第三世界の台頭と南北問題

1、政治的に結束
 第二次大戦が終了すると、アジア・アフリカ諸国が激しく独立を要求した。彼らは独立を達成すると資本主義陣営(第一世界)にも社会主義陣営(第二世界)にも属さず、第三世界として団結し国際的な発言力を高めた。
20世紀は、近代500年の歴史の中で 第三世界が初めて国際的に表舞台に登場した世紀といってよい。
 その発端となったのが、バンドン会議(=アジア・アフリカ会議)であった。この会議は植民地時代の終わりを世界に告げたという意味で画期的意義をもつ。
 

2、先進国に対する経済的要求
 政治的に結束した第三世界はやがてその結束力を背景に、先進工業国に対してさまざまな経済的要求を突きつけるようになった。1960年には、OPEC(石油輸出国機構)が結成され、資源は発展途上国の所有物であるとする「資源ナショナリズム」の考え方が広まった。また、1974年には「新国際経済秩序(NIEO)樹立宣言」を採択した。
 しかし石油危機およびNIEOの樹立宣言をピークとして、この後、第三世界の足並みの乱れなどから、80年代以降彼らの発言力は低下している。

3、貧困の輪
 現在、地球に住む61億人のうちの4分の3は発展途上国に住む人たちである。発展途上国の中には、年収が10万円以下の国も少なくない。 発展途上国が貧困から抜け出せないでいるのには、次のような共通のパターンがある。

    一人あたりの所得が少ない     →    貯蓄が少ない

          ↑                       ↓

    一人当たりの生産量が少ない     ←    設備投資ができない   

南北問題解消のためには、人口問題、教育問題、医療、社会保障など問題を考えねばならない。
 また、ODA(政府開発援助)のあり方も問題である

 日本のODAは、1989年度にアメリカを抜いて世界第1位になった。総額1兆円あまり。国民一人当たり、年間約9000円の負担になる。日本がこのように多額の経済援助をするのは、一つには第二次世界大戦に対する戦後保障の意味もある。しかし、世界最大の援助国であるにもかかわらず、なお、次のような批判がある。
 @対GDP比率が低い。
 A贈与比率が低い。
 B援助がダムや空港などにかたより、援助が本当に貧しい層に届いていない。