
ノッティンガム大学在学中、イギリス人だけでなく他の国からの留学生にも日本語を教えるという機会を得た。イギリス人の友人達には日本語を教えるかわりに、小論文やレポート等の文法チェックをしてもらった。つまりエクスチェンジ・レッスン(授業の交換)というわけである。

最初に『イギリスで日本語を教えよう』というきっかけをくれたのが、台湾人のデイジーだった。大学院で英語教育を専攻するためにノッティンガムにやってきた彼女は、大学院進学準備の目的でCELEの夏季英語集中コースに参加し、その際に私のクラスメートとなった女性である。お互いにそれぞれ大学・大学院での授業も始まり、しばらくたってからのこと。
「純子、エッセーとかの文法チェックどうしてる?」
手紙といった一般的な文章の文法をチェックするのと違い、大学のエッセーともなると、その分野で使われている専門用語を理解すると共に、内容を掴みながら文法をチェックすることになるのでネイティブ・スピーカーでもかなり時間を要した。快く引き受けてくれた友人でも、エッセーも長いものにもなると終わった頃には難解なパズルを解いた後のように精魂使い果たした状態で、毎回同じ人にお願いしにくいものがあった。私の場合、1年目の授業の中には2週間に1本という割合で、出された課題についてのエッセー提出を要求されている授業もあったので、大学内の掲示板に張られたイギリス人学生による有料の文法チェックも検討していた。これなら気兼ねなく頼めるとはいうものの、何か腑に落ちないものを感じていた。『お金を払って文法チェックをしてもらってもいいんだけど・・・。でも、石を投げるとイギリス人に当たっちゃう、ネイティブの国じゃないの!』
デイジーも大学院での授業が始まると、エッセー等の提出物に追われるようになった。彼女の場合、英語教育専攻なのでエッセーの内容はもちろんのこと、高度でかつ正確な英文法が使われていることも重要視された。そんなことからデイジーも私同様、文法チェックを快諾してくれる『奇特』なネイティブ・スピーカー探しに苦労していた。
「エクスチェンジ・レッスンの広告作って、学内の掲示板に貼り出してみようか?」
どちらからともなく出てきたこの案を、早速実行に移すことになった。彼女が中国語(北京語)を、私が日本語を教え、相手からは英語を教わろうというのだ。英語を教わるといっても、目的はもちろんエッセーの文法チェック。広告作りにはケビンの協力も得ることにした。広告自体に英語の間違いがあると、『この程度の英語力の相手とエクスチェンジ・レッスンなんか引き受けたら大変だ』と思われてしまう可能性がある。
「ケビン、お願いがあるんだけど・・・。」
「えっ・・・。まさか、また君のひどいエッセーを見てくれっていうんじゃ・・・。」
ケビンの顔が硬直しているのを見て、『そうくるとは思ってたんだけど、やっぱりそうきたか。あんたにエッセーの文法チェック、頼まなくて正解だった。また嫌味言われるとこだった・・・』という安堵感と共に、『「また」って、前にたった2回頼んだだけじゃない。それもそのうち1回は、なんだかんだ言いながら、きっちり直してくれなかったくせに・・・』と言いたかったのを堪え、
「そうじゃないから安心してよ。台湾人の友達と、『エクスチェンジ・レッスンしたい』っていう広告を作って掲示板に貼り出すことになったから、なんかいい文句考えて。」
ケビンは、『これでもう自分に文法チェックを頼んでくることもないだろう』とでも思ったのか、喜んで次のような文章を提案してくれた。
『Want to learn Chinese or Japanese?(中国語、日本語習わない?)
We can exchange lessons.(私達、交換レッスンするわよ。)』
ケビンがいうには、「これだと短くてインパクトがある」らしい。
文章も決まると、次はその構成をどうするかである。まず、この文章のすぐ下に、『中国語に関する問合せは』ということで、デイジーのE-mailアドレスを、『日本語に関する問合せは』ということで、私のE-mailアドレスを載せる案が浮かんだ。しかし、問題はせっかく興味を持ってくれた人がいたとしても、掲示板の前で立ち止まり、それぞれのE-mailアドレスを書き写してまでして連絡をくれる人が現れるかどうか疑わしかった。検討の結果、広告の下の部分をそれぞれのE-mailアドレスを書いたものにし、この部分が1枚ずつ手で簡単に切り取れるようにした。連絡先を広告に書きこんでいる場合と違い、こうすることによってたとえ連絡が来なかったとしても、少なくとも何人ぐらいが興味をもってくれたのか、切り取られたE-mailアドレスの数を数えるとわかるようになる。少しでも切り取られているのを見ると、作り甲斐ぐらいは感じられそうだ。
最後となる広告を貼る場所については、掲示板といっても大学は広く、ありとあらゆる場所に掲示板があった。
「デイジー、英語教育学部に貼り出そうよ。ここだったら英語の先生になる人ばかりだし、日本人や中国人に英語を教えたりすることもあるからって、エクスチェンジ・レッスンに興味を持ってくれる人がいるんじゃない?」
「ちょっと待ってよ、純子!私、この学部に在籍してるっていうこと知ってるよね?ここに貼ったらすぐに、私が自分のエッセーの文法チェックしてくれるネイティブ・スピーカーを探してるってこと、クラスメートにバレちゃうじゃないの!医学部とかどう?頭のいい学生ばかりだし。それに、中国漢方に興味のある学生とかいそうだし。」
「じゃあ、英文学部は?デイジーの学部とは関係ないからいいよね。建物も違うし。医学部って忙しいから、エクスチェンジ・レッスンしたいなんてそんな暇な学生いるのかなぁ?スポーツセンターの掲示板はどう?スポーツ楽しむ時間があるくらいだから、エッセーに追われてヒイヒイいってるってような学生と違って、「えっ、エッセーだって?そんなのもうとっくに仕上げたよ!スカッシュでもして、軽く汗でも流してくる」っていうような余裕のありそうな学生が多いんじゃない?そんな人達からの反応がありそう。」
果たしてどれくらい反応があるのか、全く想像できなかったものの、
「それはそうと、デイジー。いっぱい貼ったために、いっぱいメールが来たりしたらどうするつもり?」
「いっぱい来るわけないじゃない!?イギリス人って、アジアに興味がないっていうの知ってるでしょ!多すぎたら、こっちで選んで断ればいいのよ。」
結局、大学の中心的建物である『トレント・ビルディング』の中にあるクラブ活動等の掲示板、スポーツセンターの掲示板、いくつもある文系学部や理工学部の各部の掲示板、そして医学部と大学病院の掲示板にも貼り出した。大学内だけにとどまらず、ノッティンガムにあるもうひとつの大学、ノッテインガム・トレント大学の掲示板にも貼ったことで作った数十枚すべての広告を使い切った。
しばらくすると、私のもとにはエクスチェンジ・レッスンをしたいという問合せが次々と届いた。最初に届いたのが、『反響なんてまずないだろう』と思っていた医学部の掲示板を見たというジョンからだった。彼は以前1年間ほど、東京にある老人福祉施設で働いていたことがあるという医学部の学生だった。続いて、それぞれ自分の学部に貼りだされていたのを見たという経営学部のハナと英文学部のシェリナ、トレント大学で学んでいる友人に会いに行ったときにたまたま広告を見かけたという法学部のサラ、以前九州のNOVAで英語を教えていて、日本に彼女がいるという大学院で数学を専攻しているポール。他にも日本に住んでいたことがあるという数人の男子学生達からもエクスチェンジ・レッスンに興味があるというメールをもらった。もちろん、これらすべての人達とエクスチェンジ・レッスンをする時間などないので、実際に会ってみて、本当に日本語に興味があって長く続けていけそうな人を何人か選ぶことにした。
ジョンは日本語が既に上手に喋れたので、私が教えることはあまりなさそうだった。彼にしても、私に日本語を教えてもらうというより、医学部には日本人がいないことから日本人の友人を探していたのだった。彼とはその会話から、頭が良いだけでなく性格も良いこともわかり、長きにわたっていい友人になれそうな気がした。面白いことに、エクスチェンジ・レッスンに興味があるということで連絡をくれたイギリス人の特徴として、
1.以前に日本に住んでいたことがある
2.両親、もしくは親のいずれかがイギリス国籍の人でない
3.日本で働くことに興味があり、実際に文部科学省が毎年募集している『JET』に応募している、または興味がある
といういずれかに該当する人達だった。例えば、ハナは母親がスウェーデン人で、シェリナは両親がインド系の人だった。またふたりとも既にJETに応募していた。サラの両親はサウジアラビアの人で、翌年のJETに応募する予定でいた。3人とも日本語にとても興味があるものの、勉強したことはなかった。ポールは「もっと日本語が喋れるようになって、日本にいる彼女を驚かせたい」という意気込みを買って、この4人とエクスチェンジ・レッスンをすることになった。その他にも2、3人と会ってみたものの、取りたてて日本語を習いたいという強い意欲はなささそうだったのでお断りした。「以前、日本で働いていた」というイギリス人男子学生に至っては、開いた口が塞がらなかった。話が日本での生活に及ぶと聞いてもいないのに、
「日本にいた時は、彼女のほかにステディー(いつも決まった)な『セックス・フレンド』が何人かいたんだ。彼女達は僕のこと好きだったみたいなんだけどさ。」
ドンファンきどりもいいとこである。日本では『もてた』かも知れないが、イギリスでは間違っても『ハンサム』とはいえないタイプの彼。彼が『ハンサム』の基準だとすると、大学は『ハンサム』であふれ返り、毎日の学生生活がより楽しくなっていたはず。とにかく私は彼氏募集中でもなかったし、彼も取り急ぎ日本語を習わないといけない状況でもないので断った。
デイジーの中国語のほうはというと、シンガポール人の男子学生から「中国人の彼女がいるから中国語を勉強したい」というメールが来たものの、彼がネイティブ・スピーカーでないという理由で断ったという。
「デイジー、シンガポールってイギリスの教育システムを導入してる学校が多いから、他のアジアからの学生と比べても英語ができると思うけど・・・。」
「絶対、ネイティブでなきゃダメ!純子が羨ましいよ。「日本語習いたい」っていうイギリス人がいっぱいいてさ。」
一緒に広告を作った者として、なかなか問合せが来ないデイジーに申し訳なく感じていた頃、「中国にいる彼女へのラヴレターを中国語で書きたい」というイギリス人からエクスチェンジ・レッスンの申し込みが入り、デイジーにもいい相手が見つかった。
『4人は多いかな・・・』と思いつつ始めたエクスチェンジ・レッスンであったが、しばらくすると日本人の彼女と別れたポールが去ったことで3人となり、時間的にうまくやっていける手頃な人数になった。3人の中でも特にサラとは気が合い、2週間に1度の割合で提出しないといけないエッセーの文法チェックは、必ず彼女にお願いするようになった。一度、エッセーがなかなか書けず、書き終わったのが提出日前日の夜になったことがあった。
「サラ、明日提出期限のエッセーがあるんだけど、また文法チェック頼んでもいい?こんな急なお願いしちゃって・・・。ごめんね。」
「もちろん!持ってきてくれたらいいよ。今、友達いるんだけどかまわないよね?」
彼女の場合、男友達が彼女の部屋に遊びに来ていても、いつものように時間をかけて丁寧にチェックしてくれ、断られるようなことは一度もなかった。
シェリナとハナ、そして1年遅れでサラもJETに採用が決まり、それぞれ日本へと旅立っていった。また、私も2年次へと進級すると更に忙しくなり、課題に追われる毎日となった。その頃にはエクスチェンジ・レッスンをしたくても、するような時間的余裕がほとんどなかった。エッセー等の文法チェックは、主に知り合いや友人に頼むようになった。JETで日本に1年間滞在し、戻ってきたばかりの英語教育学部の大学院生ジェーンに、『Local
Government Management』で課題として出されたエッセーの文法チェックをお願いした時などは、大学では経済学を修めた彼氏のほうが適任ということで、週末を利用して彼女に会いに来た彼氏に、彼女と共にカフェで見てもらったなんていうこともあった。
ノッティンガム大学では、外国語の単位として日本語も選択できるようになっていた。そこで、日本語を選択していたテイやウォートレー・ハウスの私の部屋の真向かいに住んでいたマレーシア人のヴィンセントから、授業で出された宿題や課題をチェックするように頼まれることがよくあった。これがなかなか楽しいのだ。例えばテイの場合、韓国で少し日本語を勉強したことがあり、基礎ができているからと日本語のLevel2を専攻していた。負けず嫌いの彼女は、「クラスの誰よりも高い点数が取りたい」と、課題として出された作文などでは、私だったら『使い方が間違っていると恥をかく』と、あえて使わないような難しい表現をよく使っていた。彼女の場合、韓日辞典を引いてそういった表現や言葉を見つけるのだけれど、本人が意図していることと、使われている言葉の意味がくい違っていたりすることも少なくなかった。例えば、『私のベスト・フレンド』という内容で書かれた作文の文法チェックを依頼された時のこと。読んでみると、なんと書かれているのは私のことだった!そう、私の性格について書かれていたのだ。私の第一印象はというと、『抜け目のない感じがした』と書かれている。これには苦笑いしてしまうと同時に、『うーん・・・。そんな風に思われてたとは・・・』と落ち込まずにはいられなかった。彼女に本当の意味を教え、ちょっとショックを受けたことを打ち明けると、テイは韓日辞典を開いた。
「純子、ここを見て!この韓国語の単語は、『Perfectionist (完全主義者)』っていう意味なの。ほら、この漢字なんて読むのかわからないけど、そう書いてあるじゃない?」
彼女が指差すハングル文字の下は、確かに『抜け目のない』と日本語で記載されている。私としては、『Perfectionist』と同じ意味なら、ここは『完全主義者』に変えてもらいたいところだが、悲しいかな暗に『抜け目のない』という意味を伝えたいのかもしれないので、とにかく本人の主張どおりそのままにしておいた。『やさしい』『親切』という私への賛辞に照れながら読み進めていると、最後に『健全な精神の持ち主』と書かれていた。テイに意味をたずねると、
「純子って、ほら、そこらへんの男を部屋に連れ込んでSEXしたりしてる日本人の女の子いるじゃない?そんな子達とは違うから。」
そういうことを言いたい場合、果たして『健全な精神の持ち主』でいいのか悩んでしまった。
『うーん、『健全な精神』か・・・?よく、『健全な精神』は『健全なる肉体に宿る』って言われるけれど。最近運動こそしてないけど健康といえば健康だから、『健全な精神の持ち主』でいいのかしらね・・・。とにかく、これじゃあ間違ってもいやらしいことなんて想像できないわ・・・。』
とにかくテイには、「『健全な精神の持ち主』なんて日本人でもほとんど使わないし、意味のわかりにくい難しい単語だから、『抜け目がない』同様にテイぐらいのレベルのクラスでは使わないほうがいい」とアドバイスした。格助詞や接続助詞等の間違いは、私が勝手に訂正すると彼女の勉強にならないので、間違っている個所を指摘し、訂正してもらうようにした。また、彼女の作文の添削は間違いの訂正だけでは終わらなかった。
「純子、私の文章って『です』で終わってばかりじゃない?『です』以外の終わり方にしたい場合はどうしたらいい?」
最終的には、間違っている箇所を全部訂正し、こういった細かいことにも手を加えていると、仕上がったものは彼女が本当に一人で書いたのか疑ってしまうくらい完璧な日本語の作文になっていた。ひらがなで『ぬけめがない』と書いてあるならまだしも、『抜け目のない』と辞書に記載されているとおりに書き写しているので、テイには「日本語の先生に疑われるかもしれない」ことを忠告した。しかし、
「私、この作文でどうしてもいい点をとりたいの。そしたら筆記試験で悪い点数を取ったとしても、この作文でカバーできるから。」
やはりそのまま提出する気に変わりはないようだった。
数日後、部屋で泣いている彼女に訳を聞くと、案の定、日本語の先生から、
「テイ、あなた日本人の友達いるでしょ?この作文、その子に書いてもらったんでしょ?!」
と疑われたという。とにかく自分で勉強したことを証明するため、既にごみ箱に捨ててしまった私が訂正を加えた下書きの作文を必死になって探し、それを見せてやっと先生に納得してもらえたのだった。
こういった作文の添削は楽しくできたけれど、そうもいかないものもあった。理工学部で『Mechanical
Engineering with Japanese』(機械工学という専門分野に、さらに日本語という語学がついている)を専攻していたナイジェリア人のネメリーから、卒論の文法チェックを頼まれたときのことだった。彼女の場合、専攻に日本語がついていることから、少なくとも卒論の序論は日本語で書くようにとの指示を受けていた。文法をチェックしてほしいという序論は、最初のたった2、3行が日本語で書かれあるだけで、あとはすべて英語で書かれていた。卒論のテーマは『機械工学における経営』に関するもので、専門用語も多用されていた。彼女の場合、機械工学を日本語で学んだというわけでなく、全学部の学生を対象にした外国語単位のひとつである日本語を、3年間ずっと選択してきただけなのである。テイがとっていた単位と全く同じもので、レベルはいろいろあれども様々な学部の学生が一緒に学ぶといった事情から、習う日本語は一般的なものだった。だから、3年間一般的な日本語を学んでいただけで、専門的な論文の序論を日本語で書けというのは、『誰か日本人を見つけて、その人に書いてもらえ』といっているのと同じ気がした。実際、ネメリーが日本語で書いた2、3行の文章も、意味のわかる日本語ではなかった。序論だけといっても、論文の内容を把握したうえで日本語にする必要があり、かなりの時間を要することは明らかだった。私自身、彼女の専門分野について知識がないだけでなく、提出しないといけないエッセーや課題に追われていた。そこで、JYAとしてノッティンガム大学に在籍し、こちらでも経済学関係を主に選択していたフミオ君に彼女のお手伝いを引き受けてもらった。ネメリーのエッセーが、『経営』と関係があるということで快く引き受けてくれたフミオ君であったけれど、終わった頃には疲れ果てていた。
「いやぁー、もう疲れましたよ・・・。まぁ、よくわからないところは自分が思うように書いときましたけどね。」
『おいおい、人の論文を勝手に変えていいの・・・?!』

フミオ君と知り合ったのはメイ・ボールだった。メイ・ボールのパーティー会場で、レントン・ホールのワーデンの秘書ジャンから声をかけられた。
「純子、彼も日本から来た留学生で『フミオ』っていうの。彼は英語があまりしゃべれないから、お友達になってあげて。」
インドネシア人だとばかり思っていたら、なんと『顔の濃い』日本人だったフミオ君。彼がイギリスに来て約1ヶ月、自分と同じ寮に住んでいるので食堂などで顔を合わせていたこともあったはずなのに、お互いに面識がなかったのは意外だった。彼から話を聞くと、英語を話そうにも相手の言っていることが早すぎてわからないから喋れないという。フミオ君と友達になるのに問題はないが、彼は私と友達になるためにわざわざ日本から来た訳ではない。そう考えると友達ができない彼が不憫になった。『なんとかして、フミオ君に誠実で思いやりのある男友達を探してあげねば・・・』という使命感が沸き上がってきた。
フミオ君に出会い、イギリスに来た頃の自分をふと思い出した。ひょんなきっかけから大学所有の自炊のフラットに住み、ドイツ人のアンカとアネット、フランス人のデフェニーといったフラットメイト達と生活を共にすることで英語に『慣れて』いった私。また、幸い私には彼氏という、気を遣わずに英語が喋れる相手も側にいた。寮はフラット生活と違い、喋らなくても生活できる。フラット生活のようにインターフォンに出ることもなければ、ゴミ出しの順番やトイレットペーパーの購入等でもめることもないからだ。反対に寮では、どれだけ自分から会話ができるかといったことが重要になる。外国人留学生が比較的まだ少ない日本の大学と違い、イギリスの大学ではアジア人を含め、かなりの留学生が学んでいる。ノッティンガム大学も例外ではなく、留学生の大半がネイティブ・スピーカー並に英語が喋れる。だから、イギリス人、留学生のどちらも相手が自分の英語をあまり理解していないとわかると、『英語が喋れないなら親しくなってもしょうがない。話しもわからないんだろうし』と切り捨てられてしまうことが多い。『英語があまり喋れないのにこの大学で勉強してるとは、なんて気の毒な人なんだ。親しくなって、英語が上達するように手助けをしてあげよう』といったボランティア精神は期待できないのだ。
フミオ君の友人探しの第一歩として、同じ寮に住んでいる気さくなシンガポール人のラジャンと、マレーシア人のエリックに声をかけた。
「フミオを見かけたら、何でもいいから話しかけてあげてよ。彼、CELEの英語のクラス以外、英語を話す機会がほとんどないの。」
彼らは二つ返事で引き受けてくれた。ラジャンやエリックといった留学生だけでなく、イギリス人の友人も必要だと思った私は、ダメ元で腐れ縁のケビンにも頼んでみた。しかし、予想通りに断られた。
「英語が喋れないのにノッティンガムで勉強したいだとー。そいつは、いったい大学をどういうところだと思ってるんだ。僕は忙しいんだ。そんなのを相手にする時間はない。」
「あんただって『将来は総理大臣になる』なんて言ってるんだから、弱者を助けるぐらいの気持ちでフミオと友達になる度量も必要じゃないの?」
「助けたとしても、日本人じゃ投票権はないからね。」
ケビンほど歯に衣着せぬ言い方はしないだろうけど、他のイギリス人男子学生に頼んでも返ってくる答えが同じくらいの予想はつく。ここは最後の綱である、日本語が流暢で敬虔なクリスチャンのジョンに頼むことにした。日本にいた頃は日本人のお年寄りのお世話をしていたという、なんとも出来すぎた好青年の彼。お互い忙しかったこともあり、かなりの間連絡を取り合っていなかったので引き受けてもらえるかどうか不安だったが、そこは博愛主義者たるジョン、事情を話すと快諾してくれた。彼は時々寮にいるフミオ君を誘い出してくれ、またフミオ君本人の努力も加わって英語力はグングン伸びていったという。「この間は、ジョンが・・・」と楽しそうなフミオ君の話を聞くたび、『いい友人を紹介できたなぁ・・・』と幸せな気持ちになった。
私も最終学年になり、一番重要な卒論の文法チェックをジョンにお願いすることにした。卒論は週1回、書き上げた章を担当教官に見せ、内容について意見を交わしながら進めていくので、ジョンにはしばしば私のフラットに来てもらい、書き上げた章の文法チェックをしてもらうことになった。文法チェックというとプリント・アウトした原稿に校正を加えてもらっていたのだけれど、彼の場合、「この方がやり易い」とパソコン上で直接校正を加えてくれた。これだと、校正された原稿を見ながら再びパソコン上で校正するといった手間が省け、本当に大助かりだった。エクスチェンジ・レッスンなら、ここでお礼として日本語を教えてあげるところなのだが、彼の場合、特に不自由なく日本語が喋れるので基礎を教える必要はなく、彼にしても差し迫ってより高度な日本語を勉強する理由がなかった。だからといって、彼の『救いを求める哀れな者を助ける』という博愛精神にかこつけ、何のお礼もしないとなると厚かましい気がした。実際、卒論の文法チェックとなると時間もかかるうえ、内容も専門的で決して簡単なものではない。留学生相手の文法チェックをビジネスにしているイギリス人学生もいるくらいで、いくら仙人のようなジョンとはいえ、気持ちのどこかに『Give
and take(持ちつ持たれつ)』という意識があって当然である。『だからといって、お金を払うのはなんとなくね・・・』という訳で、文法チェックで私のフラットにやって来てくれた際には、毎回、前菜、メイン、デザートと3コースの食事を作ってもてなした。食べてくれる人がいるとハッスルするタイプの私は、巻き寿司等の日本的なものも作った。こうした食事のお礼はジョンには好評で、卒論はめでたく完成を迎えた。
しばらくすると、ジョンは医学部の最終学年の選択課目の一環として、3ヶ月間ほど中国の病院に研修に行くことになった。そこで彼から、中国語を教えてくれる人を探して欲しいと頼まれた。漢字がわかる私でも中国語と聞くと一歩引いてしまうのに、たった数ヶ月の滞在とはいえ、少しは喋れるようになっておこうというのだ。ちょうどクラスメートで香港人のエレインが北京語を習っていたので、エレインに頼んで彼女の先生である、大学院の学生の中国人女性を紹介した。彼が中国に行く直前に開いた歓送会では、
「純子、いい先生を紹介してくれてありがとう。彼女には本当によく教えてもらえたよ。」
そう言われた時、ジョンにはなにかとお世話になりっぱなしで申し訳なく思っていたので、ここで少し彼に借りが返せた気がした。
ジョンも中国に旅立った後、どうしても文法チェックしてもらいたいエッセーがあるのに、特に見てもらえそうな人が見つからないことがあった。そんな時、サラを通じて知り合い、ロンドンに出かけた時には時々、一緒に夕食を食べたりしていた弁護士のレイモンドにお願いしたことがあった。快く引き受けてもらえたものの、私のエッセーの提出期限が差し迫っていたことから、彼の仕事用のE-mailアドレスにエッセーを添付書類とメールで送り、事務所で私のエッセーを印刷し、週末をスコットランドのアバディーンで過ごすことになっていた彼はその原稿を持って飛行機に乗り、機内でチェックし、すぐにそれを郵送するという荒業をこなしてくれたのだった。
ノッティンガム大学在学中、私自身ささやかではあるけれど友人達のお手伝いをし、それ以上に友人達から助けてもらった。助けるということで私自身新たな発見をし、正規留学生として学んだ英国の大学での厳しい学生生活に潤いをもたらしてくれた。また、友人達の助けが受けられなかったら、『卒業』という岸にたどり着くまでに『溺れて』いたかもしれない。私に助けを求めてくれ、また助けてくれた友人達がいたことに幸せを感じずにはいられない。

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