渡米後(2002年6月)

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○ 2002年6月1日(土)

映画のスパイダーマンを見て影響を受けたせいで(?)、明日はロッククライミングに行く予定。たまたま研究室の友人がやってて、いっしょにつれていってもらうことに。リポ○タンDのCMよろしく、岩山をがつがつ登るのを想像しているのだが、果たしていかに?

今週は、飲みに行ったり野球を見たりとかなりくつろいだ1週間(もちろん昼間は研究に専念)。野球は地元ブレーブス対エクスポズで、特に調べもせず行ったら、たまたまエクスポズの投手が大家友和選手(ほかには吉井理人投手がいる)で、どちらのチームを応援するか迷うが結局エクスポズを応援。9回で逆転勝をしたが、途中代打で交代されたため大家投手には勝ち星はつかなかったと思う。残念、次に期待。


○ 2002年6月9日(日)

男4人、女3人で先週の日曜日にロッククライミングへ。面白かった。高さは10m弱なのだが、高さよりも岩肌の状態でぜんぜん難しさが変わる(つるつるの岩肌や、表面が出っ張った岩など)。登る前は、「こういうルートで行こうかな?」と、全体が見渡せるのだが、いざ岩肌に張り付くと上半身周囲しか見れず、足場はもうどうなってるのかさっぱりわからない。特に一度登ったら戻れないので、まさに手探りならぬ足探り、しょうがないので出っ張ったところを感触で探して足を掛ける。

うまい人なら全体のルートが頭に入っていてそのイメージ通りにひょいひょい登るんだが、私の場合は初心者だし、どちらかというと行き当たりばったりの性格なので、何度も絶壁の途中で「こんなの、どうのぼるんだ?」と躊躇してしまった。また、岩にしがみついていると、それだけで体力が消耗される。しまいには手足の筋肉が「プルプル」震えてくる。しかも、くそ熱い太陽が絶壁を照り付けるので、汗も滝のように出てくる。

ということで、朝6時起き。で、帰ってきたのが夜10時。さすがに最後のほうは岩をつかむ筋力がなくなり、何度も絶壁から落ちた(でも、命綱をつけているので、8mくらいの高さで宙ぶらり、下に落ちることはないのでぜんぜん安全)。またつれていってもらう予定(しかし、一緒に言ったアメリカの女の子達ははたくましかった)。今度はデジカメを持っていかねば。

最近は例に漏れずサッカー観戦。友人と酒を飲みながら観戦するのも楽しい(日本戦は両方とも大きなテレビがある師匠の家で見た)。今日は、韓国対アメリカをルームメイトと3人で夜中の2時半から見る予定。

しかし、意外とアメリカ人もサッカーを見ているのには驚いた。典型的な日本人である私は、判官びいきのせいか(?)、初戦のフランスが負けたときうれしくて、とあるアメリカ人の友人に話したら彼もうれしがってた。なんでも、強いチームが負けるのはうれしいらしい。「これって、判官びいきかな?」と思ったが、どうやら違うらしい。「何でもアメリカが一番でないと面白くない」、そんな感じだった。


○ 2002年6月14日(金)

今ボスは長期不在だが、来週には帰ってくる。ボスの出発前、「お帰りになる頃にはよい結果をお見せします」と、よせばよいのに強気な発言をしたのだが、いまいち結果が思わしくない。なので、ここ最近は研究室に1時くらいまでうだうだしている。

しかし、今週はつかれた。研究だけだったらたいした負荷ではないのだが、寮に帰ってきてシャワーを浴び、一息するとちょうど夜中の2時半、サッカーが始まる(日本での昼の3時半)。実は、今も決勝リーグの第1試合をルームメイトと3人で見ているところ。

あと、夕方の7時から1〜2時間、月曜日=キックベース(野球でサッカーボールを使う球技、小学校以来=20年ぶり)、火曜日=ビーチバレー(初体験、砂場は動きづらいが、スライディングしても痛くなく気持ち良い。終わったら砂まみれで研究を続けるのは気持ち悪いが)、木曜日=ソフトボールと週3回もチームに参加して試合をしている、これまた疲れる。ちょっと欲張り過ぎた(しかし、スポーツでもしないと、一日中研究室をうろうろ、友人と会う機会がないのでよい気晴らし)。


○ 2002年6月19日(水)

前回の日記で、「運動をいっぱいしている」と書いたが、年甲斐もなく(?)はしゃぎすぎたせいか、右足を痛めてしまった。座っているだけでも痛かったし、腫れていたので、「これって、骨折かな?」と思い、骨折未経験の私は足を引きずって大学のヘルスセンターに行った。そしたら、触診と痛み止め(タイレノール)だけくれて追い返された。

「X線とかとってくれるんかな?」と期待していたのに、あまりの軽い診断(一週間たっても腫れがひかないようだったらまた来なさい)にしょんぼり。足を引きずって病院を後にしようとしたら、哀れに思った看護婦のおばさんが杖を貸してくれた。

てっきり、松葉杖を貸してくれるのかと思ったら、意地悪ばーさんが使うようなステッキ。杖を使って歩く私を見る友人は口々に、「ISAO、老人みたいだな」といわれる始末。

で、実験もここ1週間うまく行かず、悪いことが重なっていたんだけど、今日ようやく(ボスが帰ってくる前日)、それらしいデータがでた。しかし、自分で造ったガスセンサーで体に悪いガスを測定した後、水上置換でトラップして、きれいになった空気をドラフトから外に排出しているのだが、やはり毒ガスがある部屋に一緒にいるというのは精神衛生上よくない。なんか気分が悪くなる。


○ 2002年6月20日(木)

本日、ラボメイトの一人が最終発表を無事終了。明日にもう1人、そして来週に2人が発表をして卒業となる。これで、夏を過ぎると、どっと研究室の人数が減る(計4人)。でも、うれしいことにすでに新しい後輩が入ってきた。

来週の月曜の定例グループミーティングは、順番から行くと私の番だった。しかし、日本にいた研究室だったら、最終発表直前のグループミーティングは卒業生の発表練習に当てられていた。なので、「まあ、私の発表の出番は当分先になるだろう」と予測していた。

しかし、足を引きずり一生懸命実験をしたせいだろうか、昨日と今日で人に見せても恥ずかしくない(良い)データが出始めた(ここ1週間は、人に見せられないようなゴミデータの山だったので)。本来だったらその場でボスのところにデータを見せに伺っても良いのだが、なんせ長期出張から帰ってきたばかり、溜まっている仕事の処理が忙しくてそれどころではないだろうと、日本人らしく遠慮していた。

しかし、人間とは身勝手なもので、良い結果が出るとどうしても「みーせーたーい!」と思うもの。しかし、「来週のグループミーティングでも発表できないし、しばらく先になるなー」とムズムズしていた。そしたら、いきなりボスが研究室にきて、「来週の月曜 ISAO 発表できる?」とのお言葉。

ということで、ここ2日の結果のおかげで来週月曜は楽しみな(前回の発表のときもそんなことを書いたような気がするし、結局喜んでたのは自分一人だけだったが)プレゼンができそうだ。多分回りの人にも喜んでもらえると思う。


○ 2002年6月24日(月)

最近は、足を怪我したせいと、うちの学生2人が夜中の11時にホールドアップにあったから気をつけましょう!というチラシにびびって(?)帰宅が早い(でも、夜中に刃物で切り付けられたとか、いろいろな物騒な話題はここ最近のことだけではないのだが......)。なので、幸いなことに日記を更新する時間がある。

本日、ラボプレゼンを無事終了。やはり、良いデータがあるとプレゼンの準備も楽。いちいち言い訳をしなくてもすむから(悪いデータだと、どこが悪いとかを説明(悪あがき)しなければならないので)。その直後、ボスとのミーティングを入れてもらい、今後の方針についていろいろ相談できた。

別に、自分のプレゼンがないときでも必要と感じたときにボスとのディスカッションをお願いに行くのだが、そのときはすべての内容を私が説明してからでないと進まない。そして、その分時間がかかってしまい忙しいボスには申し訳ない。だから、プレゼンの後にディスカッションするのは自分ながら良いアイデアだと思う。

話は変わって、日本人には少し抵抗があるかもしれないが、こちらではたいていのボスは自分の研究室の学生に対して、苗字ではなくファーストネームで呼ばせる。もちろん私のボスもそうで、ボスに呼びかけるときは彼のファーストネームで呼びかける(研究室の人もみんなそう)。

で、もちろん研究室の学生だけでボスの話題をするときもDr. Janata(日本ではJanata先生だから、てっきりProfessor Janataと呼ぶんだと思っていたが、こちらではいまだにそういう風に呼んでいる人を聞いたことない)とは呼ばず、ファーストネームで呼ぶ。

しかし、面白いのは、たとえばボスの授業中で、研究室の学生でない人達がいる前では、決してファーストネームでは呼ばず、必ず「Dr. Janata」と呼ぶ。特にボスがいなくて、他の研究室の学生の間だけで話題になるときも同じである。これは、なんとなく日本的(?)で驚いた(私の周りだけなのだろうか?)。

ちょっと例は違うかもしれないが、会社の上司を○○部長とか、○○さん(私が以前にいた会社は社長も含めて年齢に関係なくすべて”さん”付けで呼んでいた)と呼ぶが、取引差のお客さんの前でその上司の名前を呼ぶときは、完全に呼び捨てである(つまり、役職や、さんをつけない)。例えが違うが、こんな風に呼び方を使い分けるのは、なんかアメリカっぽくないよな気がするのだが。


○ 2002年6月27日(木)

前回の日記の続き。こちらでは、自分の親より年上のひとでも、事務などのスタッフの人をファーストネームで呼んでいる。とうのも、初対面の時に相手の名前を聞くと、たいてい彼らはファーストネームしか答えないし、こちらでミスター○○とか呼ぶのもよそよそしくて、逆に失礼のような気がするから。

でも、こちらに来てはじめの頃はこの習慣になれず、「ハーイ、ジョ、ジョン!」とか、言葉に詰まってしまっていた。でも今はこの習慣にも慣れたし、実か結構好きだ(ただし、自分のボス以外の教授はドクター○○と呼んでいる)。

逆に、自分がファーストネームで呼ばれるのも好きだ。先の秋学期のTAの時は1年生を教えていたんだが、10歳位若いKIDSも、私をISAOと読んでいたし、たまーに日本風に礼儀正しい(?)KIDSが、「ミスターSASAKIと呼んだほうが良いですか?」と聞いてきたので、「ファーストネームで呼んで」と答えていた。

しかし、このファーストネームで呼ばれて嬉しいのは、英語での場合だけらしい。というのも、秋学期のときのKIDSの1人に、アメリカ生まれでアメリカ育ちだが、ご両親が日本人の中村君がいた。そして、彼は英語の環境で育ったため、日本語は片言しか話せない。

その彼と、たまたま昼を一緒に食べたとき、日本語で会話してみようということになった。アメリカ人の中村君は、近しい年上の人と話すときでも、「さん」をつけるという日本的習慣はなく、「功は卒業したら何するの?」とか、「功は彼女いるの?」とか話し掛けてきた。が、10歳も年下の子に日本語で名前を呼び捨てにされた経験がないので、なんか違和感があった。


○ 2002年6月29日(土)

前の日記でも書いたが、最近良いデータが出始めている。しかも、足を怪我してから急に。これくらいの怪我で良いデータが毎回出るのなら大歓迎。

今週の結果は条件などの細かいところの詰めが甘く、来週にもう一回実験をして最終結果とする予定。私個人としては、この結果を元に論文を書けないかな?と思っていて、実は同時進行で書き始めている(取らぬ狸の皮算用?)。しかし、ボスは違う実験結果を加えて論文にしたいらしく、多分そうなるだろう。この辺の判断は、ボスに従うのが一番だと思う。

話は変わり、私が去年第1志望として受けたが、無事に不合格となった大学に師匠のトランスファーが決まった(さすが!)。何でも、彼も去年出願したんだが、結局合否の返事がないまま(ペンディング)だったらしい(私も、大分遅れて返事をもらった。そう考えるとあの大学は結構適当なのかも知れない)。なので、今回の出願時はすべての書類が向う様にそろっているので、特に改めて書類を送る必要はなかったらしいのだが、駄目押し(?)のために、ジョージアテック(うちの大学)の教授の推薦状を送りつけたらしい。

ということで、そのお祝いをかねて日本食屋で寿司をご馳走した。ヤツは日本人でないくせに、うに、納豆、イカの塩辛と何でも食える。こう考えると、日本と韓国って近いと感じる(別にすべての韓国人が納豆などを食べれるわけではないのだろうけど)。



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