渡米後(2002年9月)
○ 2002年9月1日(月)
今日(月曜日)は、「Labor day」で休日のため3連休(土日月)。この日は日本で言うところの「勤労感謝の日」だろうけど、アメリカ人の友人が言うには、「正確には NO Labor dayで、一切働いてはいけない日だ」といっていたが私もそう思う。
関係無いけど、かなり前の話。とあるアメリカ人が、「私が病気になったのは(成人病かな?)、毎日食べているジャンクフードのせいだ。ジャンクフードがそんなに体に悪いと知っていたら、毎日は食べなかったぞ!」といって、アメリカのファーストフード店を訴えたという信じられないような事がニュースになった(この話を友人に話したら、同じアメリカ人でも呆れていた)。
で、さらにとある日のクライミングに行く途中、カーラジオでパーソナリティーが冗談交じりに、「アメリカ人に肥満が多いのは、日本人が性能の良い車(too much relaiable cars)をつくるからだ。すべての車がイタリアの某メーカの車だったら、故障ばかりする代わりにアメリカ人の運動量が増し、肥満が少しは改善されるはずだ」といっていて、車内一同大爆笑。
しかし、ここはアメリカ、数年後には実際に日本の自動車メーカーを訴えるアメリカ人が出てくる可 能性は高いだろう。
まあ、こんなふざけた訴訟に対して日本の自動車会社が何ら恐れを感じることは無いだろうが、昨今異常気象とうで問題になっている排出ガス(二酸化炭素などや、温暖化とは直接関係があるのかは知らないが、ディーゼルエンジンのすす)などで、近い将来訴訟を受けて莫大な賠償金を支払うことはありえるだろう。タバコ会社が訴えられた様に、可能性は十分高いと思うのだが。
○ 2002年9月5日(木)
最近マニキュアを使っている、もちろん女性が爪に塗るヤツだ。といっても、私の爪に塗るのではなく研究のために使っている。
1mol/Lの硫酸といえば比較的強い酸だが、私の研究に必要な化学センサを作るのには、そのセンサを硫酸に浸さなければならない。しかし、私のセンサ、場所によってはその硫酸に侵されてしまい(溶けて)使い物にならなくなる。
なので、どうしたら良いんだべと困っていたらボスの奥さんに、「マニキュア塗れば大丈夫よ」といわれた。最初は半信半疑でマニキュアを私のセンサの弱い部分に塗ってから硫酸に入れた、そしたら不思議と溶けずに済んだ(さすが!)。
というわけで、私のセンサはマニキュアだらけであるのだが、これを論文に書くときにどうやって書くんだろう?まさか、「〇〇(メーカー名)のマニキュアを塗ってから、室温で5分間乾燥させ、それから1mol/Lの硫酸に浸す・・・」とでも書くのだろうか?
注:これを見て、「マニキュアを塗ってから硫酸に指突っ込んだけど火傷した」といわれても一切責任は取れません。
○ 2002年9月6日(金)
現在、朝の4時。実は下の日記は4時間前に書いたんだけど、どーも眠れない。というのは、昨日の夜ロッククライミングのジムに行って、「今日こそは登ってやる」と意気込んでいたのがあったのだが(5.10)、結果登れず。
で、下の日記を書いてベッドに入ったのだが、悔しいのと情けないのと、「今度は、あの場所に右足を置いて、それから左足をどうしてと・・・」と、次回にどう登るかのシュミレーションが頭の中で始まってしまい、寝れやしない。しょうがないので、ベットで手足も一緒に動かしているのだが、端から見るとひっくり返ったゴキブリが起きあがれず、もぞもぞしている感じ。あー今からジムに行ってもう一回トライしてすっきりと気持ち良く寝たい。
○ 2002年9月8日(日)
土曜の昼に久々に髪を切った(ここずっと、土曜はロッククライミングに行っていたので行けなかった)。毎度の事ながら、「どうする?」と聞かれて、「medium short, please] と言ってだんまり御地蔵さんパターン。途中、もみあげ切るかと聞かれ、切らないでという会話くらい。相変わらず、床屋でこう切って下さいとか注文できないので情けない。なので、いっつも短く切られる。
土日はたいてい研究室に行くのだが、今週は行かなかった(やっておきたかった仕事もあったのだが)。友人達に、「髪切ったの?」と聞かれて、その後ニタニタされるのがなんとなく恥ずかしくて、そう中学のとき、部活で「坊主にしてこい」といわれて、次の日学校に行くのが嫌だったのに似ている(結局月曜に会うのだから、関係ないのだが)。
しかし、夕方、研究室にいる友人から、「何で研究室にこないんだ?これからジムに行って登ろうと思っているんだがいかない?」と電話があり、即答。結局ニタニタされてしまった。こんなんだったら、昨日から研究室に行っておけば良かった。
○ 2002年9月9日(月)
今週水曜日、9.11がやってくる。テロ後のテレビ映像にはショックを受けたが、それと同時に 「ジャパン」、「パールハーバー」という言葉がテレビから良く聴かれ、日本人としては複雑な気持ちだったのをはっきり覚えている。
数日前、アメリカ人の友人とロッククライミングのジムに行く途中のカーステレオから、去年のテロと真珠湾の比較をするプログラムがやっていた。で、自然とその話になって、意見を求められたとき、「日本人として、民間人を無差別攻撃した去年のテロと、真珠湾を同時に語られるのは嬉しい気持ちはしない。まるで日本人がテロリストだったみたいに言われているように感じる」といった。
そしたら彼が、「テロと真珠湾は次元が違うのは分かっている、ただ、アメリカが攻撃されたという点で、アメリカ人にとってはどちらも同レベルにショックなんだ、だから同列に取り上げるんだ」と言っていた。また、「あの戦争は、アメリカが日本への石油供給源を絶ったため、必然的な(?)成り行きだったと思う」、「また、真珠湾攻撃後に在米日本人を隔離したことを恥ずかしく思う(embarrassed)」と言っていた。
これは彼一人の意見で、他のアメリカ人がどう思っているかは知らないが、「同レベルにショックだった」と言われても、日本人である以上複雑だ。
○ 2002年9月12日(木)
今学期が始まって約一ヶ月が過ぎたが、卒業に必要な授業の単位数は揃っているので、今は授業をとっていない。しかし、2年次の学生には「student seminar」というのがあり、学生達が大き目の教室に集まり、毎回担当の学生が45分間、最新の研究についての発表をする。もちろんその場には、発表する学生のボスと、他の教授達も来て発表後に質疑応答をする。ただ、「他人の研究」を紹介するだけなので、来年にやらなければ行けないオリジナルプロポーザル(自分で独自の研究テーマを考えて、いかに科学的に遂行可能かを述べなければならない)よりかは大分楽。
で、私の順番は10月10日で、ぼちぼちその準備のための論文読みを始めている。今日もジムから帰ってきて(ジムは毎週火、木に行っている)、シャワーを浴びたりして現在1時半。ダイエットコークを飲みながら(ビールではない!)日記を書いて、これからちょっとだけ論文を読むつもり。
こんなことを書くと、「あ〜、勉強大変そうだな」と思われるかもしれないが、なんせ授業が無いので朝はルーズで、大体11時前後に起きて大学に行くので、至って楽な生活(去年の今ごろに比べて)。
去年の今頃と言えば、ほんとTAが大変だった。前の日記にも書いたと思うが、うちの学科には今年日本人が2人来て、今日その内の一人と話したんだが、「もーTAやめたい!」と言っていた。その気持ち、痛いほど分かる。
○ 2002年9月15日(日)
土曜、日曜と外にロッククライミングに行く予定だったのだが、両日とも雨のため中止。行けなかったのは悲しいのだが、ちょっとだけ嬉しいのは、朝6時半に起きて、「雨降ってるから中止!」の連絡が入ってから2度寝できること。
こんな事言うと怒られるかもしれないが、平日は10時過ぎに起きているので、今の私にとっては6時半起床は相当キツイ(ロッククライミングのためで無ければ絶対に起きない時間)。
なので、朝にルーズな生活をしている昨今、朝型のルームメイトとはほとんど会わない。彼は、朝7時頃シャワーを浴びて出かけてるみたいで(そのとき私は布団の中)、私が帰ってくる0時くらいは彼の部屋の電気は消えている。
なので、彼と話ができるのは、私が外にロッククライミングに出かけない土日のみ。そして、私がいる日曜には良く日本のテレビを見ている。
で、2週間前くらいの[HEY, HEY, HEY」で、松田聖子を見た彼が、「彼女は20歳半ばで、ダウンタウンの二人は50歳台に見える」と言っていた(なんか、番組内でボウリングをしていた)。まあ、松田聖子が若く見えるのは理解できるが、ダウンタウンが50歳台に見えるとは、日本では考えられないと思うんだけど。
そして、今日も私が寮にいたので一緒にテレビを見て、11時くらいになって彼が寝るというので、「Good night !」と私が言ったら、彼に「See you next Sunday !」と言われてしまった。ルームメイトに、「また来週」と言われるような生活してたらいかんな。
○ 2002年9月16日(月)
ここ数日、実験装置の大改造。今までのは一時的だったのでいずれは改造しなければならなかったのだが、改造に必要な部品が先週末届いたから。なので、今は実験室でガス管や電気信号のケーブルを配線し直したり、新しい電気回路を造ったりで、とても肉体労働が多い(頭を使う仕事より、こういう肉体労働のほうが結果がすぐ目に見えるので楽しい)。
夜は夕食後まっすぐ寮に帰ってきて、来月にあるセミナーの準備のため論文読み。いつもだったら、知らない英単語の意味さえわかれば発音をあまり気にしないのだが、今回は発表をするため発音にも注意をしている。なので、いつも使っている「英辞郎」ではなく、発音が聴ける「Merriam-Webster's」を使っている。便利な世の中だ。
○ 2002年9月17日(火)
去年の夏、渡米直前に投稿した論文が数週間前にようやくパブリッシュされた。予定(理想)では、そろそろ次の論文が書き終わっているところなんだが、そのような素振りはまったく観測されない(もう少しロッククライミングの回数を減らさないと)。と言うわけで、今日は火曜だけどまっすぐ寮に帰ってきてセミナーの準備のための論文読み。
しかし、昨日のニュースはあまりにもショック過ぎる。
○ 2002年9月22日(日)
今日の日記は、食事中の方や、これから食事をする方は読まないほうが良いでしょう。
昨晩、夕方から豪雨があり、地下にある我々の研究室は水浸し。どうやら地下にある”とある1室”の天井が決壊したらしい(後で説明するがその部屋は閉じられていて中が見れなかった)。で、”水’だけなら良いのだが、汚泥のような赤色の固体までフロア中堆積していて、酷い所では一センチくらい積もっていた。
という非常事態なので、日曜にもかかわらず電話で召集がかかり研究室へ。で、この泥、全部の泥がそうではないが、一部非常に臭い。しかもトイレの側にある我々の研究室が特に(だから茶色いんだろうな)。
そんな悪臭の中、サンダルを履いてびしゃびしゃになりながら泣く泣くお掃除。しかし、不思議なもので一時間もすれば感覚は麻痺してさほど臭いは気にならなかった。
で、先程の決壊した部屋、あまり大きな声では言えないが、実は放射性物質が保管されているところ。なので、今日はドアの前に立ち入り禁止の黄色いテープが張り巡らされていて、ドアが閉ざされていたわけ。
しかし、もし放射性物質が水浸しになっていてフロア中を汚染していたら・・・・。今日掃除をしていた我々は完全に被爆である。まあ、そう言った物質は床に置かずきちんと棚に保管されているはずなので大丈夫だとは思うのだが。というので、ちょっと怖かった。
で、ここからはもっと大きな声では言えない話。掃除が終わり、一回寮に帰ってシャワーを浴びてから食堂に行こうと思っていたのだが、お腹が空いて今にも死にそうだったので我慢できず水道で簡単に洗ってそのままゴー。サラダに入っていた臭いチーズ(パルメザンかな?)を食ったとき、掃除中の臭いを思い出し一瞬気持ち悪くなったが、基本的においしく頂きました。しかし、食堂を悪臭で”2次汚染”してしまったかな?
○ 2002年9月28日(土)
もう土曜日の夜か!、まだ水曜くらいの気がしてる(一週間が経つのが早い)。今週は実験装置の改造を終えて新しいデータがぼちぼち出始めることを期待していたのだが、新しい装置にしてからまったくデータが出ない。旧装置は日本でも同じようなのを組み立てたので必ず上手く行くと思っていたのだが、今回は何かおかしなミスをしているようだ。
そのため、今週はあーでもないこーでもないと装置をいろいろいじりながら試行錯誤の状態(現在進行中)。原因がだんだん特定されてきたが、トンネルの出口はまだ先のようだ。
このように、装置が上手く行かずにデータがまったく無い状態が続くのは研究者にとって良くないのだろうが(ボスに進捗を報告するときも、「装置が上手く動きません」で終わってしまいあまり有意義な議論ができない)。しかし、私はこの「上手く行ってない」状態のほうが好きである。
というのも、「早く良い結果を出したい」という適度なプレッシャーがかかり、「どうしたら上手く行くんだろう」と色々調べたりして勉強するし、なんと言っても問題解決したときの達成感は嬉しい(これはロッククライミングで頂上に登った時の感じに似ているかな?)。逆に上手く行ってるときは何をやっても結果が出るため、余り勉強しない。
話は変わるが、先日ルームメイトが1000ccのヤマハのバイクを買うと言っていたので、去年日本から来る時に買ってきた余りものの交通安全のお守りをあげたら喜んでいた。何でも、今日2輪の免許を取りに行ったのだが残念ながら落ちてしまったらしい。私もそろそろ免許でも取ろうかな(スーパーで酒を買うときや、外で酒を飲むときに身分証明が必要だし)。