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大学を卒業してから、ここ最近までの近況をお知らせします。

| 卒業式の2日後、研究生の願書を提出するため、大学に訪れた際、図書館前の駐輪場にて原付のスタンドを側溝の網に引っかけ転倒し、左足首を剥離骨折する。その時は、骨折していると分からず、足を引きずりながら、提出用の写真を撮り、佐野先生のサインをもらいに行きました。提出を済ませ、もう一度研究室にお邪魔した際、腫れ方がひどいことに気づき、先生の車に乗せられて、貝ヶ森の病院に行き、骨折していると診断されました。骨折しているとは思っていなかっただけにギブスをすると決まったときは、はじめてのギブスということもあり、ワクワクした反面、これからどうしようということが頭をよぎりました。その後、先生と南吉成にあるラーメン屋に行ったのを覚えています。それから、実家に電話し、骨折したことを告げました。当面の移動手段のこともあり、母親が仙台まで出てきてくれ、一端実家に帰っていました。幸い、骨折したのは左足ということと、オートマの車だったこともあり、通院など車を借りて移動していました。 | ![]() |
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この頃は3月下旬で、3月いっぱいで契約完了のためアパートの引っ越しが迫っていました。できるところまでは、自分で荷造りをしたり、片足でピョコピョコ跳ねながら、車まで運んで下ろしたりしていました。たまにバランスを崩して骨折した方の足をついたりして、何度も激痛を走らせていたことを覚えています。冷蔵庫など重いものは、友達に頼み込んで運んでもらったものでした。「感謝、感謝」です。 |
| 骨折期間中頭を悩ませていたのは、風呂に入る時とその後の痒さでした。風呂に入るときは仙台市のゴミ袋に膝まで入れ、水が入らないように輪ゴムで縛ってシャワーを浴びていました。それでも、水は入ってくるもので、タオルを巻き付けその上から輪ゴムで縛っていたものです。たまに水が入ってしまい、ギブスが濡れてしまうと、後から痒くなってしまい、それはそれは、痒くてジッとしていられないものでした。その時は、アルコールやシーブリーズを浸したり、それでもダメなときは、定規を隙間から入れてやり、かいたりしていました。 |
| 腫れた部分が退いていないギブスをした当初は、何となく圧迫された感じが続き重苦しい感じがしていました。しだいに、腫れが退き、時間がたつに連れ、ギブスと自分の足との隙間が大きくなってきていました。周囲の人にギブスの部分が痩せ細るからと言われていた通りに、筋肉が痩せ落ちていました。また、足の甲にギブスの縁の部分があたって、その部分が打撲をしたときのように紫色に変色していました。 |
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当然ながら、松葉杖の生活です。はじめは調子よく使えていたのですが、時間がたつにつれ、脇のしたの松葉杖のあたる部分が赤くなり、次第にひりひりしてきました。また、手の平にも靴擦れのように、水脹れができ、その後落ち着き始めるとマメのように堅くなってきました。 |
| 骨折期間中も、青森県の八戸市で月1回行っている、先生の活動に同行していました。少し早く到着し、時間まで蕪島で過ごす機会があり、松葉杖をつきながら蕪島の階段を登ったものでした。 |
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約1ヶ月が経過し、いよいよギブスを外す時がきました。電動のグラインダーのようなもので、堅いギブスに切れ目を入れていきます。手先が誤って足にキズが付くのではと思っていましたが、ギブスと足に隙間ができていることと、足に触れている部分には包帯と脱脂綿のようなものが巻かれており、心配とは裏腹に綺麗にギブスの堅い部分だけに切れ込みを入れ、外していました。ギブスの外された足は見事に痩せ細り、しわが増え、年を取った感じがしました。綺麗な話ではないですが、所々垢が貯まっており、白っぽくなっていました。アパートに帰って速攻で、風呂に入り、垢を落としたのはいうまでもありません。 | ![]() |
| ここで、自分の予想を裏切られる事がありました。ギブスが外れれば走ることはできなくても自由に歩き回れるぐらいに、考えていましたが、結果は地面に足を付くこともままならない状態で、その後もしばらくは松葉杖の離せない生活が続きました。長い間ギブスで固定されていた為か、間接が硬直しているという印象でした。風呂に入る都度、患部をマッサージし、間接をゆっくり伸ばしたり、折り曲げたりとリハビリをしていました。この頃は車もあったせいか、湯治と称して、ちょくちょく温泉に行っていました。客の少ない時間帯を選んでいき、湯船に左足だけ浸して、風呂の縁で寝ころんで時間を過ごしていました。よく行っていたのが、蔵王町にある遠刈田温泉です。行くところはほぼ決まっており、共同風呂と名前が出てきませんが保養センターの外来入浴をよく利用していました。 | ![]() |
| リハビリを重ねるにつれ、ぎこちないながらも松葉杖なしで歩けるようになる頃、足首を固定してくれる靴が楽だとわかり、頻繁にワークブーツを履いて出かけていました。もとより機能性が高いもので、芸能人もはいているなどファッション性も高いなど気に入っていたものでしたが、病み上がりの体にも優しいことに気づいたのは、まさに「怪我の功名」でした。 |