力也X俊一


10月 6日   




(以下、05年の3日にBBSに書いた文書の転載)


先ず最初に。


今から俺が書く内容は、ハッキリ言うて本来所謂「個人サイトのBBS」で書くべき話題ではない、
完全な俺のプライベートの話題になる

これを世界中の誰もが自由に閲覧できるインターネット上にUPすること、
俺の友人や、顔も知らない人間も見ている事も含めた上で、俺なりに考えてみた



「それ書く事で自分の気持ち軽くしたいだけなんちゃうん?」
「読んだ閲覧者にどうして欲しいねん?」


とか色々意見があるだろうし、
実際これを読んで重い・嫌な気持ちになる人もいると思う

ただ、俺はここでホント毎回個人的な話ばっかしてて心配かけたり、
でも何か伝わってると信じてるし、
俺の古い友人、会ったこともない人から嬉しいメールをもらったりしてきた


「言ってもしゃあない事」なんか一つもないねん
今まで「やっても変わらん・言ってもしゃあない」言うて見逃してきた結果がこれや

俺は心配かけない為に黙ってる、ってのがホンマに正しいんか解らない
黙ってたせいでよけい傷つく奴もおると思ってる
俺のおかんもホンマは暫く黙ってるつもりやったらしい


何より、今回の件を言い訳にこれから暗い顔してショボクレたくないし、
この先1日たりとも無駄にできないねん

止まってる暇も泣いてる暇もないねん



タイミング的な事で一回これもUPしようか迷ったねんけども、
ホント我儘やねんけど、俺が今から真っ直ぐ進めるように、
最後に皆の力借して欲しいねん


俺の大事な友人達がこれを見てくれてる


ここにも暫く来ないだろうし、メールとかも返信できないねんけどさ、
今日ここに書く内容を見て、その上でアイツは頑張ってるんや、
そう思ってくれるだけで俺は大分勇気もらえるねん


俺はもう後ろ振向かないし、やる事がはっきり見えてる
これ書き終わったらすぐ俺は突っ走らなアカン
ただ、その前にさ、励まして欲しいとかじゃなくて、自分で自分に言いたかったねん

俺がこれからはしっかりせなアカンねん



最後にもう一回、、ほんと個人的な事で心配かけて申し訳ない
我儘ついでに、自分だけこんなん書いて勝手やねんけどさ、
俺の大阪のリアル友達は暫くこの事他に話さんといて欲しいねん 悪いけど
俺の為じゃなくて、話が変に広まると家族に負担かかるから ごめんなさい



弱っちくて、ダサいねんけどさ、なんか気持ちまとめたかったねん
「上海でお前の頑張ってる姿見たい」言うてるしさ。
そういえば、小学校の頃に「25m泳げたら好きな甘いもんなんでも買ってやる」っていう約束、
未だにしてもらってないしな(1k泳いだがな!)

20歳になったらって約束した「鮭と日本酒セット」も贈ってないしさ、どうすんねん



おかん、電話したら泣いててさ、いっつも喧嘩してたのに
俺、親父の学生時代の写真持ってるねんで? 白黒の。
トランペットやってたねんて。 弁護士目指しててさ。

たまに筋トレ始めてもすぐへばるねんけど。



今、膵臓に癌ができて入院してるねん
脾臓、胆嚢にまでいくと危ないからおさえてるねんけど、ガリガリでさ。
1人の人間の、50何年の人生が終わろうとしてる


「上海で頑張ってるお前見に行く」言うたねんから、俺は絶対治るって信じてるし治してみせる


ほんまにな、凹んでる暇ないねん 今日から俺が松下俊一にならなアカンから
余命は一年ぐらいって言われてる



すっげえ今さ、運命とか輪廻を感じてるわ
繰り返したらアカンねん 今度こそ断ち切らなアカンねん

やから、前に前に。  姉ちゃん居ないからおかん一人で頑張ってるねん


これから色んな事があるんやろうけど、その前に踏ん切りつけたかったねん
こういう文章を載せてしまって悪いねんけど、
もし俺の事心配してくれる人おったら見守ってくれや


それだけで、俺はきっと大丈夫やから
全部上手くやってみせるから、それまで待ってて下さい


馬鹿息子の力也でした


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(後日の追加文)


国際電話での話によると、胆嚢から出る胆汁が詰まってて、黄疸が出てるらしい
癌はもう4.5cmの大きさになってリンパ腺にまで拡大して転移を始めてる
再発を考えて手術するにしても大部分を切除しないとアカンし、大手術になる

で、体力的な面、病状を考えて手術はできへんと。

投薬治療で延命措置施してもって一年 「医者の心情」としての発言な(もっと短い?)
所謂、「末期癌」ってやつな。


おかんはもう覚悟してるって言うてた
親父の父親、つまり俺のジイちゃんも胃癌で死んでる
親父も子供の頃にこういう思いをしたんやろうか。

場所がちょっと悪い 親父は告知は受けてるけど、どれくらい持つかは聞いてないねん
昔、知り合いの母親が癌で亡くなった時、関係ない、みたいな顔してて悪かったなぁと今思ってる


以上です。

今日の一言

朝早く足の音で目がさめた 枕もとには真新しい野球グローブ
「さあキャッチボールだ」と父親が微笑んでいる
母親はこころのかたちをしてた おばあちゃんは優しさのかたちをしてた
愛をもらったり、愛をあげたりを繰り返して
いつごろぼくらは大人になるのかな
愛をもらったり愛をあげたりがすべてなんだと
気づくころにもう誰もこの世にいない
(ひとりぼっちの世界)


10月 10日   





こんにちわ、力也です え、と。日本に帰国しました。 裏技使えば一万で飛行機往復出来たねんけど、急なんでパス。
3年ぶりの日本の秋の空はやっぱりキレイで、電車の窓から仲良さそうに手繋いで歩いく人
真っ白な怒りで俺は大声上げそうになる


昨日親父に会ってきてさ、病院まで自転車で坂道を夜中走って。 漢方薬を買ってきたんやわ上海で。
親父の事は後で書くとして、上海で遠いとこまで薬買いに行ってさ、勉強して。
俺も大分落ちついたねんけど、ここ一週間はなんかホンマ実感無いし、考えられへんし
薬とかもこれからは自分で勉強してかんとさ、甘えてばっかでさ。
「お前がやらなアカンねん」って叱ってくれたダチに感謝してるわ

頭では解ってるねんけどさ、誰かとおると愚痴ってまうし、でもへこたれるか!思って強がるし、一人になると無性に悲しい。
そのどれもがホンマなんか解らんくて、自分自身に腹立って、親父が一番苦しいのにな

毎日考えが変わるし、最悪な事考えてる自分がいたり、冷静に保険金とか考えてる自分も確かに居て、
昔に一緒に海に行ったこと、葬式どうするとか何考えてるねんとか、思い出ばっか思い出したり。


さっきまでさ、「いや、こんだけムカツク運命に振り回されるねん ビックになれ!いうことや!何自分に酔ってるねん!」
って元気やったのに、雨降るし、見えるもんが全部違って見えるもん

男1人やから何か気張ってまうし、親父と夜ご飯食ってても目合わせられへんし、余命のこと言えないし。
積極的に立ち向かってくタイプの人間ちゃうからさ、普通に何でも無いような顔してて、拍子抜けしてさ、
会ったら心の整理つく思てたけど、そんなん全然ならへんねん

目の前のこの人の体から血も骨も貰って、「力也」って名前も貰って、ガキの頃は一緒の布団で寝てたねん
俺と喧嘩しても負けそうなくらい細くなって、今これ書いててもよう解らん気持ちやわ 一緒に居てやらなって。


母親はもう振り切れてる言うけど嘘吐くなや あんた俺がお土産買ってくからって電話したら「ありがとうございます」って。
何で敬語やねん 何やねん「すみませんでした」って。

俺が因子で将来癌になるとしてもさ、こんな狭い病室で終わらせてたまるか!って。
狭い、白い壁で。  ほんま何してたんやろ今までって思うわ自分で。
色んな事教えてくれてたのにさ、上海戻るまでに親父から受け継がないといけないモノ一杯あるねん
俺が伝えたいものも一杯あるし、生きてるうちにCD作って聞かせたいし、写真も見せてやりたい

オンナのエロい話とかもこの年やししてもええやん? 仕事の事とか、俺のこと好きか?とか。
やのに「髪切れ」とか「髭剃れ」とか、点滴が肝臓に刺さったままでかわいそうによぉ 老いぼれて


門脈浸潤 癌性腹膜炎 腹部US/CT上総胆管両葉の著しい拡張
骨盤内に少量の腹水 手術適応外との判断 抗癌剤治療
閉塞性黄疸に対して経皮的胆道胆道ドレナージ術(PTCD)施行



うるせーぞお前ら なんやねんそれ そんなんで人間1人が死んでたまるか
膵臓頭部に出来た癌細胞が胆汁の流れを圧迫してるとか、アミラーゼとか知らんねん 忘れたわそんなん
Second Opinion がどうなるんか 痛み和らげる為に無理してでも手術するか?とか。 まだ死ぬとか決まってないやんけ


頑張ってたんかなぁ、馬鹿息子のせいで。 めっちゃ悪いと思ってるわ今 お父さんごめんなさい
治ったら鍋パーティーしたいし、やから今までの延長線ではもう変わらないねん 俺も親父も家族も

今はまだ歩けるけど、どんどん大変なるやろう 気持ちが薄れへんようにさ。
そんなよく喋るような親父じゃなかったけど、居なくなったら寂しいやんけソレ。 あんたの息子はぶつかってくよこれからも。

前に胃潰瘍で血吐いた時にピロリ菌とらなかったらよかったんかなぁ。
5年後に空港で胸張って日本の土踏めるかなぁ  あんたは俺が生まれる前から色んなもん守って闘ってたもん


チンコも勃たへんわボケ親父


今日の一言

あぶな坂を越えたところに あたしは住んでいる
坂を越えてくる人たちは みんな けがをしてくる
橋をこわした おまえのせいと 口をそろえて なじるけど
遠いふるさとで 傷ついた言いわけに 坂を落ちてくるのが ここからは見える
遠いふるさとは おちぶれた男の名を呼んでなどいないのが ここからは見える
遠いかなたから あたしの黒い喪服を目印にしてたのが ここからは見える
(あぶな坂)


10月 11日   





2005年(平成17年)


10/3 (月)
     昼頃、XXさんとパソコンのソフマックに出かける直前、telあり。 すぐにXX病院へ。 入院

10/4 (火)
     夜、風呂に入っている時、XX先生よりtelあり  すい臓ガン、余命一年 まりちゃんにtel 力也からtelあり

10/5 (水)
     会社休む 18:00 XX先生に話をきく その後、三人で話を聞く 力也よりtelあり

10/6 (木)
     オーミケンシ  朝、病院へいく 13:00オーミケンシ

10/7 (金)
     XX先生にセカンドオピニオンたのみたい

10/8 (土)
     朝一番、画像を借りる XX内科へ PETをXXXXXでうける 病院へ再びいく
     昼、疲れてねていたら、力也からtelあり 明日(金)帰国するとのこと まりちゃんからtel
     和歌山明日くる XXX図書館で「幸福な死に方」(シスター鈴木秀子著)かりる  「物事にはすべて必然」
     XXさんに電話する

10/9 (日)
     天仙液 王振国 ガン 上海  とるタイミング次第で効果下がる 9〜11時 夜9時〜 免疫力下がる
     力也帰る まりちゃん、和歌山、和代

10/10 (月)
     大津よりくる 寿司を買う→あじのすし・海鮮巻→おいしい
     アイロンをかけてて思った、→食生活が?



俺の家計は大きく森田と松下で二分されてて、松下側はアホで天然でおっとり
絵描きのジイちゃんは宝塚のオンナに家買って野垂れ死んだり
森田側は気性の荒いイカツイ感じ おっちゃん(おかんの弟)なんか完全にジャリンコちえの「テツ」やもん

従兄弟の朋くんが空手で全国大会で優勝した ずっと新聞配達しながら大学受験頑張ってて
でも直ぐ中退して、海外に修行へ 一時期ストレスで円形脱毛症なって大変やったねんけど

おかんは民俗学とか凄い好きで、家には「部落運動」とか「在日」とか「禅」とかそういう本が一杯有る
切り替えの早い女性だけど、思い込む傾向が強いから俺はそれが少し心配

ばぁちゃんがリウマチで入院した時もさ、おっちゃんの看病がもう異常でさ 一回倒れたけど
家に着いても胸が痛いって、動悸が酷くて、そのくせに糸が切れたんか、不気味なくらい饒舌に喋りだすねん
ベラベラどうでもいい事を話し出したら止まらなくなって、頭狂ったみたいになって。
「さっき喫茶店で飲んだ水に覚醒剤盛られたんや! だからこんな心臓痛いんや!」って怖い


今日病院に行って、見たいって言うてた黒澤の「影武者」を借りて持ってった
偶然ここの看護助手のおばちゃんが新田先輩のお母さんで挨拶をする
新田くんはもう野球はしてないんかなぁ。
両親が共働きやったから、俺は小学校の頃は学童保育やったし、今でも幼稚園ってなんか羨ましい
「おしめだって私が代えてたのよ〜」って言ってた 今度何かお菓子でも持っていこうかと思う

あと、韓国語で「また会おうぜ!」って「トマンナ!」って言うそうだ


止まんな


「かあさん」やないけど(苦笑)親父の子供で良かったんだ


今日の一言

敵に四方を囲まれたら絶体絶命の窮地に立たされる
だが後に壁があったら三方からの敵と戦うだけですむ・・・
勝てるチャンスも生まれてくる
この背後の壁になってくれるのが家族だと おれは思っている
いや絶対にそうでなければならないのだッ
それが家族であり血のつながりなのだッ
ふり向かなくてもいい 背後は安心だ 家族が壁になっていてくれるから
(久能隼人"長男の時代")


10月 12日   





昔、家族で海に行って迷子になったことがある 3,4歳くらいの頃の話 だけど何故かよく覚えている
俺は青い水泳パンツを履いていて、沖のほうに父親がいるのを見つけて海に入ってくねんけど、
全然違う人の後姿を勘違いしていただけで、俺は迷子になったねん

そこの浜辺の松の木の下に変な形の魚の骨を見つけた 俺はそれをこっそり石の影に隠した


運動会で借り物リレーだか、親子競争だか、何かした覚えがある
まだ小さな団地に住んでた頃で、あの頃は大阪も雪が良く積もった
緑色のテーブルを朝4人で囲んで、父親が一番早く仕事に出かけてた


夜中両親が喧嘩してて、俺と姉ちゃんは「どうしよう」とかオロオロして、
朝ゴジラを見るために起きると、父親はまだ眠ってて、俺はその布団に潜り込んで寒いから朝ゴハンまで一緒に眠る

ゴジラの映画によく連れていってもらった
海釣りは退屈だった 針が指に引っかかって血が出てすぐ帰った

恐竜の本を買ってもらった 恐竜やネッシーが好きで真似して遊んだ
たまに父親が晩御飯を作ったり、銭湯に行ってフルーツ牛乳を飲んだ

よくケンカした あの人が俺をカメラで撮る時、どんな気分だったんやろう
この男の性器から出た精液から俺が生まれたってのは、どんな気分やろう


よく居酒屋に居た 同じ映画ばかり何回も見てる
器用なのか、材木でブランコ?を作って、結局ターザンごっこして怪我したり

あんまり人と喋るのが得意じゃないって言うてた 田舎臭い男
要領悪くて、でも確かキャッチボールをした

いつも大事にしてた木でできたナイフ?を俺にくれた 油絵に使う奴らしい
今思えば、あれは癌で死んだジイちゃんのじゃないだろうか 画描きらしいし

でもどっかに俺がなくしてしまって、すごい怒られた その代わり小さなナイフを一本買ってくれた
冒険小説の主人公みたいな気分 無人島に行ってもこれで大丈夫やろ
このナイフはまだ俺持ってる


雪合戦したり、水泳を教えてもらったり、初めて父親や!思うくらい怒られたり、
「勃起ってどういう意味?」って聞いて微妙な顔されたり、「ワキ毛生えたか?」とか言われたり、
シャベルカーに乗せられてめっちゃ怖かったことや、今でも口癖のように「勉強せえ!」言うのが俺のクソ親父

親父の帰ってこない家は寂しい お気に入りの靴もシャツも置きっぱなし
今の俺と同じ頃、ジイちゃんが死んで、1人で頑張ろうとして弁護士目指した  でも叶わなかった


俺はそうはならない 癌にもならない 2人分の人生背負ってく

今日は天気が良い  親父の肩車が懐かしいぜ


今日の一言

逃げ出した先に楽園なんてありゃしねえのさ
辿り着いた先 そこにあるのは やっぱり戦場だけだ
(不明)


10月 13日   





今日はPET検査に行ってきた 微量の放射線で「しるし」をつけたフッ素18ブドウ糖「FDG」を注射
癌細胞が通常細部よりも多くブドウ糖を消費するのを利用して、体に転移した他の癌組織を発見できるかのチェック
細胞が発するポジトロン(陽電子)を検知する、これがポジトロン(陽電子)断層撮影
超音波やと影や大きさの形しかわからんし、磁気や放射線を使うMRIやCTよりも小回りが利く


検査の帰りに「昼飯付き合えや」言われて「ガンコ」で寿司と鍋を食った
多分気にしてるんやろうなぁ。   俺達が父親の事考えるように、親父は残されてく者の事考えてる

2人でビール飲んで、熱燗を俺に入れてくれた 男同士の杯やな
昔はよく家族で焼肉を食いに行った 「はや」って今もあるんかなぁ?

いつのまにかあんまり家族同士で話したりする事もなくなって、
でも今の親父は何か事有るごとに電話してきて俺を病院に呼ぶ 「あれ持ってこい」とか、いや、会いたいんやろうなぁ。


生物が子孫を残す事がその役目なら、人間はやっぱり違う
生んで死んでくんじゃなくて、継承してくモノが一杯有る

正月もここ数年帰ってない。  いつものように4人で御節食って、神社に行けたらええんだけど、、。

(専門的な内容も今後書いてくから、間違ってたら指摘お願い)


今日の一言

なんだか心むなしいよ  こんなに外は晴れたのに
ポプラの葉がひらひら揺れるのに  それなのにむなしいよ
お花を踏みにじんだのか  いつのまにか僕は汚れた
ピーターパンに謝りにゆこう 遠くで聞こえる少年のうた
涙ふこう 涙をふこう 失うものは何もない
空見上げれば 空見上げれば 君が笑っている
あなたよ どうかあなたよ しっかり幸せになれ
悲しみくれる 大切な友に 橋をかけてやれ
その時あなたは聞くでしょう その時あなたは歌うでしょう
まぶしいほどロマンチックな 遠くで聞こえる少年のうた
赤い色とオレンジ色と黄色と緑色と 青い色とあい色と紫色をした虹がでています
きれいな きれいな 虹がでています
(THE BRIDGE)


  



続く