大学の授業料についていうと、イギリス人学生に対する授業料はヨーロッパ諸国以外からの
正規留学生が支払う金額の約6分の1程度でしかなかった。そこで、イギリス人分の授業料まで払っていんじゃないかという感のある正規留学生の間では、ある種の『正規留学生という身分を100%活用し、少しでも授業料のもとをとらねば!』という気持ちが生まれがちであった。

台湾人のデイジーもその1人で、コンタクトでは目の調子が良くなく、持っている眼鏡だと黒板の字が見えにくいことがあると困っていた。そんな彼女、どこから情報を仕入れたのか、
「純子、聞いて!
正規留学生だと、イギリス人学生と同じように眼鏡がタダで作れるらしいの。今度、一緒に眼鏡店に付いて行ってよ。」
というわけで、2人で眼鏡店に。『大学の学生証を見せたら、はいタダです』なんてそんな簡単なものだとは思っていなかったけれど、眼鏡店が教えてくれた
タダで眼鏡を手に入れる手続きは煩雑で、しかも、タダになるのはレンズかコンタクトレンズのどちらかひとつ。つまり眼鏡が欲しい場合、フレームは自己負担ということである。しっかり者のデイジー、
「だいたい、フレームがなかったら眼鏡にならないじゃない!レンズだけがタダなんて、全く
『けちくさい国』ね!フレームもタダでつけるとか、少なくとも割引するとかすべきよ!まあフレームは台湾の方がずっと安いし、いいのが多いから、ここでは一番安いフレームで用を足しといて、台湾に帰った時にいいフレーム買ってここで作ったタダのレンズを入れて替えてもらうことにするわ。それにしても、レンズがタダっていうことぐらいで、どうしてこうも手続きが大変なのよー。」

この手続きであるが、まず眼鏡店でもらった用紙に自分の健康状態に関する必要事項を記入し、大学のキャンパスにある医療センターにいって承認をもらった後、指定された医療機関に送付しそこで更に承認をもらって…と、不正取得を防ぐためなのか、それとも手続きを煩雑にして、途中で手続きを諦める人を見込んでのイギリスのNHS(National Health Service:英国における国民健康保険のようなもの)のコスト削減策としてなのか、
面倒なシステムになっている。文句を言いながらも、1ヶ月以上もかかってこの手続きを終えたデイジーに付き添い、もう一度眼鏡店に。安いフレームのなかから、彼女が『かろうじて授業中の使用のみに耐えうるデザイン』を選択。
「もう少しお金を出したら、まあまあいいのがあるんだけど・・・。どうせレンズがタダのものだし、一番安いものでいいわ。安いっていっても、この値段でこのクオリティーなんて信じられない!
レンズ代がタダの分、フレームに料金上増ししてるんじゃないかしら?!」

視力検査の後、彼女の度数にあったものと言って店員が差し出したレンズを見て、唖然となったデイジー。3つあるうち、2つは薄いのに、1つはなんとも分厚い。しかも、薄い2つは日本製だという。
「ほら、これらのレンズを見て。こんなに薄いでしょう!?最近はレンズもこんなに薄くなってきてるのよ。いくらかお金を払ってもらったら、これらの薄いほうにできるわよ。それに比べたら、ほら、無料のレンズはかなり厚いから、どうかしらねぇ・・・。まあ、フレームに合わせて周りは削っちゃうから、このままの厚みじゃないけれど、これらの薄いレンズほど薄くはならないわよ。」
しきりに薄いレンズを勧める店員。無料にできるレンズをしげしげとながめているデイジー。
タダだからって、ここまでレンズの質を落とさなくってもいいんじゃない!?純子だったら、どうする?」
「うーん・・・。デイジー、薄いレンズは日本製っていうじゃない。だから、眼鏡が急いで必要って訳じゃなかったら、たぶん日本から送ってもらうと思うな。日本だったら、眼鏡を作ったお店がレンズの度数の記録を残してくれてるし、なにもイギリスで日本製のレンズ買わなくても、もっといいレンズが安く手に入ると思うし。」
デイジーにはなんとも参考にならない意見を言ってしまったけれど、これが私の正直な感想であった。
「そういえば、イギリスで売られてる日本製品ってどれもかなり高いような気がしない?日本製品だったら、やっぱり台湾で買う方がずっと安いと思う。それより『タダだったら作っとかないと損』っていう本来の目的もあるわけだし。それにフレームも小さいの選んだから、ほら、レンズって外側はすごく厚いけど、内側になるにつれて薄くなってるよね。だから仕上がりはもっと薄いような気がする。そう思わない、純子?」

最終的に無料のレンズを選んだ後も、店員は無料であるレンズに、「
『曇りにくくする加工』はどうか?」、「『フレームからはみ出している部分をスムーズにする加工』はどうか?」などあれこれ勧めてくるものの、聞いてみるとすべて有料である。こういった加工や処理は『されていて当たり前』の国、日本。私は、日本の眼鏡店の優れたサービスを再認識せずにはいられなかった。店員から、「好きな色を選んで」といって差し出された簡素な眼鏡ケースの山を前にデイジー、
「これも有料?」
「ああ、これはタダよ。」

眼鏡が数時間後には仕上がるというので、市内でショッピングしながら時間を潰すことに。そして、いよいよ待ちに待った眼鏡とのご対面となった。その眼鏡を手に取った瞬間、青ざめるデイジー。
「ちょっとこのレンズ、フレームの厚みよりかなり厚い。こんなにもはみだしてる…。」
これは近視の度数の問題というより明らかに質の問題で、レンズをより薄くするという数十年来の最新技術がまったく使われてない、まさに
大正時代に活躍したかつての文豪が使っていたかのようなレンズで、レンズそのものは削られて小さくなっているとはいえ、結局どこを削っても厚さがほとんどかわらないような代物だったのである。

デイジーの憤りは眼鏡店を出てからも収まらず、フレームからはみ出しているレンズを見つめながら、
「もう、こんなレンズ、
台湾だったらとっくに製造中止されているわよ一番安いレンズだってここまで厚くないわ。先進国だなんていいながら、こんな代物未だに売ってるようじゃあ、この国も先が短いわね。あぁ…、もうこんなの授業中だけでも恥ずかしくてかけられない…。」
『タダほど高いものはない』という事を、デイジーと共に知った貴重な1日となった。



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