Lektion 5: 「は」と「が」の違い。
「が」と「は」の違いに注意して文を完成させなさい。
1.私が子供の頃、・・・・・・
2.私は、子供の頃、・・・・・・
「せめて答えを教えて〜」と言われたけど、私自身解くことができず・・・。まして違いの説明などできない。
ところで2の文、「は」の後に「、」が入っているが何か特別な意味があるのだろうか。
Lektion 4: 〜するのを見る。
日本語のややこしさを示唆する例をまたまた見つけたので、ご紹介。
1.Mがワインを飲むのを見た。
2.Mはワインを飲むのをみた。
すぐわかるように、1.の文ではワインを飲んでいるのはMさん。2.の文ではワインを飲んでいるのはMさんではなく、別の人がワインを飲んでいるのをMさんが目撃したことになる。
このように、格助詞「は」を使うのか、「が」を使うのかで意味が全く変わってしまうのだ。私もタンデムをしながら「日本語文法」の本を眺めていて初めて気づいた。
Lektion 3: 「やる」と「する」
「『やる』と『する』の違いって何?」と聞かれて思わず絶句した。何となく「する」の方がフォーマルのような気がするが、いまいち自信がない。そういえば、ドイツ語にもtunとmachenがある。どちらも日本語の「する、やる」に相当する単語だと思うがこの違いは何なのだろう。逆にドイツ人にきいてみよう。
Lektion 2: 「あける」(他動詞)と「あく」(自動詞)
何かをあけたままにしておくことを「あけておく」という。でもどうして、何かがあいたままにしておくことを「あいておく」と言えないのかしら。
ちなみに他動詞(「あける」)
は状態を示すときは「ある」を使い(「あけてある」)、自動詞(
「あく」)で状態を示すときにはいつも「いる」を使うそうだ(「あいている」)。状態を示すときの「ある」と「いる」の違いを学んだ。
ちなみに、「ひらく」という動詞は自動詞でも他動詞でもあるから、「ひらいておく」・「ひらいている」・「ひらいてある」どれも使えるのだということも知った(もちろん意味は微妙に変化するけれど)。
Lektion 1: 誰(何)も〜ない。
例:誰か来る→誰も来ない。
誰かに会う→誰にも会わない。
誰かと遊ぶ→誰とも遊ばない。
誰かを探す→誰も探さない。
どうして「誰をも探さない」って言わないのかしら。さらに友人曰く「『誰にも会わない』っていうのも論理的じゃない。『誰もに会わない』になるはずなのに」とのこと。「〜も・・・ない」で決まった表現だから、友人の質問には答えられるとして、「誰も探さない」は確かに非論理的にみえる。どうして〜?
しかも、たとえばKさんが「誰も探さない」といったとき、「Kさんが他の人を探さない」ともとれるし、「他の人が誰一人として、何かを探さない」のだともとれる。あいまいだ!