夏が終わろうとして冷たい風が吹くようになった九月。

 

この学校もついでに冷たくなっていた。

 

『天才は人生を楽しんじゃいけないんだ』

 

誰だったか、もう忘れたがこんな事を言ったやつがいた。

 

いや、架空の人物だったか?

 

まー、架空だろうと実在だろうと世界にはこんな事を言うやつがいたんだ。

 

まるで俺みてぇ。

 

「んー、青春をむさぼってるかい?少年よ」

 

いきなり、背後から声がした。

 

「あぶねぇな、いきなり声かけんなよ」

 

俺は振り向かずに手すりにももたれかけたまま返事をする。

 

どうせ、誰かは分かってる。

 

声で分かったんじゃない、こんな俺に話しかけてくる物好きは一人しかいない。

 

「んんん?修也クン、またえらく無愛想だね」

 

高い声が俺の脳を通過する。

 

ああ、そうだな。

 

それだけ言って俺はまた目の前の風景を眺める。

 

手すりにもたれかかった俺の目の前には学校の運動場と雲がまばらに生えている空が見えていた。

 

屋上からだから、よく見える。

 

一般学生にしちゃ不健康だろう?

 

こんな暇なことをするなんて。

 

「イイカイ?人生ってのは一回しかないんだよ、若いんだからもっとスポーツにでも励んだらどう?」

 

「へ、輪廻転生を批判してるのか?」

 

「う〜ん、ナイス!そうやって変なことを言うのが君のおもしろいところだ!」

 

この馬鹿な女だけだった。

 

俺に近づいてくるのは。

 

「ま、人生の楽しみ方なんて人それぞれだからいいんだけど」

 

そういって加奈子は手すりに座った。

 

そして、加奈子の長い髪が風に揺れた。

 

「うざったい髪なんて切っちまえよ」

 

俺の顔に髪がかかってんだよ。

 

俺はその言葉は引っ込めておいた。

 

「へっへー、別にうざったくないもんねー」

 

そう言って加奈子は長い髪をくるくる手に巻き付ける。

 

俺の顔に髪がかかってんだよ。

 

心の中でその言葉を俺は呟いた。

 

「キミこそ、髪でも伸ばしたらどう?そんな模範生みたいな髪型じゃなくってさ」

 

俺たちは一度も相手の顔を見て話していない。

 

それに相手の名も呼びもしない。

 

こいつはうっとおしいが、そのルールだけは守った。

 

馬鹿にしちゃ、上出来だった。

 

自分の名前は気持ち悪かった。

 

いっそ出席番号とかのコードで呼んでくれ、先生にそう言ったが相手にしてもらえなかった。

 

相手の目は怖かった。

 

なんだか、俺の心を読んでいるような気がして。

 

実際、心理学を応用して心を読んでたのは俺自身だが。

 

「・・・」

 

考え事をしている最中もこいつはひっきりなしにしゃべってくる。

 

俺は返事をしなかった。

 

それについてこいつもどうとも思ってない。

 

「あっ、そうそう。コイツ持ってきたよん」

 

そういって加奈子は自分の白衣の中に手を突っ込みそれを引きずり出した。

 

手に握られていたのは石鹸水がはいったミニペットボトルとストローだった。

 

俺は無言で受け取り、石鹸水を先につけたストローを空に向かって吹いた。

 

ふわり、とシャボン玉が空を舞った。

 

「んん、なかなかでっかいやつをとばすではないか」

 

嬉しそうにシャボン玉をみながら加奈子は言う。

 

「俺は天才だからな」

 

誰も俺には勝てないのさ。

 

昔は自慢していったその言葉を懐かしく思いながらまたストローを吹いた。

 

「天才は賢い、賢いから冒険はしない!」

 

加奈子はまた訳の分からないことを呟く。

 

「愚者は馬鹿、馬鹿だから冒険をする」

 

俺はストローを口にくわえて言ってやる。

 

『天才は人生を楽しんじゃいけないんだ』

 

この言葉がまた空に響いた気がした。

 

「その冒険、ってこのシャボン玉みたいに空を飛ぶことですかな?」

 

加奈子はシャボン玉をちょい、と指で突いた。

 

シャボン玉は空に四散して、霧のように液体が降った。

 

俺は手すりによじ登った。

 

加奈子のように座るためじゃなくって手すりに立つために。

 

「コーユー事」

 

俺は加奈子の頭を見下ろして笑った。

 

アハハハ、と。

 

そして背中から飛び降りた。

 

空でいる間、俺はずっと加奈子の目を見ていた。

 

加奈子は笑って俺をみてた。

 

そして、口を動かした。

 

声を出さずにその口だけを。

 

『バァカ』

 

俺って天才だろう?

 

読唇術までできるんだぜ。

 

やがて、地面が近づいているのが背中の感覚で分かった。

 

ドンッと音がしたかと思ったら俺の意識はかき消えた。

 

 

 

しばらくして、真っ白な部屋で目が覚めた。

 

俺はベッドで寝かされていて、目の前には天井があって隣には加奈子が座っていた。

 

「馬鹿になったら、人生を楽しめるって本当だな」

 

俺は天井に向かってそう呟いた。

 

「バァカ」

 

そして、また俺は眠りについた。