森の大将のヒグマ
「オメェ、まだやるつもりだな。
俺はな命を賭けるくらいなら負けてやるぜよ。
目の一つぐらいはどうってことねぇが、
テメェのその傷はもう少しばかり上だったら、
死んでいるところだぜよ」
新参者のスナドリネコ
「ああ、知ってるよ。お前がわざと少し下に外したのもな」
ヒグマ
「なら、なぜやめねぇ。死にてぇのか」
スナドリネコ
「我慢ばかりしながら生きているとな、
我慢することで物事を解決したくなるもんだよ」
父の日に親父に曲を作って贈ってあげたんよ。ピアノの曲。 クリスマス、誕生日には別の曲また贈ってあげた。
正月は親父も帰って来て、家族で年越しソバ食った。 親父は点滴やし、口から食べれないからカワイソウやったよ。
父の日に贈った曲は凄い気に入ってくれたねんけど、クリスマスに贈った曲には何も言うてくれんかった。気にいらんかったんかなぁ、、。
体液やら点滴の薬がお腹に溜まったり漏れたりするから、よく注射器みたいなのをお腹に刺してそれを外に出してるねん。
茶色と黄色と緑が混じったみたいな色の液体が体から出て、それをタライに捨ててる。 体が痛いって言うてた。
あとで知ったねんけどあんまり今の病院、居心地良くないみたいやねん。
期待してた検査が上手くいかなくて、すごい残念がってたっておかんから聞いた。
親父も強がってるんやな。 最後まで親父で居たいと思ってるんやわきっと。 そんな親父を前に言えない言葉が沢山ある。
ヒグマ
「いいや、我慢じゃねぇな。
オメェは何かに命を賭けることで物事を解決できると思ってる野郎だぜよ。
俺はな、そういう野郎は絶対許しちゃおかんのよ」
スナドリネコ
「なぜ、命を賭けたりしてはいけないんだ?」
ヒグマ
「生き物はな、生きてることが全てよ。
生きていることが全てだからこそ、大きいも小さいも関係ねぇんだ。
それを誰かが、何かの目的に命を賭け始めたらどうなる?
俺たちはそのうち、
何か目的がないと生きられねぇ馬鹿な生き物になっちまうだろうよ」
スナドリネコ
「そう、きっとそうだろう」
あのな、、今日ふと俺がもし死ぬなら「癌で死にたい」と思った。
いや、爺ちゃんも癌で死んだし、親父も闘病中で、この連鎖は避けたいと思ってたねんけど、
腕時計の話書いて、癌になら殺されてもえかな、と思った。
親父が凄く落ちついてるのは自分の父親の事もあったんじゃなかろうかと、、。
まぁ、病気で死にたくないけどな。 でも癌で死ぬなら悪くない、とか今日は思った、、。
だから、親父を前にして言ってあげないとアカン言葉がきっとある、、。
ヒグマ
「ならばオメェはなぜ、命なんか賭ける!」
スナドリネコ
「俺は命を賭けたりはしていないよ。
お前さんより、我慢するのが得意なだけなんだろう」
今日の一言
「
嘘をつけ!テメェは何かの目的がないと生きていけねえ馬鹿野郎だよ!
目的の為に生きるヤツはな、嫌でも我慢強くなるもんさ。
そういうヤツがこの森に一匹でも現れたら、
他の生き物はどうあがいてもそいつには勝てねぇよ。
なぜなら、そいつは死ぬまで“参った”とは言わねぇんだからな。
その先はどうなる?
この森にいるヤツらは皆、自分と自分の家族を守る為に、
オメェと同じ様に命を賭け始めるのよ。
それがどんな世界の始まりか、オメェには分かるか!?
」
(ヒグマ「ぼのぼの」より)
07年 2月 23日
いきなりやねんけど日本に帰って来たわ。 母親から電話があってお父さんが危ない、親戚ももう集まってるから帰って来いって。
メールの件名が「父きとく すぐ帰れ」やねん。 悪いねんけど笑ってもうたな。 いつの時代やねんって。
で、昨日帰国してすぐ病院行った。 これ書いてるこの瞬間も何時電話がなるか正直怖いねん。
親父は俺の想像以上に痩せてたわ。 ホンマに骸骨みたい。皮膚が薄く乗ってるだけ。
目(マブタ)が閉じないんやんか。焦点も合ってなくてさ。 ずっとどこか遠いところ見てる。
酸素マスクしてて、声も出せないねん。 少し前までは喋れたらしいねんけど、うわ言しか言えなかった。
でもな、俺がベッドの横に座って、 母親が「力也が帰ってきたで」って言ったら笑ったねん!!
めっちゃ嬉しかったし涙が出たなぁ。 あんまり悲しい気持ちはないねん。
それよりも親父の事より自分の事で一杯一杯な自分が情けなくて、悔しくて泣いたな。
長男やのに全然しっかりできてへん。
姉ちゃんとも帰国当日に大喧嘩したわ。めっちゃしょうも無い事で。
家族って人間関係の基礎やからなぁ。 ちゃんとせなアカンねんけど。
夢を逃げ場所にしたりしたらアカンねん。 凄いだから帰国していきなり最悪な気分やった。
学校なんかもう行ってる場合じゃないんやろな。
何か全部自分が悪いような、全部自分が間違ってたみたいな気さえしたわ。
親父は目開きっぱなしやから、乾燥して目玉がへこんでる。 マブタ閉じる力もないねん。
自宅での看病を進められたねんけど、病院じゃないと多分持たないわ。
尿が全然出てなくて、下半身はもうボロボロで機能してないし。
でもなぁ、もう昨日の話になるねんけど、凄い気分がすっきりしてる自分もおるんよな。昨日の夜色々話したんよ。2人で。
今まで言えなかった事、そういうの言い出したり、変に思い出作りし出したら、
それこそ最後みたいで嫌やからなかなか出来なかったねんけど。
感謝の気持ち、思い出話、これからの事、自分の事、一番大事な事がようやく言えた。約束できた。
ちゃんと涙が出たし、大きな声で言うて来たわ。
ホンマにな、何の疑いもなく、
「大丈夫、絶対上手くいく、頑張れ、また飯食いに行こう」って。
ちゃんとそう言えた。慰めじゃなくて、ほんまにそう思ったねんよ。
信じてるんよな俺は。上手くいくって。 ここまで来たら全部信じられるねん。
不思議やわ。今までどんな事してもこんな気持ちにならなかった。
どんな事があっても腐りたくないねん今。 いい加減にしてたら親父見てるからな。
腕相撲したかったけど、俺の手を握るだけで精一杯やな。
おかんはなんか親父の彼女やから優しい顔になってた。
今はまだ体調が平行状態で、もちろんいつどうなるか解らんけど、まだ大丈夫やと思う。
だから今の間に色々してあげたいし、 傍にいてやりたいねん。
普段から特に喋らんし、 美化されたいくつかの思い出しかないから、実感ないねんけどさ。
朝になったら親父にもらった腕時計付けて、約束の酒と塩鮭持ってくわ。あと好きなチキンラーメン。
桜の花も持ってくねん。悪い思ったけど一本枝折ってさ。
あとは好きらしいビートルズのCDと俺のCDを聞かせたい。読みかけの本も俺が代わりに読んでやるねん。
まさか卒業前に桜を見る思わんかったわ。 俺はけっこう落ち着いてると思う。
突然むしゃくしゃする時もある。ほんま大喧嘩やったわ姉貴と。
弱いところ見せないように、これからはそんな事書かないように、
ただ今日はちょっとこの気持ちを書いときたかったんよな。
覚悟が出来るとか出来ないとか、
使える言い訳は何だって使って全然高い壁にぶつかってかない。でも何か変われる気もしてるねん今。
「聞こえたら俺の手強く握って YESやったら強く握って」
強く握ってくれたわ親父。 意識が無くて喋れない。たぶん目も見えてないと思う。
でもぜえぜえ言いながら必死で生きてるねんよな。
鼓膜が振動してるだけで何かは解ってないかも知れん。半年近く食事は点滴やし、朦朧としてると思う。
でも鼻はまだ匂いを感じるかもしれん。 桜の花の匂いで何か思い出すかもしれない。
好きな音楽聞いたら意識が戻るかもしれない。
何か解るねんよ。あぁ、電球まぶしいんやろうなとか、看護婦の声が煩いんやろなとか、
今何時か知りたいんやろなとか、寝てるんやろなとか。
今日借りたCDは「let it be」入ってないから、俺が歌うわ。思い出して欲しいし、ホンマはちゃんと喋りたいねんけどさ。
何やっても思い出すねん。 ここでよくタバコ吸ってたな、とか。
この魚の煮付け好きやったとか。 家に居ないんよ。
明日明後日は無理かもやけど、病院に泊まりに行きたいし。
解ってるんよ。ホンマはあの俺の手握ったのも、苦しくて筋肉が動いただけかも知れんってことも。
笑ってくれたのも、痛み止めのモルヒネで朦朧としてるだけかも知れん。
でも何か俺は今幸せやわ凄い。 俺は体何ともないから元気やし、また親父のところ行ってくるわ。
また何かあったら書くわ。長なってもうた、、。
今日の一言
「
恋にやぶれたことや くらしにこまったことや
いつも自分をなぐさめ 人のせいにしていたさ
遠い国へにげ 過去からにげるほど ぼくの人生は重くない
頭をかかえてなやむ姿は ある意味では美しいのさ
そばでおやじが笑う カラカラ カラカラ笑う
ふりかえって見るほど ぼくは生きのびちゃいない
ふりかえって悲しむほど ぼくのキズは深くない
」
(泉谷しげる[陽が沈むころに])
2月 24日
今病院から帰って来たー。日付変わって24日、もう深夜やな。
今日は悪い思いながら桜の枝切って、花の匂い嗅がせたり、
好きやったチキンラーメン食って、その匂い嗅がせたりしてたわ。
ビートルズも聞かせたし、俺の曲も聞かせたし、大事にしてた腕時計も触らせたりした。
膵臓からの出血が酷くて、俺も素人やから下手になんか出来んので、脈とってる機械が鳴るたびにびくびくしてたわ。
体温下がったり発熱したりで、病室は暖房のせいで乾燥してるから、
濡れタオル頭に乗せたりすんねんけど、皮膚の感覚はあって嫌そうに腕動かしたりするし、
音楽も聞かせよとすると苦しそうな顔するから、どうしたらええんか解らん。
たまに呼吸が止まったり、脈も数値に出ないくらい低くなったりする。
酸素マスクが外れそうになってたら慌てるし、目開いたままやから寝てるのかどうかも解らん。
ピコンピコンって動いてる線が安定したら寝たんやろうと思うだけ。
昨日は夜偶然やけど、親父が見たがってた映画がTVでやってた。
前にビデオ借りて来てって言われたけどなくて。2人で見た。時代劇は俺あんまり見ないねんけどな。
悲しみがあって、それが怒りに変わって偏れない。
夜中病室で親父を見ててさ、姉にも母親にも任せる、って言われてるし、
ずっと日本におれんかった分おってやりたい。おかんも疲れてるし。
でも看病じゃなくて、何か俺に出来ること考えてる。
ばあちゃんにも会ってきた。 孫やし心配されたわ。
脈が昨日より10くらい低いわ。
今日の一言
「
おい! 元気にしとるかいな?
あのこわれかけた中国で力屋君は俺を思い出させてくれた。
さあ、お互いかっこつけてもいい 素敵な人生歩んでますか?
これは俺自身にもいえるが、最近、大阪でそれこそ必死に生きてる
どんな生き方でもいい ちんこづるむけですよ!
とカッコつけてますが、社会の凪なんて関係ない
あい揉まれてますよと交わして生きような!
力也君しょぼけんな! いいぜ人生!
癌も風もそして、己の夢も超えようぜ!
」
(あの日馬鹿みたいによわよわしかった、宮本から君に)
3月 3日
2月 24日 夜10時5分 享年57歳
親父死んでもうたわ、、。 24日の夜。
俺達が病院に着いた時にはもう心臓が停まってた。
翌日通夜やって、次の日が葬式やった。
最後まで意識戻らなくて、
今親父の部屋に遺影と戒名付けてもらった位牌?いうのかな、
あと白い箱、そん中に親父の骨が入ってる。
その夜はすぐお寺に親父運んでさ、葬式の手続き色々してて、全然実感無かったんよ。
ドライアイスが8千円するとか、お寺にも力関係あるから火葬場の手続きもあるし、
密葬で親戚8人とはいえお食事どうしますか、とか色々せなアカンから。
だから死んだ時も葬式の最中も全然実感沸かんかった。
別人みたいに痩せてたしさ。誰の葬式やってんの?って思ってた。
お坊さんが鐘鳴らした時、祭壇の上の親父の遺影見てようやく死んだんやって少し思った。
ほんま明日になったら玄関から帰ってくるんやないか、とか、
また病院行ったら寝てるんちゃうんか、って。
さっきまでホンマそういう気持ちやったけど、
でも今これ書いててちょっと解った気がするわ。
死んだんやって実感、もう居ないんやってこと、
二度と会えないんやってこと解った気がする。
悲しい気持ちはあんま無いねん。この数年ほとんど日本におらんかったし、
休みの時もあんま親父に何かしてあげられんかったからな。だからそれが悔しい。
でも初めていじけたり、誰かを否定したり、強がったり、
そんなんじゃなく何か掴めそうやねん今。
でも今日からは一人やねんな。
これ書きながらUPするかどうか迷ったねん。 でも認めなアカンねんなぁ。
まぁ俺はいつになく元気よ。 だからUPするわ やれやれだぜ。
バトンタッチやな。
今日の一言
「
お父さんが死んで今日で1週間かぁ、、、 どこまで行ったんやろ、、空の、、
」
(母)
3月 20日
あれから、、、
父親が死んでもうすぐ一ヶ月なんだけど、先日、父親の妹、
つまり俺の伯母さんにあたる人が今度は大腸癌になった、との電話が入った。
親父の時は密葬だったので、その伯母さんも来てくれて、その子供2人も葬式に来てくれてて。
で、俺たちの家族は親戚付き合いが皆無やったねんけど、
トモ君が空手で頑張ってるし、おっちゃんも「年幾つなったん?」って聞いたら、
「お前のちょっと上じゃ」いうくらい元気やねんけど(あんたもう50過ぎやん!)
やのに、親父が癌で死んで、妹である叔母さんも癌になって。
解り辛くて悪いねんけど、そもそも俺のお爺ちゃん、
つまり親父と叔母さんの親父も胃癌で死んでる訳で、
要するに一家全員、おじいちゃん、その息子(俺の親父)、妹(伯母さん)、全員癌やねん。
まだ病状はよくわからんねんけど、49日にはまた会うやろうし、良くなって欲しいなぁ、、。
兄貴として、妹から見た親父ってのはどんなやったんやろか?
兄貴や親父と同じ癌になる気持ちってどんなんやろか、、。
俺はな、、、まだ全然死んだ実感が無いねんオカシイわこれ。
昨日も親父がただいまーって玄関から帰って来る夢見た。
だから全然悲しくないんよな、、それも酷いよなぁ、、もっと涙が出ると思ってたねんけど、、
このままじゃなんか納得いかへん、、、、。
今日の一言
「
もしも僕が犬に生まれたなら それでもう負け
今度僕が犬に生まれたなら 君に飼われてもいい
それとも保健所で死ぬ
明日なんていう日を決めるのはいつだって今日
でもまた国家予算内で死ぬの
ねぇ でも 多分そうでしょう
お金を集めろ それしかもう言われなくなった
頭ダメにするまでがんばったりする必要なんてない
それを早く言ってくれよ それはどうでしょう
」
(負け犬)
3月 31日 少年よ、大死を抱け
明日から4月。春やな、、。こんばんわ。
親父を苦しめた癌は親父の身体ごと燃えてしまったから、今はもう骨しか残ってない。
棺には親父の好きだったフランス語の「星の王子様」。
あっちでも吸えるようにセンブンスター1箱。
「釈俊教」っちゅう新しい名前を付けて空に昇って行った。
俺はわりかし元気やねん。ウジウジしてても始まらないからな。
親父だってオジイちゃんが癌で死んだとき同じはずやったねんから。
やねんけど、まだ実感が無くて、強がったり、皆を安心させる言葉が上手く出てこないねん。
でもちゃんと書いてなかったし、認めなアカンからさ。
あの夜、病院から電話があって急いでおかんと姉ちゃん3人で車乗って。
で、着いた時にはもう死んでた。苦しまずに亡くなったって。
俺な、間に合わなかったんよ。
前の日に「明日夜来るな」って親父に言うたのに、
晩飯食ってまだ時間あるわ、思て部屋でボケ―っとしてた。
あと20分早く俺が出かけてたら最後に親父の手を握れたはずやった。
それがほんまに悔しい。
親父には明日なんかなかったねん。俺は負けたねん。
いつか親父より年が上になる日が来ると思う。
地震、雷、火事、そんでもって親父、のはずが親父はもう居ないから、
いつかおかんを気楽に旅行にでも誘ってやりたい。
中国やったら子供の結婚式から新居まで親が世話するんやんか。
昔は結婚願望とか、家庭を持ちたいとか無かったねんけど、
今はなんちゅうか親父になりたいって気持ちが有るな。
今回サイトの日記書いてて、途中で初めて本気でサイト閉鎖しよかと思ったねん。
しょうもない事書いてるなー、アカンわ俺って。
でも読んでると色々思い出してさ、
忘れたくない事一杯やから今日もまたこれ書いてるわ。
俺もいつのまにかフットワークの重い大人になってた。
俺、このままじゃ100パーセント負けるわ。
このままじゃアカンわ。
初めて本気でもう中国に行きたくないって思ってもうた。
納得できなくて、振り切れなくて、
また忘れてくんやろうと思たら気持ちが重くなる。
怒るのも開き直るのもうそ臭い。
だってまだ何も終わって無い。まだ何も始まってないねん。
今まだちゃんと気持ちを書けないねん俺。ごめんなさい。
せめて今日は認めるわ。
そんで、これからの事を考えるわ。
親父は死んだ。
それをちゃんと認めるわ。
俺、親父に似てきたと思うわ。
明日からまた新しい季節やな。 おとうさん、オヤスミ。
今日の一言
「
私の友人は癌の母親を看護し、看取った。
その直後 自身も癌であることが発覚した。
癌の進行と結末を目撃した彼女に
そんなくり返しの体験作業はあんまりだと想った。
でも癌はもう治らない病気じゃない。
私の周りは癌だらけだ。 でもみんな生きてる。 そんな夜、彼女が死んだ。
病院に行ったら本当に死んでた。
1%の生きる可能性に彼女は手を伸ばし挑んできた。
そのすぐ側で生きる事を許され
不健康街道と知りつつ煙草を嗜むアホもいた。私だ。
フェアじゃねえなと想った。 煙草を捨てた。
1%を掻き集めてその次の次の明日も手を伸ばして。
生きたい。 明日が見たいんだ。
生きろ 生きろ 生きろ。 明日が見たい。 そうだろ?
」
(想い事。"明日へ")
続く