プロフィールを表にしたけれど、あまりにちっぽけであっさりしすぎているので少し付け加えます。
まず出身は京都です。京都でも市内ではなく、ちょうど奈良、京都、大阪の真ん中にある田舎です。だから何処に行くのにもだいたい30分(電車)かかります。便利と言えば便利なのですが。。。高校時代はずっとクラブ活動で忙しく市内へ遊びに行く機会はありませんでした。だから京都市内の事はほとんどわかりません。大学が兵庫県だったので大阪ならよくわかっているのですが、京都はさっぱりです。
さて、私が栄養学を勉強したきっかけはなんと受験の時に単に家政学部に合格したからです。他にも経済、経営、商学部等を受けたのですが。。。結果はさておき、高校の時に家庭科が好きだったかと聞かれると絶対にNOです。被服なんて全くダメでスカートを作る機会がありましたが、布の裁断をして後は母に作ってもらいました。調理の方も全然ダメです。一度ティラミスを高校生の時に作って友達に食べさせたら次の日に腹痛を起こしたぐらいです。クラスの友達が家政学部の大学に決まったと言ったら100%の割合で反対されました。
大学に入ってアルバイトでスポーツジムでインストラクターをやっていました。あまりに楽しい職場だったので学校もさぼって働いていたことがあります。そこで勉強している栄養学がダイエットをしたいと考えている会員さんの役に立つと知って勉強に少し興味を持つようになりました。それからスポーツ選手の栄養の取り方等にも興味を持つようになってアメリカで詳しく学びたいと思うようになりワシントン州立大学へ1年間語学留学しました。栄養学に関しては英語力が無かったので1つのクラスを聴講させてもらうだけでしたが、大変勉強になりました。その1年で英語の勉強をして英語の文献が読めるようになったのは私にとって大きな進歩でした。
アメリカから帰ってきて、大学に戻り1年年下の人達と一緒に授業をとるようになってからは、頼る人もなく結構まじめに勉強しました。アルバイトも以前と同じスポーツジムで働くようになって、栄養学を生かせるようにいろいろ工夫しました。ホノルルマラソンツアーが毎年行われており、その参加者にレース前の食事の仕方をセミナーとして発表させてもらいました。学生でプレゼンテーションをしたのはそれが初めてだったのでかなり緊張したのを覚えています。それからは色々とネットワークを広げているときに、MハウスHアンドFという会社に出会いました。たまたまセミナーに参加させていただいて、栄養とスポーツ選手のコンディショニングの大切さの話しになり、大学のバスケットチームに栄養セミナーを行う仕事を頂きました。MハウスH&Fは主にスポーツに関わるコンサルテーションを行っている会社です。それ以降ずっとお世話になっています。この会社との出会いによってスポーツ栄養士の仕事が実現したといえます。ありがとうございました。
それから大学を卒業して数年はOL生活。何か物足りないとずっと思っていて、いつかお金を貯めてアメリカに戻るんだとずっと考えていました。そして24歳になったとき、いきなりアトピーがひどくなり会社をも辞めることになりました。原因が分からないため何も治療が出来ず、毎日家で寝て暮らすような日が続いて家族には大変迷惑をかけました。お母さん、ありがとうね!それからは地獄のような毎日。
これではだめだって思い、まだかなり具合が悪かったけれどMハウスのOさんに連絡をとって、仕事をお願いしました。私の変わり果てた姿を見てビックリされたようですが、誰でも病気の1つや2つは持っている。だから負けないで!!と励まされてこころよくスポーツジムでのコンサルテーションのお手伝いの仕事を紹介していただきました。自分がアトピーだということを1分だって忘れられなかった生活から、他のことに目を向けることが出来るようになり生活も充実して体調もだんだん良くなっていきました。
アトピーがましになり普通の生活が出来るようになってからは会社に入ることは考えず、自分で栄養士として活動していこうと決意しました。自分の営業をするのはかなりの勇気がいったけど、積極的に行動すれば誰かは認めてくれるものです。陸上のエリート高での栄養指導は大変難しかったけれど、監督の先生から子供へどうやって物事を教えるのかなど教わり、大変貴重な経験をさせてもらいました。自分が持っている能力を選手に教えようとしても一方通行だったら伝わらないと実感させられた場でした。選手のみんなは強くなりたいと思う気持ちが多かったので食事のとり方など、吸収は大変早く驚かされました。保護者の協力もあり、お弁当の中味は栄養士顔負けの充実した物を持ってきている選手が多くいました。部員の中に高校1年生(男子)で寮に住んでいる子が1人いて、食事が油っこいから自炊をしているすばらしい生徒もいました。女子生徒が煮物の作り方を彼に聞いているのには笑ってしまいました。幸運にもその年にはじめての全国制覇も叶って大変今ではよい思い出です。毎年クリスマスには全国高校駅伝を見て応援してます!がんばってくださいね。
その他にもサッカーのチームの栄養指導も行いました。中学生になれば授業でも手を上げて発表する生徒は少ないので、どうやって教えようかと不安でしたが、すごく活発なチームだったので手を上げる前に答えを言ってくれるほど積極的な選手が多く、感心させられたものです。最後にテストをしたら、思っていたよりも理解がよくできていてうれしかった。せっかく得た知識を実践してくれていることを願います。試合の前の日には何を食べたらいいのか覚えてますか???忘れてたらメールしてください!!

2001年テロがあった年の12月12日に渡米し、現在はイースタンミシガン大学で栄養学を専攻して勉強しています。日本で4年生大学を卒業しているのに、なぜもう一度大学へ入るのとよく聞かれます。理由はアメリカでも栄養士の資格を取りたいからです。将来、どの方面で進むかはまだはっきり決めていませんが、スポーツ栄養か摂食障害者のための栄養士。。。など専門分野をこれから絞っていきたいと思っています。2002年の9月からは本格的に栄養士養成コース(コーディネイトプログラムとアメリカでは呼ばれています)に入って勉強していきます。日本の栄養士になる課程と大きく違うところは、国家試験を受けるまでに900時間もの実習をこなす必要があるという点です。病院実習だけでなく、フードサービス、福祉施設での実習も含まれています。その間に自分の専門の分野を見つけることもできるので、アメリカのシステムの方が学生にとってかなり有意義に過ごせるようにプログラムされていると思います。冬セメセスターが終わり、がんばったかいあって全て一番よい成績で終わることができました。学校から証明書として、ディーンズリストという賞状のような物をもらいました。今は壁に飾ってあります!
2004年3月25日Eastern Michigan University. Dieteticsを無事卒業。7月にRDの国家試験を受ける予定。5月末に隣のオハイオ州で日本食レストランで就職が決まったので、ミシガンからオハイオへ移ります。