JAN 04

1/26/04 Mon TOKYO

 初の筆記試験。しかも2回目の1人TOKYOっす。昨日ゼミ内の小田原出身の仲間からどうやってJR線から小田急線に乗り換えるかとか値段とか聞いてみて、小田原からは小田急線で行きました。そうすると新宿まで3800円でと結構安い。ってことは小田原まで学割使っていけばもうちょい安くなるのかな?結構いいかも。今後のこと考えてもきっと東京を往復することになるだろうからできるだけ節約。正直、東京に就職するかは今イロイロと悩んでますがね…ただ、自分ってどこまでいけるのかなってまず会社受けて感じてみたいってことがある。色んな職業の方々と話す機会ってすごい大切じゃないかな。刺激受けながら僕はステップアップしていくタイプなんで。

 さて、話を戻しましょう。無事新宿に到着。中央線を使って秋葉原、山手線に乗り換えて新橋へ。秋葉原で「デキル学生」を装った人を見かけ、きっとこの人も同じところに受けにいくに違いないとその人の後についていったが、上野方面へ行ってしまう。途中まで行きかけ、「このままでいいのかなぁ。」と思い、東京方面へ行く。よかった。あのまま行ってたら危うく山手線一周ですよ。やっぱりGoing my wayですね。意味違うがな。

 で、筆記テスト。今までSPIやその他の問題をペラペラとめくったことはあるもののしっかり解いたことが無く、少し心配になる。試験開始後、一瞬でそんな必要はないと確信。だって、問題超論理的っす。試験内容をしっかりここには書かないけど、かなり難易度高。でもちょっと面白かった。ゼミや統計の授業でやる仮説とか逆説とかでそれを裏付けるもの、弱点となるものを見つけたりする。一番論理的なものを選ぶ。案の定時間足りない…で、Section2へ進むが、これもやはり論理的…試験対策してなくてよかった。きっとしっかりやってたら全然違うことに焦っていたと思う。むしろ、やらなかったから逆にリラックスして受けれたかな。

 まぁ、出来はともかく一応やることはやったかな。これで落ちたらこの会社とは縁がなかったということ。仕方ないね。まだ就活は始まったばっかり。気合入れてきまっせ。気軽にきばります。

 その後、ま○とと新橋で会って新宿で飯食う。開拓することも無く、どこにでもある焼肉屋。不思議と僕らが一緒に行くとき、世間はBSEで騒いでます。僕らアンチBSE。肉食っても生き延びてやるよっ!みんな敏感になりすぎよね。これも日本のミーハー文化の一つですかね。どこから来てるんだろ。原始時代?江戸時代?責任者出て来い。

 とりあえず、どうやら僕も喉をやられて風邪予備軍。二軍ですね。でも一軍にはならないようにここからは引退したいっす。あぁ〜脳みそ溶けてきた。東京ってやっぱでかいなぁ。こんなことあんなこといっぱいあるよねぇ〜♪

1/20/04 Tue オレンジ

 久しぶりです。いやぁ、長くメール書いてなかったっす。2日の日からなにも書いてなかったからね。今読み返してみるとこっぱづかしいっすね。いや、こう見えてもそれなりにショックは受けていたのよ。まぁ、いいじゃない。もう落ち着きました。いちばんにメールをくれたまことに対して涙が出そうになりました。他にもほっしー、ひさし、ゆりこもありがとうね。うれしかった。ほぼ更新をしないこの日記の反応してくれることはもちろん、それ以上に君達の優しさを感じることができました。もう、大丈夫っす。

 さて、話は変わり題名について。最近よく聞きます。やっぱええわぁ。ずっとパンクばっかり聴いたりしてた後にこの曲聴くと寂しい中に温かさ感じます。いつ出たかはよく知らないけど、俺が始めて聴いたのは2年くらい前。この曲と出会うことができてよかったなぁ。この曲教えてくれた人にも今となってはほんとに感謝!ぜひみんなの好きな曲教えてください。オレンジの後に東京プリンの「合コン哀歌」を熱唱してました。そりゃないぜぇー♪

1/2/04 Fri Only ワン

 どうも。ぼくの名前はジロー。Tsuyoの家に住む犬です。明けましておめでとう。いや、今年もいい年になるといいね。そう願っているよ。

 なんで僕が話しているかって?そうね。不思議だよね。結論から言うと僕昨日、死んじゃったんだよね。元旦そうそうやっちゃいました。最近ずっと調子悪くて家族のみんなも心配してたんだけどね。自転車のサドルのしたにはまって自分では身動きできないくらい弱ってたし、最近じゃ吐血もしてたしカラスにも突っつかれるし。やだやだ。

 お昼くらいにからだがぴくぴくし始めて、みんなが僕を見始めたんだ。Tsuyoがまず気づいてその後、父ちゃん、母ちゃんが来て一緒に見てくれていた。でも、僕はまだ死にたくなかった。何でかっていうと一番仲の良かった兄ちゃんがまだ来ていなかったから。だから僕我慢したよ。そして兄ちゃん車で到着。遅いよ、苦しいじゃん。でも、最後に見えた。兄ちゃんの顔見えた。みんなの顔も見える…もういいかなって思ったよ。

 痛み・苦しみからの解放。ぼろぼろで強張った体は「死」と引き換えに和らいでいったよ。体温を失いながら…そして地球にもどっていきます。みんなもいつかそうなるよ。早かれ遅かれ。

 僕が生きた期間はおよそ18年間。Tsuyoがまだ4歳の時だったかな。小さなダンボールに入ってきた僕を興味津々で見ていたのを覚えているよ。それから小学校、中学校、高校、大学すべて家から通っていたからあいつの人生の大半を共にしているんだ。去年はアメリカにいて、ちょっと会えなかったけどそれ以外は本当に一緒だった。

 あいつは僕が死んで物置に保管されているときもちょくちょく見に来たんだ。寝ているのを邪魔するんだよね。今日の朝も最後に見に来ていたなぁ。いいんだけどね、別に。

 長かったなぁ、18年。とうとうこの家ともおさらば。僕がいた裏口をまだみんなクセでのぞいているけどもういないよ。お先に失礼。あ、そうそう。これからもTsuyoをよろしくね。もう僕は表立ってあいつを支えてあげることできないから…

 それじゃ、さよなら。