テロの当日私は...

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これはすべて実話です 

事件当日

私のホームステイ先はマンハッタンから北西に行ったロンクアイランドというところでした。いつもと同じように朝8時に家を出て9時に学校に着いた。授業を受けていたところ、ある一人の事務係の人が教室に入ってきました。そしてあわてた様子で私達に、「信じられないことが起こった!みんな学校の外に出ないで待機してくれ!」ということだった。
  何が起こったのか訳がわからず困っていると、そこへクラスメートの一人が遅れてやってきて、「ツインタワー(世界貿易センター)からすごい煙を巻き上げて燃えている!今にも崩れてしまいそうだ」と必死な顔をして話し掛けてきたのせす。

ようやく事態を把握した私達は、あんな東京タワーよりもデカイ建物が崩れてしまうなんてとてもじゃないけど信じられなかった。だからその時は、消化活動で火は消し止められるだろうと私は思っていた。しかしそんな予想とは裏腹に、崩れてしまったと言う連絡があった。
  私には当時その学校で知り合った友達がその建物のわずか300メートルほどの近くにあるもう一つの学校で授業を受けていたので、友達のことが心配でならなくて、とても落ち着いていられる状態ではありませんでした。

そのような状況の中、当然交通手段はストップし、町中にはサイレンが鳴り響いていました。人々は嘆き悲しみ、そのあまりに悲惨な光景にただ呆然とするだけでした。

その友達はまさに被害に会ったうちの一人だと言うのです。その学校に行くには地下鉄でワールドトレードセンター駅という場所から来るのですが、8時45分に突入したときは地下鉄の中にいたと言うことです。そこから地上に上がると破片が空から降って来て当たりそうになり、できるだけその場所から離れようと必死で走ったそうです。そのような状況の中にいるとは知らず、ただ無事を願うばかりでした。

そうしているうちに数時間が過ぎ、不安でたまらなく思っていたその時、友達がやってきたのです。「周りを見れば人が走っていて、見てみると貿易センターに恐ろしい程の火が...わけがわからず、とにかくその場から無我夢中で走ってきたわ。危なかった...」と事態の深刻さを改めて感じました。
もう、この夜はほとんど寝れませんでした。

 

 

事件翌日 

昨日の事件があってか、町中その事件の話題でいっぱいでした。テレビ、新聞などを見ると昨日のすごさを改めて感じました。そして不安な気持ちのままとにかく学校に行きました。すると今度は学校に爆弾がしかけられたと言う情報が入ったのです。そしてそこから急いでいっせいに避難することになりました。結局その情報はデマだったのですが、前日に信じられないようなことが起こっていたので嘘の情報だとは思えませんでした。私の友達の一人が、「もしまたテロが起きれば日本にしばらく帰れないかもしれない。ひょっとして戦争がおこったらどうなるか...」と言いました。

そういったことを考えていた当時の私は迫りくる恐怖を必死でこらえているというような状況でした。
 

そして、NYを出発する予定の土曜かやってきました。事件発生後から空港が閉鎖された状態で前日までほとんど飛行機も飛んでいない状態だったのでおそらく日本に帰れないだろうと思っていました。 しかし運良く帰ろうとする日から普通通り再開されるということで予定通り日本へ帰ってくることが出来ました。

今振り返ると 

たった3週間でとてつもないほどいろいろな経験をしました。楽しいことも怖いことも...しかし、いろいろとアメリカの文化に触れることができ、価値ある時間を過ごすことができました。日本にいては感じられないさまざまなこと、とくにこのテロの事件は衝撃的な記憶として残っています。この事件に被害を受けた方々、亡くなられた方々にご冥福をお祈りします。

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