トップにもどる   過去の日記



5/13/04

 財政が苦しい。学業優先に決め、バイトを減らしたのが効いている。ところが、本屋でカントの新訳にばったり出くわしてしまった。立ち読みして、やはり篠田訳より良いと判断したので、大枚をはたく。モンテスキュー『法の精神』が復刊されていたので、これも買う。少し前まで古本で10000円だったよなあ。

 独語検定を受けることにする。本屋に行ったら願書がなかった。明日生協で買おう。


5/12/04

 いろいろ忙しい。一限、二限と、講義とその手伝い。昼休みを挟んで、T立大のK君と、英語の勉強会。終わるや、カルチャーのアシがあるので、ボスの車でK君とY浜へ。担当が変わったばかりで、なおかつ僕も不慣れなものだから、進行がスムーズにいかない。おまけに、幸か不幸か、受講者が多い。先期と同じで二十人くらいと思っていたら、五十人近くも集まってしまい、仕事量が多め。終了後、懇談会にお付き合いして、帰宅したのが十一時すぎ。

 忘れていたが、日曜日は研究会だった。ここで、博士でお世話になる〔予定の〕某先生に紹介してもらうことに。予習のこともあり、前日に入れてあった相方との約束を、十九日に延期してもらう。学部生向けに、軽く講義せよ、 なんか、最近、仕事人間みたいだ。


4/24/04

 上野にでかける。公園で、自称「けん玉師」やら、アンデス音楽やらの芸人をみたりしつつ、お弁当を食べる。まったりしたあと、「ヴァチカン美術館所蔵 古代ローマ彫刻」展と「空海と高野山」展を、二館共通チケットで回る。


・古代ローマ展(国立西洋博物館)

 展示の数はそれほど多くないが、しかし、その分メッセージ性のつよい構成。人々の暮らしに密着した、まさしく等身大の肖像彫刻が主役。「名作」も混じっているが、それらはここではわき役である。厳しい写実性や政治的意図により神格化された、カラカラやトラヤヌスそしてカエサルといった"現世の"英雄たちの肖像から、「シンプリキア・ルスティカのモザイク肖像」への転換──古代ローマ肖像彫刻の頂点をなした、険しさ、厳かさは消え、人を食ったような、来世を想う幸福そうな微笑みがたたずんでいる。この断絶は、一体なんだろう。企画側としては、してやったり、というところに違いない。はっとさせる、暖かい、冗談めかしたような表情の夫婦の一対の生きた証を、自分は忘れることができない。


・空海と高野山展(東京国立博物館)

 歴史ブームというのは、時代が停滞した時に起こる。八〇年代に、三木成夫は、「正倉院の御物展」に来ている日本人の、熱に浮かされたような様子について書いている。三木は「正倉院」に行列をつくった人たちは「遠くをみていた」という。片や、モナ・リザ展に来ている人たちは、戦後の駐留軍物資に並ぶよう「ギラギラしていた」と書いている。彼の直観を信頼するなら、少なくとも、それが書かれた時点から、現代にかけての間に、この図式はねじれてしまったのだろう。
 今や、ギラギラとしているのは、ドメスティックな歴史への眼差しである。「古代ローマ展」には、歴史を客観的にみると同時に、それでいて、穏やかに主観化するような健全さがあった。同日に、共通券が売り出されているのに、客自体も少ない。だが「高野山展」では、皆がいわば「近く」をみていた。それは、にわか的な民間信仰と、同じくにわか的なナショナリズムを、いやおうなしに連想させるものだった。客も、比較にならぬほど、大入りだ。
 そもそも、展示の構成からして、対照的である。作品数を絞り、一つのささやかな歴史の横糸を加えた「ローマ展」。それに対し「高野山展」は、構成らしきものは全くみられず、ただ膨大な量の展示物が、年代記的に並んでいるに等しかった。おまけに、それらがみな、国宝やら重文なのだから参ってしまう。個々の作品には、驚嘆させられるものがあったものの、全体として僕には、ただ一つの、消費の現場に立ち会った、という感覚しか生まれなかった。

 などという感想をぼやきつつ、へとへとになりながら、帰還。


4/18/04

 相方と、千葉までお出かけ。K里浜で待ち合わせだが、こちらがねぼうして1時間遅刻。フェリーに乗って、房総半島へ渡る。春霞のかかるも、晴れ澄まし風穏やかで気持ちよい。 陸続きでゆけば、二時間はかかるところ、海を突っ切れば三十分。

 K谷から、ロープウェイに乗って、鋸山周辺を、ひとまわり。日本寺の大仏も見るが、高徳院の大仏の方がよい男だった。昼間にぶらさがってるオオミズアオをみたり、おたまじゃくしが大発生してるのを眺めたり、のんびり。帰りがけ、国道沿いに海岸に出られるところ発見したので、海を眺める。浜辺に咲く、野生とも植えたともわからぬ花がきれいだった。駅についてみると、電車は一時間に一本。本当に一本しかない。タクシーでK谷まで戻り、フェリーに乗る。船内で海軍カレーパンを食べたらおいしかった。

 T塚の飲み屋で夕飯を食べて、帰宅。


4/16/04

 今年の新入生、割としっかりしている。入学した時点で、僕らの代でいえば入学三ヶ月後くらいの意識の高さがある。


4/15/04

 学生のみで英語の勉強会。M論の題目を提出しなければならないので、ボスと相談をする。

 今年一年、カルチャーのアシスタントをやることに。報酬は、受講料+合宿代無料、ということで収入にはならないのだけど、支出削減としては、かなりお得かもしれませぬ。勉強するきっかけになるし、こういう経験も貴重だよね。


4/13/04

 本年度授業始め。K御大の演習を聴講させてもらうことにした。授業後、M論の副査になってもらいたいとお願いしたら、あっさりOKが出た。


4/7/04

 人間の立場などというものは、平気で変わってしまうものです。これまで安定していた、身の回りのセカイが、そっぽを向いてしまうような、この感覚。まあモノは経験なんですが。神学屋が言うように、懺悔室が必要ですねえ。


4/6/04

 成績表をもらった。かなり厳しかったN先生が、なぜかAをつけてくれたおかげで オールA。いつも落ちこぼれだった僕の一生で初めてのことだ。学部ではドンケツだったけど、大学院は、ささやかながら「首席」で修了できるかも。

 もともと、学部でどうしてもやり残したことがある、そんな心残りから、自分の大学の 大学院に進学した意味もあったから、素直にうれしい。


4/3/04

 「吉野家の豚丼」を食べる。僕は牛肉より豚肉の方が好きなので、むしろおいしくいただけた。牛蒡が入って、牛丼より上品な味。これなら別に、牛肉輸入しなくてもいいな。
 駅前で、浅黄色のテラコッタを買う。峠はすぎたものの、川沿いの桜がまだきれいだった。


4/1/04

 相方と、おでかけ。はじめ小田原界隈を回ろうと思ったのだけど、お城をねり歩く花見客の多さにあてられて、目的地を変更。二人とも人の多い場所が苦手なのである。以前、自転車で行ったことのある大磯を歩く。血洗い川のそそぐ海岸で、水平線をのたりとながめた。波打ち際で、石をひろったり、波にふれたりしていたら、油断してGパンと靴をぬらしてしまった。

 鴫立庵や、新島襄の没地をのぞいたあと、ぶらぶらと国道沿い高来神社まで歩く。裏道は、とくに旧東海道の風情があって、おちついた感じ。居並び見知らぬ大木は、あれは何の木だったのだろう。


3/28/04

 今月は、合宿漬けで過ぎ去ってしまった。慣れない食事を食べ、酒を飲む日が続き、キリキリと胃が痛む。とはいえ、合宿で多くの人に出会うのは、刺激になる。

 そう思いつつ、帰りの電車のホームでふらふらしていたら、関西から上京中の神学屋に呼び出される。新宿に着くと、哲学屋も呼び出されている。 かなり以前、いくらだったか貸したお返しに、ギネスとフィッシュアンドチップスを奢っていただく。ごちそうさまです。人生コネが大事とか、適当なことをしゃべりつつ、少し煙たいアイリッシュパブで、根無し草の面子が集い、楽しい時間でした。


3/25/04

 ゼミの謝恩会だった。今年で解散ということもあり、すこししんみりと。小洒落た店で、飲み放題をいいことに、たくさん飲んでしまった。

 ホントにいい子達だと思う。みんな、ゼミに入ってくる時は少しギスギスしている。けれど、山間の小さな流れを転がる石のように、いつのまにか丸くなっていく。ふと、自分も将来、こんな風に学生を育てられたら、と思った。

 二次会で、サワーとワインをさらに流し込んだのに、最後まで、雰囲気がよかったせいだろうか、ちっとも悪酔いしなかった。


3/24/04

 朝から湯豆腐などをつくって食べる。駅前で買ったちょっと上等の豆腐が当たりで、じつにうまい。相方を送り、夕方からバイト、大家さんにご飯をおごって頂いた。


3/23/04

 合宿三日目。天気が悪かったこともあり、ちょっと疲れた。同じく疲弊した相方と、鎌倉ハムを食べながら酒飲んでまったりする。相方、モンティパイソンを見せたら、爆笑していた。

 三日もベランダを放ったらかしで心配だったのだけど、寒かったことが幸いして、みな無事だった。


3/22/04

 合宿二日目。雨風が強い。食欲がないので昼食をぬく。保養地なんだけど、何か余りパッとしない。景色はそこそこなんだけど、何かが欠けている感じ。

 どうもさまざまのことが、人間関係に影響している気がする。こちらの被害妄想の可能性も大であるが、少し慎重になったほうがよさそうだ。


3/21/04

 明け方、ようやく、ハイデガーのレジュメ終わる。睡眠ゼロで、ゼミの合宿に同行。


3/17/04

 色んな不安を、ボスに見抜かれたらしく、ゼミの後、励まされる。


3/15/04

 二年くらい、意識してお花屋さんを回っていたので、植物の名前がかなり分かるようになりました。道端や、野原や、池の周りや、山道や、誰かの庭に咲いている花の名前を知っていることほど、幸福なことはないやもしれません。その人は、世界中を、自分の庭のように眺めることができるのですから。などと、セカイ系っぽく言ってみましょうか。


3/14/04

 合宿二日目。朝食で、たまたま、研究室OBのT先生とご一緒に。やさしそうなお方。前日、一部で勃発した、フェミニズムな議論について、すこし話題に。

 ある人が学問に入る時の、動機なり、衝動なりというのは、そうきれいなものではなく、たいていは、個人的な、深い暗がりのうちに、包まれている。長ずるに、学がその暗がりを照らしてくれる場合は、幸福だけど、必ずしもそうではなく、じっさいには、理論や論理のヨロイが、その暗がりを余計覆い隠してしまうことがある。うまく言えないけれど、そんなことを感じる。

 ところが、そんな様子をみていたら、かえって自分にとっての学問、というものの原点が、ほのかに実感できたところもあった。これからが、第二ラウンド、もしかしたら、第一ラウンドなもかもしれない。

 帰りに、駅近くの花屋で、オレガノが売っていたので衝動買い。ついでに白いマーガレットと、名前も知らない赤い花を買う。このところの暖かさで、ベランダが賑やか。ハーブガーデンみたくなってきた。ちょっと幸福。


3/13/04

 明け方、作業をしつつ、日程をふと確認したら、今日から合宿だと気付く。ボケすぎ。とにかく余裕がない。

 で、合宿。今回は少し人数が少ない気がする。年度末で社会人は忙しいこともあるとか。レジュメ担当者が優秀で、なかなか密度の高い勉強ができた。

 哲学屋さんが、某大学院に合格ということで、おめでとうございます。


3/7/04

 とりあえず、本年度、猛烈に忙しくなりそうなこともあり、チャットやメッセ類は、一時撤退しようかと思っております。HPのほうは、これまで通り、ぽつぽつと更新していきますが。個人的に、何かしら相談とか、連絡等ある方は、burleske-lj@infoseek.jp の方にメールをいただければ幸いです。niftyの方のアドを知っている人は、そちらの方がレスポンスは早いかもしれません。

 メールといえば、ここ一週間くらい、毎日4〜5通くらいのペースで、ウイルスが来ます。知り合いの誰かが感染しているっぽいのですが、ヘッダを改変するらしく、誰が発信元かわかりませぬ。大学か研究会関係かなあ。


3/6/04

 朝から、昨日買ったハムを、銀河高原ビールと一緒にいただく。ハムステーキメチャクチャうまい。

 昼頃まで、おうちでノンビリして、相方と花屋さんを見に行く。相方は、うちのベランダにあったものを気に入ったらしく、エリカとかローズマリーを買っていった。自分は、レースラベンダーの変わったやつと、小さなムスカリを買った。

 神学屋は、今年一年、K大で指導してもらえるらしい。ぐっ。素質の差か。自分も、腹を括って、この道でいくしかないのかもしれない、とかいろんな人の話を聞いて思う。


3/5/04

 相方と、北鎌倉方面をノンビリ散歩した。

 鎌倉駅をおりて、寿福寺から、英勝寺、海蔵寺と回ったあと、化粧(けわい)坂の急な切り通しをぬけて、ひろびろとした源氏山公園へ。広場のまん中に立派な頼朝像があったが、これはわりと最近、つくられたもの。なかなか気持のよいところ。

 源氏山公園でひとやすみしたあと、銭洗弁財天へ。遠足とおぼしき中学生がにぎやかだ。ここでお金を洗えば、これぞ本当のマネーロンダリング、とか、お馬鹿なことを言いながら、佐助稲荷へ。縁結びのご利益があるらしい。人気も少なく、中年の、パリっとした格好の夫婦が、お参りしていたりして、なかなか、しぶい。

 稲荷の奥から、裏大仏ハイキングコースという、ハイキングにしてはちょっと厳しい山道をこえて、高徳院に到着。修学旅行などで鎌倉に行ったことのない自分は、大仏をはじめてみた。もっとデカイのかとおもっていたら、全然たいしたこと無かった。大船の観音様を見なれているせいだろうか。いちおう、20円出して大仏様の胎内に入れるのだが、上にのぼる階段が閉鎖されていて、いまいち(あとで調べてみると、大船観音は上半身だけだが25mある。全身で14mしかない鎌倉大仏など、たしかに取るにたらなかった)。

 大仏のあとは、長谷寺へ。階段をのぼって高台には海が見える。手前には由比ガ浜、むこうに材木座海岸、さらには三浦半島までものぞめる景色。ここは、拝観料を払えば、宝物を無料で見せてくれるので、なかなかおトク。三十三應現身立像が、かっこよかった。本尊には、十一面観世音菩薩像(長谷観音)があり、身のたけは9mと、大仏より小さいが、総身が黄金で、意匠をこらしており、しかも屋内にあるものだから、大仏よりずっと、みごたえがある。金箔は足利尊氏、後光は足利義満が施したとか。

 帰りは、小町商店街で、お土産というか夕飯に、本場の鎌倉ハムを買って帰る。これがおいしいんだよな。


3/4/04

 色々迷うことがある。僕はもう正直学問を、それほど必要としなくなっている気もする。進むべきか、退くべきなのか。

 しかし、降りれば、一生後悔する気もする。今の状況を逃したら、いわゆる野心をいくぶんかでも満足させる機会は、二度とめぐってこないだろう。それに耐えられるだろうか? この一年の振る舞いかたで、自分の人生、かなり方向が決まるはず。

 自分の父親は、この状況で「降りた」人だった。そのお陰で、僕は息を吸い、本を読んだりしている。だけど父親は、やはり、あまり幸福そうではない。


3/3/04

 ネットでも、いろいろと試せるうつ病チェックテスト。一年前までは、気分のよいときも悪いときも、いつ何時、何度試しても、「重症」の診断だった。ところが、ふと思いついて、今日やってみたら、0点(つまり、うつの要素ゼロ)である。

 もちろん、こんなテストは、極めておおざっぱな傾向を知る程度のものだし、わりと気分のよい日にやった、ということもあると思う。しかし、やはり、自己感覚としても、自分の二十年来のうつ病は、治ってしまっているような気がする。


3/2/04

 英語ゼミ。あたらしいメンバーのKさんは、某御大の息子さんである。御大に似て少し素朴なところがあり、背の高い好青年。M台ゼミに在籍中で、外部のDを受けるから、一緒に勉強しましょうとのこと。聞くに、M台さんところの研究室は、ほとんど放し飼いらしく、勉強は自分でしなければならないらしい。まだ先の話だけれど、もしかしたら、一緒にDに行くことになるかもしれない、と分かり、ちょっと楽しみ。


3/1/04

 自分のことを、酷く凡庸に思う。しかし、なぜか環境だけは整っていき、一筋の光が見えてきた。とにかく、一歩一歩着実にすすんでいこう。

 ここのところの暖かさで、デンタータラベンダーとレースラベンダーは、すっかり満開。白と紫のローズマリーが満開。キューレッドという、フレンチ系のラベンダーは、つぼみを20個くらいつけて臨戦体制である。さらに、チェリーセージも冬越し成功で、葉を出してきた。

 ブルースターは、ここ一ヶ月ほどずっと咲き乱れてる。こないだ買ってきた小さなスズランエリカも、花もちがよいらしく、元気に咲いている。冬越し成功かと思われたブーゲンビレアは、先日の春一番にやられて、大部分の葉がだめになってしまった。屋内に戻して、静養中。

 最近はまってるのは、アネモネブランダという、ちっこいやつ。野趣がありつつ、可憐という、じつに可愛いやつ。


2/29/04

 エチカ、レジュメ完成。完成というより、一応形にした、くらいの感じだけど。とりあえず、かなり過激な決定論だったので、びっくりした。もっとも、決定論もここまでつきつめると、もはや必然を強調することにそれほど意味がないというか、結果的に、自由と必然を止揚してるってことになるんだろうか(ヘーゲルは、熱烈なスピノチストだっけ)。

 なにしろいたるところで、後の思想家のモチーフが先取りされているのは、見事だと思った。ヒュームの観念の連結や、ニーチェのキリスト教批判に繋がるようなモチーフ、あるいは、現実的存在/永遠存在という枠組みは、カントの感性界/物自体界というあわせ技一本、みたいな発想と、つながっているのだろう。

 読み物としては、三章以降の人間観察が白眉だろうか。おだやかな目で見られた、しかし透徹な分析に、反感ではなく、かえって慰めが訪れるところは、ラ・ロシュフコーに近い感じがあるかな、と思った。


2/27/04

 スピノザ、さっぱりわからない。あらゆる意味で、ナンダコリャ、という感じ。

 要するに延々と、自己原因=実体=神であり、有限者ってのは神の変様であり、神は必然的に存在するんだよね、もちろんそれは唯一の実体で……とか証明していきたいみたいだけど、そりゃ、定義一〜八みたいな、初期条件を置けば、そうなるだろうな。

 でも、ふとこれが、宇宙論、グランド・セオリーみたいなことを言っているのか(宇宙の始まりは、スピノザの言う通り無時間的にちがいない)、と気づいたとたん、何か腑におちるようになってきた。


2/26/04

 休む間もなく、今日も今日とてレジュメ切り。『人性論』『実践理性批判』ときて、つぎがスピノザ『エチカ』。つきなみですが、カレーと、200gハンバーグを食べ終わったら、大盛り天丼が出てきた気分。

 春も近づき、みな、越冬地から飛び立つように、線分を描いていきます。 目的地は、いつも変わるものですが、足場というのは、つねに必要なのです。

 とはいえ、文学のふるさとがそうであったように、本当の故郷は、足場のない、──これもつきなみに言えば、セカイの中心というものであるし、それは心の片隅に、ずっとあるものです。


2/25/04

 昼になったので、相方を駅まで送り、夜中までお勉強。で、ようやく「実理」のレジュメできあがる。いろいろ感想はあるのだけど、その前に疲れた。寝てない、食べてない、部屋片付けてない、の三拍子。

 カントの感想。とりあえず、以前神学屋と議論した、カントの形而上学性については、神学屋の方が正しかった。僕のおおざっぱな解釈は、新カント学派のそれに近かったのだが、「独断のまどろみ」を破ったヒュームを押さえた上で、きちんと読んでみると、これは明らかに間違っていた。むしろ、現代の目で見るなら、カントは執拗に「信仰の余地」を残そうとしたのだろう。

 それにしても、率直に感じたのは、ポストモダンのように「語りえぬもの」に信頼を置くのも、アーレントやハーバーマスのように「理性」に信頼を置くのも、カントのバリエーションということでは変わらない、ということ。


2/24/04

 相方が、泊まりにくる。お互い忙しいので、変則的な形でしか会えない。酒でも飲んでまったりする予定だったのだが、僕の方の課題がおわらないので、相方に部屋でくつろいでもらいつつ、徹夜でお勉強。いやに相方の荷物が大きいな、と思っていたら、誕生日プレゼント(19日だった)にカバンと、お香立てをいただいた。ありがたう。


2/23/04

 一夜明けて、カントをガリガリと読む。なにやら、ここのところ、さまざまな角度から、学問について、思うところあり。もうちょっと、言葉がたまってきたら、何か書けるといいのだけど。

 はっと気づいたが、in <the> New World Order というところは確かにミソなのかもしれない。


2/22/04

 というわけで、K研究会。○デンズレジュメの出来は、まずまず。元○くま(編集部長)の方にほめてもらえたのが、うれしかった。

 でも、本自体はかなりネガティブな評価が出た。実際、僕もレジュメ切りながら、少しそう思ったし。市場原理の組み入れ、下からの、市民社会的な福祉国家の再構築、多層的なアイデンティティー構成によるコスモポリタニズムなど、スローガンとしては、おおむね妥当であろうけれど、「民主的な家族」は、さすがにいただけない。その他の主張も、論証抜きなので、なんともいえない。答えだけあってる答案を見せられた気分。

 本としては、前半にNさんが発表した○オコン本の方が、ディスクールとしては明らかに洗練されている。ただ、○オコン本の方は、作品の外部、インプリケーションが、はっきりはわからないので、これがどういう構造で「衝撃」を与えたのか、ややこしい。テクスト論的には、OF PARADISE AND POWER──America and Europe in the New World Order という原題を『○オコンの論理』と訳すのはどうなのよ、とか思った。こういう場合は<暴力>ではなく、「脱構築です」とかなるのだろうか。

 その後、打ち上げを二次会まで出て、終電で帰宅。大人の話、濃い話を聞かせていただく。


2/20/04

 研究会発表用の、レジュメをきる。分野違い──といっても、Dではそちら方面に進路を変える予定なのだが──ということもあり、テクスト自体より、周辺の勉強に手間がかかる感じ。もともとは政治学科だから、まったく足場がないわけではないんだけど。


2/19/04

 11時から、夜8時すぎまでぶっ通しでO先生の集中講義。朝から何も食べてなかったので、堪えた。くる予定だった、M1の同僚が来ない。学校をやめるという噂も、少し入ってきて、心配である。同期では、いちばんセンスがあったと思うのだが、僕以上に気まぐれで、才能だけで、やってきた感がある。なんというか、一番豪快にみえて、一番繊細だったのが彼だった気がする。


2/18/04

 今年一年のスケジュールを決めるため、研究室のメンバーが集まる。予想していたより、ハードな日程が組まれて、ややひるむ。

 今日は、M論の口頭試問だった。先輩方が、ぶじ審査に通ったので、ささやかなお祝いをする。Hさん、もともとスマートなのに、すっかりやせ細っていて、今年は自分の番だな、と思う。ボスは、審査結果を、結構心配していたらしく、上機嫌だった。

 ブローデルのレジュメ、ひと段落。一筆書きというか、ナタでバッサリというか、これがリセの「教科書」なのかと思うと、いろんな意味で空恐ろしい。


2/17/04

 N先生の集中講義、最終日。M論の計画書を指導してもらう。なかなか厳しい注文がつくけれど、どれももっともな指摘。「このくらいでいいかな」と、軟弱に思っていたところが、「やっぱりだめか(笑)」みたいな感じで、目覚ましによかった。評価はB。成績のことは関係なく、あと一回、添削をしてあげるから、書いて送ってきなさいとのこと。

 大家と呼んでもいい先生なのに、レベルの決して高くない、しかも本務校でないところの学生相手に、こう言ってもらえるというのは、本当に頭が下がる。


2/16/04

 明日の集中講義のために、予習。ここ一ヶ月くらい、英文に触れる機会が増えたので、リーディングに関しては、ほぼ院試時の力に戻った気がする。ここで油断すると、またあっという間に錆びつくので、もう一押し積み上げて、D試に備えなければ。


2/15/04

 作業がとにかく重なっている。ブローデル二冊とカントとギデンズとグローバリゼーションに関する教科書二冊を、同時に読んでいる。しかも、うち三冊は苦手な英語である。とうぜん、一つのまとまった作業ではなく、バラバラの目的。栄養ドリンクで何とか命をつなぐ状態。これが22日までつづく。


2/14/04(金)

 昼頃から、ぼちぼちと、カントの『実践理性批判』を読む。むずい。

 思えば今日は「チョコレート産業の日」である。世間の流れについていこうと、連れにも、要求したところ、「えー、(そんな世俗的なもの)いらないでしょう?」というゼロ回答で、バッサリであった。「世俗に塗れたいときもあるんだよ。つべこべ言わずチョコよこせっ。」とか思ったが、あとが怖いので、なるほど世俗的なことには、興味がないようなふりをしておいた。

 男とは悲しい生き物である。

 最近、○ずまんの所で、いろいろやってるらしい文芸屋とメールでちょこっと話す


2/12/04(木)

 英語ゼミin 渋谷。自分でも少し英文に慣れてきた実感がある。次回から、ちょっと意外なメンバーが加わることに。どんな人なんだろう。

 打ち上げが終わって、11時過ぎに帰宅。作業がたまってる。とりあえず、朝まで、カントとブローデルを読まなきゃならない。

 そういえば──などという書き出しは不自然だが──昼頃、母方の祖母が亡くなったと連絡があった。こういう場合、普通、実家に戻るべきなのだろうか。自分にはその余裕がない。結局、今日会った誰にも、そのことを話さなかった。

 いつのまにか、この日記は、起こったことの羅列ばかりになっている。実際、自分が何をしていたかの、痕跡を残しておこうとしているだけである。


2/11/04(水)

 そして、明け方3時に『人性論』(抄訳)レジュメできあがり。

 これだけがっちり構成していながら、読んでいてサプライズがあるというのは、なかなかない論文。ちょっと、図式的に考えすぎだったり、論証に誤謬推理っぽい箇所もあるけれど(本人は「蓋然性」だって言いそうだが)、ほとんど鬼畜のようなラディカリズムと分析力が、おもしろかった。結論が、共感論ってのは、すこし浮いてる気もするけど、これはやむを得なしか。

 今週〜来週にかけて集中講義その他で、かなりの過密スケジュール。一体どうやって乗り切ったものか。

 ……と思っていたら、さらにK研究会で発表のオファーが。ものが社会学なのと、時間的な問題で少し迷ったが、せっかくの機会だし、やはり、引き受けなければ。


2/10/04(火)

 本日締め切りのレポートを出す。めずらしく、本当にめずらしく、期限4時間前にあがった。とはいえ、それを事務に提出し、家に戻るとまた膨大なレジュメが待っている。


2/9/04(月)

 デイヴィッド・ヒュームの『人性論』を読む。その過激さと先進性に、目からうろこ。ここまで考えたから、ラディカルになったのか、ラディカルに考えたから、こういう体系になったのか。いずれにせよ、なんで、こんなに見事な論考を、撤回しちゃったんでしょう。


2/6/04(金)

 バイトの関係で、ヴァルター・ベンヤミンの『暴力批判論』をさらっと。いちおう、「主著」ということになるのだろうけど、今読むと、僕には「電波」としか読めません。この人、シミュラークル云々は、本当に面白いのに、政治を語りだすとあれなんでしょうか。


2/5/04(木)

 夕方から、英語ゼミ。ようやく回復した相方と、途中までいっしょに。

 英語ゼミ、打ち上げがなぜかメイドつきオムレツだった。旨くて安くて、店員のレベルが激しく高い。ボスが、いつも以上に上機嫌であった。


2/4/04(水)

 熱を測ると、38度。インフルエンザらしい。放って置くと、病気で休んだ小学生のように、テレビみたりして、治らないので、布団外出禁止令を出す。というか、インフルエンザに、バファリン使っちゃダメなのね・・・・・・。自家製ヨーグルトと、セデス飲ませて、眠っていただく。


2/3/04(火)

 相方の体調が戻らないので、部屋でまったりしていた。いちごとみかんと、雑炊を投入して、安静に。部屋に置いておいても、ほとんどストレスが無い。よい子だうん。


2/2/04(月)

 相方と久しぶりに、おでかけ。相方一時間遅刻。手編みマフラーもらった。昨日開通したみなとみらい線に乗って、元町でも回ろうと思ったのだけど、雨が降ったので、駅前ショッピングに。ハンズで、共通の趣味となってしまったお香をみたり、ルミネの本屋でくつろいだり、ディック・ブルーナ展をひやかしたり。

 帰りに、駅の構内でしゃべっていたら、いつのまにか、終電逃し。O船まで何とかたどり着いて、タクシーで戻る。最近疲れがたまっていた相方は、風邪をひいたらしく、とりあえず看病中。


2/1/04(日)

 研究室お下がりのプリンターが、故障してしまったので、新しいのを買いにいく。用途はモノクロ印刷のみなので、キャノンにするか、HPにするか、迷った。HPも安定性とかデザインとか、渋い選択だと思ったが、消耗品の入手を考えて、キャノンに。
 FDDもずっと壊れていたので、新品に交換したのだが、メーカー製ミドルタワーの悲しさ、すべてのIDEケーブルと、メモリと、SLOT1のCPUまで外さなければ取り付けられなかった。

 十年ぶりくらいに、最新の(といっても廉価モデルだけど)プリンターにしてみると、あまりの高性能におどろかされる。動作も安定してるし、静粛性がすばらしい。


1/31/04(土)

 地獄の1月も、今日、最後の一本のレポート提出で何とかクリア。ほんとうに、きつかった。とにかく、締め切りやら講義やらに追われて、走り回っていた気がする。一応、記憶を再構成して、日記を補完してみたけれど、覚えていないことが相当多い。


1/30/04(金)

 学内スカラシップの研究成果報告書、しめきり。少なくない金額を貰っているので、あまり、いい加減なものは出せない。来年度のこともあるしなあ。


1/29/04(木)

 N先生の集中講義、五回目。

 一〜三限まで講義。四限はディスカッション。


1/28/04(水)

 N先生の集中講義、四日目。一人脱落して、ついに、受講者が二人になる。これだけ身になる演習は、ほとんどないというか、夏のM先生の演習以上かもしれないのだが、いかんせん、学生のレベルが。こうなってくると、踏ん張りの利く人間だけが、紙一重で残る感じ。

 中間レポートの評価はA-だった。これでも、少し甘めにつけてくれたんだろうな、という気がする。修論の相談にも乗ってもらい、かなり有意義な時間だった。


1/24/04(土)

 G研究会でレジュメ発表。アーレント……だがちょっと量が多い。ギリギリのギリギリまでかかり、ダッシュで都内へ。いつも走ってるのが辛い。
 今年は、ボスが忙しくなるため、G研は、学生が頑張ってレジュメを切らなければならない。


1/23/04(木)

 気づいたら、十日ちかくも日記をさぼっていました。とはいえ、今夜もこれから明日のレジュメ発表準備。


1/17/04(土)

 数ヶ月ぶりに、昔作ったBBSに行くと、サーバーの管理人さんに怒られていた。登録したメールアカウントが無効になって いるので、このまま放置すると、本日付で停止措置らしい。慌ててアカウントを復活させる。虫の知らせ、あと二時間 気づくのが遅れたら、やばかった。

 本当にひさびさに、覗いたのだけど、みんな性格が丸くなっている感じ。無理もないっすね、あれから何年も経っている のだから。


1/15/04(木)

 N先生の中間レポート提出日。例のごとく3:45に書き上げ、5分で寝癖だけを直し(今日は直ってなかったけど)、 7分で山を駆け上り、3:57に事務提出。しぬかとおもった。
 このところ、登校時には、例外なくダッシュしている気がする。


1/14/04(水)

 課題に追われる合間をぬって、後輩と舞岡公園を散歩。


1/13/04(火)

 K御大の演習最終日。
 今年度、いちばん身になった科目は、この演習だったかもしれない。論文を書くための文章訓練が 課題であったけれど、それをはるかに超え、ものごとを考えるための基礎体力をつけさせてもらった気がする。


1/12/04(月)

 レポートがたまっているので、家でせこせこと作業。


1/9/04(金)

 本年度のゼミ最終日。古谷実の『ヒミズ』をとりあげる。院生とボスは、独特のリアリティと表現力を高く評価したのだけど、 ゼミ生は、女の子が多いこともあり、おおむね拒絶反応を示していた。

 夜は、新年会を兼ねた、最近できた駅前の人気店で、今年度の打ち上げ。3000円飲み放題、やたら美味いものが出てくる。 二次会は途中で抜けて、連れと家でまったり。


1/8/04(木)

 復刊ドットコム、リヴァイアサンを注文。いつのまにか、ちゃんと一括発送になっていたので。哲学は復刊されても 売れない、という実績がつくと、長期的に損をするかもしれない、という打算もあって、ご協力。


1/7/04(水)

 朝から夜9時まで、予定がつまりっぱなし。講義、講義、バイト、英語購読。英語は今日から Being and Time に入る。 分からないところは、日本語訳と原書を参照。

 夜は、チャットで話し掛けられたまま寝てしまった。


1/5/04(月)

 資料作りのために、学校に行く。正月気分もはや霧消。


1/4/04(日)

 連れの日程が空いたので、鎌倉へ初詣に行く。駅前の商店街を少し散歩したあと、参拝客の多い鶴岡八幡宮をよけて、 浄妙寺、瑞泉寺、杉本寺などの古寺や、釈迦堂の切り通しをみる。

 瑞泉寺の庭園は、まだ花が咲いていなかったけれど、苔むしひねくれた枝々が、冴えた美しさを湛えていて、 いたく気に入った。岩を穿ってつくられた庭姿も、ふしぎな佇まいをみせていて、歴史を感じさせる。

 杉本寺は、鎌倉でもっとも古い寺で、天平6年(734年)の建立。行基菩薩の作という十一面観音は、びんづる様やら、 仁王さまやら、仏像やらのごろごろした奥に、薄暗く立っているものだから、よく分からない。「よく見えないのは当然で、 像をみることは、自分と向き合うことなんですよ」、と四つ下の連れにもそもそと言われ、 「こしゃくな」、と思ったが、後が怖いからうなづいて置いた。

 幕府が交通のために通したといわれる「切り通し」は、迫力だった。落石があるとひとたまりもないから、通行止めに なっているのだが、みな平気で通る。はるか頭上まで、刳りぬかれた岩のアーチは、神秘でため息が出る。

 おわりに、日も暮れかけるころ、菅原道真をまつった荏柄天神へ。ここが本日の目的地で、学業成就のお守りを 買ってもらった。


1/3/04(土)

 集中講義のレポートを書き始める。開発経済じゃ書けないので、セン-ロールズ論争をネタに。


1/1/04(木)

 新年早々、特に書くことがない。

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