

どうしてかと言われても説明できないのだが、『ジェントルマン』というとどの国の男性よりもなぜか『イギリス人男性』の方がしっくりくるように感じていた。
イギリスへ留学する以前、私はイギリス人男性に対して比較的良いイメージを描いていた。古きよきイギリス映画に出てくるような、いわゆる『礼儀正しい紳士』からきているのかも知れない。実際、イギリスで勉強するようになるまでイギリス人男性と知り合う機会もなかった。私が英語を教わった男性の英語教師はというと、とても親しみやすく陽気なアメリカ人かオーストラリア人だった。中でもオーストラリア人の英語教師など、自分のズボンをちょこっと下げ、
「純子、これ見てくれよ。ベルサーチのを買ったんだ。」
などと自慢げに自分のパンツを見せては私を困惑させた。『あー、朝から変なの見ちゃったよ、まったくもうやんなっちゃう。イギリス人男性だったらこんなことしないんだろうなぁ、きっと・・・』そう、『イギリス人男性=親切、控えめ、上品』であると勝手に決め込んでいた。まったく完璧な紳士像である。
もちろん、イギリス紳士に出会いたくてイギリス留学を決めた訳ではないのだが、悲しくもイギリス人男性に対する紳士像は、すぐにボロボロと崩れ始めた。
将来の『イギリス人紳士』を担うべきイギリス人男子学生はというと、
「おう、元気か?最近、調子どう?」
などと言いながら、寮の食堂にできた給仕を待つ長蛇の列なんて気にもかけず、前の方に並んでいる顔見知りに声をかけながら、平気で割り込んでいくのである。後ろの長い列などまったく無視しし、自分が割り込んだすぐ後ろにいる人に気を遣う様子すら見られない。彼らと比べると、列の前の方に友人が並んでいても、決して列に割り込むことなく順番通りに並んでいる、10人前後のタイ人男子学生達(彼らはタイにある同じ大学から、ノッティンガムへ交換留学生として来ていた)はとても礼儀正しいのだ。

しかし、こんな些細な日々の出来事が私の『イギリス人紳士説』を神話化させた訳ではない。それは、不幸にもマクロ経済学をG講師から学んだことだった。ツルツル頭の両サイドにはもじゃもじゃと髪が生え、口ひげを蓄え、ビア樽の小さいのがひとつ埋まっているのではと思われるお腹をしたG講師は、まるで漫画に出てくるキャラクターのようであった。
G講師は講義の際、必ずOHP(Overhead Projector:映写機)を使った。しかし、他の講師のようにパソコンで作成し、既に印刷されているワープロ書きのOHT(Overhead
Transparency:映写機用のフィルム)を使用するのと違い、G講師の場合はいつも授業を進めながら、要点やグラフ等をOHTの上に直接水性ペンで書き込んでいくのである。これだと書き損じは免れない。にもかかわらず、G講師はいつも紙やティッシュペーパーを持っておらず、指先で間違った個所を擦り取って消すのだった。
事件は彼がグラフそのものを描き間違えたときに起った。グラフを大きく描きすぎたため、指で消すには範囲が広すぎた。そこで何を思ったのかG講師、いきなりOHTの上に『ツバ』を吐くと、『ツバ』を指で広げながら消し始めた。これにはクラス全員から一斉に、
「うわぁ・・・」
という声が洩れた。白昼の悪夢とはまさしくこのことだ。私が出会ったイギリス人男性の1人として、彼のことは忘れたくてもきっと生涯忘れることはないだろう・・・。
G講師のことで、『イギリスの教育者の中にはとんでもない人がいる』という悪い印象をあたえといけないので付け加えておくと、新しいタイプの『イギリス人紳士』かもしれない(?)教授にも出会った。それが建築学部の教授、ニールである。生粋のイギリス人でありながら、「長い間カリフォルニアに住んでいたから、イギリス人というより国際人だ」と言い張るだけあり、どこか型破りでお洒落、そしてひときわ派手な教授である。JYAとしてノッティンガム大学で勉強し始めた時、内容が面白そうだった『Modern
American Architecture(近代アメリカ建築)』を選択で取り、その単位を教えていたのがニールだった。服装にはこだわるようで、黒のシャツに黒のネクタイ、スーツは白なんていうなんとも派手な出で立ちで教壇に立っていたのが彼だった。そして授業の終わりには、必ずその回に学んだ建築物のテーマに合ったアメリカ音楽を生徒達に聞かせるのである。1年に1回、建築学部と美術史学部が合同で派手なパーティーをホテル等で開いていた。そんなときにはスコットランド衣装を身にまとい、お得意のバグパイプを吹くという余興を演じることもあった。そんなことから、保守的なイギリス人大学関係者達とはどこか一線を画しているようだった。
気さくな性格の彼は、私とラタナ(彼はラタナの指導教官だった)の卒業も決まる頃になると私達をパブや映画に誘ってくれた。サーブの4人乗り用コンヴァーティブルを運転して私達のフラットまでやってくると彼はいつも運転席から一度降り、私達のために車のドアを開けてくれるのだった。
「日本とかタイじゃ、こんなことってVIPでもないと味わえない待遇よねー。」
ラタナと二人、気分は運転手付きのお嬢様。しかも運転手はというと大学教授である。『ジェントルマン』ってまだ絶滅したわけじゃないかもしれません。

イギリス料理 学生酒場 幽霊伝説 ひとつ屋根 各国料理まるかじり
上流階級 タダほど高い ヴァレンタイン・デイ イギリス紳士 選挙大作戦
イギリスで見つけた母 東洋の香り プレゼント 溺れる私 後悔と抑鬱
イギリス版修学旅行 悪夢のフラット生活 スコティシュ・ホスピタリティー