夏日記3(8月12日〜)






     



8月21日(火)

THEENDOFSUMMER 



昨日は親戚の法事に行き、久しぶりにイトコたちが勢ぞろいした。

なかなか珍しいことなので、おばあちゃんと一緒に皆で写真をとった。

その夜は、僧侶の傍ら精力的音楽活動をしている叔父と

小説家を目指し横浜で活動を続ける従兄と、夜更けまで酒を飲んでいろいろ語った。

なんか嬉しくていつもよりお酒を飲んだ。



ラジカル観覧斜の更新は今夜で終わり。

夏休みに自分に課した宿題それは「日記」。休んだ時もあったがよく出来ました。

あんまり反響がなかったのは残念だけど、またリリカル観覧舎に戻って更新していきます。

ジェラシー日記を!


8月19日(日)

愛は君を救わない?



うわああああああん!

うわあああああああん!

ヒック・・・ヒック・・・・・・

う、

うわああああああああああん!






ぷしーっ
(鼻をかむ音)















ありがとう!24時間テレビ



福山の寺で一人留守番中、何度涙を流したことか。

元来涙もろいのだが、まさか、こんなに涙が出るとは・・・・・・。

正直言って感動しました。








恐るべし!!ガッツ石松







ほんとに石川梨花より年上か?


えなりかずき




つうか、徳光のコメントにはカチンとくることが多かった。
それぞれのチャレンジをはたした人たちに対して
間を埋めるためにしているような、無意味な質問をしたり。
その人たちがまだ喋っているのに、
何故か、みのもんたにコメントを求めたり!

あと、なんでも自分で解説しようとする厚かましさ。
頑張った人の表情を映してくれたほうが何倍も心に響くよ!!
涙も嘘っぽいし。


(まあ、プロで、段取りが必要なのは分かるんだけど)

とフォローしとく。







8月17日(金)

「特攻」

8月15日、今年も終戦の日が過ぎた。

56年前の8月16日、終戦を迎えていながら、国のために自らの命を投げ出し若くして

命果てた(ちょうど僕と同じぐらいの年)青年将校たちことをしっているだろうか?




「滅私奉公」「国のために生きる」「愛する人(国)を守るため自らの命を捨てるのを厭わない」

飛行機部隊、彼らを
特攻と呼んだ。そしてその中で中津留大尉率いる精鋭部隊「彗星」と言った。

彼らの任務は、アメリカの戦力(母艦、基地など)に接近し、錐もみ飛行で確実に爆弾を命中させ

最後には
自らが敵に向かって突っ込み、相手もろとも吹っ飛び散ることだった。

終戦間近の日本にはもはや飛行機すら製作する燃料が底をついており、行きの燃料しか

積むことは許されていなかったのだ・・・・・・。


******************


僕は先日NHKスペシャルで特集されていた特攻部隊「彗星」の中津留大尉の生き様、考え方を

知り、多くのことを考えさせられた。同じ年代の者として、時代と価値観こそ違えど、そこには

若者の「命」に対する想いがあり、彼らの生き方が直接胸に訴えてきた。





中津留大尉は「彗星」の指導者、エースであったが、当時の軍隊の中では、特異な考え方をしていた。

それは
「私は死に急ぎしないです」という彼の言葉に直截現れていると言える。



国のために命を捨てることがあたりまえの美徳とされていた当時、このような発言をすることは

はっきり言って考えられない。たとえ大尉であろうとも逆賊扱いである。

終戦間近の日本軍はもはや死して当たり前の

「一人一殺」という作戦をたてており、精鋭部隊「彗星」であろうとも例外ではなかったのだ。





死んで、お国のために、華と散れ





しかし、大尉には確固たる信念があった。彼はこう言い切ったのである。





「親からもらった大切な命を無駄にだけはしない」





軍上層部からの命令であっても、中津留大尉、そして彼の部下江間少佐はこう言い放ったのだ。





「特攻とは自滅ではない。できるだけ下を飛行し、
確実にダメージを与える方法である」



そして、

「諸子は神である」と・・・・・・。




この言葉に僕はえもいわれぬ衝撃を受けた。神とは天皇そのひとを指していた時代である。

それが今では不条理と誰もが分かる周知の事実であろうとしても、当時はそれが
真実であった。

そういう時代にこの言葉が言えるということは大変なことだと思うのだ。

大尉は若い隊員達に「生きろ」と言った。

中津留大尉は「生きる」ということに固執していた。特に、自分よりも若い世代の、まだ10代である

隊員達に明日というものに対する希望を失わせたくなかったのだ。



もっと後の世界を自分たちの目で見ることができるように・・・・・・



「こういう生き方もある、生きていたから、また自分たちが必要な時が来た」と自分で感じ、戦争を

何時の日か振り返ることができるように・・・・・




日本の敗戦は目に見えており、大尉である中津留にはその情報は聞こえていたのだろう。

なにより、日本の「神風部隊」特攻はアメリカ兵の最新の技術によるレーダーで、3000人が

無駄死に、犬死にしていたことも耳に入っていたのだろう。


しかし、運命の徒か、中津留大尉をはじめとする特攻精鋭部隊「彗星」は8月15日、

終戦の知らせを日本人が聞いたあとに、出撃命令が出たのである。


翌16日に出撃を控えた中津留以下、27名の兵士たちの心境はいったいどんなものだったか。

僕には知ることは不可能だ、想像できない。知れば狂いそうになる、いや、確実に狂うだろう。





生きて帰ることを許されない出撃。死にたくなくても死ななければならない出撃。





あれだけ命の尊さを知っていた中津留大尉の覚悟のことば







べつに何一つ心残りはなきにそうろう











それは彼が何よりも大切に思っていた愛する家族にあてた手紙に書かれてあった・・・・・・・。



そして、自分が「命を粗末にするな、生きろ」と諭しつづけた部下たちにも、今度は


「爆弾で確実に戦力を減らし、最後は自ら狙いを定めて突っ込め」


遂に名の通り「特攻」の命令をくだした。








*******************



アメリカ軍に占領された沖縄本土。その近くの沖縄の島で、中津留大尉の飛行機は岩場に激突した。

彼が忌み嫌っていた犬死であった。




過去というのは、そして歴史というのは、大きな河の濁流だ。僕達は歴史を学ぶ上で事件の表面を

追って人間の来し方を眺めてきた。


しかし、大河の流れはけっして単純な一本の線ではない。


そこには本当にたくさんの人間の意志や感情ややりきれなさや青春の想いといった支流が、

それぞれ複雑に絡み合い、相互に訴えあい、反発し合い、共感しあいながらながれているのだ。

必死にながれてきたのだ。そこには今の僕らと変わらぬ、夢や恋や友情の想いもあったろう。


そこには何千、何億という、人の気持ちがある。




戦争という一つの悲劇から学ぶものは、僕らが思うよりも遥かに多く、そして心に訴えかけるものは

とてつもなく大きい。








8月16日(木)

福山の寺でお参り。

大槻ケンヂ『猫を背負って町を出よう』購入、即読了。

今日はこれから自坊でお盆のお参り。7:30

玉野光南はよく頑張ったよな。

今宵はここまで。また明日!



8月15日(水)

お盆ということもあり、寺には多くの人が参ってこられて父と祖母、母は忙しそうでした。

僕は一件のご法事と墓参りを午前中にしましたが、その後は昼寝三昧。いくらでも眠れるんだよ!
ちきしょう、脳ミソが腐る腐る・・・・・・(オラ、そこ。初めから腐ってるって言わない!)



「HP=人生?」論



個人HPを運営するってことは、人生に似ている。


@まず人格の概観を形成し(コンテンツの作成)

Aキャラ(個性)を確立し(コンテンツ、企画などの充実)

B経験値を積み(カウンターを設置し、回していく)

C友達を作っていく(掲示板、チャットなどで閲覧者を増やす)

D企業に就職し(リンクを充実させる、各種の同盟に参加する。また、大手サイトにリンクして
          もらうと観覧者が何倍にも跳ね上がる)


E恋愛、お見合いをする(オフ会、御深い〈??!!〉)

Fここら辺で、鬱と飽きが来る(ネット内人間関係の悪化、5月6月職業病など。『俺の人生これで
                   いいのかなあ?』などと自ら内省する時期)

Gそこで一気にリニューアル!!タイトル、コンテンツ、TOPからして全く別のサイトに
                     生まれ変わる)


Hずばり狙い目が当たり大成功!!一躍時の人に。(ネットカリスマ、ネットアイドル化)

I収入(印税/広告料)がっぽがっぽ!街ゆく人が振り返る、
 (カウンターが一日20万回る、雑誌テレビなど各種メディアでとりあげられる)

J結婚 (オフ会でねっとラヴァーズを見つけ、ネットマリッジ!そしてネットベイビーをもうける)

K勢いがなくなる (マンネリ化、対抗亜流まねページの屹立、インフレ、なによりネタギレ)

L様々なイチャモン、嫌がらせを受ける (メール爆弾、『詩ね』とか。各種ウィルスが送られてくる)

M余生を送り (広告収入で十分食べていける、慕ってくれているファン達とオフ会の日々)

N人材を育て (自分の価値観に合う、新たなおもしろサイトを発掘し、紹介する)

O終焉 (閉鎖、いままでどうも有難う!)


まあ、これはネット世界において大成功した例なんですけどね。
普通はFくらいで、夢諦め、閉鎖するっていうのが多いんじゃないかな。



人の数だけの人生 

人の数だけのHP 

人の数だけの・・・・・・




でも、僕はネット内HPと僕らの人生が似ているけど同じだとは思わない。HP≠人生だと思う。
とある大手テキスト系サイトの運営者がこんなことを言われていた。





HPは失敗してもリセットできるが

人生はリセットできない



やり直しはきくかもしれないが、ファイルを削除するように、過去を消し去ることはできないのだ。
人間によってHPは作られるべきものであり、HPによって自分が支配されないよう、
気をつけていきたい。



はぁ、それにしても
ネット恋愛には夢がある!!





8月14日(火)

祝10000ヒット!



遂に表ページ「リリカル観覧舎」のカウンターが10000を回りました。
今まで温かく見守って下さった関係者閲覧者の皆様方本当に有難うございました!


2000年11月4日それまでのジオシティーズの日記板と掲示板のみだった我がリリカンはポエムと
日記、そしてコミカルネガチブロックバンドおまけびとの情報発信のページとして、リニューアル
し、装いも新たに始動しました。それ以来9ヶ月、何事においても「万年3日坊主(正に坊主)」の
私ちすいが結構な頻度で更新を続けることができたこと、これは自分の中で小さな、でも確かな
誇りです。

リリカル観覧舎のことを、そして運営してきた自分について、この機会に少し書こうと思います。


まず20代で野郎である僕が個人HPを開設することについては、僕自身やる前から負けが見えてい
る戦場に向かう兵士のような気分でした。全く何処の暇人が野郎のどうということのない日常を綴った
日記が見たいというのでしょうか!

しかし、敢えてHPを開設することにしました。
なぜなら、ネット上で表現の送り手になれるという魅力は非常に大きいものだったからです。
高校生のときから書き溜めていた詩と、日々の思考をまとめたテキストはいつか他者に読んで
もらいたいと常々思っていたのです。

開設した上はなるだけ人に見てもらいたい、と思うのは当然なのですが、僕の場合、内輪好きな
性格ということもあって結構好き勝手に色々とやってきました。
特にリリカンの場合、観覧してくださる方の殆どが、現実世界のちすいを知っているということもあり、
僕の身の周りの状況をこと細かく説明しなくても、ネタに走れるというのは大きな強みでした。
同時に身近な友人知人を日記やテキストに登場させることができるのことも面白く、
書いている自分が一番たのしめたんじゃないかなと思います。だって、自分さえ楽しめないサイトを
他者に読んでもらおうとは思わないでしょう。

しかし、欠点としては、反対に内輪うけや仲間意識に甘えすぎたということがあります。
向上心がないわけではないんですが、推敲されていない誤字脱字のある文章を載せてしまったり、
極度のパソコン音痴のため画像の挿入一つ満足にできなかったことなど、見てくれている方々に
かなりの不信感や、不快感を与えてしまったことでしょう。
これらは僕という人間の甘えだと思います。今後はもっと勉強してHP作成のスキルもアップ
したいです。

また、個人の価値基準の上になりたっている日記などのテキスト、詩、小説などを読んで、
僕の考え方や作品に対して、ちょっと違うぞと腹立だしく思ったりあきれたりされた方もいらっしゃ
ると思うのですよ。
しかし、これも読み手は殆どちすいの知り合いですから、批判したいところも抑えて
「まあ、あの野郎が言っていることだから」と目をつぶっている人も少なくないんじゃないかな?
とも思います。
でも、批判であれ、感想であればなんでも反響が欲しいというのが、実は本心です。
もし作品なりテキストなりを批判されて、僕もそう思えば素直に訂正、謝罪するつもりですし、
それはおかしいと思えば積極的に反論していこうと思います。人の数だけ意見があり、それを闘わせ
糾えることで人として価値観の幅は広がるのではないでしょうか。そしてそれを僕は望んでいるのです。

今後はリリカル観覧舎をもう少し外に広げていこうと思っています。
読み手のことを考えての更新。しかしマイペースを崩さない更新。
仕事ではないのですから、なるだけ今まで通り楽しくやってやろうと思います。

カウンターの20000という数字がみれるかどうか。それは誰にも分からないことですけど
その日を夢見て、精進していきます。





これからも宜しく。
親御さんにも宜しく。













8月12日(日)

ジェラルド








昨日、毎年恒例の芳井中学校吹奏楽部サマーコンサートに行き、
教育実習の時の生徒たちと会ってきた。

結構自分では忘れている僕の言葉とかを覚えていてくれて嬉しかった。
「先生って楽器吹く姿勢が良かったんですよね、現役の時。
姿勢だけで上手そうに見えたんですってね☆」
・・・生徒にそんなこと言ったかなあ??


そんなことはどうでも良いのですが、昨日は久しぶりにメチャクチャ
ジェラシー感じました。
僕の嫉妬の炎は灼熱の炎地獄煉獄罪過の業です!
地団駄踏みまくりました。


誰にジェラったか?


それは・・・・・・、











芳井中学校に今回新たに赴任してきた

アメリカンイングリッシュティーチャー、略してAET

その名も














トーマス(22歳・ニュージランド出身)












この人のモテっぷり、どうぞごゆるりご覧下さい。

















ニュージーランド人なので、金髪、白人、青い瞳


細いフレームのメガネが知的で繊細な雰囲気をかもし出している


しかも華奢


ハーフの彼女を連れている


サマーコンサートの幕間でピアノの弾き語りをした


甘い歌声、セクシー指先が軽やかに、リズミカルに鍵盤の上を舞う


会場から自然と溢れ出るため息


女子生徒達の羨望の眼差し


英語ペラペラ(あたりまえ)


日本の生徒たちに馴染もうと一生懸命コミュニケートに努める


前向きな姿勢







じぇらじぇらじぇら・・・
ジェラジェラジェラ・・・
慈英羅慈英羅・・・・・・・・



ぷちっ
















あのぅ・・・・・・

ツッコミいれても良いですか?

























「トーマス」って機関車
かよ?!!!






















くはぁ!そのぐらいしかツッコミ所(隙)がない!
泣き言にしか聞こえない。
無念じゃ。










嗚呼、人間ってほんとに不平等だよね!
憧れの英語の先生もトーマスに惚れるんじゃないか心配です。














人と比べるなよな




大切なのは明日の自分が今日の自分よりも
少しでも良いものであること

















でもジェラシーはなくならない・・・


俺ダモノ


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