも〜」

そうすると、隣にいた秘書さんが。

秘書: 「あなたなら大丈夫よ!問題ないからやりなさい!」

この秘書さんの一言で、「そっか、自分の英語はこの4ヶ月で成長したのか、だから何とかなるだろう」とだんだんその気になり、「やってみようかな〜」と思ったその時、

ア: 「君は、”パーソナリティーも素晴らしい”から何の問題もないよ!」

生まれてこの方、言われたことの無いような”お世辞”を言われ、「いっちょやってみるか!」と思った瞬間、「いや、待て待て、時間が無くて自分の研究が出来なくなる、やっぱだめだ!」と考え直し、

私: 「現在、すでに時間が無くて自分の研究ができないんです、これで3年生のTAになったら今より時間がなくなると思うと・・・」

アドバイザー: 「大丈夫、来学期は週1回の実験指導を”3時間”だけだから!」

今学期の私は、実験指導6時間+補習授業2時間を行っている。合計8時間が、3時間に縮小、しかも今の半分以下!私にとって、この知らせは嬉しかった。「おぉぉぉ、これは来学期、研究じゃんじゃんバリバリモードか?」と、この時点で3年生のTAをやることを決心(でも、時間が短くなるのに、それでもなお、「3年生のほうが大変だ」という研究室の友人の言葉はこの時すっかり忘れてた)。

私: 「私、来学期、3年生のTAやります!」

と、アドバイザーと硬い握手をして、意気揚揚とオフィスを去り、夕飯のためにいつもの食堂へ。

本日は、クリスマス前ということもあり、特別メニューが用意されていた。あるコーナーに行列が出来ていたので私もそこに並び、あと5人くらいというところで、カウンターのおねえさんが「チキンorビーフ?」と一人一人に聞いているのが聞こえた。メニューを見ると、鳥のクリーム煮とローストビーフではないか。私は「び〜ふだな」と即決。自分の番になり、

おねえさん: 「チキンorビーフ?」

私: 「び〜ふ」

おねえさん: 「チキン?」

あれ、「び〜ふ」って聞こえなかったのかな?と思った私は大きな声で

私: 「び〜ふ」

すると、またも同じく

おねえさん: 「チキン?」

このやり取りを4回くらい繰り返し、だんだんおねえさんの表情が険しくなってきたので、「なんでだ、なんでだ?」と一生懸命考えたらようやく分かった。本日は特別メニューのため、食堂の入り口で「チケット」を渡されていたのだ。そこで、チケットを差し出すと、おねえさんは、「にこっ」として私の皿にローストビーフを盛ってくれた。

ぐ〜、「チキン」と、「チケット」を聞き分けられないとは・・・・。英語はさっぱり分からん。やっぱ、来学期も1年生のTAに変えてもらおうかな。


○ 2001年12月6日(木)

昨日の日記ちょっと長すぎたので今日は短く。明日は朝一で期末試験+授業のあと、12時からKIDSへの特別授業、そして15時から2科目目の期末試験、そしてその後ボス主催のクリスマスパーティーでなぜか韓国料理屋へ。

実はプロポーザルの提出も明日だったのだが、授業中に友人のJが、「期末試験があるから提出日遅らせてください」と、謙虚な(?)日本人の私にはとてもいえないようなことを、堂々とぶーたれた提案してくれたおかげで月曜日に延期になった。これでかなり救われた。いいぞ!アメリカ人、こういうところが好きだ(プロポーザルを一行も書いてない日本人より)。

さー昨日もらったクッキーとコーヒーで朝まで勉強だ!


○ 2001年12月8日(土)

結局木曜の夜は1科目のテスト勉強を22時から29時までやって、30分ほど仮眠しようとしたのだが、おもいっきし寝てしまい、2科目目の勉強は2時間ほどしか出来なかった。テストの感触も、勉強した程度(2時間分)の出来。

金曜の夜はボス主催のクリスマスパーティーに参加。日本だと研空室の飲み会は、スタッフと学生でパーッともりあがるのだが(盛り上がりすぎて記憶をなくすこともあったが・・・)、昨日参加したのは、みんな家族や彼女、彼氏を同伴。そのため20人以上集まったのだが、みんな車で来ているせいか、飲んでもビール瓶(小)を2本くらいで、どちらかというとお食事会。日本のビールが置いてあったので、どうせ飲むから大瓶を注文しようとしたら、みんなびっくりしていたので、仕方なくこの私も気が引けて小(サッポロ)を1本のみ。久々に日本のビールを飲んだが、「こんな味だったのか?」とすっかり忘れていた。

料理のほうはみんなで適当に注文したため似たようなものばかりで、やはりネイティブと一緒に行かないと美味いものにありつけないのを実感した(でも、プルコギはうまかった)。

本日は昼からKIDSの特別授業。例のごとく外で集まり、カギを持っている私と一緒に教室へ。本日は1人のKIDがあめちゃんをくれた。感謝感激雨あられ。渡米前は白人の女の子はどことなく近寄りがたい(冷たい)イメージを持っていたが、本当は全然そんなことなく、すごく優しいというのを実感した。

授業を2時間、その後はさすがに疲れたため仮眠をしようとしたがまたも熟睡。明日は最後の特別授業で水曜の朝にKIDSの期末試験がある。結果が楽しみ。


○ 2001年12月9日(日)

本日も13時からKIDSへの授業と質問に答えた(3時間休憩なし)。KIDSの期末試験は水曜なので、私が彼らにする授業は本日が最後。月、火は質問のある場合はアポを取ってから会うということになっている。

今日の授業中「work function(仕事関数)」という言葉をKIDSに言わせたかったんだが、誰も答えられなかったので、私がヒントのつもりで”w”から順にアルファベットを書いていき、”work fu”まで板書したとき急にKIDSが「ニヤニヤ」したので、「何でかな?」と一瞬思ったが理由がすぐにわかった。私は心の中で、「その単語はNGワードだから言うなよ!」と内心思いつつ、「誰か言わないかな」と期待し、ちょっと長めの間を置いたら、いつもお調子者のとあるKIDが、「Oh, work fu○k!」と叫んだので教室は爆笑となった。こういう「お約束」を絶対に逃さないところは大阪の人に似ているような気がする。

これから、明日に提出が延長になったプロポーザルを仕上げるつもり。さーがんばりまっせ。


○ 2001年12月10日(月)

昨日は日記を書いた後、プロポーザルを一生懸命書き終わり、提出するためにファイルをメールに添付しようとしたのだが、肝心のファイルがどこを探しても無い。「お〜、どこいった!!」と叫び狂う・・・ところで目が覚め、時計を見たら朝6時。夢だった。さすがに昼間の3時間の授業が疲れたらしく寝てしまった(20歳前半のころは5時間連続で夏期講習とかやっても平気だったんだけど・・・)。

しかし、夢の中でのプロポーザルはほんの1時間ほどで片付いてしまったのだが、現実はそんなに甘くなかった。朝6時に起きてからは、昼飯、夕飯、研究室打ち合わせ、KIDSからの問い合わせ以外の全ての時間を費やし(今は期末試験期間だから授業は無い)、つい先程、提出締め切りぎりぎりの23:57にメールで送信完了をした。まったくアホな夢を見なければもっと余裕をもって出来たのに。


○ 2001年12月11日(火)

今週は期末試験期間なので授業は終了。当然私のTA(補習授業)も終了したのだが、明日がKIDSの試験なので、「授業はしないけど、15時〜17時にいつもの教室にいるから質問あったらきてね!」といっておいたので教室で待機。「誰も来なければ嬉しいな」と思っていたんだが(別にサボりたいわけではなくて、みんな疑問なく勉強がはかどっているという意味で・・・)、なんと10人以上も来た。しかもわたしのKIDSの口コミで(?)、他のTAのKIDSも数人やってきた。質問に答えた感じでは、今日きてくれたKIDSは大丈夫そう。

明日は、朝8時から11時までがKIDSの期末試験。ながい。それもそうだ、計700ページ以上の範囲をテストするんだから・・・・・。試験監督後の採点もかなり時間かかるだろうな〜。明日の試験みんなうまくいきますように。みんな土日も大学にきてがんばってたんだから・・・。


○ 2001年12月13日(木)

本日で私の期末試験は終了。試験は3時間で、課題は、「ガソリンスタンドにあるタンクからのオイルの漏れを、ガスタンクの周囲と、地下水で検出するセンサーシステムを顧客に提案する」というもの。ようはプロポーザルである。この授業の試験はいつもこんな感じで、直前に勉強してもほとんど役に立たないので私は好きである。後は月曜日にあるlit examのみ。

昨日のKIDSの試験であるが、朝8時から3時間の試験監督後、「さー、夕方までには採点全部終わらせたいな〜」と思っていたら、いきなりTA教授が「クリスマスプレゼントだ、この採点は私一人でやる」とおっしゃたので試験の結果がどうだったのかは全然分からず(かなり知りたい・・・)。まあ、人様の試験結果をあーだこーだ言うのも考え物なので、結果としては良かったのかも。

試験の最後にKIDSと握手をして、何人かはメールでグリーティングカード(?)もくれた。これで私の今学期のTAは完全に終了。この日記をTA日記としてお楽しみいただいていた方(?)は来学期までお待ちを。

本日はボスと今後の予定の打ち合わせをした。春学期は1/4から始まるので、みんなそれまで来ないだろうと思っていたら大間違いだった。みなさんしっかりはたらくのね!私も暇なので、この機会に研究室の友人に器具の使い方などを習って、いいかげんに自分ひとりで全てが出来るようにしよう。

あと、リンクを少し更新しました。今年中にはなんとか・・・・。


○ 2001年12月15日(土)

私の住んでる寮は、アトランタオリンピックの時に選手用の宿泊施設として建てられたのでそんなに古くない(5年くらい?)はずなのに、毎月何回かは火災報知気が誤報で鳴り響き、そのたびに住民全員が外に避難する。すでに、毎月恒例の寮住人全員の顔みせ会。

そんでもって昨日も。しかも夜中の3時半。当然寝ていた私は、「どうせ誤報だろうから無視して寝ようかな?」と思ったが、万が一本当の火事で、「日本人学生焼死体で・・・」とうのもしゃれにならないんでパスポートと財布を持って外へ。

今年は暖冬で昼間はTシャツで過ごせるが、さすがに昨夜は寒く(7度)、みんなガタガタ震えていたのだが、やはりアメリカ人は凄い。こんな時もTシャツに短パンで身震い一つせずにいる。

「どうせ誤報だから、早く止めて寝させてくれ!」と思っていたら、今回は事情が違うようだ。みんな屋上を指差しているので見てみると、なんと白い煙がもくもくと出ているではないか。

いつもだったら、10分くらいでまずパトカーが来て、警官がオンボロ報知器を止めてくれるのだが、今回も来るなりあっさり止めてしまった。そして報知器が止まるや否や、みんな寮内へドカドカ入っていった。私は、「あれ火事じゃないのか?」と不安だったが、まあみんな入っていくんでOKということで就寝。結局、今現在何も無いので、多分あの煙はボイラーかなんかからの排気だったんだろう。

しかし、アメリカ人は訴訟がすきと聞いていたが、あの報知器を作ったメーカーとそれを使用している大学を訴える人が一人くらいいてもいいと思うんだが。誰か訴えてくれ!


○ 2001年12月16日(日)

現在は17日の朝の5時半。ブロードバンドニッポンを聞きながら今学期最後の試験勉強。これが終われば、好きなことが出来る。

ブロードバンドニッポンといえば、つい先日ニッポン放送から、わざわざ今住んでいるアトランタの寮に郵便物が届いた。就職活動のときに頂いた不採用の通知以来の郵便で、思い当たる節は無く、「実は当時の採用基準にミスがあり、貴方を遅ればせながら採用します」という知らせかなと思い、「それだったら帰国準備をせねばな」とアホなことを思いながら封筒を開けたら、手紙とボールペンが入っていた。よく見るとアンケートに答えたお礼だそうで、実はだいぶ前にネット上でアンケートに答えていて、そのお礼をわざわざこちらまで送ってくれたのだ。多謝多謝。


○ 2001年12月18日(火)

本日から来学期までは授業等は無くお休み。ということで、朝10時から研究室に行き、渡米後2回目の実験。導電性ポリマーの合成を行ったんだが、初めてで何も分からないので研究室の友人のBrianに教わった。で、実験が終わって研究室を出たのは20時。

しかし、久しぶりの長い実験のせいか、最後のほうはボーッとしていて、器具を洗う時にBrianのガラス電極を落として割ってしまった(その時はもう彼は帰宅していた)。ストックは無いので注文をしなくてはいけない(ちょっと値段が高い)。やれやれ。他の友人に話したら、「It happens(良くあることさ)!」と慰められてしまった。


○ 2001年12月19日(水)

今日も朝10時から研究室へ。昨日Brianのガラス電極を壊してしまい、昨晩はすでに帰宅していた彼にメールで事情を説明して謝っておいたが、今朝一番で平謝り攻撃しようと襲撃したら、なんと、彼がすでに修理していてくれた(ガラスなので、ガスバーナーで修理しようと思えば出来るが、構造が細かいので、多分難しいだろう)。そして一言、「たいした事無いから気にするな!」ですと。かっこよすぎるぜBrian!

ということで、午前中はまたBrian大先生に教わり、午後からは、昨日習ったことの確認もするため自分ひとりで合成。これで合成は自分ひとりで出来るようになった。Thanks!


○ 2001年12月21日(金)

昨日はEun Hooが引越しをするというのでそのお手伝い。通常は車で片道10分なのだが、アトランタ名物(?)の朝夕の渋滞時は45分かかるのでさすがに辛いらしい。

しかし彼は所有物が多い。韓国から持ってきた本だけでダンボール9個(私は本や衣類全部含めてダンボール2個だった)。そして、まだ一人身のくせに、ダイニング用のテーブルと椅子(2つ)、そして2つの机(コンピューター用と勉強用)、本棚3個、ソファー、クィーンサイズのベットと、同じ給料をもらってるのにどうしてこうも生活レベルが違うのか不思議でしょうがなかった(しかもヤツは車もち)。

極めつけは新しい住居。門には守衛さんが常駐し、関係者以外は入れず、敷地の中には大きな公園やいろいろな施設(プールや床屋など)があり、一見したら高級住宅地。部屋はキッチン+リビング+寝室+バストイレ(もちろん食器洗い機やレンジは備え付け、電気コンロは4個)。しかも庭にはBBQ用の台まで。気になる家賃は聞いてびっくり、われらの安月給の半分(日本じゃ考えられない安さ、しかも私の現在の寮費に毎月100$ちょっと足せば住める)。

しかし、一番驚いたというか、裏切られたと思ったことが一つ。あまりのモノの多さに、必要なさそうなものを見つけては、「これ捨てちゃえば?」と聞いていたのだが、そのうちの一つに、上部を切り抜いたティッシュの箱に、10cm四方くらいの紙がびっしり入ったモノがおいてあったので、「なんじゃコラ?」と思ってみてみると、表には私が見たことも無いような難しい英単語(実は、見た瞬間は難しすぎて英単語とは分からず、他の外国語かなと思ってしまった)と、その裏にはハングルで意味が書いてあった。「なにこれ?」と聞くと、「GRE(アメリカの工学系大学院の試験の一つ、日本でいったらセンター試験みたいなやつで留学生もアメリカ人も受ける)のVerbal(GREの中の科目の一つ、我々にとっては英語、しかしアメリカ人にとっては国語)用に勉強した単語帳、今でも捨てないで大切にとってあるんだ」ですと。

これだけ勉強したら、さぞかしいい点をとってるだろうと思い聞いてみると、なんと「680点(800満点)」。中国人は点数が高いのは有名だが、英語が苦手とされている日本人(とおらく韓国人も)は点数が低いのは有名(?)。だから彼に点数を聞いた時は「冷やかし半分」で聞いたのに・・・(なんだ、お前も点数悪いのか、俺もだよ、ガハハハってな展開を予想していた)。しかも勉強したのはたった2ヶ月。コレが私にとってどれだけ衝撃的かというと、私は2回受けて(しかも2回のインターバルは1年、つまり勉強できた期間は1年)、「2回とも380点」。自分の点数を教えたら、逆の意味で衝撃的だったのか、さすがのEun Hooも沈黙。これからは師匠と呼ばせていただきます、Eun Hoo師匠。


○ 2001年12月25日(火)

メリークリスマス。ということで今日は研究室には行かずに(また明日から通常営業に戻ります)友人と遊びに行ったが、ここはアトランタ、やはり遊ぶことは限られる(さらに、閉まっている店が多い)。ボーリング、映画、飯と、何らクリスマス色の全く無いコース。映画は「The Lord of the Rings」で、コレが長い。どれだけ長いかというと、開始20分後に睡魔に襲われて2時間爆睡しても、その後1時間分は見れるという長さ(要は3時間)。腰痛い。

手塚治虫の漫画がネットで読めると聞いたので、早速「アドルフに告ぐ」の一から五巻までを読破(一冊300円+TAX)。コレは中学の時に社会の先生に薦められてトライしたのだが、当時の私にはつまらなかった。しかし、今読んだら手塚治虫の凄さを再実感した。彼の作品はもっと評価されてもいいのに(ブラックジャック、火の鳥は大学の時授業をサボって部室で読んだよなー)。


○ 2001年12月26日(水)

日本に半年間住んでいたことがある研究室の友人(ヨーロッパ人)が、「日本人とヨーロッパ人は、知り合ったばかりの頃は多少よそよそしいが、時間がたって話をするにつれて仲良くなる。逆に、アメリカ人は初めての人に優しい(Friendly)が、時がたつにつれてだんだんよそよそしくなる。だから、アメリカ人の友人を作るよりは、ヨーロッパ人や日本人の友人を作るほうが簡単だ」と話していた。なかなか面白い意見だが実際はどうなのだろうか?


○ 2001年12月27日(木)

この休み中に勉強しておきたい本が2冊あって、1冊は以前にアマゾンで購入。もう1冊は大学で買ったのだが、あまりにも難しすぎて本日またもやアマゾンで易しそうなヤツを検索してオンライン購入。大体3日くらいで届くので本当に便利。

別途送料がかかる(今回は4ドルくらい)のだが、古本を買えばトータルでは安い。以前買ったのも古本だったが、ほとんど新品(定価の7割くらい(約70ドル)だった)。なので本屋で買うよりはかなりお得(車が無いので、本屋にいけないのも大きな理由)。

また、一部の本はネット上で内容も確認できるので、そんなに失敗することは無いと思う。逆に、実際に本屋に行くといろいろな本に目移りがしてどうでもいいような本を衝動買いしてしまうので、私にはアマゾンは良いかもしれない。


○ 2001年12月29日(土)

一昨日くらいに風呂場の蛍光灯が切れてしまった。幸い(?)ルームメイト全員帰省しており部屋には私一人だけなので、バスルームのドア全開+廊下の電気をつけていれば支障は無い。だが、ふと彼らが帰ってきて、ドア全開でシャワーを浴びているところを目撃されるのも考え物なので、蛍光灯を取り替えてくれるように昨日オフィスに電話をした。

しかし、案の定留守電に。「まあ、この時期はどこもお休みだろうから年明けまでドア全開でシャワー浴びるか」と、半ば諦めて留守電にメッセージを残しておいた。そしたら、本日研究室から夕方帰ってきたら蛍光灯が交換されていた。

日本だったら正月明けまでは休みのため、「ほぼ無理」だと思っていたので意外だった。だって、サンクスギビングの時は「ファンタオレンジ色したお湯」を直してくれるのに休み明けまで待たなきゃいけなかったから・・・・。ようは、ここアメリカでは年末よりもサンクスギビングのほうが重要な休日ということか。

ps アメリカに住んで4ヶ月。「自分の入れた留守電を頼りにちゃんと修理してくれた(英語が通じた)ので嬉しい」などと思ってるようじゃ、まだまだだな。


○ 2001年12月30日(日)

リンクを少し更新しました。しかし、「今週のインパクト」は一回も更新せずに年を越しそうだ。来年こそは!


○ 2001年12月31日(月)

おーー、あと30分で新年だ!しかも異国の地で向かえるはじめてのお正月。しかし、8月に提出した論文の査読が本日私の手元に届いたので、昼からはずーっとその修正。気が付いたら後30分しかないので慌てて日記書き。多分このまま論文を修正しながら新年を迎えるのだろう。



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