渡米後(2003年8-12月)

| HOME | NEXT |



○ 2003年12月9日(火)

実は、木曜朝に日本に発つ。一番安いの航空券が、シカゴ経由のJAL(但し、アトランターシカゴ間はアメリカン航空)。デルタで帰れば、成田へ直行だし便利なのだが、1年目の10時間近くの出発の遅れの悪いイメージがあるから、絶対使わない。

日本に帰る際に心配事は、また車のガラスが割られるのではないかと言うこと。壊れたガラスをこのまま直さず、アメリカに帰ってきてから直そうかとも考えたが、結局今日修理してもらった。なので、また壊されないよう、帰国中は友人宅のアパートの駐車場に止めさせてもらうつもり。


○ 2003年12月4日(木)

今日、車の保険会社からチェック(小切手)が送られてきた。額は1600ドル位、これは私が保険として払った金額(6ヶ月)とほぼ同じ(ちなみに、車のガラスはいまだゴミ用のビニール袋で覆われたまま)。

日本で自動車保険を買ったことが無いので良くは知らないが、これだけの額を保険に払うのは(特に学生は)こちらではまれ。大概、Liability(自分の過失に対してのみ相手に払う保険)だけで、私が知る限り一番安いのは数百ドル。

もし、自分がLiabilityだけしか購入してなくて、事故を起こした相手(加害者)が保険に入ってなかったり、Liabilityの支払い額が低くて、修理代や入院費を払えなかった場合、私が調べた限り泣き寝入り。

つまり、自分の保険からは一切お金が出ない(それがLiability、多分)。で、驚くことは、(確かな数字ではないが)アトランタで保険に入ってないドライバーは数十パーセント(確か30%位?だったかもしれない)。

なので、私はさらにUninsured Motoristと言うのも購入しており、これだと相手が保険に無加入で支払いが出来なくても、自分の保険から支払ってもらえる。なので、Liabilityだけではとても怖くて車には乗れない(しかも、アトランタは交通量が多く、運転は荒い)。

ちなみに、私はこのLiabilityを出来るだけ高くして、最高で250、000ドル/人、対物100、000ドル。多分、対人の額は日本と比べたら低いと思い(日本は無制限?)、万が一のことを考えたら不安である。


○ 2003年12月1日(月)

実は、今年の6月に車を買った。でも、それからずっと研究が忙しかったのと、夏は免許の試験を受ける人が多くて予約待ちが続き、ようやく9月に免許の試験を取った。

で、つい先日(感謝祭の日)に、パーティーがある友人宅へ運転しようと車のある駐車場(寮から歩いて10分くらい)に行ったら、運転席側の窓はこなごなに割られ、CDプレイヤーが盗まれ、スピードメータなどの計器があるパネルが半分くらい取りはがされていた(ダッシュボードは開いたままで、明らかに何か貴重品を探して荒した形跡)。

そのままキャンパス内の警察へ行きレポートを書いてもらい(このとき生まれて初めてパトカーに乗った!)、保険会社に電話し、実際の被害の見積もりをしてもらうため翌日に来てもらいと、滞米2年半目にして、「アメリカで生活しているな」と言う実感ができた。

しかし、感謝祭と言ったら、日本でいう正月みたいなもので、アメリカ人には家族で過ごす重要な休日。なのに、警察も保険会社も何ら問題なく連絡が取れた(すばらしい!)。

で、この話を友人にしたら、その友人の友人が同じような経験があって、その人は夜遅く研究室から駐車場に行ったら、自分の車内で黒人の男が一生懸命CDプレイヤーを取り外していたところだったらしい。

で、その友人が近づいてくるのに気づいて、その黒人は逃げて行ったらしい。幸い、被害は無かったそうだ(その人は車のカギを掛けていなかったので、窓ガラスは割られずに済んだらしい。ちなみにアトランタでは車のカギを掛けなくて良いほど治安は良くない)。

この話を聞いたとき、私は思わず、「ラッキーだったね」と言ってしまったが、もし盗人がピストルや凶器を持っていて、向かってきたらと思うとぞっとする。たかがCDプレーヤー位で怪我や命を奪われては割が合わない。

車を譲り受けた友人から、「CDプレイヤーのパネル(取り外し可能)は、車を離れるときには必ず外したほうが良いよ!」と言われたのだが、「まさか3万円くらいのCDプレイヤーを、わざわざ窓を割って取るという危険を冒すやつは居ないだろう」と軽く考えていたが、今回は勉強させていただきました。


○ 2003年11月5日(水)

あまり更新しないのも申し訳ないので、写真だけ。これは6月に友人たちとラフティング(川下り)に行ったときのもの。夏にはこの写真をアップしたかったのだけど、もう11月。見てて寒いかな?


○ 2003年8月11日(月)

アメリカ人の歯は驚くほど白い。特にアフリカ系アメリカ人、褐色の肌とは対照に白く光る歯(しかも歯並びも綺麗)は見ていて感心する。

家の近所に歯医者なんだろうけど、ホワイトニングと書かれた歯医者がある。アメリカにきてもうすぐ3年目、アメリカに馴染むために歯のホワイトニングでもして見ようかと思うのだが、当然ながら歯医者が空いてる時間には研究室に居るので、予約をしてよっぽど気合を入れて行かないとそんなことはあり得ない。

しかし、この間スーパーでナイトエッフェクトというのが売っていたので試してみた。「White teeth in 14 nights !」と書いてあるとおり、14回分入っていて10日くらい試したけど(毎晩寝る前に歯に塗る)、少しは白くなったような気がするけど、そんな言うほどではない(朝に塗ったモノを歯磨きで落とすのだが、その直後は歯がツルツルになる)。

まあ、毎日スターバックスで一番大きいサイズでコーヒー2杯を飲んでいる私には、コーヒーでの歯の褐色化のほうがホワイトニングより勝っているとうことか。


○ 2003年8月10日(日)

この8月でこちらの生活も3年目に突入。日本の大学だと3年で博士課程を終えるのが平均で、うちの学科では3年半が平均。

と言うわけで、あと1年から1年半で卒業をしようと思っている(3年半はあくまでも平均で、うちの研究室には1997年から居るのもいる。7年目突入)。

最近は卒業後の就職先をどうしようかと日本やアメリカを中心にHPを見ている。多分ポスドクとしてどこかの研究室に移ることになるだろう(ポスドクとは簡単いういうと、博士課程終了後から教授職につくまでの間の準備期間(?)。ボスとの契約により研究だけを行う。学生ではないので、高い生産性(=沢山の論分数)を期待される。逆にいうと、雑用などが少なく、肉体的に無理が出来る最後の年代(?)なので、この期間は最も研究に専念できる期間)。

就職と言えば、昨日実験の合間に外で休憩していたら、先月から内の学科に来たというポスドクと会い立ち話になった。彼は韓国人だがアメリカ(UMass)で博士を取り、現在2回目のポスドク(前のポスドクはシカゴ大学)。

このポスドクが1年契約で、終了後には韓国の大学で教授職につきたいと言っていた。で、研究分野により違うが、韓国で教授職にアプライするには最低15本の論文が必要だと言っていた。

15本が多いか少ないかは研究分野により違うが、内の研究室では卒業まで(うちの研究室の平均卒業年数は5年)で4本。15本-4本=11本をこの2〜3年のポスドクの間に出さなければいけないのだから、ポスドクも楽ではない。

もちろん、誰でも知ってる有名なネイチャーやサイエンスと言った雑誌に投稿出来れば、”数”ではなく”質”で勝負できるのだが、そんな予定は無い。



| HOME | NEXT |