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湘南工科大学

 湘南工科大学(藤沢市辻堂西海岸 1-1-25、旧「相模工業大学」1989年改称)は、1963年に兼子秀夫氏によって設立された工学部単科大学である。
現在は「機械工学科(旧機械システム工学科元機械工学科)」「コンピュータデザイン学科(旧機械デザイン工学科)」「電気電子工学科(旧電気電子メディア工学科、元電気工学科)」「情報工学科」「コンピュータ応用学科(旧システムコミュニケーション工学科)」「人間環境学科(2010設置(旧マテリアル工学科、元材料工学科))」の6学科と大学院(機械工学、電気情報工学、材料工学の各専攻科博士課程)および付属高校を持つ。初代理事長は兼子秀夫氏。かっての理事には、鈴木俊一、八木秀次、小林与三次、湯川スミ(故湯川秀樹博士夫人)の各氏の名前がある。初代学長は六角英通氏。
 1970年代末に佐々木真太郎氏(糸山英太郎理事長の実父)が経営に参画した。
 理事長は、
1981.04 - 1983.12    糸山英太郎氏。1983.12.に辞任、1983.12 - 1984.11 糸山武生氏が理事長代行。
1984.11 - 1996.05    糸山武生氏(英太郎氏の義弟)。
1996.05 - 2000.04    糸山英太郎氏。
2000.04 - 2003.05    松浦昌吾氏(元新日本観光社員)。2000.04 中労委命令が出たため糸山英太郎氏から交代。
2003.05 - 2004.03    糸山英太郎氏。
2004.04.01-2005.05.25  小板橋正光氏(前常務理事、元新日本観光社員)。
2005.05.25-     糸山英太郎氏(理事長・総長(新設、任期なし))。
2007.03.21-     糸山太一朗氏(糸山英太郎氏の長男)、糸山英太郎総長は継続。
 学長は、1981年以来、政務次官を勤めた一時期に「休職」したことはあるが、糸山英太郎氏が続けていた。1981年以後は「学長選出規定」「学長の職務規定」が廃止され、「任期」もなかった。
2004.04.01 梶川武信副学長(解雇事件の人事委員会議長)が理事会で学長に選任された。教授会で選ばれたのでものではない。なお、新しい「学長に関する規定」が作られたようである。
2008.04.01 谷本敏夫学長(解雇事件の人事委員会委員)が誕生した。
2008.05.24 現在、湘南工科大学のホームページ>大学概要>総長メッセージに糸山英太郎氏の文章が掲載されている。

2004.05.25 寄附行為が改正され、任期のない(法人の設置する学校の教育を総括する)「総長」職が設けられ、糸山英太郎氏が就任した。
湘南工科大学のホームページ 

 湘南工科大学教職員組合は、1973年に相模工業大学教職員組合として設立され、東京地区私立大学教職員組合連合(東京私大教連)に加入している。
設立時は組合の組織率は約70%で約100 名、神奈川地労委への「不当労申立」当時は三十数名、現在は二十名以下に減少していると思われる。昇任差別の対象となっていた三名は設立当時からの組合員で、うち一名は設立発起人である。
東京私大教連のホームページ 
大学教員の身分についての山田氏のページ 

 糸山英太郎氏(前湘南工科大学理事長・学長、現総長)は、1942年生まれ今年70才(2012.07.02現在)。新日本観光株式会社社主。新日本観光は主にゴルフ場の経営で知られる。糸山英太郎氏は1974年参議院全国区に当選。当時は選挙違反空前絶後検挙者1,287人(1974.7.29)の「金権選挙の代表」として有名で、他に株式の買い占め等で知られる。1998年には湘南工科大学から名誉博士号を取得。
 糸山元学長は、神奈川地労委での「賃金に関わる就業規則の変更」の不当労働行為(神労委昭和62年(不)第20号事件)の審問中の1988年4月に「学長に対する学内の協力体制は万全ではない」事を理由として、学長の「辞意」を表明した。双方の弁護士を交えた労使協議の結果、組合は同年12月23日に救済申立(62年20号事件)を取り下げ、その日に糸山元学長は「辞意」を撤回した。この「辞意表明」には不明な点が多く、この年の「現代」7月号で報道された「スキャンダル」も関係していたようである(この報道に出てくるA氏がその後大学事務局の管理職になったこともある)。
 大学の教育の特徴として、糸山元学長は「アットホーム教育」を提唱していたが、その内容は明らかではない。「アットホーム教育」は現在も湘南工科大学で行われているとのことである。。
 2002.5月の教授会で「控訴に勝ったら戻ってくる」と「学長職の休職」の意向を表明。教授会は「・・強く慰留すること」および「翻意なされない場合は、復帰されるための環境作りと大学改善に取り組む努力をすること」を全員起立で承認したことにしているが、糸山元学長は休職しなかった。2003年5月には理事長にも復帰したが、東京高裁判決を受けて(?)理事長・学長を、2004.03.31に辞任したことになっていた。
 2004.04 以降、湘南工科大学名誉総長・名誉教授
 2005.05.25 以降「理事長」「総長」。2007.03.21以降「総長」理事。
糸山英太郎オフィシャルホームページ http://www.itoyama.org は現在終了している
 そこでは「湘南工科大学」は「新日本観光」と並んで「糸山organization」の一員だった。 
新日本観光株式会社のHPには、現在も、「湘南工科大学」「湘南工科大学大学院」「湘南工科大学付属高等学校」が「関連会社」として掲載されている。