人文社会科学


旅を終えて&はだしのげんは今どこに&シンデレラは実在した&サッカーを見て思ったこと

<ノヴァーリスの引用>

奥泉光氏の小説。

野間文芸新人賞受賞作品。

半ミステリー、半純文学作品。

★★★

<この人の閾>

保坂和志氏の小説。

芥川賞受賞作品。

純文学作品。村上春樹的、純文学作品。

★★

<羊をめぐる冒険>

村上春樹氏の小説。

風の歌を聴け、1973年のピンボール、それらの続編のような作品。

やはり、面白いなぁと思う。書き方が。引き伸ばされた感だけは気になる・・・

★★★

<風の歌を聴け>

村上春樹氏の小説を初めて読んだ。

遠い太鼓、という旅行記は読んでたけれど。

面白いなぁと思う。書き方が。

★★★

<スタンリーとアイリス>

デ・ニーロの演技が上手過ぎて、それだけ見ていても面白かった。

内容も行き詰まったアメリカの現代の家族(当時の)を、ポイントを抑えながら

淡々と描いている作品。

★★★

<フランキーとジョニー>

アルパチーノが格好良かった。

ドゥビッシーを使ったり、映画としては

きれい過ぎるようだったが、エンドレスな感じが

気になった。

★★(5つで満点)

<旅を終えて>

今年はがんばるぞー、って久しぶりに来て見たら、ブラウザってなんだっけ。

アドヴァンスドは難しくて、日記だけ初更新。

道はけわしい。

<はだしのげんは今どこに>

子供の頃、はだしのげんが怖かった。広島の被爆した世界とそこに生きる少年の漫画である。被

爆した人間の姿、戦後の米兵による日本人女性に対する虐待、子供が闇市で稼いだ金で麻薬に溺

れてしまう姿など、あまりにも生々しく描かれていて吐き気を催す程であった。でもいつからか

その漫画はなくなってしまった。

原爆によって戦争が終結し、アメリカが日本に自由をくれた。だから広島に落としたリトルボー

イと長崎に落としたファットマンの記念品として、アメリカでピアスを作ったという話を聞いた

ことがある。テレビでそのことに反発している日本人の姿を見た時、そんな抗議よりもアメリカ

人に「はだしのげん」を読ませた方がいいと思った。

しかし、アメリカの若者が原爆の悲惨さについて知らないということを、どれだけの日本人がは

っきりと異議申し立てることができるだろうか。戦後アメリカに従ってきたこの国では、戦争や

原爆について語るのはタブーとされてきた。親は子に語らず、その子が親になったときには子供

から「はだしのげん」をとりあげた。今自分は二十歳である。自分も、そして周りを見渡しても

原爆について意識して生きている日本人であるとは言えない。これから自分が親になった時に、

「はだしのげん」を子供に見せるべきか。

<シンデレラは実在した>

かぼちゃの馬車で舞踏会へ向かう娘。農民の娘とフランスの皇太子との逆境を超えた愛の物語。

こんなおとぎ話でもモデルがあり、実在していた。さすがにかぼちゃの馬車を魔女が貸してくれ

たわけではないが、あの天才ダヴィンチが娘を助けてやったという話なら信じられなくもない。

舞踏会でシンデレラは自らの出生の真実を王子に告白し、王子は召使の女に恋したことに憤り、

娘は涙を流して宮廷から駆け出して行ってしまう。その時に例のガラスの靴を片方落としていく。

王子は葛藤に苦しみながらその靴を手に取り、娘への愛を選択する。そして二人は結ばれて、幸

せになったという話だそうだ。

奴隷の売買が平然と行われていた時代に王子と召使の娘が結婚した。自由、平等が当たり前にな

ってきた現代でもシンデレラの話は未だにおとぎ話のままだ。差別は存在し、それがもとで結婚

に障害を持つ人達がいる。

かわいそうなシンデレラと王子は実在しているのだ。

<サッカーを見て思ったこと>

12月中旬に行われた、サッカーの欧州選手権の予選リーグの試合で日本人にも

良く知られている、あのベッカムのいるイングランドと、サッカー以外の事でも

知名度の低いマケドニアとの試合を見た。結果から言えば、

2対2のドローであった。イングランドのホームで戦うマケドニアは絶対に不利な試合で

超格下の相手と言われながらも善戦していた。試合内容ではイングランドを上回っていた

とさえ思うほどマケドニアサポーターになってしまった。マケドニアはユーゴスラヴィアから

分離独立をした。人口は名古屋市と同じくらい。かのアレクサンダー大王の故地である。

第一次世界大戦から情勢が不安定なまま20世紀を終えたバルカン半島の真中にある。

人種間の紛争、国連軍の空爆により、どれだけ人々が疲弊し苦しみながら生きているのだろう。

忘れていた彼らに気付いて自分の不甲斐無さを恥じると同時になにかを得られた気がする。

それだけでも彼らには困難を乗越えて戦う意味がある。サッカーの母国の貴公子が見せた

非紳士的行為とたとえ下手クソと言われても堅実にプレーする姿とはとても好対照であった。

彼らは自分の名誉だけでなく彼らの国のために戦っている。彼らに多くの人が気付ければ...

マケドニアに限らずにたくさんの国でも同じ事が言えると思う。サッカーの良いところは

戦う人達の後ろに存在しているものに気付く機会を与えてくれることだと思う。

アメリカもイラクとサッカーで戦ってくれたらなぁ。

メールはwestendworld@yahoo.co.jpへ


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