舞姫*流行語訳
2004.6.19
注:訳はテキトーです
1
石炭は積み終わったってカンジ?中等室のテーブルのまわりはチョー静かで、白熱電灯の光は意味なくねー?今夜は毎
夜ここに来るトランプ仲間もみんなホテルに泊まっちゃて、船に残ってるのはオレだけだし。
五年前のことなんだけどー、日ごろの思いがかなってー、ヨーロッパに行ってこいとゆう命令を受けてー、この
サイゴンの港まで来た時はー、見るもの聞くもの全部新しくてー、筆の思うように書いてった紀行文はー、自称もうハンパ
ない量になってたっすよ。当時の新聞にも載せられてー、世間では話題になったんだけどー、今になって思うのがー、幼稚
な考え方、自分のレベルを知らないで言いたいことばっか言ってたこと、さらにそこらへんの普通なものまで珍しそうに書
いていた文章を、頭イイ人はどう思ってたんだろうなーなんて。っていうか今回日本に帰る途中に日記をつけようと思って
買ったノートは、まだ白紙なんだけど。それはドイツで学んでいた間に、何にも感動しないみたいな性格になっちゃったか
らかな?いやいや違うなりよ、これには別の理由があるっすね、多分。
ふむ×2。日本に帰る今のオレは、前にヨーロッパに旅立つ時のオレとは違うぜ。勉強はまだ足りないところがあ
るかもだけど、世間のつらさは十分知ったし、他人の心は全然頼りにならないし、自分と自分の心までも頼りにならないっ
て気付いたりしてね。昨日までは良いんじゃん?なんて思ったことを、今日になるとダメじゃんなんて思ったりして、そん
な瞬間ごとに変わるオレの心を筆で書き表して誰かに見せることができると思う?これが日記を書けない理由だと思った!?
でも違うんだな、これが。別の理由がちゃんとあるもじゃよ。
ふぁー。イタリアの港ブリンジーシーを出発してからもう20日もたったよ。普通なら初対面の人とも仲良くなっ
て旅の辛さを慰めあうのに、オレは病気だから・・とか言って部屋にこもってばっかで、一緒にいた仲間とチャットとかし
なかったのは、他人のにはわからない、とある恨みに頭を悩ませていたからなんっすよ。最初この恨みはスパシオのフケく
らいの量がオレの心をかすめて、オレにスイスの山の景色もイタリアの古跡にも興味を持たせなかったんだ。中ごろには世
の中が嫌になって自分の身をはかなんで、悩みがチョーすごくて「腸 日ごとに九回す」みたいな痛みをオレに負わせたな
。まあ今ではそれは心の奥底で固まってスパシオの脳細胞くらいになったんだけど、本を読んだり物を見たりすると急にメ
チャ×2はっきり心に思い浮かんできて、何度もオレの心を苦しめてるんっすよ。ぬあー!どうしたらこの気持ちを消し去
ることが出来るんだぁー!!もし他の恨みだったら詩や歌に詠んじゃえば心がすがすがしくなるじゃん?でもこれはハンパ
なくオレの心に彫りつけられちゃってるから、無理っぽいんだよねぇ。でも今夜はまわりに誰もいないなり。ボーイがやっ
てきて電灯を消すまでまだ時間がありそうだから、その概略をつづってみるうに!
2
オレオレ、オレオレ、ガキのころから厳しい教育を受けたんだゼ。オヤジはちっこいころに逝っちまったんだけ
どよ、勉強はがんばっててさ、旧藩の学館ってとこで勉強してた時も、東京にきて東大のための予備校に通ってた時も、東
大の法学部に入った後も、太田豊太郎はいつも首席だったんだゼ(自慢)。このことは多分ね、オレを心の支えにしてたオ
フクロを慰めてたに違いないゼ。19歳には学士をゲットして、「大学創立以来の名誉だポン!」って人にも言われて、某
省(ヒミツ☆)に勤めて、故郷にいるオフクロを東京に呼んで、、、こういうハッピーな時を過ごしたのは3年くらいだっ
たなぁ。上司にもちゃんと顔を覚えてもらえてたからさ、「ヨーロッパに行って、あっちがどんな感じか調べて来いニャ!
」って命令されてさ、その時はもう「オレの名前を広めるには今がチャンス!オレの家族を繁栄させるにも今がチャンス!
」ってマジ思ってさ、だから50歳を超えたオフクロと別れることもそんな悲しくないかなって思って、今、実家を離れて、
はるばるベルリンまで来ちまったゼ!ヤッホーイ!
今、僕はヨーロッパの中央に立っているワン。僕の目をクギヅケにしちゃうのは何だ!?僕の心を惑わすのは何
だ!?この場所は「ウンテル・デン・リンデン(Unter den Linden)」=「菩提樹下」って名前だったから静かな場所だと
思ってたんだけど、石畳の歩道を歩く女性たちがまぶしいワン!ドイツ統一を果たしたヴェルヘルム1世の宮殿の窓から見
える、堂々とした士官もカッコイイワン!いろんな色の服を着て、パリっぽい化粧をしたカワイイ少女も良いワン!何もか
もが驚かされるワンワンワン!!!アスファルトの上を、音も立てずに走る色んな馬車もスゴイワン!雲に向かって建って
いる建物の間から、・・・ワン!遠くの方を見てみると、緑がいっぱいあってブランデンブルク門を・・・ワン!(←この
辺よくわかんないワン!後日訳すワン!)こんな感じの景色が自分のすぐ近くに、しかもいっぱいあるから、一度にすべて
は眺められないワァ〜ン。でも僕は「どんな場所に来てもスゴイ!なんて思うものか」って決めてたから、ずっとこの景色
は見ないようにしてたんだワン。
インターホンを鳴らしてみたんですよー。それで政府の紹介状を出してなんで日本から来たのか理由を言うと、
プロシアの偉いオヤジたちは、みんなあたしを快く迎えてくれましたよ。大使館での手続きさえ済んだら、なんでも教える
よ、って約束しました。ででで!あたし日本でドイツ語とフランス語をやってたんですけど、それがすんごい良かった〜っ
て思いましたよ!あのオヤジたちが始めてあたしに会った時、「どこでいつドイツ語とフランス語習ったの?すごくない!
?」って絶対言ってくるんですよ〜☆
はい、えーっと、これはちゃんと許可を取っていたんですけどね、仕事にヒマがあるときにですね、向こうの大
学に行って政治学ってもんを学ぼうとして、名前を名簿に書きましたんですよ。
1〜2ヶ月後、打ち合わせも終わって、仕事も次第にはかどるようになったからさ、急な用件には報告書を作って送って
、そうじゃないものは写しを取っておいて、それはついに本数冊分になったよ!大学ではどうだったかって言うと、やっぱ
僕みたいな幼いオコチャマが思うような『政治家になるための特別授業』なんてものはあるはずがなくて、これかなぁ、い
や、それかなぁ、…って迷いながら、2〜3個の法律家の講義に出席することを決めて、お金を払って、授業に参加しまち
た。
こんな感じで3年間が夢みたいに過ぎていったんだが、、やっぱりよ、、時が来るとさ、隠そうとしても隠せない
の物は人の本性だよな。オレ様は父の遺言を守り、母の教えに従い、いろんな人から「神童だ!」って褒められることに怠
けることなく(まぁ嬉しかったんだけどね)勉強していた時から、上司の官長に「良い人材をゲッツ!」って励まされる頃
まで、自分のことを受動的・機械的なツマラン人間だと思ってたんだよな。でもよ、今25歳になって、
つづく…
ふむ。
ふ!
オ!
今。
3
イ☆
。
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