渡米後(2002年12月)
○ 2002年12月6日(金)
今学期は授業は取っていないので関係無いが、今日で今学期の授業はおしまい。来週一週間は期末試験期間。それが終わったら冬休み。
来年は1月中旬から博士課程に進むための筆記試験と、オリジナルプロポーザルでのディフェンス(私が選んだ教授5人からなるコミッテイーメンバーの前でプレゼンをし、その後の質疑応答に無事答えればOK。自分のプレゼン内容に対して”いちゃもん”を着けようとする教授陣から”防衛(?)”するためディフェンスと呼ばれる)。
なので、こちらに来てからもっともプレッシャーのかかった学期を過ごすことになる(試験にパスしなければ博士課程をクビ)。
だから、去年みたいに3月ころに帰国はできず、夏ごろにと思っていたんだが、「まあ、一仕事する前に、一回日本に帰って充電するか」と、つい2日前に考え直しチケットを手配。ただ、1月の試験のための論文等は持参し、飛行機の中で時間を潰すつもり。
飛行機は、唯一の成田への直行便であるデルタは前回懲りたので、わざわざトランジットのあるコンチネンタルに変更。値段も少し安め(それでも1000ドル以上)。
日本と違い、こちらで正月はそれほど大事なイベントではなく、1月3日(金曜)から授業が始まる。なので、こちらには3日に帰ってくる予定。
(と、表向きは上記のような理由で帰国するのだが、本当は、いつも一緒にクライミングに行く仲間(10人くらい)が、みんな帰省してしまい、一人では登れない、なので帰国して近所のジムに行く予定、これが理由の半分くらい)。
○ 2002年12月8日(日)
今日も朝からアラバマ州までクライミング(総勢14人)。またデジカメで写した写真を数枚載せて楽な日記で済ませようと思ったんだが、あまりの寒さにデジカメが上手く機能しなかった。日本製だからそんなはずは無いのだが不思議だ。
なので、別の話題を。初対面のアメリカ人は大概握手を求めてくるのだが、最初渡米したころ良い習慣だなと思っていた。が、こちらの生活で1年半立ち、いまでは、「なるべく握手はしないようにしよう」と思っている。つまり、初対面のときに積極的にこちらから握手を求めるのではなく、相手が手を差し出してきたら握手をするようにしている。
と言うのも、トイレに入って手を洗わずに出て行く人(特にアメリカ人、いやほとんどアメリカ人)が多すぎる。私の統計では1-2割くらい。私のラボは地下にあり、おえらい教授の部屋も近くにあり、良くトイレで遭遇するのだが、あのインテリとされる教授でさえ例外ではない。良く見かける某C教授は、毎朝スターバックスのコーヒー片手にトイレに入ってきたかと思う(食べ物をトイレに持ちこむのもどうかと思うが)と、カップを持った右手を顔くらいまで上げ、左手で用を足しそのまま何食わぬ顔でトイレを出て行く。
で、困るのはその後トイレに残された人である。もちろん同じドアを”触って”開けなければいけないのだが、そんな光景を見た日には”取っての端っこ”をつまみ、「ここはセーフなはず」と自分に言い聞かせて扉を開ける。
ドアならまだかわいいが、知っている友人(当然、昔に握手したことがある)が、「ハイ、ISAO!」といってトイレに入ってきたかと思うと、電光石火で用を足し手も洗わずに出ていったときは、「ブルータスお前もか!」と言うさびしい気分を味わう。
そんな理由で、私はあまり握手をするのが好きでない。で、このことを友人のアメリカ人(2人)に不満も含めて話したら、一人が「手に引っかけさえしなければ何も問題ないじゃん!」と、何と合理的なお答え(さすがアメリカ!)。
で、他の友人が面白い話をしてくれた。とあるアメリカのネイビーのやつがトイレを済ませて手を洗わず、それを見て苛立ったアーミ−の人が、「なんでトイレを済ませたら手を洗わないんだ!アーミーではトイレ後キチンと手を洗うように教官に教わるぞ!」と言い寄ったら、ネイビーのやつは、「ネイビーでは教官から手に引っ掛けないようにトイレをするように指導されるだ!」と反論したそうです。
日本では「キチンと手を洗いましょう」と幼稚園や小学校低学年で習うのに、アメリカでは軍隊の学校でも教えるような高等なことなんですね(良く行くベーグルショップのトイレでも「”従業員”はトイレ後手を洗いましょう」と張り紙がしてあるし)。だから、まだ習ってない人が”多少”いるのかな?
○ 2003年1月22日(水)
日本のHPをチェックしていたら「千と千尋の神隠し」がTVで放送されると載っていた。実はついこの間研究室で見たばかり。
全体的に面白かったが、はじめのほう(両親が店の食事を勝手に食べて豚になるシーン)を見て、いっしょに見ていた友人(米人)が、「アメリカ人みたいだ」とボソッと言っていたのが一番笑えた。
○ 2003年1月31日( 金)
年が明けてからすぐ、いつも行っているクライミングジムの年間パス(415ドル)を購入した。いままではジムに行くたびに10ドルずつ払っていたけど、これからは好きなときに何度でも行ける。
しかし、来週の月曜日に博士課程に進むための筆記試験(今回が8回目で最終回)があるのと、「今学期中に今やっている研究のめどをつけてほしい」というボスのお言葉で、勉強と実験が忙しく1回も行けなかった。でも明日は朝から外にみんなで上りに行く予定。たまには息抜をしないと。
○ 2003年2月7日(金)
博士課程に進むための筆記試験、月曜日に行われた。4点満点で1点取れば今までの累積点数が基準を超すので合格となる。
1点くらいはそんなに勉強しなくても取れそうだけど、最後くらい良い点を取りたいと思いいつもより多く勉強時間を割いた。そしたら4点満点がとれた。
次はオリジナルプロポーザルのディフェンス(口頭発表)がある。今学期中(4月末まで)にこれをパスしないと、博士課程に進めない。
他の友人の話だと、通常1ヶ月くらいを準備に費やすので、ほんとだったら私は3月中旬に行う(2月一杯を準備に当てて)べきなのだが、実は気が進まない。
というのは、この時一緒に今まで(約2年間)の研究の成果もレポートにまとめなければならない。しかし、今の段階で成果らしいものがなく、レポートを書きたくても何もかけない状態。
なので、2月一杯は研究を頑張り、3月一杯をオリジナルプロポーザルに当てるつもり。なので試験は4月に受けようと思っている。
ただ4月に受けるのは少しリスクがあり、もし発表が「やり直し」になった時、また新しい発表テーマを見つけて1から準備しなければならず、そのときは「今学期中」には間に合わなくなり博士課程に進めなくなる(まあ、そんなに心配はしていないけど)。
なので、ここ最近は0時過ぎまで研究室での実験の日々。そんな私がクライミングのジムに実験で行かないと、友人たちが不思議に思い、「どうしたんだ!」と私の研究室に訪ねてくる。そんなに私がジムに行かないので実験してるのが奇行なのかな?
○ 2003年3月18日(火)
前の日記に、「3月一杯はプロポーザルの準備にあてる」と書いたが、結局納得いく実験結果が出ないので、1日の半分を実験、そしてもう半分をプロポーザルの準備に当てている。
そんな生活をはじめて今週で3週目になる。大体朝は11時くらいに起きて研究室に行き、昼食の後実験。早めに研究室を去り(19時くらい)夕食後就寝。
目覚まし無しで起き、シャワーとコーヒーで眠気を取り、0時くらいから勉強はじめる。調子が良ければそのまま朝の6時くらいまで起きて、また寝て昼前に起きる。
こんな生活をしていると世の中の情勢に疎くなるのだが、やはりイラク攻撃は避けて通れない。興味深いのは、私の周囲のアメリカ人の友人で攻撃に「積極的に賛成」という人がいない。どちらかというと、反対が多い気がする。
あと面白かったのが、とある友人(彼はブッシュがアトランタで演説をするたびに聞きに行くほど大のブッシュ支持派)が、「戦争は悪いことだし反対だけど、トータルではブッシュに賛成する(つまり、戦争にも最終的には賛成する)」という、なんとも苦しい(意味不明な)意見を言っていたこと。
○ 2003年4月21日(月)
ようやくディフェンスの日を決めた。4/29の朝10時から12時。会議室に私とコミッティーの教授5人のみのクローズドなもの。レポートがディフェンスの1週間前までに提出なので、明日出さなければならない。今日の夜12時にようやく書きなぐって終わらせ、明日の朝校正をして提出予定。これで先が見えてきた。話は突然変わるが、6月にイタリアに行くことになるかも知れない。詳しくはのちほど。
○ 2003年4月29日(火)
本日無事ディフェンス終了。これで晴れて博士課程の学生となり、修士課程に落ちる心配はなくなった。
春学期ももう今週で終了する。それに伴いこの寮を夏の間だけ出なければならず、すぐに引越しをする予定。引越し先はもう決まっていて、今のラボメート(アメリカ人)と一緒に住むことに。ということで彼とは1日24時間顔を合わせることとなる(しかもいつもいっしょにクライミングに行くので週末も)。
その新しい家から大学まではバス通学をする予定だけど、正直深夜とかバス停で待てるの怖いし、ちゃりですれ違うバスに乗ってる乗客見てもこわそうだし(ほとんど黒人と南米の人)。なのでこれを機に車の免許でもとるつもり。