やせる ≠ きれいになる

2005.11.9
吉川 武時
「やせる」と「きれいになる」とを同じ意味で 使っている人が多い。そういう人は 「やせれば、きれいになる」と思い込んでいるのだ。 それを聞かされたほうも、 「やせれば、きれいになる」と思ってしまう。
日本語を学んでいる外国人はことばの違いに敏感である。 別々の単語は別々の意味を表す、 異なる単語が同じ意味を表すのはおかしい、 と思っているらしい。 「やせること」と「きれいになること」とは 別々のことだ、と日本語をよく話す外国人に指摘された。
「やせること」と「きれいになること」とが別々のことで あることは「やせても、きれいにならない」事実を見れば、 すぐ分かる。

広く読まれている新聞vs多くの人に読まれている新聞

オーストラリアで日本語を教えていたころ、 「オーストラリアで一番 広く読まれている新聞は何ですか」と 学生に質問した。さらにこの質問を説明しようとして 「一番 多くの人に読まれている新聞は何ですか」と付け加えた。 すると、聞かれた学生は 「一番 広く読まれている新聞と 一番 多くの人に読まれている新聞とは違います」と言った。
「広く読まれている新聞」と「多くの人に読まれている新聞」 とは同じことだと思って、そのような質問をしてしまったのだ。 日本では確かにその通りだろう。 ところが、オーストラリアでは日本と事情が違うのだ。
The Australian のような高級紙は 広く読まれているが、読者が一番 多いわけではないそうだ。 西のパースから 東海岸のブリスベン、シドニー、キャンベラ、メルボルン まで、ずっと広い範囲に渡って読まれている。 これが一番 広く読まれている新聞である。
一方、 州ごとにある大衆紙は「広く」読まれているわけではないが、 読者は The Australian より多い、というわけだ。

ことばを的確に使うのは難しい。

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