第23章 全面戦争

 

2年7組8番 岡田 要

 

T,はじめに

 

 第一次世界大戦や、第二次世界大戦といった大戦争を含めて、20世紀の戦争は自国の国力をすべて投入して戦う総力戦となっている。そして、現代の戦争が全面的になったのは、(1)その感情と信念において自らを自国の戦争と完全に、同一化してしまう人口の割合、(2)戦争に参加する人口の割合、(3)戦争から影響を受ける人々の割合、(4)戦争によって追求される目的、の4点に関して、戦争は全面的になったといえる。20世紀に生を授かり戦争を知らない私にとって、戦争とは太平洋戦争時の日本のように自国の全国民に影響を及ぼすものであると考えている。だが、それは20世紀の戦争の考え方であってそれ以前は宗教戦争とナポレオン戦争という例外を除いて王位継承や君主の栄光のために金銭で用兵を雇って戦った限定戦争の時代だったのである。

そして本論では限定戦争から全面戦争に移行する過程を〈全国民の戦争〉、〈全国民による戦争〉、〈全国民に対する戦争〉、〈戦争の機械化〉、〈すべてをかけた戦争〉、〈全面的機械化、全面戦争、全体支配〉という六つの分野から論じていきたいと思う。

 

 

U,本論

 

〈全国民の戦争〉

 

全面戦争には個々の市民から成る大衆が自国で行っている戦争と自分たちをつなげなくてはならない。そして、そのためには道義的要因と経験的要因がある。道義的要因とは中世において浸透していた戦争の正義、不正義という概念の復活である。こうした概念は自国の主義主張を道義的熱情を持って大衆に支持させて、敵国に対する激しい憎しみの情を沸き立たせる際に必要不可欠なものであった。ナショナリズムや民族的普遍主義といったものは道義的要因の代表的なものといえる。それらの理念を利用したものが徴兵制度による国民皆兵制であった。国民皆兵制は従来の傭兵制度が金銭的私欲や環境の優劣で戦争回避や脱走が当然であったのに較べて、道義的で理想的な要件によって鼓吹され、戦争の動機と自分自身をつなぐ事ができた。だから、国民皆兵制の軍隊だけが戦争と自分自身をつなぎ合わせることができるといえる。すなわち、限定戦争の時代は大衆と戦争が無関係であり、冒険心の金銭の愛着に燃える傭兵軍隊で戦う戦争の概念であって、全面戦争は自分たちが戦っている戦争が絶対的な主義であると信じ込まされた武装国民の出現と同じ時代なのである。

 

〈全国民による戦争〉

 

 20世紀になって戦争の目的がナチュラリズムから民族的普遍主義に変わるとき、健康な男子のみが徴兵されるのみならず、全体主義国では婦女子も同様に徴令され、戦争に参加する人口はますます多くなっている。限定戦争の時代には、戦争は一般住民にとっては増税以外にあまり影響を受けなかったが、全面戦争においては国民が戦争を自分のものとして受け止め、軍事的、経済的にもすべての国民が関わるようになった。このようになったのは軍隊の規模の増大と戦争の機械化である。軍隊の規模は18世紀までは数万人という程度であったが、第2次世界大戦の米、独、ソは1000万人を超える人員を投入した。実際には軍隊の一部が戦闘員で大部分が補給部隊であったとしてもそれらの軍隊のすべてに兵器、輸送、通信、衣服、食料を供給する民間人口はほぼ全国民なのである。

 

〈全国民に対する戦争〉

 

 戦争はすべての人々が戦争へ参加するばかりでなく、すべての人が戦火の犠牲者になる可能性を持っている。軍事規模の拡大と近代戦争の破壊力は20世紀になって、軍事行動による人的損害を相対的にも絶対的にも非常に増大させた。そして、20世紀の戦争における軍事行動によって、民間の住民が被った人的被害の規模は限定戦争の時代では考えられないほど先例のないことであった。特に、第二次世界大戦の軍事行動による人的被害の総数はヒトラーによるユダヤ民族根絶計画や数多くの空襲や攻撃などによって、明らかに軍隊が被った人的被害の総数を超えている。戦争における新しい破壊方法(毒ガスや核兵器等の大量殺戮を可能にする兵器)の出現によって、民間人と軍人の両方に見られたこのような傾向は一層顕著になっていくのである。

 

 

〈戦争の機械化〉

 

 戦闘員や民間人に対して人的損失を増大させ、20世紀の戦争の破壊力を増大させたのは戦争の機械化である。それによって、兵器は一度の操作または複合操作をする事によって、多くの敵を射殺することができる。また、遠隔地からも兵器の操作が可能になった。兵器の機械化は14世紀の大砲の使用から始まったが、大きな革命的進歩は19世紀に入ってからであり、発射速度や射程距離が大幅に増大した。現代では、兵器の到達距離は全世界まで広がっているが、そのことは現代戦争の性格やその性格と現代世界政治との関係に重要な意味を持つようになった。とりわけ、第二次世界大戦以降現実のものとなった破壊力のとてつもない力を全面戦争という現実に変えてしまった。そして、現在において革命的発達を遂げたのは核爆弾である。人口密集地域における被害は数百万人に及ぶと考えられている。そして、核爆弾の破壊力は第二次世界大戦以降に投下されたすべての爆弾の破壊力に匹敵するのである。

 

〈輸送とコミュニケーション機械化〉

 

 輸送とコミュニケーションの便宜と速度に関する、最近の技術はめざましく進歩している。いくら、核爆弾のような恐ろしい兵器ができたとしても、兵器そのものだけでは征服はできないし、征服したものを維持することもできない。全面戦争の成果を政治的に得るためには輸送とコミュニケーションの機械化が必要なのである。陸路、海路ともに鉄道と蒸気船が現れるまでは輸送分野はまったく発達しなかった。しかし、鉄道、蒸気船より、輸送分野における発達が始まる。そして今日の超高速旅客機の出現によって世界一周することも可能になり、現在の地球は旅行速度という点においてアメリカ合衆国を建国した13州の領土を合わせたものよりも小さくなっている。さらに、機械の進歩は旅客輸送でも物資輸送にしても機械の手段は同じであるが、陸上の物質輸送だけを考えると、鉄道の出現は今までの困難な陸上輸送にとって画期的なものであった。

また、通信分野においては手段が輸送手段とは比較できないほどの進歩を遂げた。19世紀に電通、電話、ケーブルが発明されると、通信分野も飛躍的な進歩を遂げ、テレビやラジオは達成と同時に伝達を行うことを可能にしたのである。

 

〈すべてを賭けた戦争〉

 

 機械の発達によって世界征服は技術的に可能となり、その征服した地域の状態を維持することも可能となった。これまでも大帝国はいくつも存在していたが、それは短期間ないし、続いたとしても非征服民に対しして威圧的な支配統治を行ったり、技術や文明において圧倒的優位性があったからである。安定した世界帝国を作るためには、()帝国の被征服民の心を中央集権化に統制し、強制的に社会統合をはかること()帝国内でいつ分裂解体が起こっても、それにまさる組織された物理力を有すること()支配と強制のための手段が定刻の隅々にまで永続的にいきわたることである。そして、その3つの条件は現在において可能になったのである。世界の征服者はコミュニケーションの機械化をうまく活用することによって競争相手を排除し、大衆に同様の内容を一度に無数送ることを可能にした。そして、征服者は圧倒的武力を持つことによって干渉が起こりうるという脅威こそ、人々に反乱という考えをさせないようにしている。また、輸送の機械化によって気候条件や地理条件の有利不利がなくすことによって、敵の勝機を不可能にさせた。

 次に被征服地域を維持することについてだが、拡大した領土の全域に軍事力を維持できなかったために勢力が減退すると、たびたび反乱が勃発していた。また、コミュニケーションに時間がかかり、輸送が技術的に困難だったために帝国の版図を広げることが帝国の没落につながったのである。現在の征服者は組織化された武力の優位を季節や距離に関係なく自由に使うことができる。また、大衆宣伝を用いることによって革命者を抑圧することも可能なのである。核兵器や輸送、コミュニケーションなどの技術を独占した国家は世界を征服し、征服を維持させることができる。

 

〈全面的機械化 全面戦争 前面支配〉

 

 現代戦争の機会化は西洋文化の全面的な機械化である。すべての面における機械化によって、現代国家は戦場に軍隊や食料や武器を供給できた。そのために全面戦争は全面機械化によって成り立っていると言える。つまり、現代の戦争とはその国家の機械化の度合いによって全面的なのである。

有史以来、19世紀最後に行われたボーア戦争まで人的労働は、あらゆる生産活動やエネルギーであった。しかし、近代の生産過程における機械化という革命が全面戦争と世界支配を可能にした。それ以前の戦争は科学技術面が発達していなかったために国の生産力は国民に衣食住を提供し、長期間にわたる大規模な軍隊を動かし、兵器を供給するには制約が多くて不十分なものだった。それが、産業革命から始まる技術進歩、とりわけ20世紀における農業、工業過程の機械化が工業大国の生産性の相対を著しく拡大させた。 また、薬品、衛生面での新しい技術向上は人口増加をもたらして生産力を増大させることとなる。生存するために費やされていた人間エネルギーは生産力の増大と機械化によって生活水準を向上させ、生存するために使われるエネルギーを軽減させた。そして、それは機械化の時代が暮らしやすい世界を作ったのと同時に、機械化によって生み出された人間のエネルギーと国家の生産力は全面戦争に大いに利用されることとなった。

 全面戦争を生み出す機械化は世界支配をもたらすが、世界を支配しようとする両国が対立した場合には相互破滅する危険性もはらんでいるのである。

 

V,本論2

 

 本論1で要約したように全面戦争とは戦争の機械化によって生み出されたものだといえる。大砲の発明から始まる兵器の機械化、輸送の機械化、コミュニケーションの機械化と、機械化によって世界の指導者は核兵器やテレビやラジオ、その他のコミュニケーション手段を駆使して人心までも自分のものにしてしまったと言える。

 さて、20世紀の大戦争の中でベトナム戦争も当然としてその部類に入ると思われる。この戦争で注目されることは今まで論じてきた機械化の優劣で勝敗が決した戦争ではないことである。まず、アメリカは間違いなく大国であるが、一方のベトナムはフランスから独立して南北ベトナムさらに、サイゴン政府や地方勢力の割拠する分裂状態の弱小国と位置づけて良いだろう。『世界政治の変動と権力』において、最近の大戦争の理論とは、権力移行、政治経済の変動によって発生するという仮説がある。ベトナムはフランスからの独立後、共産主義者が勝利したためにアメリカが共産主義の膨張とみなしたために軍事介入したのであるが、そこには権力移行、政治経済の変動の三要素が入っているといえる。『現代の国際政治』において、兵器の機械化や輸送手段はアメリカが優勢であったが、ベトナムはフランスとのインドシナ戦争で勝利したために大衆的地盤は持っていたし、世界中の世論がアメリカに対して強い批判をしていた。そして、『現代世界の史的考察』では「石弓で小銃を得、小銃で機関銃を得、ヘリコプターや飛行機を爆破する」ことはすなわちベトナム軍の機械化とアメリカ軍の輸出手段の劣勢を物語っている。そして、ベトコンは当然ながら大衆や世論を味方につけていた。それによってアメリカ軍を超える情報網を得ることができたために、激しい空爆からも耐えることができた。本題1で立証された全面戦争における立証そのものがベトナム戦争では行われ、アメリカ軍はすべてにおいてベトナム軍において劣っていたために敗れたのは当然のことだといえる。

 

W,結論

 

 全面戦争とは機械化が進むにつれて自然に生み出された戦争方法だと思われる。中世、近代において1453年のコンスタンティノープル陥落以外に年が壊滅したのを私は聞いたことがない。その一方で、ロンドン大空襲や東京、広島など第二次世界大戦で都市が壊滅したのは数知れない。そのことから考えても戦争の機械化や戦争というものが大衆を取り巻くものになったのが、全面戦争の時代になってからである。もっとも、この本は西洋の機械化について書かれており東洋中国はおろか、コンスタンティノープルを陥落させたのもトルコ人だと加えなければならない。現在の自分の狭い知識から考えても、あらためてモーゲンソーの理論は素晴らしく、自分では到底考えも及ばないものだと実感した。      

また、全面戦争を行ううえで必要不可欠な国民皆兵令を行ううえでも戦争の道義的要因の正義、不正義は通信手段の発達によって大衆に浸透して性別に関わらず、全国民が戦争と自分をつなげるようになった。そして兵器の機械化について述べて見ると、兵器の機械化は核兵器などの破壊力の増大をもたらすばかりではなく、兵器の重量を軽減させることも可能にさせたと私は考える。ボーア戦争で1体の大砲を持ち運ぶのに多くの牛を使用したとこの本では書かれているが、それは大砲が重いのにほかならない。しかし、現在の機関銃などは力のない女性でも持ち運ぶことが可能であり、しかもその兵器は技術の進歩によりボーア戦争時の大砲並みの威力を持っている。そのことから私はモーゲンソーの理論から兵器の軽量化も全体戦争を導くものであると述べてみたい。

西洋の機械化より西洋の世界征服が始まった。彼らは世界を植民地化することによって世界の政治経済を支配した。しかし、彼らの機械化も当時は不完全だったためアメリカは独立し、第一次世界大戦後には世界の中心的存在としての意義を奪われることとなった。そして、その絶対的軍事力を誇っているアメリカさえもベトコンのゲリラ戦の前に撤退せざるを得なくなった。

 ここで私はある考えが生まれてきた。それは第三世界と呼ばれる国々が世界の中心的存在になるということだ。冷戦の終結とソ連の崩壊により対抗意しうる敵がいなくなったアメリカだが、中東や中央アジアへの軍事介入に予想以上の苦戦を強いられている。そしていずれはアメリカ対第三諸国の全面戦争へと発展してゆく可能性もある。そうならないように我々も国際問題について真剣に取り組む必要がある。