

イギリスの大学から、イギリス人クラスメート達と研修旅行に出かけることになるとは夢にも思わなかった。日本の大学での研修旅行と違い、希望者だけ参加するのではなく、何があっても全員参加が『義務』付けられていることから、むしろ『修学旅行』と呼ぶべきかもしれない。イギリスの中学・高校では日本のような『修学旅行』なるものがないらしく、そういったことから、イギリス人学生達にとってはまさに大学生になって初めて体験する『修学旅行』となった。全員参加が義務づけられていることから、費用のほとんどが大学側で支払われ、8日間のイタリア研修旅行の自己負担は、なんと120ポンド(1ポンド200円として、約24000円)だった。ただし、含まれているのはすべての交通機関とホテル、そしてホテルでの朝食のみで、昼食と夕食は残念ながら含まれていなかった。それでも、どんなに安い旅行でも、イギリスからイタリアへこのような安い値段で旅行するのはまず不可能だろう。

安さもさることながら、親友のテイと旅行するのも楽しみだった。旅行の説明会が近づいたある日、彼女が学年担任のティムから呼び出しの手紙を受け取った。折りも折り、なんとなく嫌な予感がした。『もしかしたら、一緒に旅行できないんじゃないか・・・』そんな不安が胸中をよぎった。
実は、2年次が始まる直前の夏休み、1年次で落とした必須課目の追試を受けたものの落としてしまい、学部長から呼び出しを受けたテイ。そこで、テイは学部長から、「君を2年次へは進級させられない」と言われ、なんと「他の、もう少しレベルの低い大学で、もう一度1年次からやり直したらどうか」と勧められ、実際に学部長は別の2、3の大学にすでに連絡を取っていたのだった。それでもテイは、「学位は『オーディナリー』でかまわないから、進級はさせてほしい」ということで、なんとか2回生へと進級したといういきさつがあった。韓国の大学システムは日本のものと同じで、イギリスの大学のように『オナーズ・システム』、つまりどのレベルで卒業したかなんていうランク付けはされていなかった。だから、『大学卒業さえできたら、それでいい』というのが、彼女の考えだった。彼女にとって、『オーディナリー』で問題になるとしたら、イギリスの大学院に願書申請できないくらいで、テイ本人は、「イギリスの大学院なんて、もういいわ。行きたければ、今度は卒業しやすいアメリカに留学する」なんてあっけらかんとしていた。むしろ、『オーディナリー』になったことで、都市計画経営学専攻学生であれば取らなければいけない必須課目も全く関係なくなり、他の学部の単位も選択できることで選択の幅が広がっただけでなく、一年間の単位数も規定の120単位から、最低80単位以上取ればいいことになったことで肯定的に考えていた。
「純子、私ね、評価が100%筆記試験で判定されるような課目は選択しないつもり。試験受けるなんて、もう嫌!それに、今度は、もっと社会に出た時に役に立つものを選択しようと思ってる。だから、来年は初級フランス語と中級日本語を取るつもり。どちらも評価の点数が甘いって聞いたし。」
一時のショックもどこへやら、根っからの楽観的な性格で、自然に流れるまま、常に良い方向に考えていたので私も安心していた。
担任から彼女への、『至急、君に会う必要がある』という内容の手紙に、私は只事でないものを感じていた。私は彼女に、担任と会った後、何があったか教えてくれるように頼んでいた。
「私、イタリア研修旅行に行かない・・・。」
電話口から聞こえる彼女の落ち込んだ声に、私は動揺した。
「どうして!一緒に行くの楽しみにしてたじゃない!何があったの?ティムに何て言われたの?」
「ほら、私もう『オナーズ』の学生じゃないから、「行きたかったら、研修旅行の代金全額払ってほしい。『オーディナリー』の学生には、大学から補助金は出せない」って言われたの。「実際にいくらかかかるか、今の時点ではわからないけれど、500ポンドは参加費だけでもかかる」って言うの。それでティムに、「それでも参加する気はあるか?」って聞かれて・・・。ティムからは、「即答しなくてもいい。両親と相談してからでいい」とは言われたんだけど、「行きません」って答えた・・・。」
テイにどういう言葉をかけたらいいのかわからず、しばらく黙っていた。すべてをビジネスとして割り切って考える大学に、怒りが込み上げてきた。
「テイ、私以外、クラスメートの誰一人として、テイが『オーディナリー』だなんて知らないのよ。私、「どうして、テイはこの授業とってないんだ」って聞かれたらいつも、「彼女、他の授業を代わりに取ってるから」って答えてるから、みんなそれで納得してるのよ。それにみんな、テイはクラスメートだって思ってるし。『オーディナリー』だからって、授業料安くしてもらってるわけでもないじゃない。『オナーズ』と全く同じ学費を払って、しかもテイの場合、ヨーロッパ圏外の留学生だから学部でも一番高い学費支払ってるのよ。それなのに、「研修旅行代金は全額支払え」って大学もちょっとふざけてるんじゃない。こんなの、絶対許せない。テイ、一緒にインターナショナル・オフィスに文句言いに行ってあげる!」
頭に血が上っている私は、納得の行かない大学のやり方に抗議することを検討していた。
「いいのよ、純子。ありがとう。実は、あなたに電話する前、韓国にいる両親に電話したの。もちろん、両親は「500ポンドぐらい出すのはかまわないから、心配せずに行ってきなさい」って言ってくれたんだけど、もともと私の責任でこうなったことだし。私が追試を落としたりしなかったら、そんなに払わなくてもよかった訳だし。それに、行くとなると他にもいろいろお金がかかるじゃない?両親にも申し訳なくて・・・。それに、大学に文句を言ったがために、学部長との関係がこじれることになったら嫌だし・・・。」
彼女の固い決心を前に、私がこれ以上説得するのは無理だと悟った。親友である彼女が参加しない事で、研修旅行の楽しみは半減してしまった。
国が違うと『修学旅行』もこうまで違うのか、と感心する事がいろいろあった。
まず旅行前の段階で、担任のティムが生徒ひとりひとりにベジタリアンかどうかの確認をしていたのだ。
「純子、君はベジタリアンか?」
ステューディオで設計図を書いていた最中、突然そんなことを聞かれた私は自分の耳を疑った。
「はぁ?」
「いやぁ、機内食の関係で調べているんだ。前もって航空会社に言わないといけないからね。」
行きはイギリス・バーミンガムの空港から、ベルギー・ブリュッセルを経由してベニス到着。帰りはローマから、ブリュッセル経由のバーミンガム着。『どれも1時間前後の近距離フライトなのに、食事を選択できるような機内食が出されるなんて・・・』と驚いた。旅行の説明会でも、学部長がわざわざ、「ベジタリアンは事前に申し出るように」と念を押していた。日本だと、教授が参加する学生がベジタリアンかどうか事前に確認し、手配するなんて事はまず考えられない。「私、ベジタリアンなんですけど、どうしたら・・・」なんて言おうものなら、「君ね、肉や魚を除いて野菜だけ食べたらいいじゃないか。航空会社に頼んで特別食を用意してもらうとかいうのは、自分でしてくれ」と言われるのがおちである。ベジタリアンが珍しくないお国柄だからといえばそれまでだけれど、それにしても対応が手厚い。
しかし、この入念な大学側の配慮も空しく、実際に機内食が出たのは行きと帰りのフライトそれぞれ1回だけで、しかも機内食と呼べるような大それたものではなく、ロールパンにハムかチーズが挟んであるのをどちらか選択するだけだった。
引率の学部長、教授、講師の3人と、テイを除く42人のクラスメート(2回生全員)を合わせて総勢45名。1台のバスでまかなえる人数だけれど、航空会社の都合により飛行機は2班に分けられることとなった。参加者のリストが、『ミドル・ネーム』を含めた正式な名前(?)の確認も兼ねて、学部内の掲示板に張り出された。ほとんどすべてのクラスメートが『ミドル・ネーム』を持っていて、この
『ミドル・ネーム』など普段知る機会のないことから、実際に姓名と共に表示されるとこれが実に面白い。細くて顔の青白い、ガビン。彼の正式な名前というのが、なんとガビン・ジェームス・ボンドだと判明。『ボンド』家の両親が、息子が映画『007』の主人公のように強くたくましく、そして素敵な男性になって欲しいと願って名づけたとしたら、彼には荷が重すぎる感が否めない…。アンディーというのは、もちろんアンドリューの愛称っていうのことは知っていたものの、彼もまたアンドリュー・テリー・マッキンタイヤーという、まるで『キャンディ・キャンディー』の登場人物を1人にまとめたかのような、フルネームで呼べば素敵な少女漫画の王子様だ。キャサリン・マリー・ルイーズ・エスパゼル、ティモシー・ユージーン・パリ・スミスにいたっては、私の名前と一緒に並べられると貴族の方々と平民といった感じである。日本でも戒名など長くなるほど高くなるといわれているので、他のクラスメート達と何らかわりのないキャサリン、ティムもどこか由緒正しきご子息・御令嬢のようである。実際、建築学部のジェームス・ディヴィッド・ザッカリー・マッカウレー・ハミルトンは貴族のご子息である。同じアジア人でも、グレースというのが愛称兼『クリスチャン・ネーム』のシンガポール人グレースはまだしも、香港人のエレインまで、自分の中国名が呼びにくいからということで使っている、愛称のエレインもいつのまにか『ミドル・ネーム』になって表記されているので、2人ともそれぞれ、Wen-Hsien
Grace Chew, Tsz Ying Elaine Ho と私の名前よりははるかに長い。そこで、私も負けじと他人の『ミドル・ネーム』を借用し、自分の名前に組み込んだものを想像した。どうも私の姓名は余分なものを一切受け付けないようで、仮に『エリザベス』を取り入れてみた際には、ジュンコ・エリザベス・キムラとなり、『エリザベス』のどことなく高貴な響きもどこへやら、コメディアンの芸名のようだ。学部長のターナー・オクも私と同様に短く、『名前はやっぱり、シンプル・イズ・ベストよ!』と納得させることにした。それに、ジュンコ・キムラでいる限り、名前負けしたり、『どんな美人だろう』なんて余計な期待で、相手を落胆させたりする心配だけはない。
研修旅行についての説明会は何回か開かれ、学部長が研修内容の説明と共に何度も念押ししていたことがあった。
「君たちに警告しておく。宿泊先のホテルは普段君たちが使うような安い宿じゃないから、その辺はよく頭に入れておくように。ちなみに、ローマのホテルは4つ星ホテルだ。だから絶対にホテルで騒いだりしないように。部屋で宴会を開いたり、調理道具を持参して部屋で調理したり、なんてことは絶対にないように、いいね。これだけ注意しても、昨年も一部の学生達が夜、ホテルで騒いでホテルに大変な迷惑をかけた。また、君たちに言っておくが、イタリアはイギリスに比べるとビールなどのアルコール飲料は値段が高いから、そのへんも考えて飲むように。この旅行はあくまで大学からの研修旅行であることを肝に銘じて、ノッティンガム大学の学生として節度ある行動をとるように!」

普段からほとんど調理などしないイギリス人学生達からは、『材料を買い込んでホテルの部屋で調理する』なんて想像もつかない事だけど、ピザとか買い込んで部屋でドンチャン騒ぎをするといったことは考えられないことでもなかった。でも、大学生といったらいい大人、ある程度分別わきまえて行動するはず。「一部が騒いだ」という昨年の2回生(現3回生)を見ると、8割が男子学生だ。『部屋に集まってビールでも飲んでるうちに、いい年して羽目を外したくなったってとこね、きっと。日本人だと、騒ぐのは小学校の修学旅行での枕投げで経験済みだけど、イギリス人の場合、そういった経験はしてないからね・・・』。学部長の言葉はにわかには信じがたかったけれど、『小学生の枕投げが、大人になってるから規模が大きいだけ』と考えると納得できた。
旅の初日にして、学部長の念を押すかのような注意の意味を悟った。部屋でのドンチャン騒ぎなんてかわいいものでなく、深夜、みんなが寝静まったであろう頃、グデングデンに酔っぱらって大声でわめいている声、それをたしなめるような声、笑っている声…等、人数にして7人ぐらいの団体の声が廊下中に響き渡り、廊下を進むごとに一部屋ずつ順に起こしていくような大騒動だった。私は夢うつつながら、『この団体は、間違いなくうちのクラスメートだ。この声は誰だろう…』と聞き覚えのある声の主を想像していた。
へべれけになるまで飲み、普通なら二日酔いに苦しんで青白い顔をしているか、寝不足で目の周りに隈をつくっているはずなのに、集合時間の朝9時にロビーに集合した際には不思議な事に、『えっ、数時間前には我を忘れて叫んでいたのは誰?!』と思うくらいみんなシャンとしていて、二日酔いの様子などまったくみられない。私が常日頃からイギリス人学生について感心するのがこのタフなところで、女の子も酔いつぶれるまで飲んでいたのに、次の日に会った時には、『二日酔いで…』なんて聞いた事がなかった。『イギリス人がお酒に強いのは、ひょっとしたらアルコールの分解酵素が日本人より多いのかも』と思わずにいられない。学部長はというと、イタリア第一日目の朝からひどくおかんむりである。
「あれだけ注意していたのに、深夜、酔って廊下で騒いでいた者達がいる。このホテルに滞在している他の宿泊客から、ホテル側にかなりの苦情が寄せられたと支配人からお聞きした。こんな恥ずかしい事はない!」
明らかに二日酔いに苦しんでいる者達でもいれば、その者達を厳重に注意すれば済むことかもしれないけれど、朝になれば誰もが普段どおりの学生になっているので、学部長のストレスも溜まるようだった。結局、連日にわたる学部長の叱責も候を奏さず、街に酒場がある限り、宿泊先での騒ぎは大なり小なり続いたのだった。
この研修旅行で私が持参した荷物は、洋服の数を極力減らしたこともあり、中型のボストンバック1つだった。というのも、あまり大きなバックを持参した日には、「イタリアに1週間程度行くだけだけなのに、そんな大きな荷物を持って純子は一体どこへ行こうっていうんだ?!」などとクラスメートから言われかねない気がしたからだった。しかし、旅行当日集まったクラスメート達の荷物のなんとも大きいこと!それも特大のボストンバックから、中型のスーツケースまで。私の荷物が、他の荷物に比べて信じられないくらい小さく見えたのは全くの予想外だった。クラスメート達の大きな荷物も、たまたま手頃な大きさのバックが見つからず、また『大は小を兼ねる』からということから大きなものを持参しただけで、実は中身は空っぽということも考えられた。しかし、誰もが本当に重そうにして自分の荷物を運んでいるのを見ると、中身はしっかり詰まっているようだ。中型のスーツケースを持参した女の子達は間違っても、『私、フォークとナイフより重いものを持ったことがないから、ボストンバックだと運べないの・・・。コマのついたスーツケースじゃないと・・・』などとのたまうタイプではない。普段は服を着回ししているから、持参した服は少ないだろうと思われるクラスメートの荷物まで大きいのは、いったいどういうこと?謎は深まるばかりである。
同室のベッキーの持参した荷物を見て、少し謎が解けた。彼女の場合、シャンプー、ボディーソープ、ヘアースプレー、化粧品…はすべて実際に家で使っているものをそのまま持参していた。つまり、彼女は家では徳用サイズのシャンプーを使っているようで、それがデン!とホテルのバスルームに置かれているのを見た時、ようやく納得できた。『そうか、だから彼女は特大のボストンバックが必要だったんだ!』よく考えると、イギリス人は日本人のように、シャンプーを旅行用として小さな容器に移し替えるなんて面倒なことをしそうにないから、他のクラスメート達も自分が普段使っているシャンプー等をそのままバックに詰めて来たに違いない。これはイギリス人に限ったことではなく、エレインやグレースも、ベッキーのように徳用サイズではないものの、普通サイズのシャンプー等をそのまま持参していた。化粧品等を旅行日程に合わせて小分けし、荷物を極力抑えるなんて日本人ぐらいで、「日本人は几帳面だ」と言われるゆえんはそこらへんにあるのかもしれない。ちなみに、イギリスでは小さなボトルに入ったシャンプーや歯磨き粉など売られていない。ベッキーに限って言うと、彼女のボストンバックが特大である理由はシャンプー等が特大サイズだからというだけでなく、結局、旅行中一度も使わなかった旅行用アイロン、履かなかった靴二足、「多く持って来すぎた」と彼女自らが認めるTシャツ7枚…等、『念の為』的荷物が多いようだった。人によっては、荷物が大きくて重いのは『念の為』的なものではなく、『絶対に必要』なものだからというものまであった。
「純子、僕の部屋に来てみなよ。ベランダからトスカーナの葡萄畑が見渡せて、すごく景色がいいんだ。」
朝食に行こうと廊下に出た私は、ドアが開けっ放しされた真向かいの部屋で、早朝から元気はつらつなティムに呼び止められた。私の真向かいのティムとアンディの部屋にはベランダがついていて、そこからは広大な丘が見渡せ、朝の景色はまた格別だった。そのベランダに、折りたたみ式のマットと大きなダンベルが置いかれてあるのがとても気になった。
「えっ、ちょっとなんでこんなのがここにあるの?!」
「僕のなんだ。」
あっさりと言いのける彼だが、ダンベルはかなり重そうな代物である。実際、どのくらい重いのか持たせてもらうと、両手で持ち上げるほどではないものの、片手ではかなり重い。
「どうしてこんな重いのわざわざイギリスから運んできたの?信じられない!いったいこれ何キロ?!」
私が極力使わないようにしていた英語の表現が、「信じられない(Unbelievable)!」だった。ケビンから以前、「日本人はどうして、吃驚することでもないのに、『Unbelievable』を連発するんだ」と冷笑され、悔しい思いをしたことから、「本当(Really)?」、「冗談じゃないの(Are
you kidding)?」を使うようにしていた。私にとって『Unbelievable』は、「うそー」という意味で使っただけにすぎなかったのだけれど・・・。
イタリアくんだりまでわざわざダンベルを運んできたという驚きには、「Unbelievable!」をおいて他にふさわしい表現は見つからなかった。
「それ、8kgなんだ。1週間もトレーニングしないと、重く感じて続けるのが辛くなるんだ。毎朝の日課になってるから。」
ティムの鞄がやたら大きいことに気付いていたけれど、本人には失礼だが、まさかこんな物を入れていたとは想像もしなかった。筋力作りは毎日欠かせないといっても、果たして何人の男性が8kgのダンベルとマットを旅行用の荷物に加えるだろう?真冬でも信じられないような薄着をし、風邪などひいていたことのないようなティム。ここで始めて、彼の健康の秘訣を知ったような気がした。周遊型の研修旅行ということで、ホテルが変わるたびに大きなボストンバックを運んでいる彼を見ると、心の中で呟かずにはいられなかった。『ご苦労様です!』。
気の毒にも健康であることを象徴する彼の普段の薄着姿であるが、いざというときに裏目に出てしまったのである。春といってもまだ肌寒く、セーター姿の他のクラスメートとは一線を画すかのごとく、ひとり半ズボンに半袖のポロシャツという、夏真っ盛りのいでたちの彼。その姿ゆえ、ローマのサン・ピエトロ寺院では唯一、入場拒否されてしまったのだった。『みんなと同じように、肌寒い時はやっぱりそれなりの格好をしていたら…』と思うと、本人には気の毒だが、理由が理由だけにおかしかった。寺院を見学し終わった者達が、セント・ピーターズ広場でまだ見学しているクラスメート達を待っていた時のこと。
「みんな、ミケランジェロの最高傑作『ピエタ』はちゃんと見ただろうね?」
何も事情を知らない学部長が尋ねたのはほかでもない、側にいたティムだった。
「ティム、君も見たか?」
「いやぁ、見てないです…。」
「なんてことだ!どうして見てないんだ、君は!待っててあげるから、早く行って見てきなさい!」
研修旅行では『時間厳守』といっても、『我が道を行く』的なイギリス人学生相手ではなかなか守られず、またお世辞にも気が長いとはいえない学部長のイライラは最高潮に達していた。
「それが入場を拒否されちゃって。ちょっとこの格好じゃまずいって。」
学部長の『呆れて言葉が出ない』ような表情を見ていると、口には出さないものの考えていそうなことは読み取れた―『お前は馬鹿か?!』。
このアジアからの留学生達も含む、イギリス人クラスメート達との『修学旅行』ならぬ『研修旅行』では、カルチャーショックもさることながら、日本の中学や高校の修学旅行ですらこれほど多くないだろうと思われるほど、ハプニングの連続だった。『てんかん』という持病があることを申告し忘れていたセーラが観光中に倒れ、救急車で病院へ運ばれた後、ピサにある空港から急遽イギリスに帰国することになったのをはじめ、ジェラルドが実は夢遊病者だったらしく、深夜、パンツ1枚でホテルの中をうろうろしているのを目撃されたという珍事もあった。また、バスがサンジミニャーノの街を出てしばらくすると、アンディ(クラスメートには同名が多く、アンディ、ポール、マーク、レベッカはそれぞれ2人、キャサリンにいたってはなんと3人もいる)が「街を観光中に靴を忘れた」というので、引き返すハメに。『彼自身靴を履いているのに、どうやったら自分の靴を置き忘れるのだろう』と思ったら、観光中に雨が降り出してきたから、リュックに入れて持ち歩いていた靴と履き替えたのだという。ボローニャでは、ちょうど見本市が開かれていた関係でホテルが取れなかったとのことで、ボローニャから一時間近くも離れたゾッコという田舎町で一泊した次の日のこと。再びボローニャまで戻って来てはじめて、ビッキーがホテルの部屋に財布を忘れたのに気付き、さすがにバスでゾッコまで取りに戻ることも出来ず、ビッキーと親友のクロエが付き添いとして2人でホテルに戻り、次の宿泊予定のフィレンツェで合流することになったということもあった。ハプニングの絶えない旅ではあったが、イタリアという地でイギリス人クラスメート達と『修学旅行』体験ができた貴重で、楽しい旅であった。

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