

日本でバレンタイン・デーというと、ボーイフレンド、または憧れている男性に、チョコレートと何かプレゼントでも付けて贈るというのが一般的に認識されている2月最大のイベントである。しかし、ごていねいにも『義理チョコ』などという風習まであるものだから、男性にとっては『いったいいくつもらえるか』なんて、一番気になる季節。一方、贈る立場にある私としては、男性がひそかに期待しているこの『義理チョコ』を渡さない日には、『ケチだ』なんて思われるかもしれないと考えたりして、気が重いイベントでもある。『義理チョコ』を受け取る側も、『ホワイト・デー』などという日本で考案された『義理返し』のような日まで用意されており、女性同様に気が重いに違いないという、個人主義のイギリスでは考えられないとても奇妙なイベントである。
バレンタイン・デーも近くなったある日、イギリス人のケヴィンが私に聞いてきた。
「純子、花束もらえる心当たりあるのか?」
何のことやらさっぱりわからない私。
「はぁ?」
「ほら、もうすぐバレンタインだろう?」
「そうね。でも、残念ながらチョコレートを贈りたいような素敵な人いないしねぇ…。」
すると彼、ニヤニヤ笑いながら、
「あー、かわいそうに・・・。僕の妹、去年2人の男から告白されたんだ。」
妹のことなのに、まるで自分のことのように自慢げなケヴィン。『うぅ…。遥か日本からイギリスに来て、もてないイギリス男にバカにされるとは…。しかし、これはどう考えてもおかしい。もう、悔しいー』

バレンタイン・デーの風習は西洋から来たっていうから、イギリスの女の子達はさぞかし、『憧れている男性や彼氏には気合いを入れて・・・』いるかというと、意外や意外、熱心なのはむしろ男性のほうなのである。驚くべきことにバレンタイン・デーも近づく頃になると、大学内では学生による『バレンタイン花束贈呈代行サービス』なる商売が登場するのである。
バレンタイン当日、ハンサムな男性2人がタキシードに身を包み、赤いバラの花束を手に依頼人である男性の代理として、講義を受けている最中の依頼人の彼女、あるいは思いを抱いている女性のもとに参上。
「この中にルーシーはいますか・・・?」
そして、驚いているルーシーに花束を渡して去っていくのだ。他の女性達からの羨望の眼差しとともに、男子学生達のどよめき。教室内は騒然となり、中年女性教授も講義を一時中断せざるを得ない始末。ルーシー本人はというと、恥ずかしそうにしながらも満更でもない様子。ただ、ハンサムな男性達からの贈り物っていう訳ではないにしても、優越感を感じるはず。
地元ノッティンガムのラジオ局『トレントFM』の人気深夜番組『ミッドナイト・ラブ』でも、この時期にもなるとリスナーから寄せられた愛のメッセージが連日流される。ここでも、女性に負けず劣らず男性も、
「キャサリン、君なしの人生なんて僕には考えられない。君は、僕が今まで出会った女性の中で最も素敵な女性だ。死ぬまで君のことを愛するよ。ディヴィッド。」
など、日本語に翻訳すると女性演歌歌手が歌っているような熱いメッセージがずらり。
他にも、『女の涙』ならぬ『男の涙』の未練組の方たちも。
「1人で寝ているといつも思い出すのはセーラ、君のぬくもり・・・。君は、もう僕の元には帰ってきてくれないってわかっているけど、でも今でも愛しているのは君だけなんだ。マイケル。」
その一方で気丈な女性もおられるようで、
「ロバート、マイ・ダーリン。一緒にバレンタインのお祝いが出来なくて本当に残念・・・。1日も早く『刑務所』から出てきてね。あなたにたくさんのキスと抱擁を。リサ。」
監房にいるロバートはこのラジオを聴いて感涙にむせび、1日も早くシャバに出られる日を夢見ているはず…。
私はノッティンガム大学在学中、バレンタイン・デーに男性から『義理チョコ』をもらうという貴重な体験をした。「チョコレートをもらう相手がいないなら、『義理チョコ』ぐらいは送ってあげる」とJET(『Japan
Exchange & Teaching』の略で、文部省が大学卒業生や卒業見込みの学生を対象に、日本の公立中学校や高校での補助英語教師を募集している制度)の先生として以前日本に滞在していたことがあり、『義理チョコ』のことを知っている友人レイモンドが、ロンドンからチョコレートを送ってくれることになった。
バレンタイン・デー当日の晩には早速、「届いたか?」というレイモンドからの電話を受けたものの、結局何も届かなかった。そこでレイモンドには「きっと、誰かに代わりに食べられちゃったのよ」なんて答えていた。
チョコレートの事も忘れかけたある日、見ず知らずの人から私宛にE-mailが送られてきた。『あなたのチョコレートを預かっているから返したい』という、なんとも奇妙な内容のものであった。
実はそのメールの送り主というのが、私と同じ『Junko』と名前の人で、しかもフラット番号こそ違うものの同じアルビオン・ハウスに住んでいるという日本人女性だった。私のチョコレートを預かっているという奇妙ないきさつを聞いてみると、チョコレートを包んだ小包の宛先にはフラット番号が書かれておらず、差出人の名前や住所等も書かれていなかったことから、バレンタイン・デーの日にアルビオン・ハウスのオフィスに届けられた小包ということで、これはきっと自分のフラットメイトの『Junko』宛てに違いない、と勘違いした彼女のフラットメイトが自分のフラットに持ち帰り、「きっと、あなたに憧れている男性からよ!」と手渡されたのだという。彼女自身も、彼女に憧れている男性からのプレゼントかもしれないと聞いて舞い上がり、包みを開けてしまったのだという。しかし、いざ開けてみるとチョコレートの箱以外にはメッセージ・カードなど何も入っていないことから、改めて宛名を見ると苗字が『Kimura』になっているではないか!そこで初めて、彼女は間違えて受け取ってしまったことに気が付いたのだという。まったく日本のバレンタイン・デーでは起りえないハプニングである。
イギリスではバレンタイン・デーのその日、日本の男性の『チョコレートがもらえない淋しさ』を、イギリスにて『花束やチョコレートがもらえない女性』として体験できる。またこの日、『自分に憧れている女性がいるかもしれない』という日本の男性のほのかな期待を、イギリスでは女性も同じように『自分に憧れている男性がいるかもしれない』と期待するのだ。

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