ノッティンガム大学の施設で、日本の大学とはやはり違うと驚かされたのが、大学の寮それぞれにバー(酒場)があること。ノッティンガム大学の広大なメイン・キャンパス内には12もの学生寮(ホール)がある。最初、私がノッティンガム大学で勉強し始めた頃、フローレンス・ブーツ、ナイティンゲール、キャベンディシュは女子寮、男子寮のクリップス、リンカーン、ヒュー・ステュワート。残りの6つの寮、ラットランド、アンカスター、ダービー、レントン・アンド・ウォートレー、シャーウッド、ウィロゥビーが混合寮となっていた。私が在学中にキャベンディシュとヒュー・ステュワートがそれぞれ女子寮と男子寮から混合寮に変わり、私の卒業の翌年には、すべて寮が混合寮に変わることが決まっていた。
結局、私は女子寮に住んだことは一度もなかったけれど、男子寮や女子寮というのがなくなるのは、なんだか寂しい気がした。例えば、フローレンス・ブーツ・ホールは引き上げ式の窓にフローリング、使い勝手は否めないもののアンティーク家具が各部屋に備え付けられ、食堂にはグランドピアノが置かれている。また、歴史を感じさせる重厚な建物は、まさに『お嬢様』が暮らすのにはぴったりな寮なのである。
またヒュー・ステュワート・ホールはというと、高い天井をもつ食堂、秋になると赤く紅葉するツタに覆われた大きなお屋敷で、イギリス映画『モーリス』のようなことが実際に昔、こんなところであってもおかしくないと『良家ご子息』に用意されたような男子寮寮なのだ。こういった寮が混合寮に変わってしまうのは、私の住んでいたレントン・ホールの別館で、新築のウォートレー・ハウスにはない、建物が醸し出す雰囲気が壊されるような気がして残念だった。
実際、新入生として入ってくるイギリス人学生の間で、男子寮、女子寮はすこぶる評判が悪かった。というのも、『こんな所に住んでいたのではせっかく大学に入学しても、出会いの機会がないじゃないか』という訳である。そういったことから、男子寮や女子寮は主に、『男女七歳にして席を同じゅうせず』という中国の経書的教えを忠実に受け入れているアジア人や、イスラム教系のアラブ人留学生達に支持されていた。にもかかわらず、こういった留学生達は寮で出される食事に満足できないという理由だけでなく、例えば女子寮であるはずなのに女子寮としてきちんと機能していないというような彼らにとって根本的に受け入れがたい理由で、1年も寮に住むと翌年からは大学所有の自炊のフラットや、借り上げた一軒家に友人達と住むために寮を出てしまい、定着率が悪かった。女子寮といっても、基本的に男子学生が中に入ってはいけないという厳しい決まりもないので、女子寮に住んでいる女の子の彼氏達が彼女の部屋に寝泊りすることも少なくなかった。朝、バスルームに行くとパンツ姿の男子学生と鉢合わせするなんてこともしばしば起こるのである。フローレンス・ブーツで半年過ごし、その後大学所有の自炊のフラットに引っ越したクラスメートで韓国人のテイ曰く、
「女子寮なんていっても名前だけで、実際には混合寮みたいなものなのよ。」
男子寮に関していうと、女子寮より更に男子学生には不評だった。不思議と男子寮に住んでいる彼氏のところで彼女が寝泊りして、そこに住んでいる男子学生がバスルームで下着姿の女性とバッタリ・・・、なんていう反対の例は聞いたことがない。イギリスだと、たとえ男子寮でも泊まっていく女子学生くらいいるとは思うのだけれど、きっと数が少ないに違いない。とにかく男女別になっている寮は、混合寮で3年間の学生生活を送るイギリス人学生がいるのに比べ、イギリス人学生、留学生ともに寮の定着率が明らかに悪かった。男女別の寮がなくなったのは、時代の流れのような気がする。
それぞれの寮が、建物から部屋のつくり、出される食事の内容に回数、すべて異なっているのと同じように、それぞれの寮にあるバーも、雰囲気から内装まで異なっている。そこで、毎年大学の前期と後期の始めに『バー・クルージング』なるイベントが開かれる。たった一晩のでそれぞれの寮にあるバーだけでなく、大学所有の自炊のフラットを管理する建物内にあるバー、大学のメインとなる建物にあるバー、それらすべてを回って飲もうじゃないかというイベントなのである。仮にハーフ・パイント(285ml)のビールをそれぞれのバーで飲んで回ったとしたら、14ヵ所も回った時にはへべれけになっていてもおかしくない。
そう14ヶ所もの『学生酒場』・・・。大学内にそんなに酒場があってそれぞれの酒場で商売が成り立つのか、とても不思議だった。大学のキャンパスにひとつ、寮に住む全学生を対象にした大きなバーがあるとしたらわからなくもない。実際に大学のメインとなる建物にもバーがある。男子寮それぞれにバーがあるのも、よく飲むイギリス人男子学生のことを考えるとあってもおかしくないし、商売としてきっと成り立つだろう。混合寮にバーがあるのも理解できないことではない。約300人もの学生が暮らすレントン・ホールのバーは、その住人である、特にイギリス人学生達で毎晩商売繁盛していた。しかし、約200人程度の女子学生が暮らす女子寮のそれぞれにバーがあるというのは、商売として成り立つのか不思議だった。初めてフローレンス・ブーツ・ホールのバーに行った時、バーが人でいっぱいなのに驚いた。しかも、その大半がイギリス人男子学生達である!『きっと、今晩は何か特別なことがあるのかも・・・』そう思っていた。後に、そのバーのちょうど真上にあたる部屋に住んでいたテイに、女子寮でもバーは繁盛していたのか聞いてみた。
「男がどこから沸いてくるのか知らないけど、そんなの毎晩よー。バーが営業を終了するまでうるさくてもう、眠れなかったんだから。」
どうやら毎日、大繁盛だったようである。これはきっと男子寮に住んでいる男子学生達が、女子学生を求めて毎晩飲みに来ていたのかもしれない。それでは男子寮のバーはガラガラかというと、こちらはこちらで毎晩、住人である男子学生達で繁盛している。フローレンス・ブーツ・ホールのバーは、一部温室のようなつくりになってあり、雰囲気もどことなく落ち着いた感じではある。ここと比べると、レントンのバーはどこにでもあるイギリスのパブである。果たして、雰囲気に引き寄せられて人が集まっているだけ、という単純な理由で女子寮のバーまでもが繁盛しているか定かではないが、バーはどこの寮でも大繁盛していた。
大学の寮に住んでいると身近に『ちょっと一杯』なんていう場所があるので、イギリス人学生のように課題のエッセーを書きながら、『あぁ、疲れたー。かなり書けたし、バーでちょっとビールでも一杯飲んで、気分をリフレッシュさせてからまた続けよう!』と読みかけの学術書を置いて飲みに行き、また戻って続けることもできた。しかし・・・、真面目で、ふだんから飲みに行くことすらせず、しっかり勉強している香港、シンガポール、マレーシアといったアジアからの留学生達を見ていると、やはり『勉強の息抜きをしに、飲みに行こう』とはいかなかった。
寮にバーがあるからか、イギリス人学生達が飲みすぎるからか、理由はともあれ寮というところに住んでいる限り、被害の差はあれ夜はうるさかった。私が住んでいたウォートレー・ハウスはレントン・ホールの建物群から少し離れているため比較的静かではあったけれど、それでも例外ではなかった。我を忘れるまで飲み、深夜酔っぱらって大声で叫びまわったり、ドアを叩きまくったり・・・。人の睡眠妨害なんてお構いなしである。しかし、驚くべきことにこんなイギリス人学生達、普通なら次の日は二日酔いで明らかに気分が悪そうな顔でもしてそうなものなのに、昨夜何事もなかったかのようなすっきりした顔で、朝一番から始まる授業に出席するために、食堂でしっかり朝食をとっているのである。彼らのために、夜目が覚めてしまった私のほうが、かえって二日酔いのような疲れた顔をしていたりした。
寮では、『隣室のイギリス人が毎晩のように飲みに行って、深夜酔って帰って来て部屋で騒ぐから、うるさくて眠れない・・・』と悩んでいるアジア人留学生の声を聞くことも少なくなかった。しかし、幸い私の場合、隣の部屋に住んでいたイギリス人のジャッキーが、『彼女は部屋の中にいないのかも』と錯覚させるくらい静かなうえ、夜に友人達と飲みに行くようなこともなかった。かえって私のほうが、『ちょっと音楽がうるさいかなぁ・・・』と気を遣うくらいだった。寮での生活は、外から聞こえてくる騒がしさには深夜よく悩まされたけれど(時には、寮内でもあった)、比較的平和に暮らすことができた。
次に、寮を出て大学所有の自炊のフラット、アルビオン・ハウスに移ると、ここは他の大学所有の自炊フラットが集まっている所と違い、大学からかなり離れているのと、建物の半分が大学院生用となっているので、夜は本当に静かで、毎晩ぐっすり眠れる幸せを感じずにはいられなかった。しかし、それは長年にわたる寮生活の中で鍛えられ、少々うるさいことには慣れてしまっただけかもしれなかった。
実際、アルビオン・ハウスの住人であるアメリカ人のケィティーなど、時々飲みすぎては深夜、大声で叫んでいるようだった。ある日、アルビオン・ハウスの掲示板に誰が作ったのか、警告書めいた紙が張ってあるのを見つけた。『ケィティーという名のアメリカ人、もしくはカナダ人!深夜、外で叫ぶな!俺は明日試験があるんだ!』。これを書いた男は更に、『ケィティーよ、男が暴力的をふるうタイプでないことをありがたく思え!』とまで付け加えられ、かなり怒っていることが伺えた。これを見て思わず吹き出してしまったのが私で、私自身、ケィティーが外で叫んでいるのを聞いたことなんて一度もなかった。実は、ケィティーは私のフラットメイト、しかも彼女の部屋は私の隣である。それにもかかわらず、夜中に彼女が叫んでいることなど、この紙を見るまで知らなかったとは・・・。寮生活で鍛えられたことを実感せずにはいられなかった。
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