日中友好協会からの依頼で、機関紙『日本と中国』(2003年7月5日付)に書いたものです。(2003年6月26日)


日中首脳、サンクトぺテルブルグ会談で新たな関係スタート。
忘れてならない大事な議論。


 小泉首相と胡錦濤国家主席の初めての首脳会談となったサンクトぺテルブルグ会談で、胡主席が過去の首脳会談に比べ柔軟な姿勢を示したことで、日本国内には、ここ数年来ギクシャクした関係を続けてきた日中関係改善への期待が高まっている。清新な中国の第4世代の指導者に対する期待は私(高井)も同様であるが、同時に大事な論議が忘れられている感じがしてならない。

 日本側の一般的な報道によれば、会談の冒頭、胡主席は中国のSARS対策に対する日本の支援に感謝を表明し、さらに北朝鮮の核、拉致問題について平和的かつ包括的な解決に向け対話を継続することで一致、これまで日中間の関係をギクシャクさせてきた小泉首相の靖国参拝についても胡主席は論及しなかった。また相互訪問の実施でも合意した。

 したがって「SARSと北朝鮮問題が図らずも日中関係の雪解けに一役買うことになり、新しい関係を築く第一歩となった」(テレビ朝日ホームページ)との評価を与えている。

 こうした評価の裏には、歴史問題を繰り返し強調し、「嫌中感情」などという言葉まで生み出した江沢民時代の対日政策との違いを際立たせようという狙いもあるようだ。

 だが、中国側の報道を見れば、胡主席も江沢民前主席が強調した「歴史を鑑とし、未来に目を向ける」という故周恩来首相以来の表現もきちんと表明している。合わせて「日中共同声明」「中日平和友好条約」「中日共同宣言」の原則と精神を守らなければならないとも述べている。

 もっとも胡主席は「戦略的に高度かつ長期的な視点に立って両国関係を取り扱い、関係発展の方向を捉え、歴史のチャンスをつかみ、長期的に安定した善隣友好と互恵協力を一層発展させていこう」と、未来志向も付け加えることを忘れなかった。そこに胡主席の対日政策に大きな期待が寄せられる理由がある。

 だが、一国の外交が指導者の交代でそう簡単に実現するのだろうか。ましてや日本のマスコミはついこの間までこぞって胡錦濤体制になっても“江沢民院政”が続くと予測したのではなかったか。

 ここ数年来の日中関係を丹念に振り返ってみれば、実は朱鎔基前首相(2000年)あたりから対日政策は転換していることがわかる。江沢民前主席も昨年九月の国交正常化30周年の祝賀会で「中日友好の大局を重んじ、現実を重視し、未来を見つめ、中日関係を絶えず発展させよう」と呼びかけている。江前主席のイメージが強すぎ、胡主席の登場までその転換に気づかなかっただけなのだ。

 必要なのは、対日政策転換の意味を日本側がきちんと評価しておくことだ。テレビ朝日のホームページが言うような「SARSや北朝鮮問題が一役買った」のではなく、そうした問題も含め、グローバル化が進行する中で、政治的にも、経済的にも、外交的にも、日中関係の重要性が一段と高まっていることを中国側がはっきり認識し、その大局に立って、日中関係の改善に努めているのである。

 私は昨年、何度か訪中し、中国側の友人と意見を交換したが、そうした中国側の変化をひしひしと感じた。

 例えば、中国が日本や韓国との経済圏設立構想を提唱し始めたのもその一つだ。ところが、日本国内の内向きな評論家たちは、東南アジアや韓国をめぐる日中間の綱引きに結び付けてしまう。そもそもこうした経済圏構想は小渕首相時代、日本が中国などに対し提唱してきたことなのだ。

 残念ながら、この間、日本国内には小泉首相の靖国参拝をはじめ、中国側を刺激し挑発するような動きが相次ぎ、改善のきっかけをつかめないまま、小泉―胡会談を迎えたのである。日本経済の国際社会での地位低下と中国の上昇は、日本の自信喪失にまで繋がっている。

 中国側の対日政策の転換に対する理解と並んで、もう一つ重要なのは歴史認識の問題である。今回、靖国問題について、胡主席が論及しなかったからといって、今後首相の参拝を容認するものでは全くない。最初の会談から靖国を論じれば話し合いの雰囲気が壊れると判断したからだろう。中国側の報道を見ればわかるように、胡主席は未来志向を語ったからといって、歴史問題に触れなかったわけではない。これは両国関係の基盤の問題である。

 靖国には直接論及しなかったが、「新世紀の両国関係を深めるため歴史と教訓から学ぶべきだ。相手の国民感情を傷つけてはならない」と釘を指している。これで靖国は問題にならなくなったなどと考えるのは危険だ。

 この点に関連して触れておくと、最近、過剰な民族主義的感情に基づく対日反応を戒めた人民日報評論員の馬立誠氏の評論や、アメリカに対抗するために中日接近政策を訴えた中国人民大学の時殷弘教授の論文が日本で高く評価され、胡主席の対日政策の転換と関連付けて議論される向きがある。

 二人の議論は私も大いに評価している。その議論が対日関係の重要性を訴えているという意味では、対日政策の転換と大いに関係がある。だが、彼らとて歴史問題を棚上げにしろといっているわけではない。日中関係の重要性に鑑み、歴史問題を冷静に処理すべきだと言っているに過ぎない。

 それどころか、中国国内ではそうした二人の主張に対して、「日本に媚びる議論だ」と反発が強い。人民日報の強国論壇などのようなインターネット書き込みページでの反日派の声だけでなく、一般庶民の感情でもある。

 もちろんそうした感情が正当な対日認識がどうかは議論がある。長年の誤った対日政策の産物であっても、現実にそれが存在していて、中国当局も無視することはできない。

 馬評論員や時教授の議論と胡主席の対応を合わせ、中国側の歴史問題に対する姿勢が変わったなどと判断するのは誤解である。

 歴史問題に関する日中間のわだかまりの解消には、日中双方の努力が必要であり、まだまだ時間のかかる問題だ。少なくとも中国側の一方的な転換などあり得ない。

 日本側も日中共同声明で明言しているように、過去の侵略の歴史について、引き続き明確な反省の意志を保持していない限り、未来志向など訴える資格のないことをわきまえておくべきだろう。

 さて、中国の対日政策の転換がどの時期であったかの議論は別として、小泉−胡会談がいい雰囲気を作ったことは紛れもない事実である。この雰囲気をどう定着させ、日中関係を安定、発展させていくかが重要である。

 そのためには、中国側の対日政策の転換の背景をよく理解しておく必要があるだろう。

 それ以上に重要なことは、日本自身が、今度の東アジアにおいて、一段と大国化の動きを強める中国との関係をどう構築するかという点について、長期的な観点から検討することだろう。北朝鮮問題にしても、日本経済の今後を考えるにしても、中国を抜きにして考えることはできない。厳しい対中政策を掲げて登場したブッシュ政権ですら、北朝鮮問題で、中国と協調して、問題の解決に動いている。

 中国との協調は、一部の内向きな政治家や評論家が指摘するような土下座外交ではない。国際社会における中国の地位や東アジアにおける日本と中国の関係を考えれば当然のことである。中国側に問題があれば、その都度指摘すればいいことである。中国はすでに対話できるパートナーとなっている。対話できないのは日本側に長期的な戦略がないからだ。国交正常化を実現させた田中、大平両元首相の視野の広さを思い起こしたらよい。

 例えば、1979年、対中ODA供与に踏み切った時、大平首相(当時)が北京で行った演説を読んでみよう(注1)。中国を国際社会の場にいざない、国際社会での責任を果たしてもらうべく、この25年間、中国の改革・開放政策推進に日本が協力してきたことにきっと誇りを感じるはずだ。

 日中関係の改善は両国にとって利益であり、またグローバル化のプラス面を反映したものでもある。



(注1)「今日、世界の各国が当面している問題は、ただ一国をもってして解決のできるものではなくなりました。今日の国際社会は深く相互に依存しなければ存立し得ない時代に入っているのであります」「今回、中国首脳各位との会談を通じ、中国が国際場裏においても、国際社会の平和と安定のため一層積極的な役割を果たそうとする用意を示されつつあることをうかがいました」「世界の国々が貴国の近代化政策を祝福すべきものとして受けとめているのは、この政策に国際協調の心棒が通っており、より豊かな中国の出現がよりよき世界に繋がるとの期待が持てるからに他なりません」


(北海道大学大学院国際広報メディア研究科教授 高井潔司)