

ノッティンガム大学には様々なクラブ活動だけでなく、留学生が多いこともあり数多くの『ソサエティー』、いわゆる『・・・人会』というものがある。大学でも最大規模の会員数(私がノッティンガム在学中には1000人もの会員を有しているといわれていた)の『マレーシア・シンガポール人会』をはじめ、アメリカ・カナダ、スカンジナビア、フランス、スペイン、アラブ、中国、タイ・・・と挙げればきりがないくらいである。規模の大きい『ソサエティー』にもなると、1年に1回は市内にあるホテルの宴会場を貸し切り、運営費集めが目的の大規模なパーティーが開かれた。また、それらのパーティーはパフォーマンス披露の場でもあった。
アラブ・ソサエティー主催のパーティーに参加したときのこと、『アラブ』とはあまり関係のない、フラメンコ、インド舞踊、アイルランド舞踊、トルコ舞踊といった踊りに加え、様々な民族楽器演奏まで披露された。中でも参加者、特に男性の目を釘付けにしたのが、トルコ人女子学生によるベリーダンスだった。露出度の高い衣装がセクシーさを醸し出していることもさることながら、お腹や腰といった下腹部を中心とした激しく官能的な踊りは、女性である私にとっても誘惑的に写った。また、興奮した男子学生の口笛がその場を一層盛り上げていた。
これら『ソサエティー』に参加する以外にも、大学にはISB(International
Student Bureau)という留学生の為の機関がある。ISBは毎年1回、新学期が始まる頃になるとチケット事前購入制の大規模な歓迎パーティーをホテルで開いていた。一度、ISBのスタッフから、このパーティーで私が何か日本的なことを披露するか、もしくは誰かそういったことを披露できる人を探して欲しいともちかけられたことがあった。パーティーで、『東洋的な香り』がするパフォーマンスが欠けているというのだ。実際、パーティーで披露される予定のパフォーマンスのリストを見せてもらうと、日本的なものは全く含まれていなかった。
私はその頃、ノッティンガム大学に在学している日本人の友人がほとんどおらず、その中でも何か日本文化を代表するような楽器や踊りができる人はいなかった。ふと、『例えば、私に一体何ができたか』と考えてみた。『日本の伝統的な楽器の演奏・・・。そういえば昔、習っていた子がいなたなぁ・・・。』と、すぐに思い浮かんだのが琴で、これに続いて三味線が思い浮かんだ。きっとイギリスのどこかには、琴が弾けるような日本人留学生がいるかもしれない。しかし、琴にしろ三味線にしろ、いずれも演奏目的で入国する場合を除いて、税関での課税等対象品になりかねず、簡単にイギリスに持ち込めるような代物ではない。琴にいたっては、大きさからいっても、まず個人使用目的で持ち込む人はいないだろう。手軽にイギリスに持ち込めるという点では、尺八というのも想像できるけれど、尺八が吹けるという日本人はイギリス在住日本人を集めたとしても一体何人いるだろう。また、これらの楽器を演奏することになったとして、衣装はやはり着物ということになるかもしれない。ドレス姿で琴を演奏するのは、どこか滑稽な気がするし、ドレスでは見た目の斬新感もないので、場合によっては聴衆の眠りを誘うだけかもしれない。
『日本の伝統的な踊り』といって思い浮かぶのが、日本舞踊である。こちらも美しい着物を身にまとい、踊って初めてその優美さが評価される、衣装と踊りが一体となっているもの。それが、浴衣やドレスでは違和感が否めない。『日本的な踊り』として『ドジョウすくい』も思い浮かんだが、ドジョウをつかむという行為のみならず、ドジョウなど見たこともない国からの人達を前に、滑稽な扮装と独特な踊りだけで観衆から笑いを取れるかどうか疑わしい。
ある程度日本という国を知っている各国からの友人達から、「どうして日本人女性は大学のパーティー等で『着物』を着ないの」とよく訊ねられた。たしかに、パーティーでは自国の伝統的な民族衣装を着て参加している学生を見かけることも多い。例えば、イギリス人でもスコットランド地方出身の男子学生の中には、パーティーといった機会だけでなく、卒業式でもスコットランド地方の民族衣装である『キルト』を身につけている男子学生を見かけた。ちなみに、『男性用スカート』といわれる『キルト』であるが、この『スカート』の下には通常『パンツ』をはかないとされている。実際、この噂が本当なのかどうか、グラスゴーで知り合ったメリーとイソベルに聞いたことがあった。するとやはり、生粋のスコットランド男だったら、キルトの下には『パンツ』をはいていないと言われた。そうすると夏はいいけれど、スコットランドの厳しい冬にキルトを着ることになると大変である。中には建築学部の教授であるニールのように、建築・美術史学部の合同パーティーの余興で得意のバグパイプを演奏するため、わざわざキルトを身に付けた生粋のスコットランド人でない人もいる。
民族衣装が一番似合うのは、やはりその民族衣装の国、またはその地方出身の人で、両親がサウジアラビア人である、イギリス育ちのサラが伝統的なアラブ風のドレスを着ていたり、インド系モーリシャス人のニーマがサリーを着ていたときなど、どちらも普通のドレス姿に比べてとてもよく似合っていた。また、がっちりした体形で背も高く、インドチックな『小錦』であるマレーシア人のラジャンがインド風の衣装を身にまとっていていた時には、まさに現代に蘇ったインドのマハラジャを見ているかのようだった。
これらの伝統的な衣装と同様、日本人が着物を着るとそれだけで目立つことは間違いない。しかし、着物には他の伝統的な衣装にはない様々な問題がある。まず、嵩張る着物をわざわざ日本から持参すること自体荷物になり、たとえ持って来たとしても、まず自分で着ることができない。仮に着付けが自分でできるとしても、高価な着物は保管も大変で、また寮に住んでいようものなら、休暇ごとの引越しの際には荷物になってしまう。それに同じ着物を何度も着る機会があるかというと、着るのは寮のフォーマル・ディナー等になり、同じ着物と帯で3・4度目となると、たとえ帯の形と髪型で変化を付けたとしても、やはり斬新さは欠けていきそうだ。場合によっては、『着慣れない』着物を着たために、フォーマル・ディナーの後のディスコでは配線につまずき、転んだ際に思わず掴んでしまった男がそのとっさの行動に驚き、手に持っていたビールを着物の上にかけてしまった、なんていうことが起らないとは限らない。ビールをかけた男は着物が高価ものだなんて露知らず、「あー、ごめんね。」で済まされてしまいそうだ。こういった理由からかどうか定かではないが、ノッティンガム在学中、パーティーやイベントで浴衣こそあれ、着物を着て参加したことがあるという日本人女性の話を聞いたことがない。
女性の着物に比べると、男性の着物は保管も扱いも比較的簡単で自分で着ることができる。また動きやすくできているので、普段の生活も不自由なく着物でできそうだ。ノリヒロ君とフミオ君が、それぞれイギリス人の友人がなかなかできないとぼやいていた際、大学の授業等では着物を着て出席するよう提案した。間違いなく銃刀法違反で逮捕されるので脇差こそ差さないものの、いわゆる『サムライ』スタイルで注目の的になること間違いなしである。オーデコロン、アフターシェーブ・ローション等をつけている男子学生も多く、西洋の香りがムンムンするクラスの中、ひとり東洋の香りをゴウゴウ撒き散らすのだ。『おっ、あいつは一風変わった奴だ』とイギリス人学生達から注目を集め、友達もドンドン増えそうだというのが私の考えである。私が自信を持って提案したこの着物作戦はノリヒロ君とフミオ君から、「好奇の目で見られるか、おかしな奴と思われるのが関の山でそんなことまでして友達を作るくらいなら、今のままでいるほうがいい」と却下されてしまった。

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