| 募金してくれた人へのお礼と感謝 代表 平川 豊 |
| 今年3月9日に私たちの母校、明善高校の北体育館が焼失し、3ヶ月が経とうとしています。あの事件によって多くのものを失いましたが、皆さんがこうして募金の呼びかけに応えてくださり、多くの善意が集まったことにとても感謝しています。この活動は一個人が始めたことであり、いろいろな欠点や間違いがあり、その点で様々な方々からご指摘、助言を頂きました。そのつど皆様にご迷惑をおかけしたことをこの場を借りてお詫び申し上げたいと思います。 今、この活動を終えて、私は募金とは何かということを考えています。それは、一つに慈善行為でもあリますが、私がこの活動を始めようと考えたのにはそれ以外の何かがあるように思えます。そのもう一つの何かが私を動かし、皆さんを動かしたのだと考えているのです。そうでなければ、私をはじめ、この活動の主な運営者の方々は運営資金の全てを自己資金で賄っていますし、それ以上の自己負担を受け入れることはできなかったと思います。 私は、それはシェア(共生)という言葉から考えられると思います。私たちは社会から多くのものを享受している、とは使い古された言い回しですが、実際どれだけの人がこのことを実感して生きているのでしょうか。私は一昨年バイクで日本を一周しましたが、この国はほぼ隅々までアスファルトによって道が整備されています。岡山の街灯もない山道でも、北海道の海岸沿いでも、完璧に整備された道路によって、私の旅は苦労や疲労を軽減されていました。当時、そんなことはまったく考えずに走っていましたが、これはとてもすごいことだと最近気づきました。また、私は現在、大学に通っていますが、大学に通えるだけの学力を身につけられたのも、私が生きてきたコミュニティーに初等教育から高等教育までを受け得るだけの社会資本が整っていたからです。大学の学費も私の両親が働くことのできる環境が久留米市に存在するからです。腹がへってもお金があれば、食い扶持に困ることはないですよね。あたりまえのことのようですが、世界的に、歴史的に見れば、とてもすごいことです。 最近、とあるNGO団体の人と知り合い、カンボジアの話を聞きました。カンボジアは数年前の内戦によって、私たちの想像を絶する社会になっています。そのNGOが畑や農作業の技術を与えたアンコールワットのある家族は、その農作物を売ることができず、自分たちで作物を食べて畑をダメにしてしまいました。彼等にはお金を稼ぎ生きるという経済の知識が根本からないのです。これは明らかに教育システムの欠如によってもたらされている状況です。もし、彼らが日本に生まれていたならば、彼らは同じことはしなかったでしょう。私たちは多くの、本当に多くの”もの”を日本、あるいは久留米などのコミュニティーからもらい、「今私たちは、今ある私たちとして生きている」のです。 私は、今までとても多くのものを周りからもらってきましたし、これからもたくさんもらっていくでしょう。私はもらってきた者として、これからは「与えていく者」にならなければならないと考えています。ペイ・フォワードという映画がありましたが、主人公のアイデアはすでに日本では実践されていると思います。与えれた人がその次の世代にまた与えていく。この連鎖が存在すれば、とても素晴らしいと思いませんか?でも皆さん、このシステムはすでに日本にはあるのです。そして、私たちが行った募金活動も、「俺達の経験した素晴らしい大運動会を後輩たちに残してやりたい。」という思いからの与える行為の一つだったのです。私たちの行ってきたことは、連鎖の一部として、この素晴らしいつながりを結ぶことだったと私は解釈しています。これは一般にはシェア(共生)と呼ばれるものであると思います。与えられ、与えることは大きな意味を持つ小さな一歩であり、そうして繰り返していくことは、社会を豊かにしていく行為であるのです。豊かさは平和を生み、平和は幸せを呼ぶ。余談ですが、だから私は自分の名前が大好きです。 私たちの募金はこれから先のまだ生まれてもいない明善生の思い出を築いていくものかもしれません。母校に対する恩返しが、これで終わってはいけませんが、一時の間、皆さんと思いを共にでき、また活動に賛同してくださったことに対し、とても嬉しく思います。ありがとうございました。皆さんの素晴らしい善意に感謝して、この活動を終わりたいと思います。 |