3月 31日 少年よ、大死を抱け
明日から4月。春やな、、。こんばんわ。
親父を苦しめた癌は親父の身体ごと燃えてしまったから、今はもう骨しか残ってない。
棺には親父の好きだったフランス語の「星の王子様」。
あっちでも吸えるようにセンブンスター1箱。
「釈俊教」っちゅう新しい名前を付けて空に昇って行った。
俺はわりかし元気やねん。ウジウジしてても始まらないからな。
親父だってオジイちゃんが癌で死んだとき同じはずやったねんから。
やねんけど、まだ実感が無くて、強がったり、皆を安心させる言葉が上手く出てこないねん。
でもちゃんと書いてなかったし、認めなアカンからさ。
あの夜、病院から電話があって急いでおかんと姉ちゃん3人で車乗って。
で、着いた時にはもう死んでた。苦しまずに亡くなったって。
俺な、間に合わなかったんよ。
前の日に「明日夜来るな」って親父に言うたのに、
晩飯食ってまだ時間あるわ、思て部屋でボケ―っとしてた。
あと20分早く俺が出かけてたら最後に親父の手を握れたはずやった。
それがほんまに悔しい。
親父には明日なんかなかったねん。俺は負けたねん。
いつか親父より年が上になる日が来ると思う。
地震、雷、火事、そんでもって親父、のはずが親父はもう居ないから、
いつかおかんを気楽に旅行にでも誘ってやりたい。
中国やったら子供の結婚式から新居まで親が世話するんやんか。
昔は結婚願望とか、家庭を持ちたいとか無かったねんけど、
今はなんちゅうか親父になりたいって気持ちが有るな。
今回サイトの日記書いてて、途中で初めて本気でサイト閉鎖しよかと思ったねん。
しょうもない事書いてるなー、アカンわ俺って。
でも読んでると色々思い出してさ、
忘れたくない事一杯やから今日もまたこれ書いてるわ。
俺もいつのまにかフットワークの重い大人になってた。
俺、このままじゃ100パーセント負けるわ。
このままじゃアカンわ。
初めて本気でもう中国に行きたくないって思ってもうた。
納得できなくて、振り切れなくて、
また忘れてくんやろうと思たら気持ちが重くなる。
怒るのも開き直るのもうそ臭い。
だってまだ何も終わって無い。まだ何も始まってないねん。
今まだちゃんと気持ちを書けないねん俺。ごめんなさい。
せめて今日は認めるわ。
そんで、これからの事を考えるわ。
親父は死んだ。
それをちゃんと認めるわ。
俺、親父に似てきたと思うわ。
明日からまた新しい季節やな。 おとうさん、オヤスミ。
今日の一言
「
私の友人は癌の母親を看護し、看取った。
その直後 自身も癌であることが発覚した。
癌の進行と結末を目撃した彼女に
そんなくり返しの体験作業はあんまりだと想った。
でも癌はもう治らない病気じゃない。
私の周りは癌だらけだ。 でもみんな生きてる。 そんな夜、彼女が死んだ。
病院に行ったら本当に死んでた。
1%の生きる可能性に彼女は手を伸ばし挑んできた。
そのすぐ側で生きる事を許され
不健康街道と知りつつ煙草を嗜むアホもいた。私だ。
フェアじゃねえなと想った。 煙草を捨てた。
1%を掻き集めてその次の次の明日も手を伸ばして。
生きたい。 明日が見たいんだ。
生きろ 生きろ 生きろ。 明日が見たい。 そうだろ?
」
(想い事。"明日へ")
「自伝」へ戻る