果たしてこれを『文化』と呼んでいいものかわからないが、それぞれの寮には、日本から見て『イギリス的』と思われるイベントが開かれる。例えばレントン・ホールにおいてのイベントとして、『フォーマル・ディナー』、『ハイ・テーブル』、『ビッグ・バン』、『メイ・ボール』が挙げられる。
年間にして4、5回程度開かれ『フォーマル・ディナー』は、その名が示すように普通のディナー(いつもの『夕食』が果たして『ディナー』と呼べるようなものであるかは疑問の余地が残るところであるけれど・・・。ちなみにイギリス人学生達は夕食を『ディナー』などと呼ばず、簡単な食事という意味をもつ『ティー』と呼ぶことが多い)と違い、出席の際には正装が要求される。開かれる場所がいつもの寮の食堂なので男性はスーツ、女性も『フォーマル』の名に恥じないものならなんでもいいことになっている。しかし、驚くべきことに参加している男子学生を見ると、留学生がスーツ姿であるのに対し、イギリス人学生のほとんどがタキシードにブラック・タイという出で立ちなのである。
いつもの食堂で開かれるといっても、食堂はきれいに飾りつけが施され、テーブル・セッティングも整い、前菜、メイン、デザートと3コースが臨時雇いを含めたキッチン・スタッフによってサービングされる。寮生は必ず参加しないといけないような決まりはなく、別料金を払わせられるといったこともない。しかし、参加する人数を確認するためからか、参加の場合は前もって寮のオフィスでチケットを受け取ることになっている。このチケットはまた、レントン・ホールが主催する他のイベントを行う際の費用に充てる目的で、他の寮に住んでいる学生達といった部外者にも売りだされる。それでは『参加しない場合の食事はどうなるのか?』というと、もちろんレントンの場合、寮費に3食分含まれているので(寮によっては昼食が含まれていない2食付きだったり、日曜日の夕食が出されないというところもある)、『フォーマル・ディナー』に参加しない場合も、夕食を用意してもらえる。『フォーマル・ディナー』の日の食堂は、昼食が終わるとすぐ、『フォーマル・ディナー』用のテーブル・セッティングが始められる。歴史を感じさせる長い木製のテーブルの上には白いクロスが掛けられ、その上にさらに緑のクロスが掛けられる。夕食の時間帯までにはすでに、ワイングラスから食器、カトラリー(いつも使っている安物とは違う、上等なカトラリーが使われる)が置かれた状態になっている。そのため、『フォーマル・ディナー』に参加しない寮生は、食堂のとなりにあるバーで夕食をとることとなる。しかも7時から始まる『フォーマル・ディナー』に対し、調理場での作業との関係からか、5時に食事が用意される。それでなくても日の長い夏などは特に、夕食にしては時間が早すぎると思われるいつもの5時30分よりさらに30分も早くなるのだ。ちなみに昼食の時間帯が12時30分から1時30分となっているので、どう考えても5時は早い。
私は課題の提出が迫っていたこともあり、『フォーマル・ディナー』には参加せず、この早めの夕食を選んだことがあった。レントン・ホールのバー、バーというと聞こえはいいけれど、実際のところイギリスのどこにでもあるような『パブ』で出された夕食は、夕食と呼ぶには程遠い程お粗末で、貧弱なものだった。小海老の揚げたのが少しと、『チップス』と呼ばれるフライドポテト、あとはグリンピースの付け合せだけで、イギリスのパブで出される『パブ・ランチ』の足元にも及ばないものだった。この経験以降、提出物に追われて忙しい時に、一品づつ出されるので食事を終えるまでに時間のかかる『フォーマル・ディナー』が重なった場合、いっそ寮での夕食をあきらめ、ピザやカレー、中国料理といった出前を頼むか、正装してフォーマル・ディナーに参加し、少なくとも前菜とメインだけでもさっさと食べてくるほうが賢明であることを確信した。実際、この『フォーマル・ディナー』は前菜が出されてからデザートで終わるまで大体1時間はかかるのである。
『フォーマル・ディナー』が終わり、食事が片付けられると食堂はディスコへと様変わりし、となりのバーでは午後11時まで(普段は午後7時からの営業であるバーも、『フォーマル・ディナー』の際には食前酒を楽しむ寮生達の為に、営業時間を早めている)いつも以上の寮生で大賑わいとなる。
『フォーマル・ディナー』の次の日、食堂は何時間か前までディスコとして使われていたこともあり、毎回、キッチン・スタッフとお掃除担当のおばさん達が早朝から総出で食堂の清掃にあたっていたようだった。そのため、『フォーマル・ディナー』の次の朝は決まって数種類のシリアルに、自分で食パンを焼いて食べるといったセルフ・サービス式の『コンチネンタル・ブレックファースト』となっていた。
クリスマス休暇前の『フォーマル・ディナー』はいつもの『フォーマル・ディナー』に比べるとより豪華なもので、外部から雇ったバンドの生演奏に加え、テーブルには寮生6人に対して赤・白のワインが各1本づつといった割合で用意されていた(通常の『フォーマル・ディナー』の場合、飲み物は各自で用意することになっているので、ワインなどは当日一緒に座る友人達で事前に共同購入していた)。
『ハイ・テーブル』はレントン・ホールに住む寮生が1年間に1回、ワーデン(寮の最高責任者にあたる方はこう呼ばれ、定年退職したノッティンガム大学の教授などがその役目を務められることが多い。寮によっては、大学の敷地内にワーデンのお宅があり、レントン・ホールの場合、寮のすぐ裏に大きな庭付きのワーデンのお屋敷がある)から受けるディナーの招待で、通常1回の『ハイ・テーブル』につき、数人の寮生が招待を受けた。『ハイ・テーブル』の目的は寮生が、ワーデンと『チューター』と呼ばれるそれぞれのブロックの監督責任者達(この『チューター』というのがノッティンガム大学の博士課程で学んでいる人達で、レントン・ホールには5・6人いた)と共に、その日食堂で出される夕食よりは数段グレード・アップした『ディナー』をとりながら、交流を図るのを目的として開かれている。こちらのほうは正装でなくていいものの、やはりきちんとした服装が要求されていた。
『ハイ・テーブル』はワーデンとチューター達が普段夕食をとる、寮生は入ることができない『シニア・コモンルーム』と名付けられた特別室(朝食と昼食に関しては、彼らも寮生と同じ食堂でとることが義務付けられている)で、まず、オレンジジュースかシャンパンといった食前酒が供される。じゅうたん張りの広々とした部屋には、大きなダイニングテーブルだけでなく、大型テレビに快適なソファーまで置かれてあり、特別室の名に恥じないりっぱなものである。ここでワーデンやチューター達としばらく歓談し、次にいよいよディナーとなる。しかし、ディナーはこの部屋で出されるのではなく、食堂で出されるである。
食堂には、床がほかのところより一段高くなったステージのような部分がある。『フォーマル・ディナー』の際には、このステージの上にある長いテーブルには真っ白なテーブルクロスがかけられ、肘当て付きの革張りの椅子が並べられ、ワーデン夫妻とチューター達が食事する特別な場所になる。これに比べて寮生はというと、テーブル・セッティングこそ綺麗にされているものの、長時間座っているとお尻が痛くなる、テーブルと全く同じ長さでしかも同じ木製の長椅子なのである。そう、『ハイ・テーブル』に招待された寮生は、初めてこの一段高くなった『スペシャル』な場所(『ハイ・テーブル』)で3コースのディナーがいただけるという栄誉にあずかる(?!)のだ。ディナーは、『一般の(?)』寮生達の夕食時間が終わった頃を見計らって始められる。しかし、そこはもう食事が供される時間は終わったとはいえ、まだ何人もの寮生がおしゃべりをしながら食事をしていたりする。私が『ハイ・テーブル』に招待されたときも、普段着のラタナやリエちゃん達が、変り映えしないお粗末な夕食を食べていた。
「あっ、あそこに純子がいる!」
そんな彼女達の視線を横目に、一段高くなった場所で気取った格好で、キッチン・スタッフからサービングを受けながら、ラタナ達が食べているものに比べると遥かにグレードアップされた食事をするのはなんとなく気恥ずかしい感じがしたし、何よりも滑稽だった。『昔、戦争の為に遠征している王族とその部下である騎士達が、たどり着いた廃墟の城で食事をしていたとしたら、こんな風にだったかも』とふと思った。なんだかイギリスらしい(?)、とても興味深い体験であった。
『ビッグ・バン』はというと、パーティーというよりは大きなイベントで、開催日の数日前までにはレントンの中庭に大きなテントが設置される。その中や外で、生演奏の音楽やサーカス系の様々な催しが繰り広げられる。こちらのほうは全くの自由参加で、参加する際には事前にチケットを購入することになっている。そして、レントン・ハーストの前の広大な芝生の上で繰り広げられる、壮大な花火大会で幕が下ろされる。
『フォーマル・ディナー』はどの寮でも定期的に開かれ、寮による差はほとんどない。しかし、レントン・ホールでの『ビック・バン』のようなイベントは寮によって趣向が凝らされている。例えば、混合寮のラットランド・ホールで開かれた『スレイヴ・パーティ』というイベントは、男子学生自身がオークション商品としてせりにかけられ、女子学生達がせり落とすというものだった。司会進行兼競売人である男子学生によると、競り落とした女性には、その競り落とされた男性をどう扱ってもいいという究極の権限が与えられるという。ステージに1人づつ現れる男子学生達は、かろうじて前は隠しているもののほとんど全裸である。しかも、競売人と興奮した観客達に促され、隠している前の部分までチラッ、なんて見せるツワモノもいて、
「おぉー、彼のは大きい!」
そんな競売人の叫び声によって、観客達の興奮も最大限に達する。会場となっている食堂はステージが見えないくらい、満員御礼なのだ。熱心な入札者達というと、もちろんせりにかけられている男子学生達の彼女達なのだが、ただ自分の彼氏の『価格』が、他の女性達からの入札で上昇するにつれ、入札するのをためらっている姿も見られる。せりにかけられている男子学生が体つきもよく、ハンサムとなると人気も高く、また司会者兼競売人も、
「さぁ、入札した女性はこの彼と寝るのはもちろん、なんでもありだよ!」
こうして入札者を焚き付けるものだから、それは困るっていうことからか、売られている男子学生の彼女もさらに入札し続けることになるようだった。ただ、入札をためらっている彼女を見ると、自分の彼氏が果たしてそれだけの金額に見合う価値があるのか、きっと悩んでいるに違い。自分の彼女が自分の入札に躊躇している、そんな彼氏も気の毒だけれど、払うほうも大変である。私としては、この一件によって2人の関係にヒビが入らないか気がかりだ。まさにこれは、『現代のイギリス文化を象徴しているイベント』であった。
『メイ・ボール』はその名が示すように、毎年『メイ(5月)』の始めごろに開かれるレントン・ホールで主催されるパーティーの中でも最も華やかなものである。パーティー会場は年によって違い、私がレントン・ホールに住んでいた間には、ノッティンガムにある最高級ホテル(ノッティンガムという土地柄、ロンドンにあるような最高級ホテルと比べると中級クラスになってしまうけれど・・・)の宴会場と、ノッティンガム郊外にある結婚式等がよく開かれたりするお屋敷でパーティーが開かれた。
'
『メイ・ボール』に関しても、参加したい場合は決められた日までにチケットを購入することが義務付けられている。このパーティーに関しては、チケットそのものにもお金がかけられ、自分の名前とパーティー会場での座席番号だけでなく、『男性はブラック・タイ、女性はドレス』ということまではっきりと明記されている。『パーティーの格が下がるので、間違ってもスーツでは参加しないでくれ』という意味がこめられているのかもしれない。女性はともかく、日本人男性にとってこれは頭の痛い問題であった。私は、この『メイ・ボール』に参加するためにだけに、タキシードとブラック・タイをレンタルしに行くことになったノリヒロ君に同行することになった。『ブラック・タイ』、日本でいうところの『蝶ネクタイ』は色やリボンの形も豊富で、改めてイギリスにおける『ブラック・タイ』の奥の深さを知ることができた。さすが紳士の国(?)イギリスである。日本に住んでいる限り、どんなに改まった席でもきちんとしたスーツさえ着ていればまず大丈夫であり、新郎になる前にタキシードにブラック・タイなんて粋な格好をするなんて夢にも思わなかったノリヒロ君。「未婚の女優が、撮影のためとはいえウエディング・ドレスを着ると婚期が遅れるというので、あまり着たがらない」というようなことを聞いたことがあるが、ノリヒロ君にも『こういう格好をしたがために婚期が遅れた』ということがないことを祈らずにはいられなかった。
『メイ・ボール』では参加者全体の服装、特に男性の服装が『ブラック・タイ』と指定がされていることもあり、『フォーマル・ディナー』に比べてグレード・アップした感があるだけでなく、会場もレントン・ホールの食堂からホテル、またはお屋敷といったところに変わったことで、パーティーそのものも一段と華やかなものになった。また、『メイ・ボール』のような特別なパーティーともなると、どういう訳か葉巻を吸うイギリス人男子学生も多く、タキシードに葉巻というと貫禄さえ感じられ、若いのか年を取っているのかわからなくなるのだった。面白いことに、普段は毎日同じような垢抜けない格好をしているイギリス人男子学生でも、正装がよく似合う者が少なくなく、パーティーでは、『あんなすてきな人、寮に住んでいたっけ?!』と思うこともしばしばだった。パーティーも明けた次の日の朝、寮で見かけたパーティーでの素敵な男性は、『薄汚れた男子学生のひとり』だったという、まさに『逆シンデレラ』であった。
『メイ・ボール』が開かれたホテルやお屋敷では、食前酒が楽しめるようにと『バー』もあるうえ、出される食事やワインがいいのは言うまでもなく、バンドの生演奏から食事前の娯楽(郊外のお屋敷で開かれた時には、道芸人が庭先で火を巧みに扱った芸を披露していた)、ビンゴ・ゲーム(商品は、カメラ、シャンペン、市内にある高級レストランでの2人分のディナー券・・・等)まで用意された。そして、テーブルでの3コースの食事も済んだ頃、バーは再び大繁盛となり、娯楽として別室に用意されたルーレットには黒山の人だかりができていた。パーティーのチケット1枚につき何枚かのコインがもらえ、このコインをかけてプレーするのだ。しかし、ギャンブルではないので現金へは換金できず、コイン何枚か集めるとバーで飲み物と交換できるようになっていた。その頃、会場はというとディスコへと変身を遂げていた。
こうしたパーティーに参加するため、私は家族に頼んで黒のドレスをイギリスまで送ってもらった。ホテルで開かれた大学の謝恩会で着た後、黒という色もあり再びこのドレスが日の目をみることはないだろうと思っていた。だからこのドレスが一度任務を果たした後、クローゼットの中で永眠していたかもしれことを考えると、眠っていたどころかめまぐるしく活躍できたこのドレスは幸せだった(?)に違いない。
イギリス料理 学生酒場 幽霊伝説 ひとつ屋根 各国料理まるかじり
上流階級 タダほど高い ヴァレンタイン・デイ イギリス紳士 選挙大作戦
イギリスで見つけた母 東洋の香り プレゼント 溺れる私 後悔と抑鬱
イギリス版修学旅行 悪夢のフラット生活 スコティシュ・ホスピタリティー