

前期、後期の試験が終わると、試験結果が発表されるまでの期間中、使い果たしたエネルギーの充電を兼ねてよく旅行に出かけた。日本と違い、旅行に関して様々な学生としての特権が受けられたので、イギリス国内及びヨーロッパはどこでも安く旅行できた。予約状況と料金が知りたくて、たまたま夜に問合せの電話したミッドランド航空のいたっては、
「イースト・ミッドランド空港からダブリンに行くなら、明日のお昼の便が安いわよ。それ以外となると、そうねぇ・・・、高くなるわよ。」
なんて言われ、勧められるままに次の日にアイルランドに旅行に行くことになり、もちろん宿も取っていなかったために慌しい旅になったこともあった。学生であると『レール・カード』なるものが購入でき、イギリス国内の鉄道はかなり割引されるので、鉄道旅行も割安だった。スコットランドのグラスゴー出身で、建築・家具デザイナーであったチャールズ・マッキントッシュの作品と、近年、モダンな建築物が次々と建てられているグラスゴーの街を見るのを目的として、スコットランドを鉄道で旅したこともあった。

グラスゴーでは、市の観光局が主催する半日バスツアーに参加した。さすがに1999年に『UK
City of Architecture and Design』(建築とデザインのイギリス都市)に選ばれただけあり、マッキントッシュ作品を見学するツアーを始め、建築関連のガイド付き有料ツアーがいくつかあった。マッキントッシュ作品を見学するツアーのほうは運悪くも見学施設の休館日でツアーがなく、マッキントッシュ以降の近代建築物を見て回るツアーに参加することにした。車体のデザインからも建築関連ツアー用のバスだと分かる小型バスに乗りこんだのは、ガイドである初老の紳士、地元に住んでいる、そして以前までグラスゴーに住んでいたという中年のおばさん2人組と私のたった4人だけだった。巧みな話術と豊富な知識で私達を楽しませてくれるガイドさんに連れられ、グラスゴーを代表する近代建築物を駆け足で見て回った。参加者3人共、少し『見』疲れ気味となり、ガイドさんの提案でバスを待たせたままカフェで一休みすることになった。
「私、飲み物買ってくるわ。あなた何飲む?コーヒー、それとも紅茶?お腹空いてない?私達、マフィン食べるけど、あなたも食べる?」
おばさんの一人からそう聞かれ、買ってきてもらえるという親切に感謝し、コーヒーとマフィンをお願いした。
「コーヒーとマフィン、いくらでした?」
「大した金額じゃないから私達に払わせて。『スコティッシュ・ホスピタリティー』(スコットランドの歓待スタイル)だと思って。」
『今日初めて会っただけで、何の面識も無い人に払わせるのも・・・』と思い、「払わせて欲しい」と主張したもののかたくなに拒絶され、このおばさん達の好意に甘えることになった。
屋外のテーブルに座った私達3人は、よく晴れた空の下、海から吹く初夏の爽やかな風を感じながら、それぞれの自己紹介も交えた和やかな雰囲気の中、しばしくつろいだひとときを過ごした。メリーとイソベルというおばさん2人は昔の同僚で、メリーがラナークシャー州に引っ越してからも、時々会っては2人で美味しいものを食べたりしている間柄だった。今回は、イソベルの娘が泊まりがけで家にいないということから、メリーがイソベルの家に泊まりに来たという。グラスゴーに住んでいるとこういったツアーに参加する機会がなく、それで今回初めて参加したという2人だった。
再びバスに戻り、残りの観光を続けた後、『ザ・ライトハウス』というマッキントシュ作品もいくつか展示されている建築関係の博物館の入口で入場券を受け取り、ツアーは終了した。本来ならガイドさんと別れた時点でおばさん達とも別れるはずだった。
「あなた、この階はもういい?もっと見たいなら、私達ここで待っていてあげるから行ってらっしゃい。」
気が付いたら、いつの間にかおばさん達の連れの1人となっている自分がいた。結局、3人で博物館内を見学して回り、いよいよここでおばさん達ともお別れとなった。
「あなたこの後どこに行くつもりなの?」
おばさん達からそう聞かれ、私は近くにある近代美術館に行ったり、他のマッキントッシュの建築物を見たり、観光案内所で明日のマッキントッシュの博物館の開館時間等を聞いてみるつもりであることを伝えた。
「あら、私達もその美術館には行きたいと思ってたの。マッキントッシュの建築物は市内に点在しているから、私の車で連れて行ってあげるわよ。」
こう言ってくれる親切なイソベルにとって、私は数時間前に知り合ったばかりの見ず知らずの他人である。他人に世話を焼こうとしているイソベルに、メリーもさぞ困り果てているのではというと、
「イソベル、それはいい考えよ!ただ、イソベルの車を取りに行かないといけないのだけれど一緒に来てくれるわよね?」
メリーもイソベルと同じくらい親切な人だった。「(2人とも)計画していることがあるはずだし、申し訳ないからいい」と断ったのけれど、「遠慮はいらないから」と反対に2人に押し切られた。
バスツアーで一緒だっただけでなく、近代美術館でも行動を共にし、観光案内所では英語が喋れない日本人を助けるかのごとく、私の代わりにスタッフに問い合わせまでしてくれたメリーとイソベル。私は、「イソベルの車を取りに行く」と聞いた時、てっきり市内の駐車場にでも置いてある車を取りに行くのだとばかり思っていた。しかし、実際にはバスに乗るという時になって初めて、郊外にあるイソベルの家まで車を取りに行くのだと知った。バス賃に関しても、ふたりは私に払わせようとはしなかった。
イソベルの家に到着すると、今度は家の中まで案内され、リビングルームに飾ってある写真を私に見せながら、イソベルが自分の家族を紹介してくれた。
「何飲みたい?コーラ、セブンアップ、オレンジジュース・・・いろいろあるわよ。」
そう私に問いかけながら冷蔵庫をあさっているメリーは、他人の家の冷蔵庫というよりは、自分の家の冷蔵庫をあさっているようだった。ふたりが気心の知れた仲であるのがよくわかった。2人に勧められるままに庭にある椅子に腰掛け、飲み物を手にくつろいでいた。
「この猫、隣の猫でいつもうちに遊びに来るのよ。」
取り立てて話題を作って喋るわけでもなかった。乾いた喉を潤しながら、ただ3人でボーッと初夏のまだ沈まぬ太陽を楽しんでいた。『この人達とは今日の朝知り合ったばかりなのよねぇ・・・?』と何度となく自分の中で確認し、それなのにくつろいでいる自分がいるのはとても可笑しかった。
いざ車に乗り込み、まず向かったのはイソベルの家から更に郊外へと走ったところにある丘陵地帯だった。彼女達は、グラスゴーでも車がなければなかなか行くことのできない、またイングランドでは見られないスコットランドの素晴らしい風景を私に見せたくて、私をここに連れてきてくれた。また、そのすぐ近くに美味しい料理を出すパブ、『ビーチ・ツリー・イン』があるから、ここで夕食をとるという目的も兼ねていた。パブでは、またもや『スコティッシュ・ホスピタリティー』の名のもとに、私の分の食事代すら払わせてくれなかった。彼女達とは今朝出会ったばかりなのに、思い出に残る楽しい時間を過ごさせてもらい、おまけにお金まで使わせると申し訳ないと言うと、2人とも笑いながら、
「それがスコットランド人なのよ。スコットランド人はね、イギリス人のようにケチじゃなくって、太っ腹なのよ。」
私は今までスコットランド人とイギリス人を区別したこともなく、どちらも英国人として見ていた。しかし、おばさん達と話をしているうち、彼女達の意識の中でスコットランドとイギリスは一線を画し、自分はスコットランド人だという誇りを持っているのに気付いた。同じく国の中を移動しただけなのに、あたかも国境を越えたかのような錯覚すら覚えた。
イソベルの運転する車で再びグラスゴー市内に戻り、マッキントッシュがデザインしたという教会に案内された後、私が泊まっているB&B(ベッド・アンド・ブレックファースト)のすぐ近くまで送ってくれた。まったく、振って沸いてきたようなスコットランド人のおばさん達2人の『スコティッシュ・ホスピタリティー』は、とても心温まる忘れられない1日を与えてくれた。ただ、実際に『スコティッシュ・ホスピタリティー』なるものがあるのか半信半疑で、『おばさん達が特別に親切な方達だっただけ』と思っていた。
私の卒業式の日、建築学部も都市計画学部と同じ日時の式典だったこともあり、式の後、建築学部の教授のニールに出会った。私は、JYAの時に彼の講義を一つ受けたことがあったものの、学部生となってからは彼の講義等を受けることはなかった。ただ、建築学部と都市計画学部は同じ建物の中にあり、普段からよくニールを見かけていた。彼の場合、他の教授・講師達と違って、在室中の際には部屋がいつも開けっ放しにされていたことから、なんとなく目が合うこともあった。私の友人として卒業式に参加してくれていた、大学院で現代文化について学んでいるラタナにとってニールは指導教官であり、ラタナも私も知っていることから、ニールと立ち話が弾んだ。それが縁となり、ニールはラタナと共に家に呼んでくれたり、映画やパブに連れて行ってくれたりした。そんな彼に、私はメリーとイソベルの『スコティッシュ・ホスピタリティー』がダブった。そのことを彼に言うと、
「『スコティッシュ・ホスピタリティー』か・・・。学生時代を、スコットランドにあるボーディング・スクール(寄宿学校)で過ごしたんだが、そうかな。うーん・・・。自分の両親はずっとバースにいるし、自分もそこで生まれたからイギリス人になるけれど、そうだな、確かに自分は典型的な『イギリス人』だとは思わないな。アメリカ生活も長かったし・・・。いや実は、自分では『コスモポリタン(国際人)』だと思ってるんだが。」
ニールは、私が大学所有のフラット、アルビオン・ハウスの契約も切れ、日本に帰国するまでの間、友人のフラットを1日6ポンドでシェアしていることを知ると、
「1日6ポンドを払うくらいなら、うちの家で留守番したらどうだ?夏休みを利用して長期間、スコットランドにある別荘に行くから、その間家に住んでてくれたらいい。家も無人にならなくていいから、いてくれたら助かる。」
私の教授でだった訳でもないのに、まるで旧知の間柄でないとできないような申し出に驚いた。話がトントン拍子に進み、ニールがスコットランドにある別荘でお嬢さん、お父さん、友人達と過ごす2週間、私はニールの家に住み、お嬢さんの部屋に寝泊りさせてもらうことになった。ニールが出発する前日には、台所やお風呂の使い方、ゴミの出し方等、生活に必要なすべてを教えてもらった。
「毎週月曜日、庭師が前の庭と裏庭の手入れにくるけど、「窓の外に人がいる!」ってビックリしないように。あと、毎週木曜日に掃除をしにくる女性は、預けてある鍵でいつも勝手に家に入ってくるから。ゴミの日は火曜日。それから純子、毎晩夜11時からBBCで放送している連続ドラマなんだが、スコットランドの家にはテレビがないから、それだけビデオに撮っとおいてくれないか。何かあった場合の連絡先はここに書いておくから。電話はかかってこないと思うけど、かかってきたら内容を聞いておいてくれ。一応、4、5日ぐらいおきに電話するつもりだけれど。まあ、淋しいとは思うけれど、なんとか楽しんでくれ。天気が良かったら、裏庭に椅子でも出して本でも読んでみたらどうだ。気持ちがいいぞ。」
それだけ言い残すと、面識があるわけでもない私に、つかの間とはいえ家を明け渡すことになるにもかかわらず、なんの不安もないかのように、風のようにスコットランドへとオープンカーを走らせていった。
最初は人の家で1人で寝ていることもあり、緊張してあまりよく眠れなかったものの、4、5日もするとあたかも自分の家で暮らしているかのように快適に過ごし始めた。
建築学の教授ということで、自宅は部分的にニール自身で改装が施され、特にキッチンは機能的で個性的なものだった。例えば、彼が誇る『シンク』は、丸型のステンレス製のものが大・中・小と違うサイズで横一列に並んでいた。『シンク』が3つもある理由を聞くと、デザイン的な観点からだけでなく、『前洗いとしてためて洗う』用、『洗い』用、『すすぎ』用とそれぞれの用途に使う目的で作られ、それで大きさも順番に小さくなっていた。大きさが違うのはまた、斜めになっている台所の形も考慮されていた。洗ったものを隣の『シンク』に置いて・・・とベルトコンベアー式で洗い物ができるのはとても便利だった。また、3人が一緒に洗い物ができるので、パーティーなどを開いた際には洗い物が早く片付きそうである。キッチンのインテリアには、ニールの好きなオランダ人画家、モンドリアンの3原色、赤・黄・青色がうまく使われていた。
ニールのお気に入りの裏庭は、芝生がきれいに手入れされ、実際にやってみなかったけれど、天気のいい日に寝転ぶと気持ちがよさそうだった。庭に植えられている木々で隠れ、家の窓からは見えないけれど、裏の家の裏庭との境界線には小さな小川が流れていた。小さな子供でも家にいたなら、水遊び場といった絶好の遊び場になっていたはずである。キッチンがお洒落だと、一人ながらも『今日は天気もいいから市内まで買い物に行って、ちょっと凝ったのものを夕食に作ってみよう』なんて考えたり、夏ということで日も高かったので、夕食後、家からすぐそばのウォラトン・パークを散歩したりしていた。掃除のおばさんが週に1回来ていても、好んで自分であちこち掃除していた。そんなこともあり、しばらくするとニールの家に愛着を感じ、自分の家に住んでいるような錯覚さえ覚えた。
「純子、そっちでの生活はどうだ?淋しくないか?こっちはみんなで楽しくやっているぞ。どうだ、エジンバラまで出て来るなら、駅まで車で迎えに行ってやるぞ。」
スコットランドにいるニールから、電話で別荘への招待を受けたものの、
「家のほうは何も心配しないで。それより、何だったらもっとそっちでゆっくりしてもらってもいいわよ。」
気が付くと、いつの間にか厚かましくなっている私であった。もうすぐニールが戻ってくるという日も近づくと、『そんなに早くに帰って来なくてもいいのに・・・』とニールが帰ってくるのを心淋しく思うようになっていた。
ニールが別荘から戻ると、「家が前よりきれいに片付いている」と喜ばれ、1週間もするとまた2週間ほど別荘で過ごすということが決まり、その間、再び留守番を引き受けることになった。
自らを『コスモポリタン(国際人)』だというニールのほうは、『スコティッシュ・ホスピタリティー』はなく、正確に言うと『コスモポリタン・ホスピタリティー』になってしまうかもしれない。しかし、グラスゴーのメリーとイソベル、そしてニールとどちらも『スコットランド』がからんだ、忘れられない『ホスピタリティー』であった。彼らの私に対する思いやりは、私のノッティンガム大学での素晴らしい思い出に負けぬとも劣らぬ、とても素敵な思い出を与えてくれた。

イギリス料理 学生酒場 幽霊伝説 ひとつ屋根 各国料理まるかじり
上流階級 タダほど高い ヴァレンタイン・デイ イギリス紳士 選挙大作戦
イギリスで見つけた母 東洋の香り プレゼント 溺れる私 後悔と抑鬱
イギリス版修学旅行 悪夢のフラット生活 スコティシュ・ホスピタリティー