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卒業論文テーマ発表会があった。
今回の私のテーマは、『育児休業のコストとベネフィット』である。 確かに卒業論文(学士論文)は一大事業であるが、作業自体はたいしたことはないと思う。 たかが、学士論文である。 たかが、というのは、決して学士論文をみくびっているのではなく、学士論文は学士論文であるということだ。 要旨は明快。特に難しいことは何もない。 子育ては非常に手のかかる事業である。そのために、家庭では共働きであっても どちらかが退職を余儀なくされている状況である。 というのも、子供を出産する前は働いていた人の7割が退職しているというアンケート調査から導くことができる。 でも、その中でも親が面倒見てくれる家庭は親に頼れない家庭に比べて共働きが多いのである。 これは共働きを続けたい夫婦にとって、子供を生もうというインセンティブとなる。 ということは、何らかの手立てがあれば、退職することなくどちらかの退職(現実には圧倒的多数が女性)を免れることができるのだ。 しかしながら、乳幼児期には手のかかる仕事であるために一時休業せねばならない。 その時に育児休業制度を活用すれば、退職せずに職場復帰が可能だ。 それは労働者にとっても、経営者にとっても有用であれば、今後一層活用されるはずである。 ここで検討する内容は育児休業を取得した人を雇い続けること企業にとってメリットであるか否かである。 メリットとなるなら、育児休業は利用されるだろう。 という感じ。 あくまで学士論文らしく、検討内容を極めて限定した内容に設定した。 |
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2004年07月15日 00時56分03秒
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森山直太郎のCDを借りました。
ここに見に来てくれている人ありがとう。 一人でも、二人でも別にかまいません。 時々、たまに、たまたま開いてくれた人もありがとう。 生きてるってすばらしい。 60億人のこの世界で、あなたに会えた奇跡はなにものにもかえられません。 私と知り合いになってくれたすべての人に感謝しています。 今はもう、会って話すことがなくなっても、 たまたまお互いに、長い長い離れたときを過ごしているのかもしれません。 もし、あなたが私のことを忘れてしまったとしても、 私はあなたのことを忘れることはありません。 これからもできる限り、発信することを続けていきます。 私も書くことでこれから自分の気持ちを整理しなければなりません。 というのは、今度結婚することになったからです。 とりあえず全世界に先駆けて、何よりも大事なことを伝えておきます。 |
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2004年07月01日 00時06分33秒
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昨日、携帯電話を買い換えた。今まで使っていた機種は3年ほど前に100円(しかも御代は結構ですとただにしてくれた)で購入した携帯電話だったのであるが、時代の流れの速さに取り残されたような折りたたむことのできない携帯電話だった。
まぁ、私にとっては折りたたむことができないほうが好都合だったのだが、今や折りたたむことのできない携帯電話は極めて少数派と成り下がってしまっているご時世である。当時主流派だった折りたためない携帯の面影は今は無い。 今まで使っていた携帯電話は勿論、カメラ機能がついているわけではないし、最先端の(今流行かどうか知らないが)ムービー写メールとかもできない。 しかし、今度の携帯はその全てがついているのである。 、音楽も聴けるばかりではなく、講義などを録音する機能もついている。そればかりか、スケジュール機能もあるし、ストップウォッチ機能がついている。 その全てを使いこなすことができるか、また、使うかどうかは別としてそれだけの機能が備わっているのに、最新機種で2万円と少しの値段で私の手に入るのである。 せっかくの機種変更(またしばらくは変更する気は無い)なんで、一番の最新機種、そう心に決めていたのだが、近くの店に電話してみても人気で入荷予定が分からないと言われた。 それならば別の店に聞いてみようと電話をするも人気で入荷が次の次の次くらいになるといわれる始末。 そんなこんなで、心に決めたにもかかわらず機種変更はかなわないかと少々落ち込んでいたのだが、たまたま職場からの帰り道にある携帯の店で聞いてみると、「青色」ならある、とのこと。 最新機種には違いないのだから、色にこだわっている場合ではない。いくら人気が無い色だからといって、青色でも立派な最新機種だ。デジカメの画像なんて200万画素だし、便利なストップウォッチ機能だってついている。しかもその機能にはラップ計測機能だってついているのだ。 そんなことはまぁ、私にとってあまり問題の無い話なのだが、一番のこだわりはSDカードで大容量の保存が可能なことである。その機能さえついていれば私に届く数少ないメールの保存や送信履歴だって保存し放題なのである。それさえできればあまり他の機能にはこだわらないのだが、そんなこんなで最新機種、でも「青色」。 さらに説明書を読んでもメールの保存の仕方がいまいち分からない。時代の流れとはこんなものなのかと思いながら、3センチ近くにも及ぶ分厚い辞書のような説明書と格闘すること2時間半。 とりあえずはSDカードを購入してから、近くの店にやり方を教わる予定。 |
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2004年01月06日 22時35分32秒
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久しぶりに更新するが、別に今まで何かに忙しかったわけではない。
普段と同じようにパソコンには向かって作業とかをしていたのだが、 別段こう、ここに向かう気力がなかっただけである。 別段何も代わったことのない休日だが、 昨日12時に寝たのに、起きたのが先ほど夕方の4時半過ぎだった。 16時間もよく寝てたなぁと思いながら、 きっと夜になったらまた眠るんだろうなぁ。 |
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2003年10月26日 17時11分56秒
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ダイエーで特売の米を買っていたのだが、銘柄がきらら米、北海道産。
きらら米はその味で定評のある有名な米だ。 10kg確か2700円くらいだったと思う。5%割り引きも受けていたので税込価格でそれだ。 今まで備蓄していた米が切れたので、 初めて炊いてみたのだが、炊き立てでもおいしくないのだ。 いつも通りに炊いてみたのだがどうにもおいしくない。 しばらくこの米と付き合っていかなければならないと思うと閉口する。 やっぱしきららだけは避けておけばよかったと予感は確信に変わったわけである。 さて、大学で受け取った成績表だが、 案の定というか、中国語。授業にはまじめに出席していたのだが、 「不可」と表示されていた。 大学4年生にもなって、中国語にこんなに苦しめられるとは思わなかった。 心機一転、まじめに勉強してもいいのだろうけれど、 ここらあたりが潮時なのかとも思う。 |
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2003年09月29日 04時02分31秒
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大学の成績が配布される日なので、早速とりに行った。
今回の成績如何で研究室に入ることができるかできないかが決まる、 私にとっては重大な発表の日だったのである。 10月までの配布期間は夜間営業をしていないために、 5時までに成績表をとりに行かなくてはならなかったのだが、 しっかりと仕事を早引きし久しぶりの通学時を原付で走った。 もう、休み明けだからといって道を間違えそうになることもない。 結局、研究室に入ることができる運びとなった。 気になるのは、研究指導にあたる教授の単位を今回落としていることくらいである。 |
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2003年09月25日 23時41分30秒
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なにもしないまま残暑に突入。
わがライフワーク研究所はその責務と研究を遂行することを目的としていますが、 それ故に多くの矛盾を抱えての稼動となります。 それでも私は一人の人間として 自らの幸せと社会への貢献を第一命題としてこれからも取り組んでいくことを 高らかに宣言します。 2003年09月07日 17時14分55秒 |
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上記タイトルを職業としている人物が、いわゆるアナリストという人である。
証券動向、精神分析、社会情勢分析者などを指すらしいが、 「アナリスト」を目にするたびに疼くお尻の穴は正直である。 あなりすと、アナリストである。 さて、NHKで麻婆豆腐の作り方の料理番組をさっき見たのだが、 ことごとく私の作っているやり方とは違っていた。 豆腐はつぶさないようにたたく感じで揺らすだけにしてくださいといっていたのだが、 豆腐をまるまるのまま、丸投げの私はつぶしながらかき混ぜている。 結局食べてしまえば同じだから一緒だと思っているのだが、 料理研究家から見たら私の作り方はよろしくないのだろうと思う。 だからと言ってその手法を模倣するわけでもないだろうなぁ。 それぞれがそれぞれのやり方で料理を作る。 いろんな味があるからいいんだと思うが、 でもやっぱり試しに作ってみるだろうな。 2003年08月26日 21時31分40秒 |
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ハンマー投げの室伏さん。
世界的に有名な選手には違いないんだろうけど、 あの雄叫びはどうかと思う。 そもそも投げた後にあれだけ叫んでも意味があるんだろうかと思うのです。 後で後悔する私にそこの所だけは似てる。 2003年08月17日 23時37分10秒 |
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「こい」の変換で一発目に出るのが「故意」でした。
私のパソコンはどういう教育を受けてきているのか。 何事も頑張りすぎるのは良くないことです。 自分の目標を持ってそれに向かってこつこつと頑張るのが一番いいなんて思うんですけど、 目標、とふと思い出したんですけど、 そういえば、今年はお酒を飲む日を200日くらいまでにしようと決心したんだっけか。 この何ヶ月間か、おそらくそんな目標があったこともすっかり忘れてしまっていたので、 毎日毎日飲んでおりました。 そんなわけで改めて休肝日宣言。 今日はまだ一滴もアルコール飲んでません。 お茶を最近沸かすことが多いんですが、 今日行った「ばんどう」というスーパーでは麦茶のパック、 50袋入りで、1パック50円で売っていた。 普通200円くらいするものだが、破格にもかかわらずあたかも 当然のように値札をつけられて佇んでいたのである。 一応買いましたが、 まだ3年位前に買った麦茶のパックが20袋くらい残ってます。 2003年08月07日 23時40分20秒 |
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同期とよくカラオケに行くんですが。
出来るだけ同じ曲を歌わないように気をつけるんですが、 何せ一回行くと4時間ほど2人で歌っているので、何回も行くとさすがに同じ曲が被ったりもします。 そんなわけでレンタル屋さんにいったんですが、 何せ久しぶりに借りるものでカードの期限が切れていたんです。 で、新規扱いになりますが構いませんか?と聞かれたわけなんですね。 昨日ちょうど知人宅に行ったときにレンタルビデオを借りにいったんですが、 その時は「新規なら無料でレンタルできたのに・・・、 代わりにカード作ってぇや」と言われたので、 もしかしたらただで借りることが出来るかも、 なんて思ったのがそもそもの間違いでしたね。 保険料300円上乗せして、レンタル料金を払ってきました。 2003年08月05日 23時29分38秒 |
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現在単位履修の申請していた13科目中、12科目の試験が終わっています。
今回受験科目は9科目、今のところ放棄は3科目ですが、 昼間の学生はこんなハードな日程をこなしているのかと思い知っております。 いずれにしても終了間近のこのぬるい感じは学生の特権だと思います。 ここに越してきて、人生で初めて新聞の勧誘を受けました。 大学4年生と答えたので、半年だけでも、といわれましたが、 大学生のすべてが4年で終わるわけじゃないんだよと思いながら、 やんわりと勧誘を断っておきました。 社会人ですか?とも聞かれましたが、「学生です」と答えるあたりに姑息さがほらありありと。 2003年07月30日 23時22分11秒 |
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誰からも評価してもらえなくなったら人は不幸だと思う。
50歳、私と入れ替わりに転勤した職員が死んだ。 あるものはほくそえみ、あるものは次の人事の心配をしている。 それはとても悲しいことなのだけれど、 それは世の中だということも多少は理解できるようになってきた。 私は大人になりすぎているのかもしれない。 我関せず、の境地ではないが、人間はきれいな生き物ではない。 「あんたも身体が強いわけじゃないねんから、注意しぃや」 そう電話で言われたと同僚職員から聞いた。 その職員が涙声で私に話してくれたのだが、 その職員が本当に泣いているのかどうかまでは私に確認する術はなかった。 体のことをその職員に注意したそ僚は現在、とても大きな病気で入院している。 現場復帰が難しいばかりか、命の保証すらもないというのに。 信じることは間違いではない、 僕はこの世界を信じていこうと思った。 2003年07月29日 22時59分07秒 |
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ぱっとしない天気。
気がつけば体重が50kgを割り込んでいました。 空調とかってみんなどうしてるんだろう。 私のここ最近、ですが、自分の部屋ではエアコンを使ってないんですけど。 今期まだ2,3回くらいしか稼動してません。 私が我慢強いのではなくて、 暑くないんですね、実際。 夏、何でしょうかと思ったりもするこの頃。 セミはしっかり鳴いている夏。 2003年07月28日 22時43分18秒 |
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どうしてこうも時間の使い方がへたくそなんだろうかと考えていた。
あれもしたい、これもしたいということがあるわけではないのに、 気がついたら一日が終わっている。 こんなことってあるんでしょうか、と問われたならば、 あなたはどう答えるでしょう。 それは時間が無かったのではなくて、 ただしなかっただけなのであると、 思い切り強く言われてみたところで、問題が解決するわけではない。 あれも、これもしなければならないと思っている時だって、 結局時間切れになって出来ないことが多い。 でもそれは時間が足りないのではなくて、 ただ要領が良くないだけの話である。 要するに私は自分があまり賢い人間ではないことを告白することになるのだが、 こうやって文章を重ねていくこと自体そういった要素を含んでいるだろう。 今日は「閾」について勉強をしていた。 一日かかってこれである。 試験に出るのかでないのかも分からないようなところに一日をかけて、 まだ理解をしていないところに問題が潜んでいることを私は学習した次第である。 2003年07月28日 00時16分48秒 |
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この試験期間中、私はこの言葉を何度使ったことか。
大辞林でその真相を探ってみたのだが、 名詞としての「そもそも」も接続詞としての「そもそも」の どちらも使用法としてカバーしている。 そもそも、この問題については福祉問題がそもそもの始まりなんです、 ってな感じで。 普段職場でもこれだけ使っているのだから顕在化してしまうことがあるんですが、 「そもそも」なんて使ってしまうと、なんとなく生意気な感じだ。 それでも使ってしまうのだから、かなり迷惑だと思う。 さらに、どこか自分の中で「そもそも」を言いたいがために会話をしている節も見られる。 例を挙げれば、つまり 上戸綾がCMで脇を見せているのは制汗剤の宣伝をするためではなく もはや脇を見せるためのCMであるといった具合に。 上戸綾のCMには思うところがあったのでもしかしたら触れていたかもしれないが、 そもそも(接続詞)脇を見せるためのCMであってはならないと思うのだ。 彼女がチアガールなのは納得できるが、 そこに脇を見せたいためのチアガールであるという片鱗を見せてはいけないと思うのです。 つまりその脇を見せたいがための行動がそもそも(名詞)の誤りなのではないかというのが私の提言である。 2003年07月26日 12時28分49秒 |
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私の所属する業界はもう行き詰まっている感じがする。
新しい打開策を出せないのかそれとも敢えて出さないのか、 どちらにしても現状はあなた方には変えられない。 この業界で重鎮とされている人の話を聞いたのだが、 それなら私でも出来る。 私でも出来るというのは私の能力が高いのではなくて、 私と同じような可能性であるということだ。 もう誰かが何かしてくれるのに期待するのは止めようと思う。 少しは仕事も頑張ろうと思います。 2003年07月25日 23時11分58秒 |
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まだまだテストは残っていますが、わりかしどうでもいい感じです。
日本語関係を専門にしている職員に 職場で出すレポートみたいなのを添削してもらったのですが、 私の本文と同じくらいの添削量でした。 更に日本語の用法についての質問や意図する要点を明確にするよう指導を受けました。 午前中は大学に行っていたので昼からの出勤でしたが その添削指導のおかげで今日しておくべきだった業務が終われませんでした。 そんなわけで直接出張先に行く予定でしたが いったん業務を終わらせてから行くことになりました。 日本語に対しての認識を新たにした次第であります。 しかしながら、きっとこの文章も添削どころ満載。 2003年07月24日 23時07分47秒 |
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オリンピックのメダル数を競うようになったのはいつからだ。
スポーツは優劣を競うものではないのだと、単なるひがみだけでなく思います。 北島君の世界記録、もう何回も見た。 私が現役だった頃、あんなに水泳が騒がれていただろうか。 局を挙げてキャンペーンをして水泳がこれだけ騒がれるようになったの素直に嬉しいけど、 なんなんだろう、やっぱし嬉しくないのか。 負けたものにもお涙頂戴もののドラマがあったりして、 それはそれでなんか、あまりにも飾り立てていやしないか。 悪いとは言わないが、なんとなく、違くないか。 それはそうと、彼の100mの平泳ぎ世界記録は私の現役のときの100m自由形の自己記録よりも速い。 自己記録よりも1秒程度速いくらいなのだが、 仮に一緒に泳ぐ機会があるとすればなんとなく情けないなぁと ふと思い立って市民プールで泳いでいるときに思いました。 やっぱしちょっと本格的にもう一回してみようかなぁと思ったりもする、 梅雨明け前の夏です。 2003年07月24日 00時00分15秒 |
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しこしこと更新。
「踊る大捜査線」見てる場合じゃなかった。 今日の労働経済論、もしかしたら落としたっぽい、 というよりも、半分以上望み薄、言ってしまえば不可は確定的。 28日の心理学の試験で単位認定されれば、ゼミの指導教官の授業なのに、 なんとなく気まずい予感。 今日、出張先の会議の発言で珍しく同調してもらえたことに 調子付いている場合じゃなかった。 この際職場での私の意見なんてどうでもいい(よくないか)。 原付で帰路を辿っている間、自作の歌をうたっていた。 即興詩人気取りで。 そんくらい、落ち込んでます。 何とか5年で卒業にこぎつけたいのですが、 何とかなりませんか? 2003年07月22日 22時48分18秒 |
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さっきまで踊る大捜査線を見ていました。
本当ならすぐにでも実家に帰らなければいけない用事があるのだけれども、 そんなことをほったらかして大捜査線。 織田裕二の歌唱力にはそれなりに意見があると思いますが、 あれだけの演技を見てしまうとなんとなく歌もいいものに思えてしまう。 そうやって調子に乗って世界陸上の司会とかまでやってしまうのは それはそれでどうかと思いますが、 そんなんでもいいんだと思う。 それはもう織田裕二のための世界陸上である。 同じような路線で江口洋介がいますが、 大捜査線以来水を開けられた感は否めないだろう。 だからといってどうなるわけでもないが、 北村総一郎のサラリーまんっぷりは見事としか言いようが無い。 将来そんな大人になりたいものだと切に思った。 2003年07月21日 18時08分50秒 |
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ここ最近の出来事を書こうと思います。
テスト勉強をしなければならないのに、どこか現実逃避をしているちょっぴりセンチメンタルな大学生。 テスト勉強と言えば部屋の掃除がついてきますが、 私もご多分に漏れずそのタイプであるわけですが、 自分の中の部屋を掃除しなくてはならない基準値に達していないために、 それすらも出来ずにだらだらごろごろしております。 そろそろ生きがいを見つけないといけないんだと実感しとる次第ですが、 このままの自分もそうそう悪いものではないと思うのです。 だからといって、このまま先を進んでいったところで福山雅治とか竹中平蔵とかには行き着かないのは分かっているわけですが。 このままの自分なんてどうやっても先が見えてるんだから、 あまり気合を入れずにぷかぷかと生きていきたいものなんですが、 文字通りそんな生き方をしていたらたぶん疎外感に苛まれることは必須なわけでして。 ならば一念発起して目の前のよしなしごとに全力を尽くすということもなんとなくだるい。 そんなことを真昼間から考えていたらいつのまにかちびまるこをテレビでやってる。 毒にも薬にもならないようなテレビ番組で休日を過ごす22歳、そんな夏。 2003年07月20日 18時09分22秒 |
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大学生はレポートを書いてなんぼ。
仕事でもなんか書く機会があるような気がしますが、 仕事以外の私生活でもそういった類のものを書かなくてはならないっぽい。 書くことばかりですが、 嘘を書かずに素直に書けるように待っていたいものです。 そんなことをしていたら、締め切りがどんどん迫ってきます。 もぅ、なんかどうでもいいなとも思ってきたりもするのですが、 いろいろな仕事をぎりぎりにしかしない男なので、 その辺は大丈夫じゃないかなとも思ってます。 私に限ってはする時間が無かったのではなく、ただ、無かっただけだと言う言葉がぴったりです。 拾った千円札を駅員さんに届けました。 2003年07月13日 00時19分41秒 |
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もうあれから一年になったかと思うと時間の流れは自分次第だと思い知らされる。
いろいろなことがあった一年でしたが、 何もなかったと言われたらそんな気もする。 ただ、これから先の一年間はこの一年よりもいいものにしたいんです。 そんなことをずっと言い続けているような気がします。 だからといって、私は去年よりも充実した一年にしたいと言うわけではない。 もう少し厳密にいえば、必ずしも目に見える前進は必要ではないと思っているんですけど、 その微妙な感覚が伝わりますか? 伝えたいと思っているときは、 もしかしたらそれは伝わりにくいのかもしれません。 自分自身急がず焦らずと思っているのは、 もしかしたらそれは急いで焦っている裏返しなのかもしれません。 学問さえも力や世の中のベクトルの関係で 予め用意された出来レースのようになっている世の中ですから、 今さら私たちが未来に何を期待したらいいというのでしょう。 だからこそ自分自身にはそういったものへ全力で立ち向かっていこうと思うのかもしれません。 清らかであるためにそうでない所へと立ち向かう。 すべての矛盾を引き受けてでも、 このまま進んでいきたいと思います。 2003年07月12日 01時01分35秒 |
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知識は時として無用の長物でしかないときがあります。
沖縄のことを調べていたのですが、 那覇市の南西には漫湖という湖があった。 私が知りたいのはそのことではなかったのですが、 その湖のことで頭が一杯になってしまいました。 それでは。 2003年07月07日 23時40分02秒 |
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ゲームというものを久しくしていなかったんですが。
タイピングのオンラインゲームをしていました。 徹夜状態っていったら語弊がありますが、 それはそれは何回も繰り返していました。 タイピング技術に関してはオフィスでも優秀なレベルらしい私だそうだが、 それならばまず私をそのオフィスとやらに連れて行ってもらえないだろうかと思う。 世の中にはこの同じような環境のパソコンを使って、 オンライン取引や株式売買をして 資産運用を図っている人がたくさんいるんだと思う。 それに比べてなんで俺は、なんてもはや達観の域に達しているので思わないが、 「これからはITが時代のキーワードです」 みたいな言葉ばかり打ち込んでいる自分がなんとなく情けなくなったりもする。 今、演歌などを聴いている最中ですが、 愛や夢など浮世の世界とは対極に位置するような男の一人部屋で、 一体どんな生産的な活動を行えると言うのだろうか(いや言える筈は無い)。 おそらく現代の商業音楽世界において、 夢や愛、若しくは夢と愛を絡めて生産された歌は95%以上を占めているのではと思う。 本来の音楽というのは夢や愛、を奏でるものだったのかと思い直したい。 それならば、ありふれた男の一人暮らし風景、 まさにこのキーボードをちまちまとたたいている人間を歌う歌があってもいいのだと思う。 音楽それ自身におそらく意味付けは不要なんじゃないだろうか。 スガシカオがそれに近い感じもするのだが、 もっと日常の生活感を題材にした歌を歌ってもいいだろう。 朝起きたらそれはもう朝じゃなくて、 つめを切ったりブラックジャックを読み直してみたりしていた午後。 それからカップラーメンを作って、それを食べて、 風呂場の排水口のつまりを解消して、ついでに台所のシンク周りをきれいにして、 タイピングゲームをしていたら、 いつのまにか外は暗くなっていたので、お酒を飲んで寝た、 そんなありふれているようでありふれない男子の一人暮らしを描いた歌があってもいいようにおもう。 2003年07月06日 10時42分24秒 |
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助教授のことを考えていました。
私の助教授観をここで述べることはまず私の状況について述べておくことが必要だと思います。 私の通っている大学は経営・経済分野では日本では一流と呼ばれている大学なんです。 だからといって、私が偉いわけではないし、 その辺はきちんとわきまえているので、大丈夫です。 まぁ、それ故に教授さんたちは軒並み(といっていいのか分かりませんが)に 自分の研究に熱心になっているのだと思います。 今後大学は研究系大学と教授系大学へと二極化していくことが一層明確になっていくのではないでしょうか、 そんな風に思っているのですが、 一概に研究系大学が偉い、教授系大学が落ちこぼれだなんていいませんが、 偏差値の高い、いわゆる有名な大学は軒並み研究系大学になっていくんだと思います。 だから、偏差値の高い大学に行けば高いレベルの授業を受けることができるかと言われれば、 必ずしもそうじゃないと思っているんですが。 さて本題ですが、 純血(その大学を卒業してその大学で教鞭をとる人と私は解釈していますが)の助教授ですが、 大きく分けて3つに分類できるのではないだろうかと思います。 一つは丁寧、であるが故にあまりに優しすぎる授業になる助教授。 一つは自分のやっている研究を伝えたいがためにあまりにも理解できない授業になってしまう助教授。 もう一つはそういったこととは無関係の助教授。 あー、こんな風に投げやりに分類するつもりは無かったのですが、 結構助教授は面白いです。 教授ともなってしまうともう目指すものは名誉教授とか学部長しかないんじゃないかと思うんですが(あくまで推測、NPO方面に行く人もいますし・・・。) 助教授はまず教授にならなくてはならない、 なんというかそんな危機感が伝わってくるような気がして微笑ましいのが助教授。 私は経済学部なので、よく分かっていないのだが、 経営学部なんて教授は院に重点を置いているために学部にはあまり降りてきてくれないらしいのである。 そうなのかと思ってシラバスを見てみたらそんな風でもなかったので、そのまま受け止めるのはどうかと思いますが、 そのような傾向にあるのはなんとなく理解できます。 学部生の相手は助教授(や講師・外部教授)に任せておけばいいという風潮を感じられないわけでもありませんが、 それはそれで時代の流れなのでしょう。 そんなことはさておいて、 教科書や参考書の類が日本語で無い文献(英語ならまだいいですが)、 そんな学生泣かせの授業を敢行しているのは ほぼ例外なく助教授ですという法則を発見。 どうでもいいことですけど。 2003年07月06日 01時42分15秒 |
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後悔をしない人生を、
なんてよく言いますが。 後悔をしない人生なんて無いんじゃないかと。 精一杯やった上での結果であるのなら、そこには充実感がある、だなんて、 それはきっと負け惜しみでしかないんだろうと思います。 精一杯やったのであれば報われなければ意味が無いですし、 そもそも結果があってこその努力ですから。 仕方がない、だなんてそうやって後悔の無い結果なんて、 それはきっと結果を出すための努力を怠ってきたからだと思います。 認められたいのであれば、認められなければ救われないものですから、 ただ、そこには倫理的な正統性がなければ、認められる意味なんてありません。 精一杯やった後に成功せずに後悔をすることがなぜ悪いのでしょうか? 失敗して、後悔をすることを恐れない、 そうあることこそが大切なんじゃないでしょうか。 後悔があっても先に進もうとする気持ちだけはなくさないようにしてください。 えらそうにそんなことを言う資格なんて無いのは十分に承知の上です。 失礼の段はご諒恕あらんことを希望いたします。 2003年07月05日 00時14分52秒 |
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職場に置き傘をしたんです。 大学の授業中、雨が降ってきて雷もなってきて、どしゃ降りなんだろうなぁとなってきて。 駐輪場までの150m、濡れながら走らななぁと思っていたのですが、 同学年の女子に話し掛けられありがたいことに駐輪場まで相合傘でした。 ずっと前に頼んでいた、中国語のノート、貸したっけと言われました。 ずっと借りていませんでしたと答えましたが、 貸してもらえるなんてもうこっちのほうで諦めたりもしていましたから。 大学で口をきいたのは何ヶ月かぶりでしょうか。 証明書の発行機に話し掛けている回数のほうが断然多いですわ。 人とも話さないとなぁと切に思います。 2003年06月24日 22時37分57秒 |
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多分私は幸せか幸せでないかと問われたら幸せな部類に属していると思います。 心の持ち方で世の中の見え方は随分と違って見えると思うのですが、 今しとしとと降っている雨ほど強い雨には帰宅中に遭わなかった、 ただそれだけのことで喜びを感じたりも出来ます。 守るべきもの、例えば愛する家族があったとして、 その人が仕事に取り組む姿勢は何気なく仕事をしている人とは精神的な強さが違うといいます。 ひたむきさや努力とは違う、何かしら追い詰められているような危機感といいましょうか、 そういうものがあるんだと思いますが。 ただそういう危機感迫るような仕事をする人間よりも もっと恐ろしいというか、強い人間というのはいると思うんです。 それはただ単に「好き」だというシンプルな同期にはたぶん太刀打ちできないと思います。 「がんばるぞ!」と自ら奮い立たせる必要なんて全く無いのだから、 そのパワーはとてつもないものではないでしょうか。 自分の人生をこんなにいとおしいと思えるのは 本当に幸せです。 そういうことを伝えたいと思うときだって私にはあります。 2003年06月23日 23時28分28秒 |
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インターネットのブックオフで本を買いました。 数日前に購入し、明日(月曜日)に到着の予定なのですが、 今日ブックオフから連絡があったのです。 その内容は、注文した本の中の一冊が不備で代替品を用意できないとの連絡だったのであるが、 その不備の本を送っていますが、代金はいただきませんとの連絡だったのです。 2000円以下は送料がかかるので2000円にほぼぎりぎりの金額に合わせていたのであるが、 この場合には送料も頂きませんとのことだったのです。 その不備はなんなのかと聞くと、「書き込み」があっただけなのだ。 専門書なので、書き込みくらいはするだろう、ましてや古本なのだからと思ったりもするので、 そんなことなら料金を取ってもらっても構わないといったのですが、 それは弊社のミス、なのだそうだ。 書き込みのある専門書は個人的には好きなので、 更にただにしてくれるなんてありがたい話である。 これからも書き込みのありそうな本を狙っていきたいところです。 2003年06月22日 23時54分50秒 |
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ゼミに入れるかもしれません。 それだけでなんとなくウキウキ気分になったりしていますが、入れなかった(主に成績が足りず)時に情けないので、 あまりウキウキしないでおきたいものです。 奉仕の気持ちになることなんです、なんていいますが 奉仕的な日々だと思います。 文系においては研究であったり論文を書く作業であったりするものは、 創造的な部分というのはほぼないといっていいとおもいます。 如何に自分の考えを整合性を持たせて主張できるかということが一番大切です。 そのために付随するものとして統計であったりデータを用いるわけですが、 これだけの情報社会ですから、自分が必要な情報というのは意外なほど簡単に見つけることが出来ます。 しかも下手に信憑性もあったりするのが厄介なのですが、 そういったものの信憑性というのは自分の都合のいいような情報であって、 非常に信頼性のかけるものかもしれません。 つまり、ここの情報には信頼性があっても包括的ではなく断片的に情報収集をしていると、 意外なところに落とし穴があったりするような気がします。 世の中には恣意的感情の入らない情報なんて無いのかもしれません。 雨が降らず、濡れずに帰宅。 2003年06月19日 23時05分16秒 |
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この際だからいろいろ期限が切れているものを食べている。 さて、私も一応株主なので、この時期株主総会の案内がきた。 購入当時も15万円ほどだったのだが、現在は総額で10万円を切っている。 財務内容を見てみたら(一応財務諸表は読めますので)、経営成績自体は良好なのですが、 株価は随分と下がってしまいましたね。 何でだろう〜♪、ってな感じですが、 私が保有している株はたった3株ですので、 この声がなんらかに反映されるということはおそらく無いでしょうが、 無効投票だけはせずにきちんと意思表示をしておこうと思う。 キャピタルゲインを狙っていただけなのですが、 思いもよらぬ長期保有となってしまいましたが・・・。 たったの3株。 2003年06月16日 23時12分07秒 |
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今日は出張で同業の人間同士で会議がありました。 その会議のまとめ役のようなものをやっているので、会場となっている会議室の責任者の方に挨拶に行ったのですが、 あいにく不在だったので、言付けをお願いしようと他の職員に声をかけたのですが、よほど自分の業務に没頭しているのか誰に声をかけても見向きもされなかったのです。 もしかしたら気がついていたのかもしれませんが、そう、きっと知らんぷりを決め込んでいるんでしょうね。 私の職場ではしばしばあるでしょうことですから、少々不快な気分にもなったのですが、同業の者としてある意味諦めにも近い納得をせざるを得ませんでした。 ただ、それを業界人以外の人間が体験したらどうなるのだろう。 そんな素朴な疑問だが、おそらくそれは私が感じたい以上の不快感を味わうことになるだろう。 勿論媚びへつらうことを同業者に求めるわけではないのですが、 そんなことで評判を落としてしまっては勿体無いなぁと思ったりもしました。 とにかく私は、私で出来ることから頑張っていければと思った。 一日一善、理想には程遠い現実かもしれませんが、想いだけは誰よりも熱い気持ちを持っていたいものです。 出張先の程近い場所で。 ランドセルに着られているようなまだ幼い小学生の女の子が笑顔で微笑みかけてきたので、 出来るだけ精一杯笑顔を返しました。 2003年06月13日 23時36分19秒 |
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自分で決めたことながら、締め切りに終われる日々。 多くの場合ぎりぎりのラインでしかクリアできていないので、ゆとりが無い。 最近、知ることの喜びを噛み締めることが多い。 それに加えて職場での奨学金の認定通知も貰い、年間の書籍代くらいはまかなえるくらいの額なので、嬉しい。 基準を満たしていなかったのだが、その辺りは私の人間性に期待をかけてくれているのだと思いたい。 ジョーショーキリュー、っぽい感じ。 今日は労働経済論の授業だったのだが、 教授である彼は双方向型の授業を目指しているらしい。 まんべんなく学生をあてているのだが、 「何か質問がありますか?」と聞いたときには誰も質問しない。 しかし、授業の途中で勘違いしたおっさんがあまりにも基本的でくだらない質問をしたりしている。 「何か質問がありますか?」というときには質問せず、自分の思いついたときに所構わず質問するその社会人経験をつんでいるであろうおっさんが羨ましい。 あとそのおっさんは「学ぶ意味を見つけるためにここに来ているんです」なんて言っていた。 一見格好よく見えるかもしれないが、おっさん、そういうのはちゃんと見つけてから大学に来いと言いたい。 あと、もしそれを探したいのなら、経済学部ではなく哲学科に行きなさい。 駄目大学の吹き溜まりのような教室でも学ぶことはやっぱり楽しいと思う。 ちょっとだけ本音を漏らしてしまいました。 それではまた。 2003年06月10日 23時08分22秒 |
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タイトルで伝えられることもある。 「にんにく」がいい、悪いは別にして、私は麻婆豆腐ににんにくを入れて食べている。 ただ、私がやっているような食べ方ではあまり体にいいのかどうかということは分からないのだが、まぁ、にんにくだからいいだろうと思っているわけではなく、あくまで、テレビでやっている理想的食べ方に合致しなかっただけ。 それがたまたまにんにくという食材という点で合致しただけのことであって、実際に私の擂りにんにくが効果があるものなのかどうかというのは分からなかった。 にんにくに踊らされないようにしているつもりだ。 今日だって麻婆豆腐を作ったのはもともと献立として考えていたからであって、決して影響されたわけではない。 ただ予定にしていた一週間前に買ったなすびは何もしていないのに漬物みたいになってたので、断念した。 いつもよりにんにくを多めに入れてみました。 走っているとき以上かと思うくらい汗をかきながら今日も麻婆豆腐を食べる日々。 2003年06月09日 23時48分56秒 |
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マラソンという競技はスポーツでも唯一カルシウムを消費するスポーツである。 そう断言してしまうのはわが勤務先栄養部門担当の職員。 マラソンではなく柔道に力を入れている職員は「どんなスポーツでもやりすぎは良くないよ」といっていたのだが。カルシウムが奪われていくスポーツをしているのは私。趣味の域を脱しないとは言っても、そういわれてみるとカルシウム不足を感じないことも無い。 あと貧血気味であることを相談してみたら、 プルーンがいいということを聞いた。 プルーンならたまにヨーグルトに入れているといったら、「粒状のほうがいい」といわれたので、言われたとおりのことをしている。 いずれにせよ将来は世界を狙う選手になるつもりなので、健康管理については今から万全を期しておきたいところである。 なんてことを仰々しく書いてみた私であるが、今日は朝起きたら既に午後4時過ぎであり、それから一時間後には昼寝をし、結局8時になってから起きた次第である。暗いうちに眠り、暗がりの中で起きる生活。 野菜炒めを食べた。 明日は少し頑張ろうと思う。 2003年06月07日 23時44分31秒 |
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ダイレクトメールはいわば企業から送られてくるラブレターである。 進研ゼミのように脈も無いのに懲りもせず、定期的に送り続けるのは別として(仮に脈の無い家庭だけを省こうとするとそれはそれで非常にコストがかかるため一括して送付したほうが安く上がると思われる)。 多くの企業はその顧客リストや名簿からダイレクトメールを送っている。顧客なら開けて貰える確率はぐんと高まるが、新規獲得を狙ったダイレクトメールのその殆どは封を切られることもなく消えていく運命にあるのではないだろうか。 私はマーケティングは少々かじっている程度なので、どれほどのものなのかということは分からないのだが、おそらく注文を取り付けるまでは思っている以上に厳しい道程であるのではないだろうかと思う。 だから再春館のように最初はただで、なんていう企業もあるのだと思う。 それだけ最初のレスポンスを貰うのは難しい。 それを踏まえたうえで、 だからこそ私は新しいスタイルを提案してみたい。 心をこめて書くラブ・レター、 その精神は非常に結構なことなのだが、返事をする人のことを考えたことはあるだろうか? 相手があってのラブ・レターである。 ミスチルの歌にもあるように読んだのなら返事は欲しいものである。 「62円の値打ちもないの」って歌ですね。 さて、ここで提案なのだが、 ラブ・レターを往復はがきで書いてみては、ということである。 往信も返信もそれなりにコンパクトにまとめなければ葉書サイズには収まりにくいというのが難点かもしれないが、 返事をするのにわざわざ切手を買ったりする手間を省かせるというのは言ってみれば画期的なのではないだろうか!? 書式についてであるが、私なりにワンポイントアドバイスをしておきたい。 まず往信については一言で伝えたいことをまとめたいところだ。 例えば「好きです」である。これなら往信はがきの小さなスペースでも十分に収まる。 しかしながら、「好きです」と伝えたところで、「だからなに?」と思われることだってあるだろう。そんなことになったらせっかくのラブレターなのに意味がいない。 「突き合ってください」 思わずこう書いてしまったらのび太の世界だが、フェンシングをしなければならない。 ちなみに、この「好きです。突き合ってください」というのは私の大学のフェンシング同好会の誘い文句からの引用である。 閑話休題。 さて、いろいろ考えてみたのだが、 「好きです。あなたの返事を聞かせてください」というのがベターではないかと思う。 そう来ると、返信のほうも考えやすい。 ここまできたら同窓会方式で○をつけてポストに投函、という形で行きたいものだ。 そうなると、予め答えとなる選択肢をいくつか用意しておかなければならない。 しかし「私も好きです」という項目ばかりを選択してくれるわけでもなく、 もしかしたら、ラブレターを出す相手はあなたのことを好きでないかもしれないことを考えるのは非常に辛いところだ。 だからといって「好きではありません」などという選択肢を作って、そこにビンゴなんてことになったら自分だったら嫌だ。 相手だって少々後味が悪いかもしれない。 「嫌いじゃないけど、男(若しくは女)としては見れません」 「友達としてなら」 「今はまだ、彼氏(若しくは彼女)と別れたばかりなのでそんな気にはなれない」 など、お互いを傷つけずに断れる項目をチョイスしておきたいものだ。 恋愛相談を受け付けるとかいているが、あまり好調ではないので アグレッシブに恋愛対策講座を開いてみた。 往復はがきでの手法は反対に勇気の要る伝達方法かもしれないとも自分で思ったりもする。 2003年06月02日 23時45分34秒 |
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世の中はやっぱり自分中心に回っているものだと考えたいものだ。 若さゆえの思考なのかもしれないが、 自分のことを大切に思われてうれしくないわけが無い。 人はいつから自分が中心で無いと考えるようになるのだろう。 奉仕の気持ちになることなんです。 今日はそんなことを考えていました。 2003年05月31日 01時32分29秒 |
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自由、その突き抜けるような実体の無い言葉に どれだけの人間は焦がれていることか。 自由ということを考えていた。 「悲しいほど自由感じて」♪と福山雅治が歌っている ここで言うところの「自由」はおそらく自由ということを表現しているというよりも孤独感を表現する「自由」だと理解できる。 いわば「自由」とは「孤独」という厄介な言葉とある意味では表裏一体の関係であるといえるのではないだろうか。 人は前置きをすることで言いたいことが言いやすくなるように、 「自由」であることは本当に「自由である」と言えるものなのだろうか? また、長渕氏の詞から引用すれば 「尽きせぬ自由はがんじがらめの不自由さの中にある」と歌っているのである。 今私は不自由さの真っ只中にいるとしよう。 そこにこそ自由を感じるものであるとするならば、剛の言っていることはなんとなく分かるような気がするのだ。 しかし、それは「孤独」でないことであっても、本来の「自由」とはかけ離れてはいないだろうかとも思える。 子供が裸で街中を駆け回るのは我々に不快感を与えるわけではない、 それよりもむしろ微笑ましい光景に映るだろう。 しかしそれと同じ事を二十歳を超えた私がしたとしたら、 不快感を与えるばかりでなく、もれなく無料食事つきの部屋に連れて行ってもらえるだろう。 私がそれをすれば黒装束と同じと言うことだ。 時に「自由」であるということは世の中の秩序を乱すことでもある。 少し話をそらして、「人権」ということについて考えてみようと思う。 「人権」というものは世論の一定の同意のもとで形成されるものであり、 例えばの例をあげてみると、女性の社会進出の権利を挙げられるのではないだろうか。 その昔イギリスでは長時間労働が当然だったのが、 労働闘争の結果、時間短縮を勝ち取ってきた歴史も 「人権」がそこに発生してきたものに他ならないものだろう。 なんでもかんでも、「人権」を振りかざしてしまうと、 それはただの我侭であると見られかねない。 そう考えると、「自由」というのもそんなものかもしれない。 世の中に反抗しない程度に比較的のびのびと出来ること、 というのが「自由」であるとするのなら、 しかし、それは「自由」ではないのだろう。 もし「自由」が、何の意識もしないでも心地よい状態をいうのなら、 それは「幸せ」とよく似ている。 幸せは空気のような存在だから、 不幸を感じていないときを幸せという状態であると言うなら、 「自由」にもなんとなく答えが見えた気がする。 2003年05月29日 23時27分22秒 |
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料理はいわばバリエーションの世界である。 自分で勝手に決め付けているのであるが、当たらずともかなり的を得た格言であると思っている。 自分の持っている手持ちの料理の組み合わせ次第では新しい料理も生み出すことが出来るのではないかと思ったわけである。 簡単に言えばいつもよりちょっと冒険的になってみた、というのが近いのだと思うのだが、 私にとっての得意料理は麻婆豆腐である。まあ、実際に麻婆豆腐以外に何を作れるのかと問われたならば非常に辛いのだが、得意料理には違いない。 そのほか、麻婆豆腐の作り方がベースである麻婆春雨などもたまに作ったりもする。こちらのほうは春雨をいくらか買い置きして保管しているので、日持ちのしない豆腐に比べてお手軽さは抜群である。 麻婆春雨と麻婆豆腐を一緒に作ったらどうなるだろう? そんな疑問にお答えするべく、今日はそれを両方一緒にフライパンに入れてみたのであるが、 両方のおいしさがドッキングされた新たな味覚をほのかに期待したりしていたわけであるが・・・ 麻婆豆腐か春雨か、はっきりしない食べ物が完成した。 栄養だけは保証されているのだが・・・。 2003年05月28日 23時59分21秒 |
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音楽祭に行って来た。 たまには人間的な休日を、意識してそういう行動をとっているわけではないのだが、期せずしてそのような理由に根拠を求めてしまうことになってしまった。 2日間にわたって行われる音楽祭は、大阪では比較的裕福な土地で開催された。 今年で20回近くを数える歴史のある音楽祭で、地元にしっかりと根付いた市民祭りといった趣である。 音楽には疎い私であるが、間近で見る生のバンド演奏を聴いているとその人間の魂から吐き出される純粋な生きている声、のような暖かさを感じ取ることができた。 君にとって生きる喜びって何だろう? そんなことを問われたような歯がゆい想いを胸に抱きながら、 私はまた同じような毎日に身を投じていく。 誰になんと言われようと、私は私の人生を歩んでいこうと思う。 2003年05月26日 00時26分07秒 |
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じゃあ、13日の金曜日に。 言いながらなんとなくにやけてしまっている自分がいるのがなんとなく可愛らしくて好きだ。仕事の話なのだが。 せっかくなので私から一つ。 1年365日と6日。 毎日が誰かの誕生日であることは間違いの無いことだ。 2000年が21世紀ではなくまだ20世紀であるのと同じように、私たちはその日常生活から数字のトリックに騙されてしまいがちであるのではないだろうかと思う。 同じような道を進むと思っていたそのベクトルはお互いに違う方向に向かっていたということは私にとっては当然のことのように受け入れることができる。 要は何がいいたいのかという事だが、 私が成人式のときはまだ19歳であったのであるが、程なく20歳を迎えることになる。 そのとき友人と話をしていた中でまだ20になっていないということを伝え、20年も生きていないのに、成人式なんて少々変だね、 ってなことをほろりと言ったら、その友人曰く、 「0歳のときに1年生きてるやん」 ってな感じで言われてしまったときに気付いた私の一年間。 そう、私は成人式のときにほぼ20年間、生き切っていたということになる。 つまり私が言いたいことは何かというと。 20歳になるときにこれからの予定を立てることが必要だということである。 21世紀はなぜ2001年からなのかということは西暦0年というものが存在しないからであり、 人間というものには0歳が存在するということである。 私はこれからの20年を20歳になったときに考えることができたのであるが、 その原理を理解していただけているのかどうかということだ。 もしあなたが仮に「これからの20カ年計画」を立てることがあるのであれば、 既にこの一年間は過ぎてしまっていることを頭の隅に入れておいて欲しいと思う。 せめてもの私の気持ちである、と言ったら大げさだが。 誕生日少し早いですが、おめでとうございます。 2003年05月23日 23時27分14秒 |
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ランニング再開4日目。 高校時代の友人からメールでバーベキューの誘いがあった。この私には似合わないのだが、このところこういう誘いばかりだ、というよりもバーベキューの誘いしかない。 とりあえずは参加しておこうと思っているのだが、自分がその場で浮いているのが今から目に浮かぶ。 職務の一環としてユニクロまでTシャツを177枚購入に出向いたのであるが、この経験から学んだことは177枚のTシャツは「重い」ということだ。実際、なんとなく想像がつかなかったわけではなく、ある程度の想像はついていたのであるが、ここまで重いとは思わなかった、想像以上である。 通勤で毎日駅から5分くらいの距離を歩いているのだが、帰りは今までで一番職場までの距離を感じた。最後なんてもう握力が無い状況まで追い込まれてしまっていたのだ。 Tシャツばかり177枚も運んでいると周りの人間から奇異の目で見られたりもするのだが、そんなことが気になるのは最初だけだった。罰ゲームみたいなものだよ、と内心思っていた自分が情けない。 明日は英語・中国語の授業。おなかが痛くなる。 2003年05月22日 23時35分08秒 |
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今年転勤して同じパートナーを組んでいる男子職員は下ネタ好きである。 きっと謙遜とか、話を会わせる為に下ネタを使っているわけではなさそうな予感。どこから会話を振っても下ネタに摩り替えてしまうことができるくらいである。相当好きなんだと思う。 私も今はそういう話を楽しくしているのだが、転勤してこの癖が出てしまったらどうしようかと思うくらいである。厳しく自分を律しなければならない。でもその内容は下ネタ禁止、であるのが我ながら情けない。 さて、私の職場はそれなりに面白い人間がそろっているとは思うのだが、新たに衝撃の事実を知ってしまった。 また別の同僚の話になるのだが、彼(男子)はパチンコ好きでパチンコに買ったお金で家を建ててしまったという兵なのだ。パチンコで勝ったお金はすべて自宅の屋根裏に貯金し続け、2000万円を貯金したというから我々の職場ではちょっとした伝説になっている。 その同僚が結婚し、今は子供もいるのだが、家計費節約のために洗濯機を使ってはいけないとの指令が、妻から出されたようである。 どうやって、洗濯物を洗っているかというとなんと驚くことに手洗い、とのことである。こんなことをしていたら、手洗いしなければならない同僚の時間はともかくとして、反対に費用がかかってしまうのではないかと他の同僚からも非難されていたのだが・・・。 今日は洗濯機の洗濯層を掃除しました。 2003年05月21日 23時20分17秒 |
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中日・川崎投手に大量得票、不正 一台のパソコンから千回ほど投票が行われていた模様。それだけの気持ちがあるなら、認めてあげてもいいような気がする。株主方式である。 そんなこんなで何かと騒がしい現代社会であるが、私生活での本日のニュースは温泉卵製造機・「たま5っち」で温泉卵を作ったことであろうか。 4個100円とかで販売されている温泉卵であるが、780円(税別)の初期投資さえ行えば後は卵の原価のみの費用でもれなく食べることができる。 これだと卵一つの原価を仮に20円と見積もったとしても損益分岐点は温泉卵160個程度である。 ・・・・・、今気付いたのだが、 よくよく計算してみると意外と損益分岐点に達するまでに相当数の卵を食べねばならないということだ。 継続こそが力である。とりあえず日々温泉卵を食べていこうと思う。もはや楽しみではなく義務的になってしまってきている感が否めないが、元を取るためにはこれくらいの努力をせねばならない。 2003年05月20日 23時03分08秒 |
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経済学部に所属している私ですから、 当然、時事ニュースにも詳しくなければならないと思うのですよ。 今日、銀行振込口座の変更をしたいと職員がたずねてきたのだが、 「うちの銀行、国有化されんねん」ってな具合に。 ぎりぎり知ったかぶりを通しましたが、そんなことになっていたなんて、私にはさっぱり、そんなことはぜんぜん知りませんでした。 経済ニュースに詳しい同僚に聞いたら 「今回のは前の長銀みたいな感じじゃないし、あんまし心配せんでもいいですよ」って、そんな感じで言われました。 経済学部だからって、必ずしも経済事情に詳しくないということをおそらく彼も知っているはずなんでしょうが、 「円はこの先どうなるのでしょうか?」なんて、私が教えて欲しい話題を聞いてきたりするのである。 そんな時私は、「円安になってくれたら嬉しいんですけど」なんてって、ぜんぜん答えになってない返し方をしているのであるが・・・・。 そんなぎこちない感じでも仕事はうまく回っていくのだ。 ※一応雑記帳も見れるようになりました。 2003年05月19日 23時42分03秒 |
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ユニクロに行くときにはユニクロの服を着ては行きにくいのではないだろうか。 おそらくどこに行っても同じではないかと思うのだが、そのブランド(広義においてのブランドでユニクロも立派なブランドとして私は捉えている)を身にまとったり手に持ったりしている中で、その店に入るということはある意味非常に勇気のいる行為ではないかと私は思う。 まず第一に価格、である。仮にそれをいくらで購入していたとしても特に店員にはその価格が手に取るように想像できてしまうのである。実際私はアパレル産業に身を置いたことがないので推測でしかないのだが、流行り廃りの激しい業界では価格なんてないのに等しいと私は考える。 実際それをいくらで購入しているかに関わらず店員はそのブランドでの底値を知っているはずなのだから、下手に知られるとなんとなく気不味い思いをするのは私だけではないはずだと思います。かといって、それがグッチとかの一流ブランドであったとして、その価格の変動が非常に小さいものであったとしても、なんとなく見透かされているような気がしてあまり好ましいとは思わない。 そんなことを書いたら、私がブランド品を持っているみたいに思われるかもしれませんが、そんなことは全くないわけで。 つまりここに書いていることは希望的観測に基づく独自の視点であるわけであって、科学的には何の根拠も存在しない独りよがりの文章なわけである。 そんなことを考えながらユニクロで靴下を4足淡々と選んで買ってきた。 これで穴のあいた靴下で代替する日もなくなるだろうと思う。 2003年05月18日 19時58分49秒 |
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これからは数字の稼げるこじゃれた恋愛系サイトを目指していこうと思う。 恋の悩みや恋愛相談にメールでお答えいたします。 きめこまやかな対応と、迅速な応対で 恋愛の達人と呼ばれるための努力は惜しまないつもりだ。 しかしながら新しいページにするために今までの日記を雑記帳に納めようとしたのだが、 更新作業がうまくいかず、できあぐねている状況である。 面倒になったので、また気分が乗ったときに挑戦しようと思います。 こういうところには力強く自分らしさを感じているのだが、 好ましいものではないことくらい分かってます。 こんなぬるさ加減でこれからも心を新たに行く次第である。 ※できるだけ早く雑記帳を見れるように努力します。 2003年05月18日 06時31分20秒 |