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2003/02/09
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◆Topの言葉 |



≪題『月の顔』 In明治大学生田校舎≫

▼【門脇広平の最近の頭脳】▼

2004/1/26更新☆
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【個性とは】 |
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個性は作るものじゃなくって
自分が嫌だって思っていることが
意外といい個性だったりする。
だから自分の嫌なところもチャンと見てあげよう。
欠点だって武器になる。
欠点だって武器にしてやる。
By保田圭
☆保田圭
モーニング娘。第1次追加メンバーオーディションで矢口真里・
市井紗耶香と共に加入。オーディション時、「歌が好きで好き
でどうしても歌手になりたいから学校をやめてマクドナルドでバ
イトした」との発言にはビックリし、同時に一気にファンになった。
2003年モーニング娘。春のコンサートツアーを最後にグループ
を卒業。ソロとして、音楽・演技の方面で活動を続けて行く予定。
今後も頑張って欲しい逸材。
≪おまけ≫
マンホールの蓋が丸いのはなぜでしょう?。
☆マイクロソフト面接試験より。
※この手の問題に答えは無く、試験管は回答者の思考の幅
等を見ると言われています。
【模範例】
■四角いと、穴に落ちてしまうから。
⇒正方形の対角線は、一辺の√2だから。
【別解】
▼穴が丸いからだ。
▼転がせるから。
▼いざ戦闘状態になった場合、盾は丸の方が四角よりも良いのです。
円は無限の象徴でもありだから教会の天井は丸くマンホールの蓋
も丸いのです。
≪おまけ≫
パンツは一枚の時“一丁”というが、
なぜ二枚の時“二丁”と言わないのでしょうか?。
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≪次回 2004/2/1更新予定≫
2004/1/12更新☆
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【新春の誓い】 |
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☆『考える』
昨年は、就職してから3年目の年ということもあり自分の中では節目の年にしたかった。が前半戦は思うように行かないことが多々あり、焦りや劣等感でとても苦しかった。。。
でも、そこでペースダウンしては今までの下積みは何だったのか分かんなくなっちゃうので、とにかく地道に営業活動は続けていた。それがようやく花開いたのが昨年12月。ある案件で、今までは雲を掴むような議論の繰り返しだったが、ようやくその案件の全貌が見えてきて、それに全力を注いだ結果今までに取った事も無いような受注額の案件を獲得できた。それは、自分にとってとてつもない自信に繋がったと同時に、これからの仕事のやり方も考えていかなければとも思えた。
リクルートの社訓に次のようなものがあるという。
【自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ】
社会人4年目を迎える今年は一人前の戦力としてコンスタントにノルマを達成していかなくてはならず、それが出来ないのであれば戦力外になるだけ。そんな重苦しいプレッシャーの中でも、
ビジネスにおいては、
◆今までの延長線上ではなく、新しい分野の仕事を創造し
プライベートにおいては、
◆この先、自分にとって何を一番大切にしていくべきなのか
を考える年にしていきたい。
昨日よりもほんの少しでも成長出来ている自分を目指したい。惰性で流れる毎日ではなく、そんな試行錯誤の考える毎日を積み重ねていくことが、今年の目標です!!。
≪おまけ≫
マンホールの蓋が丸いのはなぜでしょう?。
☆マイクロソフト面接試験より。
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≪次回 2004/1/18更新予定≫
☆2003/12/9更新☆
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【フロリダ】 |
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今年の年末年始は暖かいところですごしたいと思っていた
ので“フロリダ”に行くことにした。
これからの旅を思い描いてみる
もしくは、ゆっくりと思い出してみる
そんな時が一番楽しい
・・・けど、まずは準備準備(^^;。
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≪次回 2003/12/16更新予定≫
☆2003/12/1更新☆
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【宗教論U】 |
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忘年会のシーズンだ。
色んな忘年会がモヨウされ、皆、心地良い酔いに身を
任せながら去り行く年を惜しみ、来るべき新年に希望
を抱く。
そんな酒宴の席上で、チョット話題になったお話。
▼『神は全知全能、完全無敵か?』▼
で、あれば神よ、おお神よ!
あなたは、あなたよりも強いK−1ファイターも創造する
事だって、わけないんですよね!?。
え、それはチョット困るって?
じゃあ、あなたは全知全能ぢゃないし、
よしんば創れたとしてもあなたはその
K−1ファイターにボコボコにされちゃ
うんだから完全無敵ぢゃないぢゃない。
その辺どうなのさ!!。
てな、話になって喧喧諤諤、まあ最終的には
別にどうだって良いっか今が楽しけりゃ、
で締めました(^^;。
けど、まあ、こんな単純なところから宗教の
あり方を考えてみるのも、年に一度は良い
かなって思った日でした。
P,S
実際、聖書とかにはなんて書いてあるので
しょう。こんな疑問を抱くこと自体禁じてい
るのかしら?。ご存知の方、もし宜しけれ
ば教えて下さいm(_ _)m。
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≪次回 2003/12/9更新予定≫
☆2003/2/9更新☆
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【UMI】 |
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ぼーと、海を見てみる。
大きい波小さい波
比較的、今日の波は静かだが
静かな波の中に色々な表情がある
この波って何処から来るのだろう?
小さい頃にも思ったことを考えてみる
潮の流れ、風の影響、月の満ち引き
今の私はその原因を知っている
が、生き物のように、うねうねと次から
次と波がくると、本当にそうなんだろうか?
と、思ってしまう
海のば〜か と、叫んでみる
すると、海が怒って大きな波が来る
ウソウソ好きだよって言うと
照れたように小さな波になる
子供の心を思い出す
海は好きだ
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≪次回 2003/02/16更新予定≫
☆2003/2/4更新☆
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【おみくじ】 |
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先日、横浜へ遊びに行ったとき“おみくじ”を引いてみた。
『希望』:急に達せられることはありませんが、何事によらずこつ
こつやりなさい。好結果を得られます。
『旅行』:商用ならなお宜しいでしょう。
『金談』:お気の毒ですが、出来かねるでしょう。
『病気』:用心を重ねられたし。
『恋愛』:あまり盲目的ではいけません。多分望みは薄いでしょう。
『結婚』:貴方は出来るだけ早く良縁を結んで健全な家庭生活
を営みなさい。但し。配偶者の選択には注意。
『出産』:男の子が生まれます。安産です。
・・・・・果たしてどんな年になるのやら。。。
# 今日気づきましたが、私の誕生日は偉大なる
# 北の大先生と同じでした。。。
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≪次回 2003/02/09更新予定≫
☆2003/1/26更新☆
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【『社会』って何だろう?】 |
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人々の流れはいつもと変わらない。
沢山の人たちとすれ違う。休日にもかかわらずスーツを着て
走るサラリーマンやOL、カップルや一人で紙袋を持って歩く人。
そうした多くの人々の中で、楽しそうに笑っている人、無表情
に歩く人、所在なげに誰かを待ってい人。。。
そんな人の渦にの中にいながら、ふと胸が熱くなるのを感じた。
おそらく、いや、確実に彼らと俺が深く係わり合いになることは
無い。しかし、皆、自らの人生の中に多くの葛藤を抱え、多くの
不安を抱えそして、多くの喜びを感じながら生きているに違いな
い。
学生の頃はただの【塊】に見えていた集団の中には、驚くほど
多くの【個】があった。そして、彼らは皆、今日も明日も明後日も、
自分の人生を切り拓ことしているはずだ。
・・・・『社会』とは、そういうものなのかも知れない。
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☆2003/1/19更新☆
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【かすみ草】 By保田圭 |
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バラの花束はそれだけでは完成品しない。
どんなに美しい女優さんも、
悪役がいなければ際立たない。
どんなにスーパー社長さんがいても、
現場で泥にまみれる人がいなかったら駄目でしょ。
そういうこと。
私はそういう大切な役割をしているよって
そういうことがいいたいんだ。
☆保田圭
モーニング娘。第1次追加メンバーオーディションで矢口真里・
市井紗耶香と共に加入。オーディション時、「歌が好きで好き
でどうしても歌手になりたいから学校をやめてマクドナルドでバ
イトした」との発言にはビックリし、同時に一気にファンになった。
2003年モーニング娘。春のコンサートツアーを最後にグループ
を卒業。ソロとして、音楽・演技の方面で活動を続けて行く予定。
今後も頑張って欲しい逸材。
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☆2003/1/17更新☆
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【救うこと と 救われることと】 |
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◆今日ふと以下のようなことを考えた・・・
乞食(こじき)、乞食と言うけれど、
救われる方はどちらなんだろう?
蔑みと施しを受ける方なのか?
それともこの世の救世主となって恵みを施す方なのか?
救われるのは
明らかに施す方ではないですか?
看病されるがわより、看病するほうが救われ、
気の毒がられるがわより、気の毒がるほうが救われ、
意見されるがわより、意見するがわののほうが救われる。
なんだか、後頭部をバットで殴られたような衝撃が走っ
た。俺は今まで人を救ってきた気になって、でも本当は
救われてきたのだと思う。
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☆2003/1/10更新☆
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【世界で一番・・・】 |
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世界で一番長いコンブは
世界で一番長いことを知らないで
ゆらゆらと揺れている
世界で一番大きなクジラは
世界で一番大きいことを知らないで
海の波間で泳いでいる
世界で一番白い鳥は
世界で一番白いことを知らないで
雲にむかって飛んでいる
ほら君のことだ
誰もが世界で一番なのに
誰もがそれを知らないで
生きている 生きている 生きていく
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☆2003/1/5更新☆
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【新春の誓い】 |
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『時間の使い方を覚える』
昨年は、残業時間が常に100時間を上回っており、特に9月以降は120時間を切る事が無かった(T、T。残業代もつかないのに、よくまあそこまで働けたものだと振り返ってみると思うが、それをいつまでも続けている訳には行かない。
より自分の人生を豊かなものにするためにも、時間をもっと上手に管理できるようになり、仕事以外の世界もドンドン広げていきたい。
【何でも3年専念して初めて一人前】と考えている私にとって、社会人3年目になる今年は色んな意味で節目の年にしたい。今までの反省をし次なる飛躍のためにも今年は“時間”を自分の物にするぞ!!!!。
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☆2002/11/30更新☆
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【成功の性質】 |
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『積み過ぎた成功は、自由を奪う』
「成功は」最初は必要な意味のあるものだ。勝つことによって人の命は輝き光を放つ。そういう“生”の輝きと「成功」は繋がっていた。なのにどういうわけか、積み上げていくとある段階でスットその性質が変わる。「成功」は“生”の輝きではなく【枷】になる。何時の間にか人間を支配し乗っ取りにくる。「成功」が成功し続ける人生を要求してくる。
例えばある大会で3連覇を成し遂げた選手は4連覇を周囲に期待され、その期待が想像を絶するプレッシャーとして圧し掛かる。あるいは有名な芸能人は、気軽に街中を一人で歩いたり海外旅行を満喫することすら難しくなる。
「成功」は人を自由にしない。
裸を許さず、装うことを要求してくる。成功者、つまり大物らしく振舞うことを要求してくる。悲しい時も泣けず、おかしくても笑えず、怒りが込み上げてきてもいちいち拳を振り上げてはいけない。相当な我慢が必要となる。
そんなストレスの塊みたいな日々の中に、ありのままの自分なんてどこにもいなくなってしまう。そんな人生はみすぼらしいのではないか?。生きているといえるのだろうか?。
金や地位、名誉、権力、賞賛。そういうものに憧れる気持ちは分かる。が、よく考えてみるとそれは「人生そのもの」ではない。そういうものは全部“飾り”。
ただ、やる事。
その【熱】、行為そのものが生きるってこと。【実】というものだ。
成功を目指すなと言っているのではない。その成否に囚われ、思い煩い、止まってしまうこと。【熱】を失ってしまうこと。それが一番の問題。
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☆2002/9/28更新☆
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【金と命】 |
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『“生きること”とは金を奪い合って行く行為』
(“賭博黙示録カイジ”より)
非常に偏った見方ではあるが否定は出来ないと思う。この奪いが終わるのは、企業なら破産、個人なら死去。人は、金を得るために人生の大部分の時間を費やしている。言い換えれば自分の存在、命を削って、存在そのものを金に変えている。極端に薄まっているからその本質に気付いていないだけなのかもしれない。
ちょっと想像してみよう、いわゆるレールの上を行く男達の人生を。
小中高と塾通いをし、常に成績はトップクラス。有名進学校に進み受験戦争を勝ち抜き一流大学に入る。入って3年もすれば今度は就職戦争。頭を下げ、会社から会社を渡り歩き足を棒にして、やっと取る内定。やっと入る一流企業・・・。
これが1つのゴールではあるが、ホッとするのも束の間。スグ気付く。今度は出世戦争。まだまだ自制していかなければならない。ギャンブルにも酒にも女にも溺れず、仕事を第一に考え、嫌な上司にへつらい、取引先にはおべっか。遅れずサボらずミスもせず。毎日毎日律儀に定時に会社へ通い、当たり前のように残業をし酷いスケジュールの出張をこなし、時期がくれば単身赴任。夏休みは数日で満足に有給休暇も消化できない。そんな生活を10余年続けて、気付けばもう若くない。30代、40代、なんてあっという間。そういう年になってようやく蓄えられる預金高が1000万円、2000万円という金。
それとは正反対に自堕落的な生活を送っている者たちは、必死に勉強した訳でもなく懸命に働いた訳でもなく、何も築かず、何も耐えず、何も乗り越えず。ただダラダラと過している。そんな者たちの精神はまるで病人。その病気とはつまり、どんな事態になろうともトコトン“真剣”になれないという病。
今、おこったこの事態はあくまでも「仮」で本当の自分のあずかり知らぬこと。彼らは事実を自分の都合で勝手に捻じ曲げる。気が変われば“リセット”できるくらいに考えている。障害その「仮」から目覚めることは無い。愚鈍に寝たいだけ寝て、不機嫌に起き出し、半ば眠っているような意識でただただ日々を繰り返す。
彼らは言い続ける。
自分の人生の本番はまだ先なんだと。「本当の自分」を使っていないから今はこの程度なのだと。そう飽きずに言い続け、結局は老いて死ぬ。その間際、嫌でも気づくだろう。今まで生きてきた全てが丸ごと「本物」だったことに。人は、仮になど生きていないし、仮に死ぬことも出来ない。当然のこと。
問題は、その当然に気づいているかどうか。それこそが、この世で自分の思い通りの人生を歩めるか否かの最初の分かれ道なのかもしれない。
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☆2002/6/15更新☆
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【握力】 |
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『夢が夢で終わる人』
と、
『夢をその手に掴む人』
とでは何が違うんだろう?。
例えばW杯で得点王に輝く人。確率にしたら何億分の一だろう。俺はズット興味があった。その人はいつの時点で、自分はそうなれるって思ったんだろう。・・・いやある時点で「自分はそうなれるかも」って思うんじゃないのかもしれない。
「俺はW杯の得点王になれないかもしれない・・・」って最後まで思ったことの無い人が、本当にW杯の得点王になってしまうんじゃないのか。
人間は成長していくにつれて色々な現実を突きつけられ絶望をる経験する。・・・そして「しょせん俺なんかじゃこの夢は掴めね〜よ・・・」って心が折れてしまった人から本当にそうなれなくなって行くんじゃないのか。
夢を掴める握力のある人っていうのは、どんなに困難な現実を突きつけられてもそれでも『自分なら何とかなる』って自分を信じれるんだと思うし、それだけの努力を積んでいるんだと思う。
年々夢を掴む握力は低下して行くけれど、それでも自分を信じられる自分でいたいと思う。
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☆2002/5/21更新☆
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【極める】 |
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最近『極める』という言葉に惹かれる。
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99.9%の人は見ることが出来ずに死んでいく世界を知りえる人に、欲張りナ私は憧れる。世界は広くそれ故に世界を知る人に、無知な私はなりたがる。
そのためなら何日だって寝食を忘れて努力できる。別に辛いとも思わない。
でも、そうまでして手に入れたいものは一体何なのか?
それがいまいち分からない
ただただそれを追い求めることが今は幸せ
少しづつでも近づいていっていると思えればそれだけで幸せ
そんな幸せ
それが幸せ
私は登っています
私は登っていますか?
1つずつ確認して
1つずつ見失って
そうやって私は今、生きています
そうやって私は今、生きていますか? |
2001/4/21
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【宗教論】 |
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『宗教ってなんで生まれたんだろう?』
正月には神社かお寺に初詣に行き、七五三には神社へ。結婚式は教会で挙げ、葬式は仏教のお寺で行う我々日本人は一体何を信じて生きているんだろう?。
※(参考)世界の宗教分布
キリスト教 ;33.0% 約20億人
イスラム教;19.3% 約11億人
ヒンズー教;13.4% 約 8億人
仏教 ;6.0% 約 3億人
誰でも一度は『俺って死んだらどうなるんだろう?』って考えたことあるんじゃないでしょうか。輪廻転生とか言う人もいるけれど、今現在、前世の記憶なんて無いんだからキット死んじゃったら“私”という存在はこの世から消滅しちゃって永遠の闇が来るだけなんだろう・・・。そう考えるとなんだかチョット怖くなる。。。今は当たり前のように一緒にいる友達とも両親とも死んじゃったらそれが永遠の別れになる。。。
古代から人々はそんな潜在的な恐怖に怯え、その恐怖から自分を守るために「死後の世界」を構築するに至ったのではないでしょうか。もし、先に死んでしまった人たちと、「死後の世界」で再会できるかもしれないのならこんなに人々にとって救いになることはありません。
その「死後の世界」がそれぞれの宗教によって、天国であったり極楽になっていったんじゃないだろうか(注;天国と極楽は別物です)。
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◆私たちの社会には様々な人たちがいます。他人のために自分を犠牲にする人がいるかと思うと、他人を押しのけでも自分ひとりが幸せになろうとする人もいます。ひたすら他人のために尽くしても報われること無く死んで行く人を見るとやりきれない思いに駆られます。逆に他人を不幸にしてでも自分がよければ良いという態度の人がこの世で何にも罰せられないで済むと『世の中は不公平だ!』という気持になっちゃいます。他人のために尽くした人も他人を踏み台にした人も死んだら同じというのでは納得できません!!。
この世で善行を重ねた人はキット「あの世」で良い思いをしているに違いないし、この世で悪事を重ねた人は「あの世」で苦しんでいるに違いない。このように考えると私たちは自分の割り切れない気持ちを納得させることが出来ますよね。
悪いことをすると誰にも見られていなくてもあの世で裁きを受けるという発想は、子供の教育や犯罪の発生防止、更には国家の統治戦略にも使えます。
これはマルクスも“宗教はアヘンだ”指摘してましたが、統治者にとってはとても便利なものです。つまり民衆は宗教を信じることにより、どんなに今虐げられようとも「あの世」での幸福を夢見て・期待して耐えてくれるし、今の世の様々な矛盾を解決しようともしなくなるからです。
<だからマルクスは宗教を否定しました。>
が、そうして建国された旧ソ連は崩壊し今のロシアになると旧ソ連建国以前に存在していたキリスト教やイスラム教が息を吹き返し大勢の信者を獲得しているらしいです。ここに宗教の強さを見ることが出来ます。宗教は国家が一方的に否定したところで亡くすことは出来ないようです。
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▼そういう歴史的事実を見てもやはり、私はマルクスと同じようにしか考えらない。宗教の存在は確かにこの地上に秩序を生み出したが、同時に人間の思考力を奪っているように思える。 【今】この一瞬をシッカリを生きずにいては何のために生まれてきたのか分かりません。が、それは私が単に彼らの教えを知らないだけかもしれない。これから少しづつ勉強していこうと思う。
この地球上にいる人間のことを想う時、そこには宗教を持たない日本人には到底理解し難いことが沢山ある。
『なんで皆もっと仲良く出来ないんだろう?』
とは、何にも知らないからこそ言えることなのでしょう。歴史的争い、命の奪い合い、国益、憎悪、悲鳴、嫉妬、復讐、歓喜、信念、色んなものが渦巻いていてこんがらがっていて訳が分からない。訳が分からないから手っ取り早く今の想いを発散して人を殺せる人間がとてもとても愚かしく、また同時にとてもとてもいとおしく思える自分は一体何者なのか、、、 あるいはそれは、、、
そんなことを考えながら今日もまた、自分の好きな仕事が出来る幸せに包まれている。 |
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☆次回2002/4/29更新予定☆
☆2002/4/14更新☆
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【規模論】byシューマッハ[経済学者] |
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『集団の規模が多くなるにつれて、人間のモラルは
下がっていってしまうことだとか。』
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例;
火に包まれているビルから女性が「助けて〜!」と叫んでいる。
この時、たまたま通りがかった人間が2人なら人は直ちに行動
する。お前は電話しろ、俺は飛び込む、まだ間に合う!!。
ところがそれが10人ともなると誰かが助けると思って、皆傍観
者になってしまう。 |
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更に群集が300人くらいまで膨らむと、「・・・あの人飛び降りて
死んじゃうんじゃないかしら。。。」と見物するようになる。ドンドン
モラルが低下していく。
▼人間の“やる気”は『使命感』から生まれ、
▼人間の“堕落 ”は『別に俺がやんなくたって
誰かやってくれる だろう心』から始まるのか
もしれない。
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次回更新予定☆2002/4/22
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