アマルティア・セン『自由と経済開発』(日本経済新聞社)を、原書と対照しながら、ゆっくりと読んでいこうと思います。

私はセンが書いたものを読んだことがほとんどありません。この本に関連する分野に関しては素人です。そのため、おかしな事を書くかもしれません。気がついたらぜひ指摘してください。

Amazon.comの書評で、この本が非常に誤訳が多いと書いてありました。読むついでに、誤訳箇所の一覧表を作成することを目指します。しかし、最初の20ページ程度を読んだ現段階では、重要な誤訳は見当たりませんでした。むしろ分かりやすい日本語に訳されており、好感が持てる翻訳だと思います。

 

序章 自由としての開発

l         p5-l1

「市場を頭から拒否することは、人間同士の会話を拒否するようにおかしなことだ。」

交換の自由が、人間の本質的な自由として認識されています。わたしもこの認識に同意します。経済的な効率性の観点からだけ市場を擁護する議論は、ピントを外していると思います。私の大好きな本、今村仁司『交易する人間』を参照してください。

 

n         p5-l2

「言葉、品物、あるいは贈り物を交換する自由は、これらのものが間接的ではあるが好ましい効果を持つのだから、わざわざ弁護し正当化するまでもない。これらは、人間が社会で生き(……)、互いに影響し合う方法の一部なのである。」

“The freedom to exchange words, or goods, or gifts does not need defensive justification in terms of their favorable but distant effects; they are part of the way human beings in society live and interact with each other.”

→「言葉、品物、あるいは贈り物を交換する自由は、これらのものが好ましいが間接的な効果を持つということによって弁護し正当化する必要はない。これらは、人間が社会で生き(……)、互いに影響し合う方法の一部なのである。」

 

n         p5-l18

「…として挙げられることが多い。」

“is often among”

→「であることが多い。」

 

n         p6-l3

「……市場文化と結びついたライフスタイルと価値観についての批判――等も視野に入れた総合的判断もしなければならない。」

“We must also examine, ……the general judgment, including criticisms, that people may have of lifestyles and values associated with the culture of markets.”

→「市場の文化と結びついたライフスタイルと価値観について人々が持つかもしれない、批判も含めた総合的な判断についても調べなければならない。

 

n         p6-l8

「……市場メカニズムが擁護される場合にも、糾弾される場合にも、市場はしばしば引き合いに出されるよりはもっと幅が広く、……」

“…… a broader and more inclusive perspective on markets than is frequently invoked in either defending or chastising the market mechanism.”

→「しばしば市場を引き合いに出して擁護したり糾弾したりする議論よりももっと幅が広く、……」

もとの訳文では、擁護あるいは糾弾をしているのがセンであるように読めてしまいます。

 

n         p8-l6

「……例外も存在するにせよ、……」

“… even though forceful detractors remain”

→「強力な批判は残るものの」

 “forceful”というニュアンスを汲めば、「いちおう例外もある」というような軽い意味ではなく、強力な反対意見があることが積極的に認められているように思います。

 

n         p8-l7

「……人々の生活を向上させ……」

“… enhancing and enriching the lives that people are able to lead.”

センは、”lead”という単語を多用しています。それによって、人々が自分で自分の生活を積極的に統率する能力を有しているという意味合いがよく表されています。それが本訳書では、ほぼ全て訳されていないようです。たしかに訳しにくいのですが、センが”lead”に込めた意味合いはなんとか反映させたいものです。

 

n         p9-l8

「……暮らしをできるような……」

“… to lead the kind of lives …”

 ここも”lead”が使われています。

 

l         p9-l8

「人々が価値を認める理由のある暮らし」

 センは、”have reason to value”という表現を頻繁に用いています。「価値ありと評価する理由のある」生活、ということによって、「幸福」「満足」「功利」などでは充分に表現できない事柄を表現しようとしているのでしょう。