「戦後の朝鮮半島」

 

 

明治大学 政治経済学部 経済学科

4年20組 53番 山吉 昌浩

 

1)朝鮮半島の分断

戦後の世界は、アメリカに代表する資本主義世界とソ連に代表する社会主義世界とが対立するなかで再出発した。一般的に言う「冷たい戦争」(冷戦)の状態である。そのため、同一族を分断するいくつかの悲劇や傷跡を刻んできた。東西ドイツ、南北ベトナム、そして南北朝鮮などの分断国家がそれに当たる。東西対立の谷間にあって、それぞれ米ソ二大双極構造の接点となり、民族衝突への矛盾を生んできた。とりわけ、北緯三十八度で南北に分断された朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と大韓民国を巡る問題は、国際政治のひとつの大きな焦点になった。朝鮮半島を南北に分断した大きな原因として、「朝鮮戦争」があげられるだろう。

 

2)朝鮮戦争

朝鮮戦争の歴史的な意義として、その最大の産物は「冷戦の世界化と軍事化」であろう。この戦争は、「朝鮮動乱」とか「韓国動乱」とも呼ばれているところからもわかるように、「戦争」の側面と「動乱」の側面を兼ねた戦いであった。戦争とは国家間の戦いであり、動乱とは同一国家・同一民族間の市民戦争である。朝鮮戦争の第一の特徴はここにあるだろう。第二の特徴としては、著しく近代戦であった点だろう。これは火薬などの物量にだけ限ったことではなくて、イデオロギー・心理戦においても、従来の戦争には見られなかったものが投入された。もとよりこの戦争が、東西冷戦の緊張の熱戦への転化であっただけに、「思想」が占める重みに著しいものがあった。この思想の重みが、休戦協定されて数十年経ってからも、一人歩きをして、思想・イデオロギー戦が南北の間で拡大増幅して展開されていた。

 

3)統一への意識

そして、その後の国際関係軸の変化(二極構造から多極構造へ)などの影響を受けて、事態はいっそう流動的でかつ複雑となった。危機管理地域としての性格を一段と強め、ひとたび間違えば、核兵器を用いる戦争が起こらないとも限らないとまでされた。朝鮮半島は

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周辺列強の利害が複雑にかかわっている地域であり、南北両方とも大国の干渉には神経質な反応を示し、東西問題、南北問題の中で、自分らの祖国統一を目指して、常に冷厳な現実主義に根ざした対応が迫られてきた。それだけに、朝鮮民族は時代の動向を

常に先読みしようとしていた。 南北双方とも「祖国統一」を民族的課題の悲願としていることに変わりはない。だから、両国とも祖国統一の主導権を握ろうという意思が感じられた。

 

4)取り残された朝鮮半島、そして今後

前述したように、戦後に分断した南北ベトナムは、流血の上、社会主義国家としての統一国家を選択した。「ベルリンの壁」の崩壊による東西ドイツの平和的統一もあった。さらには、ソビエト連邦の解体による社会主義の後退も迎えた。すなわち、これは冷戦の終焉を意味していた。これらの一連の出来事によって、最後に残った戦後の分断国家は「朝鮮半島」だけになってしまった。

現在、朝鮮半島は統一に向けて大きな歴史的転換点を迎えている。2000年の6月に、韓国の金大中大統領が平壌を訪問し、分断後初めての南北首脳会談が実現した。それ以降、発表された共同宣言にそって、南北の交流が飛躍的に拡大している。しかし、南北統一にむけての問題点や考慮するべき点は多くある。