こめんと
・「前向き」という言葉があります。
この言葉が私はあまり好きではありません。
・「後ろ向き」という言葉は、否定的な意味合いがあります。
きっと、よくないことなのでしょう。
・世の中にはいろんな意見があります。
どれが正しいのでしょうか?
どれが間違っているのでしょうか?
・学校生活は、ずっと正解を探すことに費やされてきました。
正解が必ずあると信じ、それを探し出すことに費やされてきました。
・事実はひとつです。だからそれが正解です。ともいえます。
しかし、過去の事実は必ず判明するわけではありません
芥川竜之介の小説「藪の中」にあるように、
所詮わからないまま終わることもおおいのです。
・世の中は、意見の分かれることだらけです。
何でこんなに意見が分かれるのでしょうか?
立派な教育を受け、識見ともに優れていると思われる人たち
すなわち、政治家の方々がなんであんなに意見が割れるのでしょうか?
・すべてがわかっても、解決できない問題はあります。
しかし、すべてがわからないばかりに、解決できない問題もあります。
そして、神ならぬ人間にはすべてはわかりません。
・すべてがわかっていても、解決できないものがあるのですから、
すべてがわかっても意見の違いは存在します。
まして、
わからないことだらけの状態での、意見の違いというのは
悲劇的です。
「original sin」原罪とはこのことかもしれません。
人間が知ることの出来ることは
自分が何も知らないということを自覚すること
なのかも知れません。
有名なプラトンの「ソクラテスの弁明」の一節です。
「神様は私が一番知恵のある人間だと言ったとき、何を言おうとして
いたのでしょうか。しかし神様なのですから、嘘をつくことはありえ
ません。嘘をつくことは神の本性に反するからです。長いこと考え抜
いた末に、私は質問をしてみるという方法を思いつきました。もし私
より知恵のある人を見つけ出せれば、反証をもって神様のところへ行
こうと考えたのです。神様に「ここに私よりも知恵のある人間がいま
す。神様は私が一番知恵があるといったのに。」と言うつもりだった
のです。こうして私は知恵で評判の人のところへ行き、その人を子細
に眺めたのです。その人の名をあげる必要はないでしょう。私が検証
に選んだのは政治家でした。そして結果は次のようなものでした。こ
の人は多くの人から知恵があると思われ、自分ではずっと賢いと思っ
ていたのでしたが、それにもかかわらず、私はこの人と話し始めると、
ほんとうはこの人は賢くはないと考えざるをえなくなりました。それ
で、私はその人に、自分では賢いと思っているが、ほんとうは賢くな
いのだと、説明しようとしました。その結果、その人は私のことを憎
むようになり、そこに同席し私のことを聞いていた数名の人も同じ憎
しみを抱いたのです。そうして私はその人のもとを去ったのですが、
立ち去りながら、こう一人ごちしました。さて、私たちのどちらかが
ほんとうに美しく善なるものを知っているとは思えないが、私のほう
が彼よりはまだましである。というのは、彼は何にも知らないのに知
っていると思っているが、私は何も知らないが知っているとも思って
いないのだからと。この後の方の点で、私はその人より少しばかり優
れていると思えるのです。それから、もっとずっと知恵者を自負する
人のところへ行きましたが、結果は全く同じでした。それ以来、私は
その人とその大勢の取り巻きの敵の一人となったのです。
(永江良一 訳)
講師