「自伝」へ戻る


8月 3日   新・古典主義-ネオクラシック-


衝撃が走った。それがこの曲を聴いた時の私の正直な感想だった。
これまで謎のベールに包まれながらも、端々で人々の話題に上ってきた男、
RIKIYAがついにその幕を開け自ら表舞台に打って出た。

思えば私が彼と知り合ったのは、もう十年も前のことだ。
とあるスクールでの講義の合間、
私は友人から「スゴイミュージシャンがいる」と聞かされ、会いに行くことになった。
当時ブリティッシュロックやジャーマンメタルが音楽の全てだった私は、
正直お行儀のいい日本のミュージックシーンには全く興味が湧かなかったが、
その友人の熱烈とも言える勧めが私を彼のもとに向かわせた。

彼についての第一印象は『嫌な男』でも『気の合いそうな男』でもなかった。

『変わった男』

彼を体現するのに、これ以上いい言葉は浮かばない。
ミュージシャンらしからぬラフないでたちに、人なつっこい笑顔。
そして手にしていたマンドリンが、不思議なほど似合っていた。
友人に促されるままに彼と挨拶を交わし、幾つか取り留めのない会話を続けていた時、
急に彼が思い立ったかのように手にしたマンドリンを弾き始めた。
今でも耳に残る戦慄。鳥肌が立った体──
その演奏の合間、私はまるで蝋人形のように動くことなく、言葉を発することもなかった。
私はその日から、彼のファンの一人になった。

十年は長いと思った。
彼ほどの腕の男なら、十年前のあの当時ですら、すぐにでもプロとして活躍できる腕前を持っていたと確信していた。
しかしあれから十年後の今、手元に届いた一曲の音楽を聴いた時、この十年は全く無駄ではなかったと思う。
無駄どころか、彼をさらなる高みに押し上げていた。
衝撃という名の彼との再会は、私が十年間待ち望んでいたものを遙かに凌いだ再会となった。



、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


ということでこんばんわ!!
いきなり何かと思うかもしれんけど、上の文は友人の腐レディさん(通称"腐女子")が、
自分のサイトにUPしてくれた俺の自作曲のレビューやねん!!
しかもこれ彼の協力で今全世界に向けて配信しとるねん!!
めっちゃ凄いやん!興奮する! ありがとう腐レディ!<失礼
(ちなみにここから聞けます YEAH!)



ちゅうわけで改めまして力也です!!
あれから10年、ココ最近はずっと曲作って録音してたねんよ!!
全然進まないし大変やけど最高にオモロイ!
何よりこんな熱いレビュー書いてもらって光栄やわ!
録音や曲作りの作業については別の所で書いてきたねんけどさ、
元々は父の日に親父にプレゼントする為に作ったピアノ曲、
Wild-winter」言うのがきっかけでさ。


カナちゃんが独逸行くから記念にヴァイオリン入れてもらって、
その第一楽章に第二・第三楽章を足した完成形が先ず生まれて、、。



学生時代の終わり、あと俺は何回チャイム聞けるんやろか、
何回この机に座るんやろうか。そう言うの考えながら作ったんよ。


中退した人・就職活動してる人・今まさに学生の人、
机の上の花瓶・自転車・夕暮れの運動場・高2の夏・制服と桜
最後の野球部の試合・応援団・チョークの粉・黒板、
良くも悪くも学生時代って人を縛る思うねん


退屈な疎外感・青春の集合写真、
あらゆる感情詰め込んでこの曲は転調を繰り返して不協和音を吐き出して、
でも最後にカノンコードに辿り着くねん!!






俺のこだわりで、わざわざ捨てられたピアノ見つけてきて、
いつも使ってた13階、1308号室の音程狂ったピアノも使って。。

で、わざわざ窓開けて蝉の声も入ってる。 学食でサンプリングした生徒の騒ぎ声。
終わりか始まりか解らない、繰り返されるチャイム、あのキーンコーンカーンコーンの旋律。



あれさ、調べたら元々は



Pieces de fantaisie pour orque Op.54〜Carillon de Westminster〜
(幻想的小品 ウエストミンスターの鐘)


いうヤツらしいわ
19世紀フランスのオルガニストのルイ・ヴィエルヌって人の作品らしい

でも、もっと詳しく調べたら、ヘンデルのメサイア第3部のアリア、
その「I know that my Redeemer liveth〜」からって説もあるらしいわ。
おお、ならピッタリや!思て。 これはレクイエムやねん。



で、次に作ったのが上の「TKRM24」(デモバージョン)!!
作曲・編曲はおろか全パートの楽器を独りでこなした新曲「TKRM24」!
1人でピアノ・笙・コンバス・打楽器・サンプリング・揚琴・巴烏・コーラス、
全部1人でダビングしたねん!<友達いねぇんだよ!


そしてそんな俺様の血と汗と背アブラの結晶が!
本日8月3日 木曜日毎週夕方4時から大阪の箕面(地方局)で放送中の、
箕面FM816「イブニングタッキー」にて、
地方局とはいえ、初めて公共放送の電波に乗った訳ですよ!
しかもフルサイズ! 悪夢の5分半! ひどいことするな俺!
(プギャ―!)


というかね、前回出演したヨシミでを利用し、CDを直接ラジオ局に持ってって、
「聞いて! あわよくばラジオで喋らせてっ!」と直談判!!


いいねぇ〜さすが俺やわ。 うん、ひどいな!!
なんですが!開口一番「アレ?CD作ったん?買うよ!」って言ってくれたDJミズノ氏に感謝!
というわけで、4時20分から僅か20分ですがべシャってきました!!

ちなみに喋った内容はどうという事無し!
普通の雑談です。 「最近雨多いねー。ねー☆」とか。SHIT!



で、出演は無事終わりまして、今思うのはね。
ぶっちゃけラジオはもうイケるな!と。(うわぁ、、)
もちろんノーギャラですけども、俺の音楽通用するわ!と。
でもやな、ちょっと自信はついた半面、ここで嬉しがってたらアカンな!と。
まだまだこの長く険しい路(通称"男坂")を登り始めたばっかやからな!


というわけで、聞いた人も聞けなかった人もお疲れさまでした。
もしかしたら意外な人が聞いてるかもしれん!

ということで、この場を借りて、DJミズノ様、スタッフの皆様、
そして名前も知らぬリスナー・読者の皆様、
そして素晴らしいフレディ氏に感謝!

君がいつか歌って踊れる小説家としてデビューするまで俺は君のファンです!



まじでどうもありがとうございました!!! 


拙い曲やけど「しゃあないから500円で買ってやる!」、
言うダチもおって大感激です!!
世界で一つのマイメロディー、響け俺の念仏コーラス!!笑



本当にありがとうございました!!


今日の一言

「音楽で世界を変えることはできない」と言っている自分がいる。
でも曲を書くたびに、もう一人の自分が「でも世界を変えたい」と言っているんだ。
(ボノ"U2" )


8月 某日   架空の海岸




日本ではこの夏何処にもいけそうに無いので、
帰国前に上海で、てか中国で初めて海水浴に行ってきましたーーー!!


正確には海じゃなくて「湾」やねんけど塩水の浅瀬、
上海奉賢海湾」の漁人埠頭に近所のラーメン屋の息子「ヤオチャオ」と、
彼の兄弟4人で泳ぎに行って来ました!!

2月頃にテスト対策で徹夜が続いてた頃、
朝フラフラになりながら朝ラーメンを食いによく店に行ってて、
その頃から彼が俺を興味津々で見てくるんだわ!笑

で、その内タマゴおまけにつけてくれたり、
焼き鳥多めにくれたりサービスしてくれて喋るようになって。


ある日俺が失恋話を持ちかけたら
そういう時は俺んとこの店でたらふく食ってけ!」言われて、
凄い働き者のしっかりした男やねん!
(右の写真の左側な!)


 


まぁ、俺は相変わらず全裸で泳いでるんけども 笑
いやーホンマでも最後は泥だらけで、雨の中スッポンポンで泳ぎまくった!
馬も泳いでて、ヤオチャオの生チンコをワシ掴みする俺
うん、プニプニしてた THIS IS 日本式挨拶"トモダチンコ"!!
(最低)



ヤオチャオはアンフイの子でさ、中国では水泳授業無いから旱鴨子(カナヅチ)やねん。
俺と同い年やのに水の中に10秒も顔つけられないねん。笑

で家族で上海出てきて働いてるからまだ給料ええねんけど、
バイトの子は朝5時から夜10時まで働いて日給20元やって!
一月休み無しで働いても一万円いかない!
そういう厳しい世界で毎日ニコニコ働いて、
いつか服屋を開きたいって夢を持ってる。



この前上海では終にあの「襄陽市場」が取り壊しになる、
いう歴史的事件があってさ、大バーゲンがやってたねんけど、
彼は忙しくて目と鼻の距離やのに買いにいけないねん。
俺だから彼に服プレゼントしたんよ。喜んでくれたなぁ、、。


にしても一つの歴史が終わった瞬間やった。
市場最後の日、そこの工人のおっちゃんが網巴で娘とカメラで話してたわ。涙目で。
年収6,000元やって。 皆バラバラになって他で店開くって!
民族大移動みたいやなー。



ヤオチャオもいつかまた違う場所に行ってまうかも解らん。
中国の男の朋友は気難しくて打ち解け辛いねんけど、俺仲良くしたいねん。


泳いだ後は近場の店で晩御飯。
「このニワトリにしてー!」言うて、目の前で〆てもらう
首斬って逆さにしてバケツにポーン!の血抜き。
ヒロトが見たら絶対食えなさそうな、今〆たばっかの新鮮ニワトリ料理!!



で、帰りは行きと同じくバス。片道4時間以上!
来た時は真夏の太陽で死ぬほど熱い上に、
バスの席が無くてヤオチャオが俺を椅子代わりに座っててなお死にそうやった!!

で、帰りは帰りで大雨降って(涙)、
車でバス停で4人で立ちションしたのが最高やったわ!





いつかヤオチャオがおっさんになって、この写真見て、
「あーこんなオモロイ日本人がおったなぁ、、」、
そう思ってくれると俺は最高に嬉しいわ!!



ちゅことで、私の夏は終了しました!! グッバイサマー!!
(今年はカンヅメ状態なんです、、、<部屋から出てない 涙)


今日の一言

泣き止むまでは海から出まい!! 心に決めていた!!
彼女は泣きつづけた
(宮本から君へ)


8月 某日   君は君の親父の息子


筋トレしたあと、何故かチンコがギンギンになる
こんにちわ、変態です。


さて、あんまり書いてなかったねんけど、
ルームメイトのパトリックが仕事始めて外地に行ってしまいました。

前のルームメイトのウェイチョンとは全然、
てか初めて!っていうくらい共同生活が上手くいかなかったねんけど、
このパトちゃんともスゲエ色々あったんよ、、。



42歳、カメルーン人のクリスチャン。完全な黒人さんでさ。
凄い奴でこっちの新聞に1ページで載ってるねん
ヘリコプター運転できるってさ! インタビュアーやねん。
曲がり角曲ったらライオンおるとか、海でサメ捕るとか、
オアシスで水汲みしてたら隣りにトラがおったとか、話おもろいし、
俺の事を"マイサン"って呼んでくれる。
酔うとさらに「遺産をお前に全部やる」とか言うめっちゃエエやつやねん。


最初寮の部屋に戻ったらベッドにいきなり黒人が寝てて、
おまけに黒人は肌が乾燥しやすく、オイル塗ってるねんけど、
体臭と混じって臭い臭い、夜電気消してると見えないわで、
ほんまどうしようかと思ったねんけど、
短い生活の中で深い話出来たし、
パトはいつも「お前は絶対成功する」って応援してくれてさ。

でも来学期からは新しいルームメイトが来るみたい、、
だから今日はちょっと俺のダディ、パトについて書くわ。



パトと暮らし始めてすぐ彼のマミーが病気で急死する、いう事件があってさ。
前日まで電話で仲良く喋ってたのに、
最後の「おやすみマイサン、、」っていう言葉が頭から離れないって、、。
それからやな、凄い俺の世話焼いてくれるようになって。


※ちなみにカメルーン(アフリカ?)では、身内とか親しい人が亡くなったら、
一週間風呂も入らない服も着替えない髭もそらない、という習慣があるそうで、
パトはその間ホンマに辛かったと思う。


で、その後というもの「お前のグランドファザーだぞ」と、
60歳のフランス人さんを紹介され、もう散々飲みに誘ってくれたんよ。
(パトの仕事仲間らしい)



でやね、ある晩なんか会話が全部フランス語で意味不明なのと、
インド料理が辛くてもうエライ事でした

ほうれん草と羊の乳で作ったチーズソースを、
激辛のエビにかけてビール飲んでさ。
(インドはヒンドゥーだから牛料理は無い)

で、コーラの原料になるらしいコーラナッツ?とかいう豆?食わされて。
めっさ不味いねん!! 苦すぎる!!
でも飯食わせてくれる奴は俺を信頼してるねん!
俺を愛してるから助けてくれるねん! やからバクバク食う俺!



で、GWはヤスと変なバックパッカ―を持て成しつつまた飲み会!
相変わらず喋る言葉は全部フレンチ! シット!
バディーフィールエキサイト! キャンニューセレブレイト!


何ですがその日は他のフランスボーイ4人も合流しての大宴会
こいつ等全員キンバリーかと見まごうようなモデル型イケメンフレンチ!
何ていうの? アンニョイな感じ? あれ?ビバリーヒルズ?みたいな!

ちなみにアジア人は俺独り! 皆超オシャレ! 俺靴下生乾き!
こ、殺して! いっそアタイを殺して!


まぁ、実際は心の中で、
こいつら俺よりチンポがピンク色のくせして、、、、!
とか考えてたのですが(白人やし)、いやー最高でしたよ。



鉄板焼きの店では晩飯 食前酒の付け合せベーコンが美味過ぎる
初めてコックが目の前で焼くの見た(貧乏)
全部オゴリでさ、てかこの62歳のフランス爺さん値段見ないで注文してるよ
(貧乏な俺はショック死しそうだ)

スッゲエバイタリティーでさ、
でももしかしたらこの年になるとこういうのしか楽しみ無いのかもな
コックさんの微妙な営業スマイルをよそにパクツク俺



その後はバーで酒。フレンチボーイの1人が凄い日本好きでさ、
柔道の黒帯も持ってて、m-floとZEEBRAが好きやと! スゲー!日本文化!
  いくらフランスが芸術方面で強くて、
日本のコアなアニメとか放送してるとはいえ(オタク)、
まさか浜崎あゆき(あれ?)まで聞いてるとは思わなんだー!

とりあえずDJ−HASEBEとDJ−KRUSHの話題で2人盛り上がる
(ライブも行ったねん昔)



で、そのままハシゴして外灘のキャプテンバーへ! ここがスッゲエ良かったねん!
真夜中の夜景見渡せて、目の前時計塔! 超クール!
隠れ家的男のスポットやわー!


で、3件目のハシゴで行った店も野外でビルの屋上にあってさ。
めっさ良いポイント教えてもらった感じやわー


やっぱさ、日本に興味ある人多いし、
その期待に応えるのが俺の仕事や思うのな。
思ったけど、アジア同志ってスッゴイぎすぎすしてて、よそよそしい。

でも彼らに限ってはユーモアもあるやろけど、
中国人に対しても同国同士でも凄いオープンやったわ
てか、久々のクラブ。
やっぱ俺の向かってる方向は間違って無いわ こっちやな!
早くチャイナ終わらせて、日本そして世界へ行きたいわ



で、その後も酔って皆でコンビニの荷上げ手伝ったり(朝3時)、
日本大好きフレンチがいきなりホテル行こう言い出してさ。
旅館に乗り込んで部屋ノック
ヘイ彼女! 一発やろーぜ!」と手当たり次第に突撃(えー!)


もう笑い転げたしマジなんよな(てかもう皆寝てたけど)
後で聞いたら「あぁ、初めてこのホテル来たんだ」って。
何よさっきのあの堂々としたフロントでの対応わ! 笑


「お酒飲んで休日でHもしたいやん なら突撃やろ」って。
これでも俺と同じ22歳 惚れたわ かっこええー!




今な、これ書いててパトの事思い出してるねん俺。
凄い優しい人やったけど、喧嘩もよくしたんよ。
悪いなぁ思う反省も一杯あって、でもまた会いたいわ。

俺の親父は1人だけやから、パトには申し訳ないねんけど、
アイツが俺を「俺の息子」って呼んでくれる時はいつも俺嬉しかったねん。



肝心の日本の俺の親父はあんまり体調良くないねん。


この前親父が墓参りに行くか?と聞いてきて、
俺はてっきり母親方のお墓(滋賀)に行くと思い、
(滋賀はホントよく行くので)今回は遠慮したのだが、
何故か今回に限って父親方のお墓(和歌山)に行ってたらしいんやんか。


和歌山の実家(つまり親父方の家)には、
数えるくらいしか行った事が無くもう10年くらい行っておらず、
和歌山の方って言ってくれれば行ったのに、とふてくされる私。


「もうアンタの時代やからね」と言うおかん。ふぅ、、。



そんな俺は最近は知人に借して頂いたエレクトーンで、
バックトラックがんがんノリノリで鍵盤叩いてます
脳みそが音符に押し潰されそう めっちゃ頭痛い。



だけど諦め切れないのは、
これ本当にそんなにムツカシイ事なんだろうか?
って思ってる自分がいるから。


ムツカシイどころか、子供の頃よくこんな事があった気がしてるから


親父はまた再入院する事になったわ。
炎症数値が基準値の10倍近くに上がってきてる。



パトはクリスチャンやから俺の為に祈ってくれたわ。

俺も祈るぜ、、。


今日の一言

なぜ こんな時代にがんばれないのか
なぜ こんな時代にがんばらないのか
口うるさいぜ 見飽きた はげましのことばは
今さら お前の口から ききたくない
年をとったかい いつもの顔つきが やさしいぜ
受けうりの ことばなど横におけよ
何かをおこせる 口だけのふりは見抜かれる
気づくのが おそいのか 早いのか
口やかましく いつまで 言うことはないだろう
いらつく俺は お前の目をみない
それでもやめずに 素顔に せまってくる気かよ
俺だけがひいた ラインを こえてくる
何もかも見すてた フリしても見抜かれている
命をかけて 答を出すのは 戦う相手が強いから
(泉谷しげる [なぜ,こんな時代に…])





「後半」へ続く