著者の気に入っているもの
私の知っているロボットの中にrobovie(ロボビー)がいる。このロボットはコミュニケーション型である。

ロボビーの特徴
1.言葉を入力すると返事が返ってくる。
2.感情をあらわすことが出来る。
3.車輪で動くことが出来る。
4.バッテリーが無くなると「おなかすいた」と言う。
5.声を出すことができる。
6.握手ができる。
改良していくことでもっといろいろなことが実行可能となるようだが、人間らしいしぐさは無くとも愛嬌はある。ロボットを作る、というより育てると言ったような感覚になってきているのではないだろうか。これからロボットと人が日常生活の中で、より身近になっていくことは間違いない。人間以外のチンパンジーのような賢い知能を持ったロボットを作って十分に共存できるようになっていって欲しい。
著者の考え
ロボットは心を持つのだろうか?
この議論に関しては否定的な見方が多い。
その一つの理由としてロボットが心を持つことに意味があるかと言う所から始まる。
単に工場等で動いている産業用ロボットには心を持ったところで何か効率が良くなるわけでもないし、単純作業であるのだから同じ動作をひたすら繰り返すことが重要なんだとある人はいう。
ではそのような場所ではなく、介護ロボットのようなロボットについてはどうだろうか。 人はロボットを見たときそれが人に近い形であればあるほど親しみを感じる。人の手や足の形をしていればあたかもそれが人の 話すようになるとさらに人らしくなる。音声技術の進歩により人の声の周波数と類似した波形を作り出すことで、音声を出す事が出来る。 考え出すようになるともっと人らしくなる。ロボットが人からの何かしらの問いに答えることが出来たならますます親しみを感じるであろう。
例えば…
明日の天気予報を調べてくれる。
今日の夕御飯のメニューを考えてくれる。
さらには御飯を作ってくれる。
自分のデスクワークを手伝ってくれる。
上司のグチを聞いてくれる。
犬のように自分の主人になつく。
疲れていたら慰めの言葉をかけてくれる。
そんなロボットが作れたならなんとうれしいことではないだろうか? このようなことを考えると、もうマンガの世界でしかないものかと考えがちであるが、不可能なことではない。 そのようにプログラムを組み、ハードウエアを命令通りに動かせるよう設計できればそのようにすることは可能である。 問題はそれではたして心を持つロボットと言えるかということである。 そもそもプログラムというものは人が組むものである。命令するのも当然人である。「ロボット」は奴隷と言う意味であるが、ここではただプログラムに従うだけのロボットでしかない。 自分からこれがしたい、あれがしたいと言うわけではない。 人のようにはロボットには欲がないのである。 心を持つロボットは作る必要があるのかと否定的に考える人もいるが私はそうではない。
人生のパートナーとなる心を持つロボット作りに私は挑戦していきたい。