社会人の方で、進学を考えている方々の
参考になれば、と思いHPを開設しました。
なぜ、そのような事を思い立ったかと言えば、
自分が受験をするにあたって、
このような方達の経験談をネット上で読み、
とても励まされたし、参考になったからです。
1998.3 某私立大学工学部卒業 1998.4 就職 1999.11 転職 2000.6 結婚 2001.秋 某私立大学大学院受験(電気工学専攻) 2002.春 大学院入学(予定)
大学時代は、良くいるタイプの普通の大学生だったと思います。
授業は興味のあるものだけ熱心に聞いて勉強したが、それ以外は
適当に済ませ、バイト、合コン、遊び、に勤しんでいました。
この頃から、それまでのように、クラスのみんなで一緒に同じ授業を受ける
形態ではなく、分野別にコースが別れ、各自が自分で興味のあるコース
へ進んでいく事になります。この時に、認知心理学という学問に出会い、
始めて勉強が楽しいと感じ始めました。
勉強がおもしろい、と感じていたので、研究室配属後も
とても楽しい時間を過ごしました。
自分なりに勉強をしたつもりでしたが、最近読み直した
自分の卒論は、どこかに埋めてしまいたいほど稚拙でした、、、。
あれで勉強した気になっていたなんて、本当に恥ずかしい、、。
また、4年になると同時に、就職活動も本格的に始まりました。
当時、業績の伸び始めていた通信業界に関心を持ち、独立系の
通信専門のソフトウエア会社に就職を決意しました。
しかし、本当は大学院に行って、もう少し専門性を身に付けたいと
密かに希望をしていたのも事実です。
ただ、当時は自分の能力がどの程度なのか、大学院に進むほど
能力があるのか、そういった事に今よりも自信がもてなかった。
プラス、父親の賛成も得られなかった事などがあり、就職の道を
選択しました。
当然のように大学院に進学していく高校時代の友人達をみて、
とても羨ましかった、、、。当時学生だった私にとって、
自分が尊敬すべき両親の反対と言うのはとても大きなものだったのです。
とりあえず、希望していた会社に入社する事ができたのですが、
今思っても、最低の1年間を過ごしました。この1年間以上に
無駄なものは、私の人生においてもう2度と無いだろう、と確信しています。
本論から外れるので、社会人1年目の感想はこの程度にしておきます。(^^;
始めてまとまな開発の仕事を担当しました。
グループ通信何とか、と言うような名前の業務でした。
某県内の教育機関(小・中学校)に導入するシステムでした。
インターネットを利用したコンテンツ配信システムの構築を
行い、頭が痛くなりました。
今思うと、この頃の私の仕事のやり方は、とても生ぬるいものでした。
この頃、少しずつ自分の将来について考え始めました。
結婚、仕事、また女であるので、結婚後の生活(育児や家事)など。
ふと気がついたのですが、自分の会社には、30代の女性がいないのです。
そして、事務職以外で産休を取っている人もいないのです。
結婚すると、例外なく女性は辞めていく。そして、男性の意見。
『○○部に妊婦がいるらしい。そこまでして会社に来るなよ。じゃまだ。』
上記のような経験もあり、自分の将来像についていろいろと
考え始めました。
まず、思い浮かんだのが、大学院進学。しかし、この時も結局
この道を選びませんでした。なぜなら、近いうちに結婚する事
が決まっていたからです。
結婚後も仕事を続けて行きたいと思っていたので、今度は女性と
男性の比率が極端に偏っていない企業に入ろうと思っていました。
自分は大学時代に統計学も勉強していたので、その知識を生かせる
業界で仕事を探しました。
がむしゃらに働きました。異業種への転職だったので、
他の人に追いつきたい一心でした。
何本かプロジェクトをこなし、仕事のやり方にも
段々余裕が出てきた時期でした。
この頃から、自分の勉強を進めたい気持ちが徐々に強まり始めました。
幸運にも、私の会社は、結果さえちゃんと出していれば、
うるさい事を言わない会社だったので、
某国立大学の科目等履修生になり、仕事の合間に授業を聞きに行きました。
たった週1日でしたが、とてもおもしろかった。
夏に前期の試験を受け、『優』を取る事ができました。
こうなって来ると、ますます勉強が面白く感じられるものです。
上司に相談して、後期も引き続き授業を続ける事にしました。
また、それと平行して大学院の受験を真剣に考え始める様になりました。
自分の大学の先輩や先生等にお話を伺いに行ったりし始めたのも、この頃です。
大学の授業だけでなく、本やネット、講演会などを利用して、
積極的に勉強を始めました。そして、行き着いた結論が、
院試受験でした。母校の秋の院試を目指して、勉強をスタートさせました。
この頃は、まだ会社には秘密にしていました。親にも友達にも秘密でした。
(落ちたら恥ずかしいから。)
もっぱら土日をメインに勉強していましたが、
早く帰れた日は、平日も勉強しました。
飲み会、両親のお誘い等、仕事&勉強以外の全てをキャンセルしました。
当時、私の親には「冷たい娘だ、、。」と思われていた事でしょう。
本気で勉強しないとまずい、という焦りから、
英会話の勉強はこの時期に終了させ、院試対策一本に絞りました。
しかし、それと同時期に、会社の業務がはまり始めます。
最初は終電帰宅だったのが、ついにタクシーになり、
ひどい時は、朝5時に家に帰って、また9時に家を出る生活になりました。
お休みも、月2日〜3日くらいに減りました。
でも、大学だけは欠席無しで続けました。
もちろん、授業の後は会社に戻って業務を行いました。
この頃、不思議と疲れは感じなかったです。
仕事も勉強も、両方とも面白くて仕方がない感じでした。
ここで、意外だったのは、仕事も楽しく感じている事でした。
勉強を始めたら、仕事がつまらなくなってしまうのでは、、?
と漠然と感じていたので、自分の中での新しい発見でした。
いよいよ院試の受験日です。 かなり緊張しました。特に面接。 面接では、自分の学びたい勉強と、仕事内容が乖離している点について とても長く質問されました。はた目には乖離していても、自分の中では 繋がっている事を、一生懸命説明しました。
そして、なんとか無事合格。
修士課程1年目。
大学院週3日、会社週2日という事で、学生生活をスタートさせる予定です。
社会人入試なので、口頭試問(20分程度)+小論文(90分) でした。
一番迷惑をかけたのは、やっぱりだんなさんだと思う。
ほんと、ごめんなさい、、って感じでした。
それと、無理を聞いてくれた会社の上司や、
私の話(足りない知識で訴えた)を、真剣に聞いてくれた
研究室の先生や、相談に乗ってくれた学生時代の恩師にも、
本当に感謝している。
この人達に出会えた事で、私は今回の転帰を迎える事
ができたような気がします。いろいろな意味で良い経験を
したと思っている。今となっては、大学からそのまま進学しないで、
よかったな、と思っている。